第6話 秘密の図書館(後編)
ダイヤル錠は、無事に開錠できた。
今後パスワードを要求されたら、とりあえず「0000」で試そう。
閉架書庫内も、カイルと手分けして目当ての本を探した。
背表紙の色が特徴的な金色なので、すぐ見つかるだろう。
ちなみに、なぜ本の内容を覚えていないかと言うと、デイリーを回す片手間で書いた適当な仮テキストだからだ。
案の定、五分もせずに本を見つけた。
「見つかったわよー!」
奥で探しているカイルに向かって叫んだ。
壁際に置かれた小さなスツールに腰かけて、本を開いた。
「セト第一皇子を皇太子に指名……貴族階級では肥満が増加……ふーん」
載っているのは、比較的最近の情報のようだ。
ヒントがあるかもしれないので、家に帰ってしっかり読もう。
ほどなくして、カイルが戻ってきた。
「それが目当ての本か?」
「ええ。用はすんだわ。バグらないうちに帰りましょう」
立ち上がって、出口の方へ歩き出した。
その時、本棚の陰からぬっと人が出てきた。
「ぎゃあっ!」
驚いて後ずさった。
後ろに倒れそうになったが、カイルに背中を支えられた。
「あ、ありがとう」
「おい、あれはなんだ」
「え?」
カイルの視線は、正面の何かに釘付けだった。
恐る恐るそちらを見るを、バーコードハゲのゾンビがいた。
背が低くかなり小柄だが、顔はおっさんだ。
肌は緑がかっており、頭にバーコードリーダーが刺さっている。
「ぎゃあああ!」
カイルの腕をつかんで、ゾンビと反対方向に走り出した。
「なんだあれは!」
「知らない! あれはまじで記憶にない!」
「追いかけてきたぞ!」
「走りゾンビだぁあ!」
移動速度がちょっと速いやつだ。
ゾンビは、言葉にならない声を発しながら、一目散にこちらに向かってくる。
「カイル! 銃持ってないの! この前の黒いやつ!」
「持ってるわけねえだろ!」
「何でよ! 今でしょ使いどころ!」
後ろを見ると、ゾンビと少し距離ができていた。
動きは速いが、小柄なので歩幅が小さい。
横に逸れて、本棚の陰に身を縮めた。
「いい、カイル。あいつに噛まれたら私たちも化け物になるから、絶対噛まれないで」
「なんだそれ……」
「倒すには脳をふっとばさないといけないけど、さすがに無理ね」
そんなことしたら、年齢制限が上がってしまう。
何かで気を引いて逃げるしかない。
そもそも、なんでこんなところにゾンビがいるんだ。
あれこれ疑問がわいてきて、思考がまとまらない。
「ぎぃえぁああ……がぁ、いう……」
ゾンビの声が近づいてきた。
このまま死んだら、きっとゾンビゲームの金字塔に転生してしまう。
焦りが最高潮に達したとき、カイルにトンと肩を叩かれた。
「落ち着け。今までも何とかしてきただろ」
カイルの声は、落ち着いたトーンだった。
いつもと変わらない不愛想なカイルの顔に、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
息を大きく吐いて、うなずいた。
「そうね。大丈夫。あいつもただのバグよ」
自分に言い聞かせるように言った。
そして、ふと思いついた。
「そうだ、バグだわ! カイル、ちょっとの間、時間を稼いで!」
「は!?」
カイルの腕を引いて、ゾンビの前に姿を現す。
「ヘイ、ゾンビ! お前の頭バーコード!」
我ながら語彙力のない悪口だ。
しかしゾンビは奇声をあげて、全力でこちらに走ってきた。
「じゃ、よろしく!」
「おい!」
カイルを置いて、出口に向かって駆け出した。
ゾンビは来ていない。
上手くカイルの方に行ってくれたようだ。
閉架書庫を出て、図書室に戻る。
転びそうになりながら、一冊の本を手に取った。
息が上がって苦しいが、休んでいる暇はない。
すぐさま閉架書庫に引き返した。
閉架書庫に入ると、カイルとゾンビがちょうど真正面を走っていた。
カイルと目が合う。すごい殺意を感じた。
「カイル! どいて!」
私が叫ぶと、カイルはすぐさま脇道に入った。
ゾンビがカイルを追いかけそうになったので、慌てて叫んだ。
「ゾンビー! こっちよ! あんたなんか割引シールで半額にしてやるんだから!」
ゾンビは声に反応して、こちらに走ってきた。
私は、足を上げて大きく腕を振りかぶった。
「くらえ! 開くと閉じられない本!」
真っ赤な本を、全力でゾンビに投げつけた。
本は空中で開き、ゾンビの腕の中にすっぽりと収まった。
そして――。
「あぐっ……あぎぃい……」
ゾンビは本を手に持ったまま、動かなくなった。
「よっしゃあ! ナイスバグ! カイル、今のうちに出るわよ!」
「ああ!」
カイルが走ってくる。
一緒に閉架書庫を出て、素早く錠をかけた。
封印完了だ。
力が抜けて、扉の前でズルズルと座り込んだ。
カイルも、隣でしゃがみ込む。
いつも涼しい顔をしているのに、息が切れている。
「死ぬかと思った……」
「お前、また俺を囮にしたな……」
「ちゃ、ちゃんと助けたじゃない」
それにしても、あのゾンビは一体どこから湧いたのだろうか。
作った記憶はないが、自分の記憶ほどあてにならないものはない。
「あのゾンビとやらは、大丈夫なのか」
「ゾンビの心配なんていいわよ」
カイルは、なぜか難しい顔をしている。
それよりも、何かの拍子に封印が解けないか心配だ。
パスワードもザルだ。
色々ありすぎて、頭が痛くなってきた。
「さっき、奥に変なものを見た」
カイルは、さらに恐ろしいことを言い始めた。
あれより変なものとは、何のことだろうか。
「壁に、大きな穴が開いてたんだ。その奥から、青い光が漏れていて……なぜか、懐かしい感じがした……」
なんでもズバズバ言うカイルが、珍しくあいまいな物言いをした。
正直、全く心当たりがない。
ここにはもう、近づかない方がいいかもしれない。
「それに、森と湖が……いや、そんなわけないか……」
「それって、カイルが探してる場所?」
返事がない。
カイルは口元に手を当てて、一人でブツブツ言っている。
私は肩をすくめた。
ポケットから学園マップを取り出して、図書室に大きく×印をつけた。
「とりあえず、ここは封印よ」
「俺はもう一度、奥を調べてみたい」
「ダメダメダメ! ゾンビゲーになっちゃうから、やめよう、ね」
カイルの肩をガタガタと揺らして言った。
その瞬間、ドンと内側から扉が叩かれた。
カイルもギョッとした顔で扉を見た。
「帰る!」
カイルを置いて、全速力で逃げ出した。
もう二度とここにはこないと、固く誓って。




