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デバッグ・アウト! 〜自作乙女ゲーの悪役令嬢に転生したけど、クソバグだらけでセルフ尻ぬぐいしてる件〜  作者: 上園 千紗


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番外編 エルザの休日

「米が食いてえ」


 ある日の土曜日、私の米欲が限界を突破した。


 この世界に来てから、主食はパンだ。

 当たり前だが中世ファンタジーの世界に、米はない。


 おにぎりとか卵かけご飯とか、雑に仕込んでいてもよさそうなのに、見事なまでに日本食が排除されている。


 なぜ、余計なところだけちゃんと仕事をしてしまうのか。


 内心でぼやきながら、キッチンに入った。


「お、お嬢様!? どうなさいました!?」

「私のことは気にしないで、仕事を続けて」


 キッチンにいた料理長と数名のメイドが、ギョッとした顔でこちらを見た。


 キッチンの戸棚を開けて、米を探す。

 料理長が近づいてきて、不安そうな顔で言った。


「お嬢様、何かお探しですか?」

「白い、これぐらいの粒々したものを見たことない?」

「いえ……存じ上げません」

「そう……」


 残る希望は、学園の食堂ぐらいだろうか。

 メニューにないので希望は薄いが、どこかに米が配置されている可能性はある。


「何か、召し上がりたいものがあるんですか?」

「ええ……昔食べた『米』ってものをどうしても食べたくて……」

「コメというものはありませんが、近い味を再現してみるのはどうでしょうか?」


 料理長が言った。


「再現……?」

「はい。食感や味の近い食材で代用するのです」


 米に代わるものなどない。

 そう思っていたが、私はふと昔テレビで見た映像を思い出した。


「小麦米……」


 小麦粉を米粒サイズに丸めて作る小麦米。

 テレビで見た時は狂気の沙汰だと思ったが、もはや他に希望はない。


 私は覚悟を決めて、料理長に聞いた。


「料理長、小麦はある?」

「はい、もちろんございます」

「じゃあ、調理スペースを借りていい?」

「とんでもない、作り方を教えていただければ私どもがお作りします」

「いいわ、自分でやりたいの」


 私はメイドからエプロンを借りて、手を洗った。

 時刻は16時。

 頑張れば、夕飯に小麦米が食べられるかもしれない。


 期待に胸を膨らませながら、私は小麦米の製造に取りかかった。


*    *    *


 その後、私は夕飯も食べずに小麦米を作り続けた。


 甘く見積もっていた。


 19時時点で出来たのは、お茶碗半分にも満たない量だった。

 23時近くまで丸め続け、ようやくお茶碗一杯の小麦米ができた。


「で、できた……」


 しかし、これをどうすればいいのだろうか。

 あいにく、総菜に生かされてきた人間で、料理には詳しくない。


 夜が更けて、料理長もメイドもとっくに帰った。

 静かなキッチンで、私は途方に暮れた。


「とりあえず炊いてみるか」


 鍋で米を炊く方法だけは、母に教えてもらって知っている。


 小麦米と水を鍋に入れる。

 マッチが上手く点けられずにいると、カマドのそばに埃を被ったチャッカマンがあることに気づいた。


 なぜチャッカマンがあって、米がないのか。


 思わずボヤいたが、ありがたく使わせてもらった。


 火加減に苦戦しつつ、カマドに張り付くこと一時間。

 そろそろいい頃だろうと、鍋を火からおろした。


「米、米米、こっめ〜」


 上機嫌に歌いながら、鍋の蓋を開けた。

 ブワッと水蒸気が上がり、視界が曇る。


 ワクワクしながら鍋を覗き込んで――絶叫した。


「あぁああああああああああああああ」


 そこにあったのは、パンだった。

 一生懸命ちぎって丸めた小麦米は、無情にも結合し、ただの巨大な小麦の塊に成り果てていた。


 七時間の努力が、水の泡となった。

 私は膝から崩れ落ちて、泣いた。


「お嬢様! いかがなされましたか!?」


 護衛の男が血相変えて飛んできた。


「うぅっ……私の米が……なくなった……」

「何をなくされたのですか!? 私がお探しします!」

「探しても、もうないの……」

「そんな……きっと、とても大切なものだったのですね……」


 護衛に支えられながら、ヨロヨロと立ち上がる。

 キッチンの壁にかかった鳩時計が、0時を告げた。


「お嬢様、もう夜も遅いです。部屋までお送りしましょう」

「嫌よ……私は米を食べるの……食べるまで帰らない……」


