間層 地獄の門は開かれた。《ガレル・ヤング》
——All I need is my family.
そういう価値観を持つ者は少なくない。
僕、ガレル・ヤングもその一人。僕と妹のカレラ・ヤングは、物心つく頃には親に捨てられていた。
だからこそ、誰よりもたった一人の家族が大切だった。
生きるのが苦痛な時だって、カレラさえ居てくれれば、僕は笑顔になれた。
兄妹揃って住み込みで料亭に拾ってもらえて、最近はようやく人並みの生活ができるようになった。一日二食にだってなったのだ。
——だというのに。
「た、大変だよ! カレラのやつが、炎の狼に咥えられて連れてかれた!」
「っ!」
僕ら兄妹を拾ってくれた料亭の女将さんが息も絶え絶えに駆け込んできた。どうやらその狼からカレラを取り返そうとしたのか、火傷を負っているのが見てとれた。
だが、それ以上にカレラの誘拐は認められない。
何としてでも連れ帰る。
決死の思いで駆け出し、そして僕は、追いついたのだ。
まるで待っていたかのように、意識を失っている様子のカレラを背中側に寝かせ、狼は襲いかかってきた。
必死に戦ったし、必死に抗った。
しかし、気付いたら病院と呼ばれる場所にいた。こんな綺麗な所は見たことがなく、死後の世界かと思ったのだが、療養施設だと説明された。
そしてそのまま、僕の無様な負け戦を才ありと見た軍の人がスカウト。妹を取り戻すためなら、どんなことだってしてみせる。
当然承諾し、変貌した世界について、そしてダンジョンについて身を持って理解していった。
数ヶ月経ち、単独で17層まで到達した頃には、探索者の中でも最前線に立つトップクラスになっていた。だけど、僕にとってそれはどうだっていいことだと思っていた。
僕と同じくひとりで、既に20層を突破していて、現在は20層後半に差し掛かっているのではと噂されている者の話を聞くまでは。
「ダンジョンの情報がここまで——」
彼の作ったダンジョンの攻略サイトとやらには、僕でも知らないことがいくつも記載されていた。
情報収集に特化したスキルなのではないかとあたりをつけ、僕は半ば勝手についてまわるネームバリューを活かしつつ日本にやってきた。
幸い、昔料亭にいた時に、常連の日本人から英語の読み書きだけでなく、日本語についても教わっていた。
そして噂の彼と会えた。
ただ、収穫は無かった。
分かったのは、クレバーなイメージだった噂のミナミ・ヤオエダが何を考えているか分からないクレイジーな人間であることだけ。
その後、ダンジョンに潜り、内部構造が全く一緒なのを確かめて帰還。
翌日、念の為探索者協会の本部長に、探し人のことを伝えた。
何の収穫も得られず、もはや妹は……なんて思ったが、その不安を振り払うように首を振る。
きっと生きている。そう信じることでしか、僕は——。
「Hi」
なんてことの無い住宅街。
僕の前に一人、小さな少女が現れた。
「My beloved brother. 元気そうで何よりです」
「カ……カレラ! 無事だったのか、良かった……」
「無事? 果たしてどうでしょうか。例えば、カレラ・ヤングに化けたモンスターかもしれませんよ」
「大丈夫。その感じは本人だから。兄貴の妹力は確かなものだから」
「“The power of sister”ね。愉快な語彙だこと。——ま、それじゃあ挨拶はこの辺で。開幕の時間ですもの」
「カレラ……?」
フワッと後方に飛び退いた。
カレラは手を合わせた。
そしてゆっくりと何かを引っ張るように手を開く。
手元に同期するように、カレラの後ろに巨大で禍々しい扉が出現した。
「【地獄門・完全開門】」
直後、背筋が凍る殺意のこもった炎が走った。
炎そのものな狼、漆黒の軌跡を描く鷹、地を泳ぐ瑠璃色のサメ。
そして、見覚えのある、ダンジョンのモンスター達。
見たことの無い化け物と、見覚えのあるモンスターの集団が続々とその門をくぐって現世に足を踏み入れた。
「そうですね。どうせならという言葉がありますし——この侵攻を止めたければ、あちらのテレビ塔の頂上にいるわたくしを殺してみせるといいでしょう」
目の前にいるのに、と言おうとしたタイミングで、門から出てきた巨大な竜がひょいっとカレラを背中に乗せて飛び立たんとする。
「くっ、【精密射撃】!」
【錬金術】で作り出したスナイパーライフルで撃ち落とそうとするも、外皮で難なく弾かれてしまった。
「カレラ!」
「さあ、愛しのお兄様? あがいて、もがいて、楽しいショーになることを期待していますよ」
僕は遠のく妹に手を伸ばす。
だが、その手は、今だからこそ分かる、彼女の尖兵によって弾かれてしまう。
だから——
「Get out of the way, all of you! You're in my way!」
邪魔者を排除してひたすらに前へ進むのだった。




