第6話 秘密の図書館(前編)
容赦なく降り注ぐ日差しに、座っているだけでも汗をかくような気温になってきた。
裏庭生活を諦めた私は、この日初めて教室で授業を受けた。
一日中外にいたら、エンディングを迎える前に干からびて死んでしまう。
そのうえ、このゲームでは一年の出席日数が半分を切ると退学になる。
そろそろマズいと思い、腹を括った。
「暇だ……」
ノートの端に落書きしながら、小声で呟いた。
授業中は、幸いにもチョークがあらぬ方向に吹っ飛ぶ以外のバグは起きなかった。
昼休みのチャイムと同時に、そそくさと教室を出た。
そのまま裏庭に行くと、すでにカイルがベンチに座っていた。
リンゴを齧りながら、いつもの黒い本を読んでいる。
「早いわね」
カイルはこちらをチラリと見ただけで、何も答えなかった。
隣に腰を下ろし、使用人からもらったランチボックスを開けた。
右手でサンドイッチを食べながら、左手で学園マップを広げる。
「今日は、図書室に行きましょう」
マップを指さした。
図書室は、三階の南側にある。
カイルは読んでいた本から顔を上げて、首を傾げた。
「図書室? 何しに?」
「図書室の奥にある閉架書庫に行きたいの」
「別にいいが、あの図書室の本、基本的に内容がペラペラだぞ」
私が一生懸命書いたテキストに、なんてことを言いやがる。
「カイルだって読んでるじゃない。それは図書館の本じゃないの?」
ちょっとカマをかけてみた。
前に、個人的にノートだと言っていたが、何か隠しているように思う。
しかし、一向に教えてくれない。
「これは……違う。俺が最初から持ってたものだ」
「最初から持ってた? 最初っていつのこと?」
詰め寄ってみたが、無視された。
カイルは本を閉じ、ポケットに入れてしまう。
そんなに隠されると、逆に気になってしまう。
「それで、閉架書庫に何があるんだ」
「ダリルの情報が色々と載った本よ」
来月行われる猫の譲渡会に、お忍びでダリルの皇子がくる。
商才開花ルートでは、ここで皇子とのコネクションを作っておくことが必須だ。
作った商品が国内でヒットし、その後皇子経由でダリルでもヒットするという筋書きなのだ。
商才ルートのシナリオは、ダリルでもヒットするところで止まっている。
しかし、そこまで進めば大金が手に入るので、ちょっとだけつまみ食いしたい。
簡単に言うと、金に目が眩んだ。
……と、正直に言えばカイルに引かれるのが目に見えているので、適当なことを言っておこう。
「来月、文化祭があるでしょう。あれはダリルの提携校との文化交流が目的なの。そのための情報収集よ」
「ふーん」
心なしか訝しげな顔をされた気がするが、嘘は言っていない。
「じゃ、放課後に図書室集合ね!」
残りのサンドイッチを、口に押し込む。
追及される前に、教室に逃げ帰った。
* * *
放課後、予定通りにカイルと図書室前で落ち合った。
時刻は17時。
この時間なら、バグっても最悪18時に帰れる。
カイルに軽く下見してもらったところ、大きなバグはないようだった。
「閉架書庫ってのは、奥のダイヤルロック付きの扉のことか?」
「ええ、そうよ」
「暗証番号は?」
「図書館の本のどれかに、暗証番号を書いたメモが挟まってるわ」
「ザルで助かる」
話しながら、図書室に入った。
中には、数名のモブがいた。
皆、静かに本を読んでいる。
「私はAからMの棚まで探すわ。カイルは、それ以降をお願い。ちょっと背表紙が出てる本を中心に探して」
「多分、わかった」
手分けして、本棚を探していく。
数千冊の本があるが、重要度の高い本は少し前に飛び出す仕様になっている。
D列辺りにパスワード入りの本を配置した記憶があるので、とりあえずD列を探る。
「あ、こんなの書いたなあ」
『貴族のたしなみ』と題されたその本には、社交の基礎が書かれている。
ここで知識をつけておくと、社交イベントで選択を誤りにくい。
つい、一冊一冊見返してしまう。
しかし、肝心のパスワードはD列の棚になかった。
やはり私の記憶はあてにならない。
諦めて、A列から順に探すことにした。
A列の右端に、『危険』と書かれた本があった。
「こんなのあったっけ?」
手に取って、開いてみた。
中には、「仮」とだけ書かれていた。
ゴリゴリの仮テキストである。
見なかったことにして、本を閉じようとした。
しかし――。
「ん?」
閉じられなかった。
身体が固定されて動けない。
本を開いたまま、モーションがフリーズしている。
「バグった……」
幸い、声は出るし頭は動く。
私は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「カイルー! 助けてぇえー!」
モブがはじかれたように顔を上げてこちらを見たが、気にしない。
しばらくして、慌ただしく近づいてくる足音が聞こえた。
「どうした!?」
カイルが私を見つけて駆け寄ってきた。
走ってきてくれた。いいやつだ。
「本が閉じられないの……」
「は? 動けないのか?」
「ええ、首から下が全く動かないわ」
カイルが、私の手元をじろじろと見た。
そして、本の背表紙を見て、思い切り顔をしかめた。
「お前、これをわざわざ開いたのか」
「開いたから動けなくなってるの」
「アホなのか?」
デカいため息をつかれた。
落ち度は私にあるので、何も言えない。
「で、どうやって直すんだ」
「閉じる判定が上手くいってないから……本を叩き落として閉じてくれれば、多分直るわ。あ、でもカイルは本に触らないで。何か棒とかで本を――ぎゃあっ!」
話している途中で、容赦なく腕にチョップを食らった。
反動で本が床に落ちて、閉じた。
同時に、身体の自由が戻った。
「直ったか?」
「痛い!」
「文句言うな。早くパスワードを探さないと、時間切れになるぞ」
カイルはそう言って、持ち場に戻っていった。
私は、閉じた本を拾い上げて、本棚にしっかりと押し込んだ。
それから数分もしないうちに、カイルはまた私のところへ走ってきた。
「おい、パスワードってこれか?」
カイルが小さなメモを差し出してくる。
どうやら見つけたらしい。
「グッジョブ!」
メモを受け取る。
真っ白な紙には「0」が四つ並んでいた。
「リテラシーのかけらもないわね」




