第11話 雪山の試練(後編)
その後、男二人はシュンとした様子で話しかけてきた。
相変わらず言葉はわからないが、握手を求められたので敵意はないだろう。
彼らは私たちをどこかに案内したいようだった。
あとをついていくと、ニーナとレオが消えた場所に戻ってきた。
彼らは、そこへ進めと手で示してくる。
「ここって……」
一歩踏み出した瞬間、胸ぐらを掴まれるような強い力で身体が前方にひかれた。
「あーーーれーーー!」
氷の上を滑るように、すいーっと高速で地面を移動していく。
木々の合間を抜け、視界の先に村のような場所が見えてきた。
「ぎゃっ!」
村の手前で、突然移動が止まった。
反動で地面に投げ出された。
続いて、カイルと男たちも到着した。
「エルザさん! カイルさん!」
遠くから、ニーナとレオが走ってきた。
インクまみれの私たちの姿を見て、目を見開いた。
「まあ! もしかしてヌリヌリ合戦を遊んだんですか!」
「ヌリヌリ合戦?」
「この村の伝統的なゲームです。決闘にも使われるらしくて」
一ミリも書いた記憶がない。
なんだそのセンスのない名前は。
「Setna apmart ohceh rebah rop nódrep. Olbeup la etrativni sonajéd ,aplucsid omoc.」
男の一人が、私を見て何か言った。
「『さっきはズルしてごめん、お詫びに村でもてなそう』って……何かあったんですか?」
ニーナが言った。
「ニーナ、この村の言葉も知ってるの?」
「違う! ここにきて、小一時間で読解してしまったんだ!」
「そんな、まだあいさつ程度です」
興奮気味なレオに、ニーナは照れくさそうに笑みを浮かべた。
ニーナは男の方へ歩み寄ると、流ちょうに話しかけた。
「¿Aírdop emrad anu allaot?」
予想以上に高度なあいさつだった。
男はニーナの言葉にうなずくと、近くの家の中に入っていった。
すぐに戻ってきた男は、私とカイルにタオルを差し出してきた。
ありがたく受け取る。
「村の中を見てくる」
「あ、ちょっとカイル」
カイルはタオルを受け取ると、それだけ言ってどこかへ行ってしまった。
「勝手なやつね。まあいいわ。ニーナ、何かわかったことは?」
ニーナは、ポケットから小さなノートを取り出した。
見知らぬ単語が大量にメモされている。
「まず、ここはウルガの村というそうです」
「ウルガ?」
「最近、山賊をしているやつらだ。古くからこの辺りに住む少数民族で、エーデルにもダリルにも属さない自由の民だ」
「とても山賊しそうには見えないわ」
村も人も穏やかな雰囲気だ。
「ああ。実際、死者も怪我人も出ていないのだが、言葉も通じず調査が難航していた」
その言語を小一時間で読解しているモンスターが、目の前にいる。
我ながらとんでもない人間を生み出してしまったと戦慄していると、一人の老人が近づいてきた。
「Sodinevneib, sodot. Yos le efej ed atse aedla」
「『ようこそ皆さん。私はこの村の村長です』って言ってます」
立派な白髭を蓄えた、優しい雰囲気の老爺だ。
以後、ニーナの翻訳でお送りする。
『その紋章、あなたはもしやエーデル王家の方でしょうか?』
村長はレオの制服のバッジを見て言った。
レオは一瞬迷って、小さくうなずいた。
『やはり……どうか、お助けいただけませんか。先日の崖崩れで道がふさがり、物資が届かなくなってしまったのです』
「もしかして、それで山賊を……?」
ニーナが、心配そうに尋ねた。
村長は静かに首を横に振った。
『私たちはダリルの商人に手紙を渡してほしいと、頼んだだけなのです。しかし、みな我々を賊と思って、荷物を置いて行ってしまったのです』
言葉も衣装も違う異民族だ。
勘違いが生じてもおかしくない。
