死闘 1
少し先から聞こえてきた爆発音。
失敗した時に鳴らす予定の笛花火が上がらないところを見ると、どうやら成功したらしい。
この時点で、俺の役目は足止めではなく、仕留めになった。奴らを消滅させられるのだと思うだけで、胸に熱が沸き上がってくる。
「いよいよ、出番っすね。秘密兵器でしたっけ? そろそろ見せてくださいよ」
期待を寄せる声に、先とは違う高揚感が生まれる。不測の事態に備え同行してもらったカゲトが、俺の変身した姿を最初に見ることになる。
もちろん、不測の事態の中には、変身に失敗した場合の事も含まれていたが。
「ああ、今見せる」
左腕の包帯を巻き取り、陽の下にさらす。日中に包帯を取ったのは何年ぶりだろうか。白の下から現れた銀は、曇りの無いつるりとした輝きを見せていた。
カゲトもルメのように、腕輪を恐れ、敵愾心を見せるかと思ったが、反応は実に淡泊な物だった。
「なんすか、それ?」
俺はしばらく考えてから、ようやく言葉の意味するところに気が付いた。
「そうか、お前は連中の変身するところを見たことがなかったか」
そもそも、カゲトは戦闘にはあまり参加していない。となれば、この腕輪を見たことがないのも頷ける。
「この腕輪は、連中が変身する際に使う物だ。これを使えば、奴らフルフェイサーと同じ力を身につけられる、はずだ」
「マジすか!? どこでそんな物を見つけてきたんすか?」
驚くカゲトを相手に、ルメにした説明を繰り返した。
「やっぱりハクト様は、ただの幹部ではなかったんすねー。俺、そんな気はしてたんすよ」
本心なのかどうか。それでも、目を掛けてきた手下にそう言われるのは嬉しい物だ。
「あれ? でもじゃあ、どうして今まで変身しなかったんすか?」
また、随分と痛いところを突いてくる。
「ほら、ヒーローってのは遅れてやってくる物だろ? ここぞって時に出てくるものだ」
「わかるっす! ピンチになったときに現れるあの心強さ! かっこよさが違うっすよねー」
ルメの言葉を借用してごまかしたが、本心はそんなにいいものではない。連中と同じ形になりたく無かったのだ。そんな姿で勝っても、自分の力で勝ったことにはならないのではないか。
それに何より、変身できるのか、変身できたとしてこの力は強いのか? そんな根本的な事にすら確証が得られなかった俺は、変身することすら躊躇っていた。
ただ、そのおかげで、切り札に頼らずとも強くあろうという、決意の拠り所にはなっていた。
切り札を晒すと言うことは、今まで以上に生身の体を強くしていかなければならないのだろうと、そんな事を考える。
「カゲト、離れていてくれ。変身する際、何が起こるかわからないからな。ああ、それと万が一失敗して身動きがとれなくなった場合は、ルメへの報告を頼む」
俺の表情から何かを感じ取ったのだろう、カゲトは神妙な顔つきで返事をした。
「うす。そっちは心配しないで下さい。その……ガンバっす!」
そう言い残して、カゲトは倉庫の陰へと避難した。
準備は整った。舞台も整った。後は俺自身の問題だ。
これで、連中とけりを付けられる。
「変、身」
連中の真似をして、そうつぶやき、腕輪の表面をなぞる。
変化は劇的だった。
眩しいほどの光が体を包み、足の先からキュッと締め付けられる感覚が、徐々に上へと昇ってくる。
足を見ると、身につけている物が銀色のスーツに変わっていき、要所要所をまるで昆虫の皮膚に似た硬質な鎧が覆い始めていた。
銀のスーツは瞬く間に全身を覆っていく。
右腕が動く。右手で手刀の形をとり、左下へと向ける。そして、ゆっくりと半円を描くように上へ、右へと移動させる。
両手を目の前でクロスさせ、腰に引き戻し、半身の姿勢で構えを取った頃には、頭まで完全に変身を遂げていた。多分、頭は奴らがかぶっている物と同じ形の銀色のヘルメットに覆われているのだろう。
目に当たる部分には、半透明で様々な情報が映るバイザーが付いていて、内から見える景色は、情報量の観点で生身の時と大きく異なっていた。物の温度や不可視光線まで色として認識できるようになっている。
しかし、これで終わりではない。
武器だ。
両手を前に出し、目を瞑る。イメージするのは白銀に輝く大剣、生きとし生けるものを真っ二つに切り裂く力。二メートルにも及ぶ、巨大な力だ。
幻の柄を掴む。頭の上で振り回し、一閃、袈裟切りに振った後、右側頭部へ水平につける。
その頃には幻が実体を伴い、大振りの剣が顕現していた。
「スッゲーっす! ヤバいっすよ、格好いいっす。もう、絶対に強いっすよ」
はしゃぐカゲトの声が近くに聞こえた。
確かに、銀に輝く先鋭的なスーツは格好いいかもしれない。手足を俊敏に動かし指先までぶれ一つ無く止めて、大剣を軽々と操る能力は並外れた力なのかもしれない。カゲトが息を弾ませるのもわかる。
だが。
俺はそれどころではなかった。
変身のプロセスが始まってから、自分の意志が体に全く反映されていないのだ。そもそも、俺は武器の産み出し方なんて知るはずがない。
誰かが俺の体を使っている。そんな感覚だった。
《《俺ではない自分》》が、横を向いた。
「どうっすか? やっぱり強くなった気がするっすか?」
カゲトの姿が今までとは違って見える。
どす黒い赤で着色されたカゲトの体が、周りの風景から浮いて見える。ヘルメットから見える視界の中で、輪郭を強調されたカゲトに注意書きが書き込まれていた。
enemy.
