ep81 伝言ゲーム(Survival instinct)
――戦闘開始から一週間――
「ツクヨ、どうしたッ!大丈夫か?ツクヨッツクヨーーーッ!」
事件はこうして起こった。副官であるツクヨが獣達に取り囲まれている戦闘中に意識を失い、倒れたのである。
通常の戦場であれば意識を失っても、それは即「死」を意味するとは限らない。敵が知性を持ち言葉の伝わる相手であれば、恥辱に塗れる事を「善し」とした上で捕虜になり生き延びられる可能性が残されているからだが、今回の相手は獣。
――即ち捕虜にはなれず、「死」を意味する事になる。
無機生命体であれば破壊され粉砕され、修復出来ない事が死に直結するが、ツクヨの依り代は有機生命体。相手が獣である以上、意識を失えば「死」からは抗えない。そしてその「死」が意味するところは、獣の腹の中へのダイブ……そう「エサ」になるというコトだ。
だからこそアルテは、自分の戦闘などお構いなしにツクヨの元へと馳せ参じ、身を呈してツクヨを庇い、その結果、左腕と右脚を損傷するに至る。
命からがらツクヨを抱えて空を駆け、戦場からの離脱には成功したものの、砦に戻る途上で空獣からの執拗な攻撃に遭い、飛行ユニットを失い墜落。
よって地面に墜ちた鳥は陸獣達の餌食になる運命だった――
アルテは死を覚悟し、せめてツクヨだけは守ろうとツクヨを庇うように抱きしめていた。そして獣達の凶爪が鋭牙がその身の装甲を破砕し、ボディへと突き刺さる瞬間、自分の前方から砂塵と共に近付いて来るナニカが視界に入って来た。
……が、そこで損傷の酷さから不覚にも意識を失ってしまう。そしてその後、目覚めた時には砦内の集中治療室だった――
「こ……こは?吾は助かった……のか」
「アルテさま、お目覚めでちて?」
「ヘスティ……か。吾はどうなったのだ?」
「左腕損壊、右脚半壊、装甲及び背面飛行ユニット全損……生きてるのが可怪しいくらいのボロボロ加減なのでち。有機生命体の依り代なら復旧は無理でちが、無機生命体の依り代だからこそ、パーツが揃えばギリギリで元通りになるレベルでち」
「意識を完全に失う前に、何かを見た気がした……が、吾を一体、誰が助けた?」
アルテとツクヨを救ったのはディアである。ディアは砦に戻る途上、ランデスのセンサーに映る挙動不審な味方を発見しそれを追跡したのだった。砦に近付くにつれ獣達は増え、フロントガラスが真っ赤に染まっていたが、味方の反応はセンサーに青く映る。だからこそ追い掛けられたと言える。
アルテの墜落後、ディアはランデス任せの完全自動運転に切り替え運転席から後部座席に移動。ランデスは自分の身体で獣達を振り払いながらも後部座席のドアを開き、タイミングを合わせて最短時間でディアが二人を回収したのである。
その後は群がる獣達を薙ぎ払い、最速で砦に戻った次第だ――
「ディアさま、よくぞご無事で……。わたくしは嬉し……」
「ヘスティさん、アルテさんとツクヨさんが大変なんです!直ぐに二人を医務室へッ!」
「えっ?アルテさまとツクヨさま?分かりましたでち!衛生兵ッ!直ちにこちらへッ」
ヘスティからすれば感動の再開に等しい場面であったが、それに浸ろうとした瞬間、ディアの剣幕に圧倒された形になる。だが、ディアから伝えられた内容が内容だった為、急いで応援を呼びに行った次第だ。
斯くして衛生兵によって二人はランデスの車内から引きずり降ろされ、集中治療室へと連れて行かれたのである。
「そうだヘスティさん。金に注意して下さいッ!アルテさんがこうなった以上、凄く大事なコトなので、ヘスティさんに伝えておきますッ!!」
「ディアさま?金?金ってなんでちて?金に注意?意味が分かりません。それに、獣の首魁は発見出来たのでちて?」
聞き取り間違い勘違い系伝言ゲームはこうして始まった……。恐れていた事が遂に始まってしまったのである。
「金は金ですッ!金だからお金です!お金に注意ですッ!!それに、でしまておさんはいないそうなので、お金に注意なんですッ!」
「お金に注意……?まさか、「魔の酒場亭」からウラノさまの元へ、ディアさまを休ませずに何日も探させた契約違約金のお話しが?そうなったら大変なのでち。わたくしの計画が全て台無しになってしまうのでち」
こうして勘違い系伝言ゲームは、ディアが想定もしていなかった方向へと進んでいく。ランデスがこの会話を聞いていたら、頭を抱え込んでしまうレベルの内容だろう。まぁ、自動車が頭を抱えるのは物理的に無理な話しと言うものだが……。それはそれ、これはこれ。