『荷物は全て残してあります。どうか罪に問わないでください』
「むろん、罪に問うつもりはない。今必要なのは支援だ。担当部署に連絡を入れておこう」
「ダリルの商人には、私から連絡してみるわ」
ニーナが訳すと、村長の顔がパッと明るくなった。
『何とお礼を申したらいいか』
「当然のことだ。困ったら、いつでも連絡するといい」
『ありがとうございます。もうすぐ日が暮れます。粗末な場所ですが、今夜はぜひこの村にお泊まりください』
辺りを見ると、かなり暗くなっていた。
そういえば、私たちは学園の合宿中だった。
「私たちがいないって、騒ぎになってないといいけど……」
「問題ない。さっき鳩を飛ばしておいた」
レオが言った。
それなら、心置きなく冒険の夜を楽しめる。
『さあ、まずはご飯にしましょう。我が一族伝統の料理でおもてなしします』
「手伝います! あとウルガ語ももっと教えてほしいです!」
ニーナは飛び跳ねながら、村長の後をついていった。
* * *
やがて日が暮れて、辺りは闇に包まれた。
村の中心には、大きな薪がくべられている。
キャンプファイヤーを思い出す。
揺れる炎を囲んで、村人全員でワイワイとご飯を食べる。
素敵な文化だ。
カイルもいつの間にか戻っていて、焚火のそばで本を読んでいるようだった。
ニーナとレオは、ご飯を食べながら村人と交流している。
私もスープをもらってきた。
「カイル、何を読んでるの?」
カイルの隣に腰を下ろして、スープを一口すする。
寒空の下、温かさが沁みる。
「何でもない」
カイルは、すぐに本を閉じてしまった。
いつも読んでいるやつだ。
しかし、内容は頑なに教えてくれない。
「……いや、いいか」
揺れる炎をじっと見ながら、カイルが呟いた。
「笑わずに聞けよ」
「内容によるけど」
「じゃあ教えねえ」
「わかった、笑わない」
カイルはいぶかしげな顔をしながらも、こちらに本の表紙を見せた。
何も書かれていない、黒い革製の本だ。
「これは予言書だ」
「は?」
ついにバグったのだろうか。
身構えていると、カイルがパラパラと本をめくった。
「これを見てくれ」
カイルは、本の間から一枚のメモを取り出した。
「さっき俺が書いた、この村の地図だ」
地図を覗き込む。
全体像は把握していないが、入り口や今見える範囲の家々の位置取りは合っている。
「そしてこれが、予言書に書かれた地図だ」
カイルが本を開く。
そこには、仔細は違えど同じ構造の地図が書かれていた。
「他にも図書館にいた緑のやつのこと、譲渡会の変なやつらのことも書いてあった」
ゾンビと忍者衆のことだ。
「全部がこの通りに起こるわけじゃない。内容も断片的だ。俺も確信が持てなくて、今まで黙ってた」
「ねえ、私にも中身を見せてくれない?」
脳裏に一つの可能性がよぎった。
私の予想が正しければ、この本は灰すら残さず処分する必要があるかもしれない。
「……嫌だ。なんか企んでるだろ」
「そ、そそんなことないわよ! ね、ちょっとだけ! 私が知ってれば今後役に立つ情報もあるかもしれないでしょ?」
「目が泳いでるぞ」
伸ばした手が、カイルにパチンと叩き落とされた。
「大事なものなんだ」
カイルは、そっと本の背表紙を撫でた。
これ以上は追及しにくい。
それからしばらく、揺れる炎を二人で黙って見つめていた。
具だくさんのスープで腹も膨れて、眠くなってきた。
頬杖をついてウトウトしていると、突然村人たちがわっと歓声をあげた。
声のした方を見ると、村長が大きな樽を運んでいた。
樽には「吟醸酒」と漢字で書かれていた。
眠気が吹き飛んで、跳ねるように立ち上がった。
「きゃー! 酒よ酒! それも日本酒! なんでこんなところに!」
「お前未成年だろ」
「ぐえっ」
カイルに容赦なく襟を掴まれて、スープをリバースしそうになった。
結局酒にはありつけなかったが、楽しい夜だったので良しとする。