その意味を理解し、焦る。
「マズい、来るなカゲト!」
声だけは奪われていないらしい。必死に叫ぶ。
「だめだ、俺に近づくな」
「へ? 何すか?」
「早く、逃げろ! 体が言うことを――」
会話を無視して、自分の右手が横に薙いだ。
白銀が視界を走る。
その勢いのまま、大上段へと振りかざし、体の思うままに『enemy』を両断した。刃は地面のアスファルトに食い込んで、ようやく止まった。
カゲトの自慢の固い皮膚も、構築された師弟関係も、命も、まるで空気を相手にするかのように何の抵抗も無く切り裂いた。
「カゲトーーーーーーー!!!!!!!!」
バラ、バラリと崩れ落ちるカゲトを目の当たりにして俺は絶叫したが、俺の体は一向に気にすることなく振り返った。もう、興味をなくしたかの様に。
仲間を殺した。
誰より大事に育てていた手下を、自分の、手で。
背後からチリチリと、カゲトの焼ける音がする。おそらく、青い炎を上げて召されているのだろう。
俺はやっと理解した。
この腕輪が本当に意味するところを。
心は絶望していたが、表情一つ変える事は出来なかった。涙すら流せず放心する俺をよそに、左手が動き耳元にあるダイヤルを回す。
ザザーッと、ラジオのチューニング時の音が聞こえ、その後、明瞭な声が聞こえてきた。
(希星! 目を覚ませ。くそっ、意識がないのか。一馬、お前一人では無理だ、下がれ!)
(は、怪我人は黙ってなって。こいつらを蹴散らしたら、すぐに助けてやる、青志も希星も。こいつらには指一本触れさせねーよ)
(無茶をするな! 一人でこの人数は無理だ。誰かを呼んで……くっ)
(大人しくしてろよ青志。俺は、ヒーローだぜ? 仲間を見捨てて逃げるなんて出来るわけねーだろ)
いずれも聞き覚えのある声。フルフェイサーの連中だ。
視界に、声のする方向と距離が示される。
頭が勝手にそちらを向いた。
会話になじみ深い声が混じる。
(別に君たちを殺そうなんて考えてないさ。大人しく捕まってくれればね。その力を捨ててしまうのは、私たちにしても惜しいのだよ)
(黙れ! イカ怪人! 貴様らの思い通りにはにはさせない)
(強情だね。見せしめに、そこの気を失っている人を殺してみようか。少しは大人しくしてくれるかい?)
(テメェー……やってみろよ。その前に刺身にしてやるからよ!)
ルメの声だ。これは、リアルタイムの音声か?
『オレ』のボルテージが上がっていくのがわかる。この体が何をしようとしているのかがわかった。
こいつを止めなければ。
この力は強すぎる。奴らの一番格であるゴールドをも凌駕するかもしれない。このままではルメを殺してしまう。カゲトのように。
体が勝手に動いた。
倉庫の壁に大剣を投げて突き刺す。それを足がかりに、倉庫の屋根まで大きく跳躍した。
上に登った後で、突き刺さったままの剣を消して、再び手元に作り出す。
止まれ、止まってくれ。
倉庫の上を走り出すオレ。
声しか自由にならない俺は、祈る他なかった。




