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色の付いたヒーロー 2



 茜に諭されて、両者一応は矛を収めたものの、部屋の空気は重い。誰が止まった時間を動かすか、そんな探り合いが始まる中で幻爺が唐突に喋り出した。


「ふむ、誰か来たようだな」


 一拍遅れて控えめなノックの音が響く。

 近くにいた茜がドアを開けると、廊下には料理を乗せた台車を傍らに置いて、しゃんと立つ女性がいた。白いエプロンとホワイトブレム、足首が隠れるくらいの紺のドレスを身につけた、時代錯誤なメイドの格好をしている。


「失礼いたします。お料理をお持ちしました」


 皆は、もう彼女の格好を見慣れているので、待ってましたの声ぐらいしか掛からない。

 一般家庭ではまずお目にかかれない本職メイド風お手伝いさんということで、初めて来た頃は一馬と希星が、大はしゃぎしながら纏わり付いていた。だが、彼女、(さくら)が困り顔で『迷惑です』と告げてから2人とも大人しくなった。

 ちなみに、メイド服なのは笹本家の仕様ではなく、桜本人の趣味。


「――サラダにはこちらのディップをお使い下さい。他に何かご入り用でしたらお申し付け下さい」


 桜が手際よくテーブルに食器を並べていく。一応揚げ物がメインだが、他にもカルパッチョ、クラッカー、スープ等も並び、場の空気が瞬く間に華やかになった。


 このタイミングで料理を出したのは彼女なりの配慮だった。メインであるケーキの存在を邪魔しないよう、敢えて時間を遅らせていた。そんな配慮もできる優秀な家政婦だったが、年は青志と同じ22。彼女の祖母の代から、笹本家のメイドを担う家柄に生まれた事で、今の境遇がある。


 財閥とつながる家系の笹本家が衰退を始め、大勢いた使用人は減り続けても、桜の家系は笹本家に仕えていた。今では桜と彼女の母の2人で屋敷の家事を切り盛りしている。

 給仕を終え、下がろうとする桜を希星が呼び止めた。



「あ、メイドさん、お願いがあるんですけど」

「はい、何でしょう?」

「明日、あお兄がドライブに行くんですけどって聞いてます?」

「はい。お出かけになるとは伺っております」

「それに俺とかず兄も、あれ? かず兄も行くよな? あか姉は……予備校? 残念。明日は俺とかず兄が同行することになったんですけど」


 希星がソファーにとび乗って膝立ちになり、背もたれ越しに頭を下げる。


「お弁当にサンドイッチを作って下さいおねがいします」


 なんとも唐突な注文だったが、桜はにこやかに了承した。


「サンドイッチですね。かしこまりました。具のリクエストがあれば仰って下さい」

「卵! メイドさんの卵は絶品だし」


 楽しげに話す2人。対照的に苦虫を噛み潰したような顔を見せる青志。

 自分にも関係がある話題で置いてけぼりにされた上に、勝手に話が進んでいくのはあまり好きではない。更に言えば、自分の車でサンドイッチを摘まれるのが好きではなかった。どうあがいてみても、パンの粉はこぼれて落ちる。


「桜さん、あまり子供を甘やかさないで下さいよ? 調子に乗りますから」


 そう青志が言うと、桜は少し驚いた顔を見せてから眉根を寄せた。


「ご友人にそのようなことを仰るものではありませんよ? お坊ちゃま」


 希星がカルピスを吹き出した。桜のメイド姿を見たことはあったが、お坊ちゃまと言っているのを聞いたことがなかった。他の面々は、すでに知っていた話だが。

 青志が更に渋い虫を噛み潰す。


「人前でお坊ちゃんは止めてくれないか?」

「お坊ちゃまはお坊ちゃまですよ。他に呼びようがございませんから。他に用事はございませんか?」


 結局、桜はサンドイッチの注文だけを承って戻っていった。



 


 部屋の扉が閉まると、希星がソファーで悶え始める。


「やっぱ、メイドさんいいよなー」


 対照的に、青志は未だ苦い顔を見せていた。


「最近、特に口うるさくなったと思う」


 当事者ではない周りからすれば、おもしろいホームドラマなのだが、青志からすれば当事者なりの不満があった。


「子離れ、みたいなものかのう」


 幻爺がまとめに入った。


「手が掛からなくなり、情も薄らいできたのではないのかね」


 青志とは2年半ほどのつき合いになる幻爺。皆が知らないことも、知っている。


「へー、青志さんって手の掛かる人だったんですね~」


 ニンジンスティック片手に茜がちゃかす。質問を受けて、何のためらいもなく幻爺が暴露を始めた。


「それはそれは。毎朝、いや、毎昼頃に『お坊ちゃま』と揺り起こされて洗面所まで引っ張られていって、夜は夜で彼女が寝る前に必ず『お早めにご就寝下さいね』と、見回りに来て――」

