派邪(ハージャ) 3
電話の内容は、到底承服出来ない物だった。
「わかるだろう? こちらはニュークス様の三度目の産卵準備に忙しいのだよ。割ける人材などいない」
「しかし、それでは我々は」
「新兵器を手下の者に持たせたであろう。あの爆発物は、強力な物、なのだそうだ。実証試験はしてないがな。それなら勝ち目はあるはず。むしろ、これまでの準備を無駄にするようなら、貴様等の幹部地位は無くなる物と思え」
「……は。善処、します」
「もちろん我々も爆発物を投げて当てろなどとは言わない。それに相応しい者がいるだろう? 奴に持たせてやればいい。美しい最期になるだろうよ」
ゲコウゲコウと嘲笑う声が電話越しに聞こえてくる。ガマエル様の、何段にもなって垂れる顎を揺らす姿が、目に見えるようだった。
「産卵が無事に済めば、皆でニュークス様を讃える式を執り行う。そのときに人間が参列していては、ニュークス様とて気分も悪かろうに」
その『人間』をお産みになったのがニュークス様だと忘れているかのような発言だ。しかし、私が出しゃばれる相手ではない。相手は私より生まれるのが10番早い。それはすなわち、私より10ランク上を意味する。
「空いたポストの次期幹部候補に、お前の腹心の手下を推す声もある。わかっているな? 奴を消してしまえ。下から今の地位を脅かされる事が無くなる事を考えれば、お前にとってもいい機会なのだ。この期を逃すでないぞ」
そういえば、人の形をしているハクトを、一番目の敵にしているのはガマエル様だった。そんな事を思い出しながら、再び笑い声を送りつける携帯電話を静かに折って、ため息を吐いた。
どうすればいいのか見当も付かない。
情報を整理しようと、1階に待機している皆を呼んで、今の話を伝えた。もちろんハクトに自爆命令が下ったことは伏せた。
ざわめく仲間を眺めているうちに、感情が少しずつ落ち着いていくのがわかった。
きっと、整理しなければならなかったのは情報だけではなかったのだろう。
「私にだって情の一つぐらいはあるのだけどね」
星に別れを告げて、濃いスモークを貼ったガラスを閉める。
見回りからハクトが戻るまで、時間をかけて考えていたが良案は浮かばなかった。自爆させるわけにはいかない。かといって、手ぶらのまま二人揃って帰還すれば罰は免れない。
ハクトも、彼に情を移してしまった私にも退路はなくなったのだと覚悟していた。
しかし、それらは全くの杞憂に終わった。瞼の裏に、銀色に光る腕輪が浮かぶ。
世界の筋書きは最初から決まっていたのだろう。私たちはその上で一喜一憂しながら踊っていたにすぎない。今となってはそう思える。
「なあ、ハクト。ヒーローになる条件は何だと思う? 正義感? 積んだ徳の数? 運? 仲間の数?
いいや、きっと違う」
腕を伸ばして、ハクトが残していった幻影へと問いかける。
「それらがあったところで、いきなり手に入れた強い力をうまく使いこなせる理由や、ヒーローにふさわしいポーズを決められる理由が説明が出来ない。誰も教えられる人がいないのに、それでも変身した直後から彼らは上手くやれるんだよ」
私は『正義のヒーロー』に一つの仮説を立てていた。
「だいたい、あんなちっぽけな人間が数人で世界を救おうなんて考えると思うかい? ないよ。絶対に。ヒーローの条件は世界から選ばれること、それだけ。世界にとって、それは誰でもいいんだよ。誰がなってもきっと結末は変わらない。だって、彼らには――」
伸ばしていた腕が床に落ちる。
「――自我がないのだから」
足をだらしなく広げ、体を壁に預けた。ずるずると下がっていく体を吸盤で留め置く。
明日は早い。このまま寝てしまおう。体から力を抜くと、再びずるりと体が滑る。床にひっつき引っ張られて伸びる腕を心地よく感じながら、私は暗い夢の世界へと泳いでいった。
これでいい。これが今考えられる最善の道なのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
何があっても生き抜いてくれ。生きていられるだけで幸せなのだから。
そう、ハクトの幻に語りかけながら。
何となく、こうなる気はしていたんだ。5人のヒーローが現れた時から。ハクトが私を好きだと言った時から。
人間の姿をした赤子を腕に抱いた時から。
楽しかったよ、ハクト。
明日、彼と決別する。




