第7話 里親探しと忍者衆(後編)
「さっきから人も減っている」
言われてみると、街のNPCがほとんどいなくなっていた。
濃厚なバグの気配を感じる。
「あいつらも奇病の一種か?」
「その可能性もあるわ」
大筋のストーリーは組み込んだが、細かい部分は仮データだったはずだ。
「五人組……そういえば……」
カイルが独り言のように呟いた。
ポケットから黒い本を取り出して、パラパラとページをめくる。
そしてある一ページで手を止めて、目を細めた。
「何? どうしたの?」
「なんでもない」
本を覗き込むと、素早く閉じられてしまった。
今度、昼寝中にこっそり見てやろう。
「おい、こっちに来るぞ」
カイルが前を向いて、身構えた。
忍者のような装いの五人が、こちらに向かって歩いてきた。
こいつらを倒せば、セトからたんまり褒美をもらえる。
「あー! OKONOMIYAKIの屋台の人!」
ニーナが忍者衆を見て叫んだ。
OKONOMIYAKIは仕込んだが、コイツらには売らせていない。
ひときわ体格の大きい忍者が、前に出てきた。
一人だけ衣装が豪華だ。
こいつがボスだろう。
ボスは懐から短剣を取り出すと、何かを叫んだ。
『Umillas ilaw dha-la!』
私とカイルは首を傾げた。
ニーナとセトだけ、驚いた顔をした。
「ニーナ、これアルパ語よね? なんて言ってるかわかる?」
「『皇太子を渡せ』って言っています」
「皇太子?」
カイルが言うと、背後にいたセトが近づいてきた。
「僕です。僕が、ダリル帝国皇太子、セトです」
セトはそう言って、フードを脱いだ。
褐色の肌と白銀の美しい髪があらわになる。
「ま、まさかあなたがセト皇太子だなんて……! 危ないので下がっていてください!」
驚くふりをしつつ、セトをカイルの後ろに下がらせた。
私も一緒に隠れた。
「しかし、僕のせいでこの国に迷惑をかけるわけには……」
「いいえ、必ず私たちがお守りします! ニーナ、あの忍者に、なんかいい感じに言い返しといて!」
「はい!」
猫を抱えたニーナが、スッと前に出た。
以後、ニーナの吹き替えによりお送りする。
『それはできません! 皇太子は、私たちが守ります!』
『ほう、やれるものならやってみろ! お前たち、出番だ!』
突然、残りの忍者四人がボスの前に出て、横一列に整列した。
各々強そうな武器を構えている。
左端のナイフを持った男が、一歩歩み出た。
他の忍者たちは、構えたまま動かない。
ちょうどその時、ニーナが抱いていた猫が地面へ飛び降りた。
「あっ! だめ、猫ちゃん!」
猫はそのまま、男の方へ近づいていく。
『あぁん、可愛い猫ちゃんでちゅねえ、どこからきたんでちゅかぁ』
ナイフ男は猫を見ると、石畳に転がって猫を撫で始めた。
予期せぬ出来事に、カイルがポカンとしている。
「これは奇病か?」
「そうであってほしい」
『何をしている! 次!』
ナイフ男の隣、槍を構えた男が前に出た。
「えっ、ターン制? これターン制バトルなの?」
「うおお!」
槍男は叫びながら威勢よく走り始めた。
私は咄嗟にポケットをまさぐり、中のものを男の方に投げた。
「くらえ、私が転んだ石コレクション!」
バラバラと男の前に石が散らばる。
勢いよく走っていた男は、石の前でのけぞりながら急停止した。
そして、なぜか踵を返して初期位置に戻った。
「ちょっと! 転びなさいよ!」
悔しいが、追い払えたので良しとする。
『役立たずめ! 次だ!』
杖を構えた男が、自信ありげな顔で出てきた。
そして杖を天に掲げ、叫んだ。
『マグマよ!』
しかし、それきり何も起きなかった。
沈黙の時間が流れる。
男は、杖を下ろすと気恥ずかしそうに下がっていった。
「うん……この世界、魔法ないからね……」
『もういい! 次!』
右端の女が出てきて、マントをばっと脱ぎ捨てた。
下着のような、露出の多い服だった。
『私の虜になりなさい!』
『はしたないぞ! 場をわきまえろ!』
セトがアルパ語で叫んだ。
さすが皇族、圧がすごい。
ダリルは宗教上、肌の露出に厳しい。
女はセトに怯んだのか、マントを羽織って下がっていく。
「そのぺったんこでよくやろうと思ったわね」
ボリュームに関わらず年齢制限が引き上がるので、脱がないでほしかった。
忍者たちの後ろで、ボスがワナワナと怒りに震え始めた。
その様子を見ながら、カイルがボキボキと手を鳴らした。
「カイル?」
「やる」
『役立たずめ! お前ら全員――』