「幻爺、口を閉じるか電源を閉じられるか、好きな方を選んでくれ」


 青志が引きこもりだった事は、チーム内では周知の事実だが、蒸し返されても嬉しくはない。


「おお、怖い怖い。それが今ではすっかり昔の面影がなくなって、自分の事は自分でするようになり、家庭教師の職にも就いてるのだからのう。彼女からすればほっとした反面、寂しくもあるのではないのか?」


 いい方向に変わったのに、扱いが悪くなるのには納得がいかない青志だった。

 少しだけ間をおいて、幻爺が言った。


「世界を救うヒーローなのだから、引きこもりではマズかろう」


 その声に皆、自然と自分の左手に視線を落とす。

 そこには各人色違いの、細身のブレスレットが付いていた。指2本分ほどの幅で潤うような光沢がある。金、青、橙、黄色。それぞれの色のヒーローに変身できるブレスレット。その重要性から、皆付けてから一度も外していない。万が一、紛失でもしたらと考えてしまうと外せなかったのだ。

 希星が、黄色に輝くブレスレットの嵌まる左腕を掲げながら同意する。


「そりゃあ、そうだよなー。こんな役目を背負ってたら変わりもするって。俺だって休み時間に読書してるような生徒から、今じゃサッカー部のエースなんだしさー」


 インドア派からアウトドア派に変わった希星。去年まで虐めにあっていたが、先生や教育委員会を巻き込んで、正々堂々虐めていた連中に反撃をしてみせた茜。

 4人ともヒーローに相応しい、何かしらの変化を起こしていた。本人に自覚こそ無いものの、周りの評価を見れば変わったのだと認識せざるを得なかった。


 自分が変わっていくことに不満を持つ者はいなかった。そして、その異常性に気が付く者も、この中にはいなかった。



 誕生パーティとは言え、仲間内で仰々しくやるのは面白味に欠けるというもの。結局、料理を摘みながら、場はいつもの雑談になっていった。


「黒羽さんも来れれば良かったのに」


 そんな中で茜がしんみりと言った。

 ここにはいないもう一人のメンバー、黒羽(くろば)瑛斗(えいと)。バーテンダーの彼からは、仕事の勉強会があるから誕生パーティーを欠席するとの連絡が入っていた。


「仕事じゃしょうがないって」

「なんだか仲間外れにしちゃったみたいで」


 茜の台詞に、一馬が立ち上がらんばかりに噛みついた。


「仲間外れな訳ないだろ? 俺たちが、いや、俺がリーダーである内は仲間外れなんか作んないからな」


 仲間外れという単語に脊髄反射で対応する一馬。責任感や、連帯感を重要視する性格はまさしくリーダーに相応しかった。


「わかってますー」

「勉強会って言ってたよな。何すんだろ?」


 希星の言葉に青志がキーボードを叩く。


「県のバーテン組合協会が主催する勉強会みたいだ。県内のバーテンダーの技術と意識向上が目的で、ここを全国屈指のカクテルの県にしようという趣旨の協会らしい。一種の町おこしだな。全県から集まるというから勉強会の規模は大きいんだろう」


 勉強会を紹介するホームページには、会の意義と目的が載っていた。各店の代表が一堂に会し顔を見せることで、県内店舗の綱紀粛正も狙っているらしい。

 4人でモニターをのぞき込んでいると、茜のスマートフォンが震えた。


「あ、噂をすれば」


 黒羽からの着信だった。


「スピーカにするね。もしもし茜です」

「あ、もしもし、黒羽です。今日はごめんね。行けなくて」


 

 部屋に響く黒羽の声。

 渋みの出始めた声が奏でる甘い口調、欠点より美点を挙げる方が楽な容姿。にじみ出る軽い雰囲気と時折見せる真剣味が混じり合い、絶妙な大人の味を出している男だった。


 女の子にモテるバーテンダーは天職、と本人は言っている。あれ? バーテンダーってそうゆう職業だっけ? と思わないこともない茜だったが、間違いなく向いてはいるのだろう。声だけで酔っちゃうんじゃないか、なんて思う。


 それでも最近は色々と控えているらしい。正義のヒーローをやるようになってから、黒羽も少なからず変わっていた。いや、そう周りから言われていた。


「俺も行きたかったんだけどさ。もうみんなは集まってる?」

「はい、4人揃ってますよ。仕事とはいえ残念ですね。みんなでわいわいしたかったんですけど」

「ほんとに、ねえ。残念すぎてシェイカー落っことしちゃうよ」

「午後からもお勉強ですか?」

「そう。これから腕自慢と味覚試しだって。何だって中年オヤジ連中の相手をしなきゃならないんだろうね。中年の俺が言う台詞でもないけど」


 5人の中では最年長の29歳。中年でもないのだろうが、高校生からすれば中年に分類されてもおかしくはない。もっとも、本人の見た目は、いい意味でも悪い意味でも中年臭さはなかった。


