間層 より苛烈な地獄を《カレラ・ヤング》
この世は生ぬるい地獄でした。
物心つく頃から親はおらず、興味も無かった。
悼んだり恋しく思うにはあまりに過去のことだった。
親が居ない上各地を点々とする時期もあった。特に無秩序な地域は良い。強ければ上に立つといういたってシンプルな構造だから。
色々と試行錯誤して内部から瓦解させたときの愉悦といったらもう。
そんなふうに退屈を紛らわせていたある日。
世界が一変した。楽しみが増えたといった方が正しいだろう。
スキルというものが芽生えたのだ。ダンジョンは正直どうだってよかった。結局人の生活圏に変わりは無い。これだと思い、不自由で健全な生活から脱した。
お世話になっていた料亭の人とお兄様と決別するためにも
ひと芝居うち、召喚した炎の狼に連れ去ってもらい、国を出た。移った場所は日本。料亭の常連から色々と日本の話を聞いて興味が湧いていたのだ。
平和で、秩序と自由が両立された地——。
「悲鳴と混沌に塗れ、生きる実感を味わってほしい」
そして願わくば。
正義の剣に貫かれて終わりたい。
そんな思いで策謀と呼ぶには単純な下準備をしてきた。ハインスラと名乗る素性の知れぬ宗教団体に入り、そこで得た人脈と知識をもとにモンスターを門の内に閉じ込めて集めた。
——お兄様が来日したと聞き、計画を前倒しにすることに。我ながら幾ばくか詰めが甘い要素もあるが、それもまた一興。
人を使ってお兄様の居場所を突き止めて通り道に待機。
ゆっくりと、これからの楽しみを噛み締めるように彼の前に姿を見せた。
軽い挨拶をして、門を開く。
お兄様は案の定驚き、そしてドラゴンという前座に怯むことなく追いかけてきた。
「良い表情でした。しかし、お兄様では……いえ、あのリーフとハインスラが出てこない限り、人間ではこちらの戦力には敵わないでしょうけど」
どんな悲劇を、喜劇を見せてくれるのか。
そもそもこのドラゴンでさえ、地獄から持ち出した希少な種族。前座すら倒されることなく終わってしまうかもしれない。最終的にはリーフが介入してくると思うけど——ふふっ、どうなるのでしょうね。
宣言通りタワーの頂上へ向かう。
「——らぁ!」
高度を上げようとしたその時、急に気合いの入った声が聞こえた。
と同時に乗っていたドラゴンが大きく揺れた。
「かった! 全盛期の俺のエクスカリバーかよ」
想定外の横槍を入れてきたのは、相変わらず意味不明なことばかり話す少年、ミナミ・ヤオエダだった。
彼は殴りつけた拳を振って痛いアピールをしながら、どういう仕組みか空中に浮いていた。というよりホバリングしていた。
「あれ、あんた確か、シスコンに追われてるヤングちゃんだっけ」
「……まあ、覚えてくださっていたのですね」
なぜだろうか。
彼と話していると背筋が伸びてしまう。
狂気を求めているはずなのに、目の前の少年のそれはあまりに常軌を逸している。
求めている、「普通の幸せを抱く人間が絶望や混沌の最中に見せる狂気」とは異なり、彼のそれは「幸も不幸も関係なしに宿す、ズレた正常」という狂気だ。
狂人は何度も見てきたが、ここまで自意識と外面がズレている人間はそう居ない。
「これ、起こしてんのアンタだろ?」
「…………そうだと言ったらどうなるのかしら?」
「んー。際限なく出てくるならぶっ飛ばして止める。そうじゃないなら追加が来ないようにぶっ飛ばして殲滅する」
「結末は同じですのね。それでは、やってみなさい!」
恐ろしいのはその精神性のみ。
戦力的には何の心配も無い。余裕綽々で追加の手を打つ。
「【地獄門・裏門】」
地獄の最高幹部三人を呼び出した。
ゆらりと現れる三つの人影。
一つは灼熱に燃え。
一つは極寒を纏い。
一つは黄金を抱いて。
この布陣はおそらくリーフですら突破できないはず。
ドラゴンの背に乗ったまま、笑みを浮かべ——
「隙あり!」
「へ?」
唐突に目の前にミナミの姿が現れ、腹部を殴り飛ばされた。
「がっ……」
「そいや!」
今度は顎にクリーンヒット。
どうやら彼には順番や情け容赦という概念が無いらしい。
「ぁ……」
そこでわたくしの意識は途絶えたのだった。