 そうだ。

 ここで私が挫ければ、二度とこの世界で米にありつけない。


 負けるな。

 作り続けるんだ、米を。


「作らなければ、食べられない」


 袖でゴシゴシと涙を拭いた。

 鼻水がついて、ビヨンと伸びた。


「あなたも手伝って!」

「は、はい?」


 呆気に取られている護衛に手を洗わせて、再び調理スペースに立つ。


「これは私たちにしかできない使命よ。絶対に朝までにやり遂げるわ」


 小麦の生地を護衛に渡す。


「よくわかりませんが、お嬢様のお役に立てるならがんばります!」


 眠気覚ましにコーヒー豆をかじって、私はふたたび小麦米との戦いに乗り出した。


*    *    *


 朝6時。

 二人がかりで丸め続け、二合分の小麦米ができあがった。


 人員追加の効果もあるが、明らかに私の生成スキルが上がった。

 最後の方は、形と大きさにもこだわった。

 どこからどう見ても、立派な米だ。


「ついにできたわ!」

「はい! ところでこれ、何ですか?」

「小麦米っていう食べ物よ。お礼に、後であなたにも振る舞うように言っておくわ」

「ありがとうございます!」


 護衛は朝の巡回の時間らしく、そのままキッチンを出て行った。


 彼には、過酷な労働をさせてしまった。

 特別手当を出してあげてほしい。


「お嬢様、まだいらっしゃったのですか!?」


 護衛と入れ替わりに、料理長とメイドが出勤してきた。

 テーブルに並んだ小麦米を見て、目をひん剥いていた。


「ちょうど良かった。これを調理したいのだけど、手伝ってもらえない?」


 同じ轍は踏まない。

 私は料理長に事情を話した。


「どうすればいいと思う?」

「大きめのザルに入れて、少量ずつくっつかないように茹でるのがいいでしょう」


 料理長が、手早く鍋を用意してくれた。

 アドバイス通り、まずは少量の小麦米を茹でてみる。


「本当だ! これなら大丈夫そうね」

「そろそろいいでしょう」


 料理長は、小麦米をザルからあげた。

 ドキドキしながら、試食してみる。


「うん、悪くないわ」


 食感は、思ったよりもっちりしていた。

 米とは違うが、見た目とサイズ感は米だ。


 そして何より、おかずを引き立てる無個性さ。


 大体あっているので、よしとする。


「料理長、これ、何と合うかしら」

「私も一口よろしいですか?」


 料理長も一緒に試食する。

 料理長は、天井を見ながら唸る。


「そうですねえ……カレーはいかがでしょう?」

「それだ」


 料理長の言葉に、私はポンと手を叩いた。


「今日のお昼にカレーと、茹でた小麦米を用意してもらえる?」

「かしこまりました」


 簡単に盛り付けを伝授して、キッチンを出た。

 眠気が限界だった。


 自室に戻り、着替えもせずベッドに飛び込んだ。

 ウトウトと心地よく微睡んでいると、部屋のドアがバーンと開いた。


「エルザさま! レッスンのお時間ですよ!」


 眠い目を擦って起き上がると、目を釣り上げた社交ダンスの講師が立っていた。


「サボりは許しません! さあ、行きますわよ!」

「いやぁああああああ! 寝させてぇえええええ!」


 抵抗虚しく、私はベッドから引きずり出された。


*    *    *


 結局一睡もできないまま、昼食の時間を迎えた。

 ウトウトしながら料理を待つ。


 まもなく、料理長がワゴンを押してきた。

 カレーのいい香りに、ちょっとだけ目が覚める。


「おお、カレーか。これはなんだ?」


 出された皿を見るなり、ハンスが小麦米を指さして言った。


「小麦米というものです。カレーと一緒に食べてみてください」


 そう促すと、ハンスは恐る恐るといった様子で小麦米を口に運んだ。

 そして、目を見開いた。


「うまい! うまいぞ、エルザ!」


 ハンスが勢いよく、カレーをかき込んでいく。

 私も手を合わせて、一口食べた。


「うまっ……」


 思わず声が出た。


 しかし、これはナンだ。


 口の中でじっくり味わっても、やっぱりナンだ。


「お嬢様自ら、夜通しお作りになったのですよ」

「ほう、それは美味いわけだ」


 料理長の言葉に、ハンスは嬉しそうな顔をした。

 半分は護衛のおっさんが丸めたのだが、黙っておく。


「エルザ、もっと作ろう! 売れるぞ、これは!」

「もう結構ですわ……」


 今度、学食に忍び込んで米を探そう。


 静かにそう決意した。



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