第7話 里親探しと忍者衆(前編)
猫の譲渡会を間近に控えた、夏の終わりのある日。
私とカイルとニーナは、裏庭に集まって昼食を食べていた。
目的は、譲渡会の準備だ。
「ニーナ、学園内での里親探しはどう?」
押し付けたわけではない。
ニーナがやりたいと言うので、ありがたくお願いしたのだ。
「二十匹は、このまま学園で飼育して良いと教頭先生と王子から許可がもらえました。三十匹は王宮へ、三十三匹は学内で里親が見つかって、残りは十八匹です」
「何で教頭先生に? 校長先生には、許可を取らなくていいの?」
「校長先生は長期休暇中で、教頭先生の許可でOKだそうです!」
勝手に休暇に入っている。
AIの判断だろうか。
「そう。とにかく、あと十八匹を明日の譲渡会に連れていくわけね」
「はい!」
そのまま話していると、二人の女子生徒が通りかかった。
「あら、ニーナ。ごきげんよう」
「カーラさん、リンカさん、ごきげんよう! 猫ちゃんは元気ですか?」
「ええ、とっても元気でかわいいわ」
「うちも、お父さまもお母さまもメロメロなの」
どちらも名家の伯爵令嬢だ。
二人はしばしニーナと猫トークに花を咲かせ、笑顔で去っていった。
平民のニーナは、貴族に疎まれて学園に馴染めていなかった。
里親探しが、交流のきっかけになったのかもしれない。
これは、私にとって良い兆しだ。
ニーナの株が上がるほど、私の婚約破棄がスムーズになる。
「おい、その不気味な顔やめろ」
ニヤニヤとニーナを見ていると、カイルに言われた。
また、いつもの黒い本を読んでいる。
「ねえ、その本は一体何なの? そろそろ教えなさいよ」
「嫌だ」
素っ気ない返事が返ってきた。
この本に関してはやけに頑固だ。
カイルはそそくさとポケットに本を片付けてしまう。
取り付く島もなさそうだ。
私はふんと鼻を鳴らして、ニーナの方へ向き直った。
「ニーナ。譲渡会への登録も、もう済んでいるのよね?」
「もちろんです!」
バグってなければ、使用人が全部やってくれるはずだ。
これで譲渡会に必要なフラグは全て揃った。
ちょうど予鈴が鳴ったので、待ち合わせ場所を決めて、二人と別れた。
* * *
翌朝。
裏門でカイルとニーナと落ち合った。
いつも閉まっている裏門が、今日は開いている。
「先に人柱になっておいたぞ。特に異常はなかった」
「天才」
思わず拍手した。
「じゃあ、行きましょうか! 人が多いから、はぐれないようにね」
ニーナとカイルが頷いた。
初めての郊外マップにドキドキしながら、門をくぐった。
「わあ、朝から賑やかですね!」
ニーナがはしゃぐ。
街の入り口には露店が並び、人で賑わっていた。
つまり、バグもそれだけ多いはずだ。
用心しなければならない。
「私、朝ごはん食べてないんです……」
ニーナは露店を見ながら言った。
ミートパイや新鮮なフルーツ、朝からワインなんかも売っている。
「買ってきたら?」
「エルザさんとカイルさんのも買ってきます! 先に行っていてください!」
「いや、私は……」
家でたらふく食べてきたのだが、ニーナはすでに走り出していた。
「行っちゃったわ。私たちは広場で準備してましょう」
「ああ」
そのまま一本道を進むと、大きな広場に出た。
猫の譲渡会は、ここで行われる。
柵で区切られたスペースがいくつもあり、その中に猫を放すようだ。
すでに多くの参加者が準備を進めていた。
広場には、人と猫の声が響いている。
「私たちは、七番のスペースを使えばいいみたい」
柵の入り口に掛けられたプレートの番号を指さす。
しばらくして、七番のスペースを見つけた。
なんだか、コミケを思い出す。
ちょうど、我が家の馬車も到着した。
