第12話 断罪イベント(前編)
雪山合宿から無事に帰って、一週間が経った。
今日はとあるイベントのため、全校生徒が講堂に集まっている。
初めて入るのでバグが怖かったが、今のところ無事だ。
「おはよう諸君。今日集まってもらったのは他でもない。ある生徒の表彰のためだ」
ステージ上の教頭が言った。
校長は長期休暇中らしいが、いつまで休んでいるのだろうか。
「ニーナ・ファルケくん、壇上へ」
最前列に座っていたニーナが、立ち上がって壇上へ向かう。
緊張しているのか、手足が同時に出ている。
教頭は賞状を手に取り、咳ばらいをした。
「表彰状、ニーナ・ファルケ殿。あなたは、新たな言語の解析および辺境民族との友好関係樹立に多大な貢献をされました。よって、その功績を称え表彰します」
ニーナは、ロボットのような動きで表彰状を受け取った。
会場から大きな拍手が起こった。
私も全力で拍手する。
「そしてこちらは、王国から贈られた特別功労バッジだ。ニーナくん、こちらにおいで」
教頭はニーナのブレザーにバッジをつけた。
「すごいわ、あれをもらう人は七年ぶりじゃないかしら?」
「ウルガの民から、ニーナさんが渉外窓口に指名されたんですって」
隣の生徒がひそひそと話していた。
ニーナの株は最高潮だ。
「ではニーナくん、最後に君から一言いいかね」
「は、はははい!」
ニーナは頭が真っ白になったのか、マイクを持ったまま固まった。
少し腰を浮かせて、小さく手を振ると、ニーナがこちらに気づいた。
「がんばれ」と口を大きく動かして伝える。
ニーナは頷くと、ゆっくり話し始めた。
「まず、このような賞をいただけたこと、大変光栄に思います。ありがとうございます」
僅かに震えてはいるが、丁寧に言葉を紡いでいる。
「しかし、私一人では成し遂げられませんでした。エルザさん、カイルさん、そしてレオポルト第一王子のお力があったから、私は今日ここに立てています。どうか、私だけでなく、お三方にも大きな拍手をお送りください」
ニーナは深くお辞儀した。
講堂は一瞬だけ静かになって、そしてまばらに拍手が聞こえ始めた。
音は徐々に重なり、やがて講堂全体を満たす大きな拍手になった。
「素晴らしいスピーチをありがとう、ニーナくん。では、これにて表彰式を終了する」
教頭の言葉に続いて、先生が退場案内のアナウンスを始める。
ニーナは、ステージの上でホッとした顔をしていた。
* * *
放課後、私とカイルとニーナは特別室を訪れていた。
ソファーでくつろぐ私たちの横で、レオはいつものように仕事をしている。
「私、やっぱり納得できません! 皆さんも表彰されるべきです!」
「いいのよ、主な功労者はニーナだし」
「でも……あっ、このバッジあげましょうか?」
「やめなさい」
バッジを外そうとするニーナの手を抑えた。
「私たちは、ちゃんと別でご褒美をもらったし気にしないで」
実は、私とカイルにも表彰の話があったが、辞退した。
代わりに、他の商会より一足先にウルガと商売できるよう交渉をまとめた。
私が目を付けたのは、あの民族が作る上質で美しいインクだ。
土産にもらったインクをハンスに見せると、目を輝かせていた。
「カイルさんは?」
「俺も褒美をもらったから、気にするな」
カイルは、学園で飼っている猫のためのおもちゃをもらっていた。
どこまでも無欲なやつだ。
「それより今日は、これからの話をしましょう」
「これからの話?」
ニーナが首を傾げた。
レオは視線をチラリとこちらに向けた。
「これで婚約破棄に必要なピースが全て揃ったわ」
ニーナとレオの気持ち、妃候補としてのニーナの実績、私の商売の地盤。
最後の仕上げにかかる時がきた。
「エルザさん、本当にいいんですか?」
「いいのよ。私は他にやりたいことがあるの」
雪山の件で、抑えていた米欲と酒欲が爆発している。
本気で、そろそろ元の世界に帰りたい。
「それで、何をするつもりだ」
レオが言った。
私はニヤリと笑って答えた。
「断罪イベントよ」
「「「断罪イベント?」」」
三人が声をそろえて言った。
私はポケットからメモを取り出した。
断罪イベント企画書だ。
私は三人に、イベントの概要をプレゼンした。
「……以上が、作戦の概要よ。来週大ホールで行われるレオさまの誕生パーティで、この作戦を決行するわ」
「勝算はあるのか? 失敗すれば、傷ものになるのはお前だぞ」
レオが険しい顔で言った。
「ニーナとレオさまが台詞を間違えなければ大丈夫よ」
制作者自らが書き下ろした台本だ。
将来はプレミアがつくだろう。
「俺は何をすればいい?」
「カイルは裏方よ! 照明とか、当日のスケジュール管理とか、色々お願いしたいの」
間違っても、この大根を表舞台に出してはならない。
「しっかり予行演習しましょう!」
残り一週間で、運命が決まる。
元の世界に帰ったら、まずは日本酒を飲もう。
そう心に決めて、台詞の練習に取りかかった。
* * *
一週間後。
厳しい練習と念入りなリハーサルを重ね、私たちは断罪イベント当日を迎えた。
今日は土曜日のため、学園は休みだ。
夕方に準備を済ませて、馬車で学園に向かっている。
ドレスは黒を選んだ。
一番悪役令嬢っぽい、という短絡的な理由だ。
「エルザ、ネクタイは曲がっていないか?」
隣に座るハンスが、ネクタイをいじりながら言った。
エスコートを頼んだのだ。
本来はレオにエスコートしてもらうべきだが、大喧嘩したということにしておいた。
「ええ、ビシッときまっていますわ」
婚約破棄エンドで元の世界に戻れたら、ハンスともお別れになる。
少し寂しい。
最初は私にとって他人だったが、いつもいい父親でいてくれた。
「お父さま、今日何があっても、私の味方でいてくれますか?」
ハンスの手を握って問いかけた。
「やはり、何か企んでいるな」
「そんなことありませんわ」
「ふん、何年お前の父親をしてると思ってる」
ハンスは、私の手の上にシワだらけの手を重ねた。
「お前を信じている」
「ありがとうございます」
そう言って微笑んだ。
ちょうど馬車も学園に到着したようだ。
馬車を降りて、ハンスにエスコートされながら大ホールに入る。
「あれ、エルザさまじゃない?」
「どうしてお父さまに?」
モブがざわついている。
計画通り、注目を集めている。
会場ではすでに、楽団による演奏が始まっていた。
優雅な音楽の中、使用人が飲み物や軽食を配っている。
私はハンスに付き添って、他の貴族への挨拶を済ませていく。
しばらくして、音楽が止まり、会場が静かになった。
チラリと時計を見る。
そろそろ、主役のお出ましだ。
「皆さま、お待たせしました。本日の主役、レオポルト第一王子のご入場です」
扉から、正装のレオが入場してくる。
横に、真っ白なドレスに身を包んだニーナを連れて。