「えー、黒羽さんはぜんぜん若いじゃないですか」

「お、ありがと。午後からも頑張れる気がしてきた。そうそう、さっきノンアルコールのカクテルの勉強もしたんだよね。今度暇合わせてさ、俺の店で誕生パーティーの二次会やらないかい? マスターには話通しておくからさ。勉強したのを味見して貰いたいなーってね」

「え? ほんとですか? 行きます行きます」

「一馬と青志にはちゃんとアルコール出すから。みんなで来なよ」

「あざーっす」

「む、一馬の声がするね。君には奢らないから、ちゃんと財布を持ってくるように」


 笑う黒羽の声の後ろから、キーンコーンカーンとチャイムの音が聞こえてきた。時刻は2時。会場のチャイムなのだろう。


「おっと時間だ。それじゃ俺の分までパーティー楽しんでね」

「はい。黒羽さんもお仕事がんばって下さい」

「うん。茜君、17歳は二度とは来ない。君の17歳が幸せでありますように。お誕生日おめでとう」


 電話が切れた。

 ツーツー鳴るスマートフォンを持ったまま、ぼーっとする茜。


「あか姉、顔赤いぞ? 単純な女子高生」

「うっさい、バカ男子中学生。希星もこれぐらいさらっと言えればモテるのにねー」


 希星は茜の台詞を受けて、にやけ顔で《《どっか》》とソファーに背を預けた。


「俺がモテないなんて誰が言ったんだ? え? そのプレゼントのオルゴール、彼女と一緒に選んだ奴だし」


 と言ってさっき渡したプレゼントの包みを指さす希星。

 希星としては、彼女がいるアピールで彼氏のいない茜より優位に立つ作戦に出たわけだが、まだ彼氏を作る気のない茜からすれば、格好の餌でしかなかった。


「え? いつ彼女できたの? どんな子? 写メ無いの?」


 希星の袖を引っ張り、畳みかける茜。

 当然落ち込むものだと思って余裕を見せていた希星は、急に勢いづいた茜に怯んだ。


「い、え、はあ? 何であか姉に言わなきゃ何ねーんだよ」

「言ったっていいじゃない。減るものじゃないでしょ」

「いや、減るだろ、俺の神経が」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと話しなさいよー」

「離すのはあか姉の方だろ? 絶対しゃべんねーからな!」


 ドタバタやり始めた2人を余所に、青志が一馬を呼んだ。

 考え込むような表情で一馬に問いかける。


「念のため聞いておくが、一馬も明日行くのか?」

「もちろん。2人に何かあったら一大事だからな」

「私のクーペは2人乗りなんだが?」

「……」


 黙る一馬。


「俺がバイクで後ろから付いて行けばいいだろ」

「そうか」


 半ば呆れた顔を見せる青志は、ひとまずその件を置いて、モニターに話題を移した。


「ここが明日の取引場所だ」


 モニターに映し出されているのは、ここから少し離れた港の埠頭を映した地図。青志がマウスポインターで現場を指し示しながら、明日の作戦を説明してゆく。


「海から運んで来て、陸路で輸送する計画になっている。予定時刻よりかなり早めに行って、待機していなければならないだろう。ここに駐車場があるから、目立たないようにここを使わせて貰う。駐車場なら、車が止まっていても違和感はないだろうし」


 駐車場は海からも道路からも死角になる倉庫の陰。立ち並ぶ倉庫が目立ちたくない破邪の連中に好都合で、また、自分たちにとっても都合よく働くだろうと青志はにらんでいた。


「明日の最大の目的は、取引をしている下位連中を倒すことではなく、輸送される武器を排除することだ。私たちが襲撃したことで、武器を積んだ船が海に引き返してしまえば、襲撃の意味は無くなり振り出しに戻る事になる。これでは無駄足だ。だから、襲撃は陸側の受け取り手に武器が渡ってから行う。異論は?」

「ないね。武器はその場で破壊した方がいいんだろう?」

「その通り。持ち帰っても警察に捕まるだけだろうし」


 そんな事を言って笑う青志。

 明日の打ち合わせも滞りなく終わらせると、一馬と青志も、ふざけ合っている2人に混ざった。






 

 地下室には4つの色が輝いている。


 不自然なく、非現実的なヒーロー像をこなしている皆を、幻爺は優しい眼差しで見つめていた。



 5人は世界の平和を目指して課せられた役割を果たしていた。

 ヒーローらしい言動で、ヒーローらしい考え方を。

 そこには違和感も矛盾も存在しなかった。



 理想の英雄の姿。

 この世界は平和に包まれていた。


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