ボスが前に出て叫ぶ。
同時にカイルが駆け出して、男に膝蹴りを喰らわせた。
男は物理演算を無視した動きで、後ろにぶっ飛んでいった。
『くそっ、まだお前のターンじゃ……』
そう言い残して、ボスは気を失った。
「ひゅー! やるー! さすがスラムの男!」
「おい、ボスはやったぞ。まだ続けるか?」
カイルが、残った忍者たちを睨んだ。
すると四人は、ボスを残して蜘蛛の子を散らすように去っていった。
結局、忍者のくせに忍者らしい道具を何一つ使わなかった。
「カイルさん! 大丈夫ですか!?」
「俺はなんともない」
ニーナが心配そうにカイルを見た。
「ありがとう、君たちは命の恩人だ」
セトが深々とお辞儀をした。
ほぼ敵の自滅な気もするが、思惑通り恩は売れた。
「当然のことをしたまでです」
さあ早く、褒美を差し出せ。
悪い顔になっていたのか、カイルに半目で見られた。
「ぜひ、お礼をさせてくれないか。我が家の晩餐会に招待しよう」
ニーナが目を輝かせる横で、私は青ざめた。
我が家ってどこだ。
私はそんなマップを作っていない。
「わ、私ものすごく厄介な食物アレルギーを三十種類以上持っているので遠慮しますわ」
「お前なんでもバクバク食ってるだろ」
肘でカイルの脇腹を小突いた。
余計なことばかり言う。
必死の交渉の結果、お礼は「文化祭で売る商品の宣伝を手伝う」ということで決着した。
残り七匹の猫は、すべてセトが引き取ってくれることになった。
カイルはお礼を断り、代わりに猫を引き取ってほしいと頼んだのだ。
無欲なやつだ。
ほどなくして、セトの迎えの馬車が到着した。
「では皆さん、本当にありがとう」
「とんでもありません。こいつは、私たちが責任を持って警察に渡しておきますわ」
ロープで縛ったボスを指して言った。
まだ寝ている。
「頼みます。また会えるのを楽しみにしています」
セトを見送って、私たちも帰り支度を始める。
ちょうど警察官が自転車で通りがかったが、バグって話を聞いてくれなかった。
仕方がないので、ボスを自転車の荷台に括り付けてお持ち帰りいただいた。
「なんだか、変な人たちでしたね」
ニーナが言った。
敵どころか、変な人としか思われていないようだ。
「あんなにポンコツにした覚えないんだけど、私バトルデザイン下手くそね……」
正直、ちょっと凹んでいる。
全てバグであってほしい。
そう願いながら、街を後にした。
* * *
その夜、私は父――ハンスを夕食に誘った。
ハンスは細身の長身で、髪色も高飛車な雰囲気もエルザとよく似ている。
いかにも貴族という感じだ。
「今日はどうした」
ハンスが言った。
ハンスは仕事人間で、普段は仕事の片手間に部屋で食事を取っている。
しかし、エルザが頼めばいつでも一緒に食事をしてくれる。
金にはうるさいが、娘への愛情は人並みにある。
「ダリル帝国のセト皇太子とコネクションができましたわ」
「ほう」
ハンスは肉を切る手を止めて、こちらを見た。
「今度の文化祭で、個人で店を出そうと思っています。その商品を、セト皇太子に宣伝していただけることになりました」
「何を売るつもりだ?」
「それはまだ内緒ですわ」
本当は何も考えていないだけだ。
そろそろ真剣に考えなければ。
「モントシュタインの名に恥じぬ商品を作るのだぞ」
「はい」
畑が違うが、これでもモノづくりのプロだ。
市場に出て恥ずかしくないクオリティのものを作るつもりだ。
「それで、本当は何を聞きたいんだ。わざわざ私を食事に呼んだんだから、それだけじゃないのだろう」
さすが父親だ。
よくわかっていらっしゃる。
「レオ王子との婚約のことです」
ナイフを置いて、口元をナプキンで拭った。
「率直に申し上げて、彼は私を大事にしていません。このまま嫁げば、不幸になります」
「娘を不幸にしたいわけではないが、すでに決まったことだ。貴族として、家に利をもたらすことが仕事だとお前も分かっているだろう」
想定内の答えだ。
ハンスは、これだけでホイホイと婚約を破棄させるほど甘くない。
「ではもし、私が婚約以上の利益をこの家にもたらせば、どうしますか?」
ハンスの目がキラリと光ったのを、見逃さなかった。
「……本当に実現できた時に考える」
「わかりました」
婚約破棄の実現に向けて、温めていたアイディアがある。
ハンスの反応を見る限り、実現性はありそうだ。
来月の文化祭で、勝負に出よう。
気合いを入れて、食べかけだった肉を頬張った。




