ep82 侵食(Infection route)
「で?それからどうなったのさね?」
「もう大変だったんですよぉ。ツクヨさんが変な菌に感染して倒れちゃったみたいで、戦線から離れる事になりましたし、アルテさんは破壊された身体の復旧が遅れて部隊の指揮が出来ないし……」
ツクヨとアルテが同時に戦線から離れた事で、今回の作戦は当初、一時的に取りやめとなった。その時点でディアとヘスティは帰還となっている。
これが戦闘開始から十日後の事である。
ちなみにディアがヘスティに伝えた「お金が危ない」と言う「やらかし」は、伝言ゲームが一周回って正確に「菌」になったのかというとそうではなく、倒れたツクヨを強制精密検査にかけ判明した結果だった。
この時ツクヨの意識は戻っていないが、何かに身体の支配権を奪われていたらしい。よって検査を拒絶し散々暴れた挙句、衛生兵が何体か犠牲になったそうだが、それはそれ。これはこれ。
検査の結果「エントモフトラ・ビースト」、「マッソスポラ・ビースト」と名付けられた新種の二種類の菌類がツクヨから検出された。それらの菌類は寄生種であり、更に付け加えると、これらの菌類は複数の大罪因子を抱えている事まで判明したのである。
「エントモフトラ・ビースト」が主に「暴食」。「マッソスポラ・ビースト」が「嫉妬」を保有しており、ツクヨは後者「マッソスポラ・ビースト」からの支配が高かった。
これらは有機生命体にしか寄生出来ず、ツクヨが重症だったのは戦場を駆け回っていたからだと断定された。同じく戦場に出たディアだが、ランデスに搭載されている空気清浄機の作用で感染しなかった模様。もう一人の有機生命体の依り代を持つヘスティは、結界によって護られた砦から戦場に出ておらず、門が開いた際に発動させた「秩序」の権能が、更なる防壁となり……結局のところ菌に対しての暴露時間が短かった事が幸いして感染しなかったとされた――
ツクヨ・ミストレイルの依り代は有機生命体であり、種族を悠久幼年種と言う。かつて滅んだ惑星に多く生息していたようだが、真祖森人種と同等の寿命を持つ長命種であり、子供の姿で悠久の時を生きる。同じように子供の外観から一切の成長をしない種族は多々いるが、その中で唯一の長命種と言える存在である。
今作戦に於いてディアへのあたりが強かった件は、概ね「嫉妬」の因子に影響を受けたモノと推測された。
そんなツクヨは戦場に出て戦闘に参加していた事から暴露時間が非常に長く、寄生菌類の侵食が激しかった。
このままでは完全に寄生菌がツクヨの依り代の支配権をもぎ取り、ツクヨの自我は侵され高位高次元生命体としての本体まで侵食される可能性があった。従ってヘスティの権能に拠って増殖を止める処置が施される事になる。よって現在ではその数は減少傾向にあるようだ。
しかし戦線に復帰するには相応の時間が掛かる。更には目に見えない寄生菌類に支配された惑星に、対策せず参戦させるのはリスクが大き過ぎる。
よってこれらの事からツクヨは早々に副官から外される見通しになった。
一方のアルテ・ミステリアスは、依り代がウラノと同様の無機天使種だが、系統が違っている。その事からウラノが保有しているパーツではアルテの復旧は出来なかったのである。よって、下位互換の代替品で早々に仮復旧させたが、戦力は以前の比ではない程に劣っていた。
結果的に完全復旧出来るまで戦闘行動は控えるよう厳命され、最終的には自ら総指揮官から降りる事となる――
いずれにせよ、相手が獣ではなく因子持ちの「菌」という、想定外が過ぎる結果だったのだ。よって、ウラノは相当に頭を抱えたと言える。
ウラノが治める惑星は無機生命体の人口割合が多い。だが、植民地としてこの惑星を支配しても、寄生菌を完全に除去出来なければ入植出来るのが無機生命体のみになってしまう。しかし、繁殖力で考えれば無機生命体より有機生命体の方がその力は強い。それでは本国の人口増加の抑止力にならない。
「有機生命体を入植させられない」その事が完全にネックになっていたと言えるだろう。
寄生菌に支配され、獣達は寄生菌に支配されていないモノの元へと集まって来る。そして大気にはそれらの寄生菌が、空の色を変える程に溢れている。
これでは膨大なコストを払ってまで手に入れる価値がない。
ディアとヘスティが戦線から離れ、ツクヨが降格し、アルテは戦場に立てない。戦闘に参加出来る者は猛者と言えど百名ほど。仕舞いには追い打ちを掛けるように、戦場に立つ指揮官も空白になった……。対する敵は獣の群れが未だ尽きる事なく押し寄せて来ている。
八方塞がりなこの状況で最終的な結果としてウラノは、この惑星を手中に収める事を諦め、アルテが総指揮官を降りてから戦場に出さず、防衛戦力として残していた全軍に対して「撤退」の指示を出したのである。
これが戦闘開始から概ね1ヶ月後の事であった――




