26層 働きアリと怠けアリ
——みなさんは“アリとキリギリス”をご存知だろうか。
俺はあんまり知らない。なんか夏休み前に校長が話すときくらいしか耳にしない。
「なあ?」
俺が雑に投げかけるも返ってくるのは言葉にならない鳴き声だけ。
それもそのはず、ここは蟻(?)の巣だからである。
俺は蝋のような黄色い固体でガッチガチに固められていた。要はモンスターに捕まっているわけだ。
こうなったのは、おそらく数時間前に遡る。
いかんせん気を失っていたので時間感覚は無いが、まだ学校には間に合うだろう。
一旦転移して退出手続きをしてから学校に向かう。
転移の際に俺を固めていた黄色いものは消えたので、モンスター由来の何かなのだろう。
ともあれ、学校で授業を受けながら昨日の激闘を思い返した。
§§§§
26層へ足を踏み入れてすぐ、見慣れてきた森林の中に、一際異質な木が遠くでポツリとそびえ立っていたのが目に入った。
普通の木とは明らかに異なり、葉が生い茂る場所に、大きな蜂の巣のブロックみたいな六角形が三つあるのみだった。
あそこに何かありそうだなと考えながら周辺の探索を開始する。
少しその辺を歩くと、虫と遭遇した。
しかし、向こうは明らかに気付いていない。
というかめっちゃくつろいで眠っているようだった。
「蟻、なんだろうけど……。あれだな、サボってる警備員みたいな感じだ」
小型犬サイズの蟻。
俺も眠ってる間に死にたいなと考えながら、頭部を踏み抜いて薄黒い霧に変えてやった。
やられて嬉しいことをやってあげる俺、優しい。
数匹ほどそんな蟻を潰しながら進んでいると、地面が揺れた。嫌な予感がして飛び退く。
「アリジゴク……じゃねぇな! 蟻の大群……キモキモ!」
地面から飛び出してきたのは、先程寝こけていたのと同じ種族、その大群。
おかしいとも思ったが、よく考えたら人間だって色んな人がいるし、同じ種類のモンスターでも怠けっぽかったり、働き者でも何ら不思議ではない。
「ったく、俺が集合体恐怖症だったら卒倒してたぞ」
俺は掃討に向いた“塵舞”を横に薙ぐ。
一振りで数匹まとめて倒せるこの感覚は、無双系主人公にでもなったみたいで楽しい。
「……多いな」
脅威ではない。
何ら俺が怪我を負う要素は無いのだが、それでも。
——嫌な予感が消えない。
何度も死線を超えてきたが故の直感か、脳内の警鐘が鳴り止まない。
蟻の中からドラゴンが出てもいいように注視しながら戦っていると、左腕にチクッと痛みが走った。
「っ……」
蟻から目は離していなかった。腕に刺さった針の向きからして視界外からの攻撃だ。
蟻からは針を飛ばす攻撃パターンなんて今のところ確認できていない。可能性として高いのは別口の敵。
周囲を見渡すと、正面に群がる蟻と、ガラスのような蜂がそれ以外の方向を囲っていた。
蜂どものケツがこちらに向けられていて、ガラスの中に明らかに毒々しい液体が入っているのを見せつけられた。
「俺がお注射苦手じゃないお子さんでよかったぜ!」
直後、避けなかったらハリネズミのコスプレになりそうなほど斉射。
逃げ場が無かったので仕方なく転移で上へ。
片っ端から殲滅しなきゃなーと見下ろしながら考えていると、背中に鋭い痛みが走った。
腕に刺さってるものよりは小さい針。
だが、角度的にこれは、この階層の中央にある木の最上部から放たれている。
小さい上に速く、これほどの射程——。
「っ……!」
続いて大腿に刺さった。
敵の姿は見えないのに、向こうからはこちらが丸見えなのはマズイ。転移で手近な木陰へ。
「あー、なんか身体がだるくなってきた。もうムリポ。プラシーボかもしれんけど……あ、怠け蟻さんチッス」
眠そうな目をした蟻は、木にもたれかかって座る俺を一瞥し、無視してノソノソと地面の穴に入っていった。
モンスターとしての仕事すらサボるとは、なかなかに面白いやつだ。
俺はそいつの後を追って穴の中に入った。
おむすびころりんすっとんとんして一番下まで転げ落ちると、さっきの蟻がチラッとこちらを見てからまたもや無視して進んで行った。
「なぁなぁ、俺針三本刺さってるんだけどさー。これって抜いて大丈夫なんかな? ほら、こういうのって抜いたら出血がヤバいって言うじゃん?」
俺の絡みをとことん無視し……虫だけに。
トタトタと歩くそいつのコバンザメになって、肩でも揉みましょうかと戯れていると宝物庫のような場所に到着した。
サボり蟻はそのまま空の宝箱に入って眠った。
「まじかよ。……こいつだけの場所ってわけじゃないよな? へへ、お前らの頑張り、横取りしちゃお〜」
一つ二つと宝箱を開け、中から謎の液体と古びたコインを入手。枕に入れていく。
三つ目を開けると、そこにはコルクで封された壺が。
醤油でも入っていそうな中身を確認するため開封。
「あっ」
ピカっと豪快に光り、中から黄色い何かが飛び出した。部屋中が甘い匂いのするそれに埋め尽くされてしまった。
ペロッと舐めると、明らかに蜂蜜の味。
全身蜂蜜に呑まれながらも、こちらも飲み返す。
しかし、数分もすると蜂蜜は蝋のように固まって俺の身動きを封じてしまった。
「あー、こうなるのか」
俺がどうしたものかと悩んでいると、宝箱の中で眠っていたサボり蟻が、顔だけ出してこちらを恨めしそうな目で睨んでいた。
動けないし、固まった蜂蜜も硬くて食べれたもんじゃないのでサボり蟻と一緒に爆睡——。
そしてあの牢屋で目を覚ましたわけだ。
おそらくあの蝋を切り取ってついでに枷代わりにしたのだろう。あのサボり蟻も巻き込んでしまったが、サボったやつが悪い。
§§§§
「——では、ここで秦はどんな手をうったと思う? じゃあ八百枝」
「…………」
「おい、八百枝、寝てるのか」
「……殺虫剤!」
「家に出た虫と戦っているわけじゃない。じゃあ代わりに——」
決めた。
殺虫剤の効き目を試しつつ、あの木を登りきってやる。あとあのサボり蟻、面白いし連れて行けないかなー。