使用人は、ケージに入った猫たちを次々に降ろしていく。
「エルザさん、カイルさんー!」
ニーナも帰ってきた。
両手に大量の食べ物を抱えている。
「いっぱい買っちゃいました! これはカイルさんに!」
ニーナは、カイルに巨大な骨付き肉を差し出した。
ハンターもびっくりなサイズだ。
「あ、ありがとう……」
カイルは引き気味に受け取った。
朝からこれは重い。
「エルザさんにはOKONOMIYAKIです!」
「なんて?」
ニーナが差し出したものを凝視する。
お好み焼きではない、これははしまきだ。
お好み焼きを割り箸に巻いた、屋台の定番グルメだ。
「OKONOMIYAKIはダリルの料理らしいです! 店員さんもダリル出身で、アルパ語でお話ししちゃいました!」
ニーナは頬を紅潮させて、興奮気味に言った。
ダリルは多民族国家で、アルパ語も公用語の一つだ。
そのため設定自体に矛盾はないのだが、露天商にそんな細かい仕込みをしただろうか。
実害はないので、気にしないでおく。
それにしても、おいしそうだ。
この世界に来てから、洋食しか食べていない。
久しぶりの日本の食事に、満腹を忘れて喉が鳴る。
「どうぞ!」
ソースの香りが、風でふわりと漂う。
その香りに負けて、はしまきを受け取った。
一口かじると、とんでもなくおいしかった。
「米と刺身が食べたいな……」
懐かしい香りと味に刺激されて、日本食への欲求がダダ漏れた。
* * *
朝食後、準備を済ませて無事に譲渡会が始まった。
皆、多種多様な猫を連れているが、うちは黒猫一本勝負だ。
柵内でくつろぐ総勢十八匹の黒猫は、他を圧倒していた。
「見て、ママ! 黒猫がいっぱい!」
「かわいいわねえ。黒猫はとっても縁起がいいのよ」
親子が猫を見ながら言った。
不吉の象徴とされがちな黒猫だが、この世界では幸運の象徴として人気が高い。
私が黒猫贔屓ゆえに盛り込んだ、趣味の極み設定だ。
順調に里親が決まっていき、午前中で半数の猫が引き取られた。
昼過ぎ、ちょうど人が少なくなったタイミングで、一人の男性が私たちのスペースを訪れた。
「すみません、猫を触ってもいいですか?」
男は言葉がカタコトだった。
顔を隠すような黒いフードに、質素な服を着ていたが、ズボンの裾から上等な靴がのぞいていた。
間違いない、ダリル帝国の皇太子・セトだ。
私が譲渡会に来た理由の一つは、この人とのつながりを作っておきたかったからだ。
「ええ、もちろんですわ。こちらへどうぞ」
極限まで口角を上げて、セトを柵の中へ案内する。
数匹の猫が、わらわらとセトに擦り寄ってきた。
「まあ! この子たちが、こんなにすぐ懐くなんて! いつもは、すごく警戒心が強いんです。あなたの人の良さが溢れ出しているのかしら」
最大限にゴマをすっておく。
「そうなのですか?」
セトが、チラリと横の客を見る。
その客が撫でる猫は、腹を見せてゴロゴロ鳴いていた。
「ええ! 個体差はありますが!」
セトと客の間に、サッと身体を割り込ませた。
「そうですか。とても愛らしいですね」
セトは、猫を抱き上げて頭を撫でた。
猫は気持ちよさそうに、セトに身を委ねている。
そのまましばらく、セトは数匹の猫と戯れていた。
「エルザ」
ふと、他の客の対応をしていたカイルが小声で話しかけてきた。
「8時の方向に変なやつがいる。多分、五人」
カイルの言う方向を見ようとしたが、ガッと首根っこを掴まれた。
「視線だけで見ろ。気取られる」
唐突にステルスゲーが始まった。
言われた通り、一生懸命目玉を動かした。
視界の端に、こちらの様子をうかがう怪しい集団がいた。
きた。
これが譲渡会の裏イベント、『ダリル帝国皇太子、誘拐未遂事件』の始まりだ。




