間層 運命肯定、太陽の加護《矢園來温》
ついぞ、雪奈には言わずじまいでここまで来てしまった。これであの子の破滅が免れるなら、この命なんて安いものだ。
誰にだって生きる権利はある。
その意味を自分で決める権利があるはずだ。
私は私の死に場所を決めた。
あの子には生きる場所を見つけて欲しい。
改めて自分の短い人生を振り返りながら、忌々しい山を進む。なだらかな傾斜が、これから死地へ赴く気概を僅かに削いでいく。
月明かりが見えた。この森にそんな光は照らされるはずがないというのに――まさか!
私には、【千里眼】の他に【太陽の加護】というスキルもある。
それなら、妹であるあの子が、【月の加護】を持っていても不思議ではない。
――嫌な予感がして走り出した。
矢園の血が流れる者のみに侵入を許された不可侵の山。目指すはなだらかとはいえど頂上の祠がある場所。
「くっ……」
私のスキルに長距離の移動手段は無い。
あの方のようにダンジョンに潜っていたら違った結果だっただろうか。
誰にも分からない問いを浮かべながら必死に走った。
「邪魔!」
白装束が走りにくいので裾を無理やり引きちぎる。
そうして辿り着いた先で見えた光景は月光を発する妹が、あの怪物に接近を許してしまったところだった。
「【一閃】!」
懐に忍ばせた短刀で切りつける。
軽くいなされたが雪奈を安全圏には連れて行けた。
「姉、さん……」
「逃げなさい。私が時間くらい稼いでみせる。あなたは、運命を受け入れる必要なんてない。はやく!」
「嫌です! ここはもとより私の墓場、姉さんこそ私の生まれた理由を奪わないでくださいっ!」
珍しいわがままな口ぶりに内心、可愛い妹の本心が垣間見えて嬉しさがあった。
それでも。
「笑わせないで」
心の底からその自己犠牲を否定した。
それは美徳などではない。ただの逃避に過ぎないことだ。
「生まれた理由なんて関係ない。人間は、生きる意味を見出す生き物。自分の人生の理由くらい、自分で意味付けなさい」
それに、と柔らかい笑顔で語りかける。
「あなたにだって残っているんじゃない? 明日また、やりたいことが」
「私は、私は……!」
その目には、諦観以外の感情が宿っていた。
人間として持つべき最低限の願望を。
生きたいという原動力が。
「私は、姉さんと一緒に生きたい!」
「そう。なら、抗う他ない。死ぬ気で生きなさい」
【太陽の加護】を発動。背に太陽が現れ、それは姿を武器へと変貌させた。太陽とまではいかないが、高熱を放つ輪を備えた、一本の槍。
「はっ、せいぜいもがけよ? 人間ども――」
姿が消えた。
目で追えない速度での高速移動だろう。しかし以前の敗北でそれはもう見ている。
ヤツの性格、矜恃からして真正面。
そこに槍を置く。
するとヤツの拳と打ち合う形になった。
太陽の槍に亀裂が走る。
「――【零の矢】!」
しかし、今回は頼もしい援護がある。
月光の矢が、先程よりも鋭く走る。
片手が空いているのでそちらで吹き飛ばされてしまうのを避けるため、私は槍先のみで攻撃してきた方の手を絡め取り、もう片腕と一緒にバンザイの形になるよう持ち上げた。
「人の技術を、研鑽を、なめるなよ!」
ヤツの背後に迫る矢。
それは紛れもなく致命の一撃。
「そっちこそ、あんまりなめんなよ?」
強引に両腕を下に振り下ろされる。
たったそれだけで太陽の槍は砕け散り、月の矢も粉砕されてしまう。
「――図に乗るな。人間風情が」
ヤツの姿がブレる。
直後、まともに立つことすら不可能な衝撃が腹部に走った。
「かはっ……」
「ぅぁっ……」
姉妹揃って声にならない声が漏れ、倒れ込む。
――ああ、ダメだ。
あまりにも、人間の限界というのは底の浅いものだったのだ。
「無駄な足掻きご苦労だったな。その程度の奮起でどうにかなる話ではない。住んでる世界が違うというものだ」
最後にできる悪あがき。
そう思い、ヤツの足首を掴み、命を燃やして――
「む」
道連れにするつもりが、思わぬ横槍が入った。
飛んできたのは何の変哲もない木刀だが。
「さ、サプラーイズ」
言葉が出ない。
彼の間の良さは何なのだろう。
いつだってそうだ。【千里眼】で覗いていた時も、誰かのピンチに駆けつけ、ヒーローのように救って去っていく。狙ってのことかは分からない。
狙っていたなら、それは紛れもないヒーロー。
狙っていないのなら、それはもはや天に選ばれたといっても過言ではない持ちっぷりだ。
驚愕。歓喜。興奮。崇拝。
順ぐりに無数の感情を味わい、そして噛み締める。
だからこそ、口を開くのは雪奈に先をとられてしまった。
「や……おえだ、くん?」
「オッスオッス、邪魔だった? なら帰るけど」
「そんなことない!」
「うぇ!? そ、そっか」
……どうやら妹も成長したらしい。
今までだったら、きっと巻き込まないように、自分だけが消えればいいと追い返していたことだろう。
「お願い、します! 私たちを助けてください!」
「私からもお願いいたします。八百枝様。私の全てを捧げます。何でもしますから――私と雪奈を、お救いください」
厚かましいのは重々承知。
それでも。もはやこのどうしようもない運命を破壊するには、八百枝様のお力をお借りする他ない。
たとえ私程度の人間が何でもするなんて言おうとも、彼の選択の天秤には何の重みにもならない。
もとより救うか救わないか、それはここに来た時から決まっていたはずだ。
だからもう、祈ることしかできない。
「おーけーおーけー。ここは大人なミナミくんに任せときんさい。ビシッと言ってやりますよ」
祈りが通じたのか、はたまた八百枝様の気まぐれか。救っていただけるらしい。
――それなら安心だ。
私には高みのことなんててんでわからないが、きっと八百枝様なら勝てる。
根拠は無いが、私はそう信じて疑うことはなかった。




