第11話 雪山の試練(前編)
ホリデーシーズンに浮かれ始めた、冬のある日。
私たちは学園の合宿で国境付近の山を訪れていた。
貴族は乗馬や狩りといった社交イベントが度々発生する。
そうした場での嗜みを学ぶための合宿だ。
「寒いぃい……」
問題は、この山が雪山なことだ。
雪山の方がロマンチックだと思って設定したが、早くも後悔している。
合宿の拠点となる山小屋までは、足元の悪い雪道を登らなければいけない。
絶対に、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんがやることではない。
「エルザさん、大丈夫ですか?」
「遅れているぞ」
前を歩くニーナとレオが、振り返って言った。
植物園デート以来、二人は秘密裏に交換ノートを交わし、愛を深めているらしい。
ピュアすぎて、中身が三十路の女には眩しい。
「もう無理、死ぬ……」
「あと少しで山小屋だ。ほら、歩け」
気づけば、私たちのグループが最後尾になっていた。
カイルにバシバシとリュックを叩かれ、私は半泣きで歩みを進めた。
二十分ほど歩いて、ようやく山小屋にたどり着いた。
引率の教師が、今日のアクティビティを説明し始める。
地図に記されたチェックポイントを回り、スタンプを集めるというものだ。
「楽しみですね、エルザさん!」
ニーナは、隣でワクワクした様子だ。
このイベントで、婚約破棄のピースを揃えたいところだ。
「では、各班に分かれて課題を開始してください。赤いロープの外には、絶対に出ないように。気を付けて行ってらっしゃい」
教師の言葉で、モブの生徒たちは順々に部屋を出ていく。
「行きましょう、エルザさん!」
「あと三時間ぐらい休まない?」
「何言ってるんですか! 日が暮れちゃいます!」
ニーナに引きずられながら、外に出た。
* * *
課題開始から三十分。
私たちの班は、順調にスタンプを集めていた。
主にカイルとニーナとレオが、がんばっている。
「ここの小道を通って東側に抜けよう」
「いや、地形的にもう一本向こうの道だ」
「なるほど。カイルは地図読みがうまいな」
「ついでにFのチェックポイントも一緒に回れば、効率的じゃないですか?」
レオがルートを決め、カイルが地図を読み解き、ニーナも次々に提案していく。
いいチームワークだ。
私だって何もしていないわけではない。
バグが起きないよう、常に警戒している。
「おいエルザ、遅い。置いていくぞ」
レオに呼ばれた。
一応まだ婚約者なのだから、もう少し優しくしてくれてもいいじゃないか。
少し歩調を早めて、三人を追いかける。
その時、背後でパキッと枝が折れる音がした。
すかさず振り返ったが、何もいなかった。
しかし、確かに何かの気配を感じた。
「動物とか配置したっけ……」
私のことだから、ウサギとかシカとか無駄に置いていそうだ。
クマがいないことを願いながら、先へ進んだ。
そこからも順調にスタンプを集め、早くも半数ほど埋まった。
昼ごはんの時間も含め、残り三時間ある。
「ねえ、そろそろお昼にしない?」
「たるむな、まだ――」
「そうですね、私もお腹がすいてきました!」
「よし、ここで休もう」
ニーナの言葉に、レオが美しい掌返しをした。
大きなピクニック用のシートを敷いて腰を下ろす。
「わあ、レオさまのお弁当、すごいです!」
レオが、リュックから巨大な重箱を取り出した。
お正月にしか見ないやつだ。
「シェフが腕によりをかけて作った『Oh-Sechi』という料理らしい。皆も、好きに食べるといい」
「おせち……?」
「あっ、おい、エルザ」
思わず重箱に手を伸ばし、勝手にふたを開けた。
目の前に広がる光景に、私は息をのんだ。
「米!!!!!!」
私が恋焦がれてやまなかったものが、そこにはあった。
寿司、煮物、卵焼き、黒豆。
懐かしく優しい醤油の香り。
生きててよかった。
「ありがとうございます……レオさま……ううっ……」
三つ指ついて、丁寧にレオに頭を下げた。
嬉しくて涙が出てきた。
「な、泣くほどのことではないだろう。好きに食べろ」
「では、遠慮なく」
ズビズビと鼻水を啜りながら、マグロの寿司を一貫手に取る。
ドキドキしながら、それを口に運んだ。
「うんっま……」
目を閉じ、ゆっくりと寿司を味わう。
やっぱり帰りたい。
日本酒で寿司をつまみながら、友達とボイチャ繋いでブロックサバイバルしたい。
「よかったな」
カイルが、こちらをじっと見て言った。
「食べてみて、おいしいわよ」
「ああ」
「私もいただきます!」
久々の日本食を、お腹がパンパンになるまで四人で堪能した。
* * *
昼食を終えて片付けをしていると、再び背後で物音がした。
急いで駆け寄ってみたが、やはり何もいない。
「どうした?」
カイルが気づいて、様子を見にきた。
「さっきから誰かに見られている気がするの」
カイルは茂みをかきわけて、奥の方を覗き込む。
「これ、見てみろ」
カイルが、地面を指さした。
私も横からのぞき込む。
まだ新しい足跡があった。
足跡を目で追うと、赤いロープの先の獣道へ続いていた。
「嫌な予感しかしないわね」
「どうする?」
「生徒が間違って入ってしまった可能性もあるわ。放っておけない」
「それは奇病のせいで、ということか?」
「ええ。見に行きましょう」
茂みの先に進もうとしたところで、後ろからニーナの声がした。
「エルザさん、どこ行くんですか?」
「この先に誰かいるみたいなの。迷子かもしれないから、カイルと一緒に様子を見てくるわ」
「二人じゃ危ないです! 私たちも行きます!」
「えっ」
「そうだな。獣が出るかもしれないし、人数が多い方がいい」
予想外に、レオまで乗ってきた。
教師に連絡しろと言われると思ったが、相変わらずニーナに弱すぎる。
「わかったわ。気を付けていきましょう」
とはいえ、人数が多い方がバグったときに対処しやすい。
私たちは四人で、茂みの奥へ踏み入った。
木々がうっそうと茂り、少し暗く感じる。
時折雪が木から落ちて、バサッと大きな音を立てる。
「この先に進んだようだな」
レオが、赤いロープに触れて言った。
「これはなんだ?」
カイルが、身をかがめて地面を凝視した。
ピンクと青のインクのようなものが、所々に落ちていた。
「わからないわ……警戒しながら進みましょう」
ロープをくぐり、先へ進む。
この先も、しばらく雪山は続いている。
しかし、それだけだ。
他には何も配置していない。
しばらく足跡を辿って進んでいくと、不意に人の声が聞こえた。
「待って、誰かいる」
レオとニーナを下がらせて、カイルと二人で岩陰から声のする方を覗き見た。
二人の男がいた。
彼らは、カラフルなポンチョに身をくるんでいる。
エーデル王国でも、ダリル帝国の文化でもない。
「あ」
その姿を見て思い出した。
雪山の隅に、小さな辺境民族の村を作った。
しかし、特にイベントは組み込まず放置していた。
キャラクターのAIが判断して行動した結果だろうか。
男たちは、辺りを警戒しながら何かを話している。
聞こえるが、言葉がわからない。
そして男が横を向いたとき、その手の中にえらいものが見えてしまった。
「……やばい、銃持ってる」
やけにファンシーで現代的なデザインだが、おそらく銃だ。
気づかれないうちに、一度下がった方がいい。
そう思って動いた瞬間、雪に足を取られた。




