色の付いたヒーロー 1
「ハッピーバースデー トゥーユー
ハッピーバースデー トゥーユー」
郊外に建つ、あか抜けた洋風建築の家。洋館と言っても通用しそうな家の地下室に、年齢も職業も違う3人が集まっていた。
彼らの目的は誕生パーティー。主賓の榊茜は、この日17歳の誕生日を迎えていた。
「ハッピーバースデー ディア あかねー
ハッピーバースデー トゥーユー」
大きなデコレーションケーキに立てられたロウソクが吹き消されると同時に、2人分の拍手が響く。
おめでとう、と声を掛ける斉藤一馬に自分のスマートフォンを手渡し、撮ってとねだる茜。雰囲気を出すためにと照明を絞っていた部屋は、カメラのフラッシュでチカチカし始める。
風情の趣も、文明の利器を前にしては形無しだなと、青志は苦笑を浮かべながら部屋の電気を点け直した。
笹本青志。この笹本家の次男で、今回のパーティの立案者。この地下室も彼の個人部屋だった。壁こそコンクリートむき出しだったが、程良く利いた空調のおかげで年中快適に過ごせる広い部屋は、皆のたまり場となっている。
ホイップできれいに飾り付けられたホールケーキに顔を近づけて、ピースサインを作る茜の視線が つい と動いた。
「あれ、今、幻爺歌ってた?」
彼女が問いかけた先は、デスクに並べられた3つあるPCモニターの内の一つ。画面には老いたフクロウの姿をしたキャラクターが映っていた。2年前から青志のパソコンに居座っている自立型コンピュータウイルス。ブロックもクリアもウォールもすり抜けてコンピュータの深い所に入られた為、青志の腕では削除出来なくなった相手だ。
デスクトップPC一台と、大型の外付けハードディスクを丸ごと乗っ取られたが、特に悪さをしないのでそのまま放置していた。当時の青志は、話し相手が欲しかったと言う理由もある。
もっとも、今では彼らにとって居なくてはならないアドバイザーでもあった。
「む?」
「幻爺の声聞こえなかったんだけど?」
「いや、ワシは、歌はだめじゃ。音痴だからな」
画面内で、幻爺がフクロウの羽をパタパタと振りながら拒否してみせる。当然だが、明らかに肉声ではない、機械的に作られた声を出していた。
「えー、幻爺は祝ってくれないんだ?」
「う、そのような事は無い。心から祝っておるぞ。おめでとう」
「全く誠意が感じられない」
茜が、いちゃもんを付ける不良みたいな台詞で責める。
やりとりを見守る男性二人に止める気は無い。こうなった彼女は止めるのが面倒な上に、相手はコンピュータウイルスなのだ。擁護する必要性を感じない。
それに、なんだかんだで幻爺は甘い。結果が見えているものに口を出すのは時間の無駄だと結論づけていた。
「音痴でもいいから聞きたいなぁ」
茜の懇願に、いつものように幻爺が折れた。
「音痴でも文句を言うでないぞ? おほん。えー。
はっぴ、ばーすでい、とーゆー」
幻爺の音声プログラムは歌う事に対応していないらしく、凄く日本語的な発音でゆっくりとしゃべり始めた。音程もリズムも取れていない。それでも、3人は茶化すこと無く、咳払い一つせずに神妙な顔つきで聞いていた。
「はっぴ、ばーすでい。とーゆー」
歌が終わると、先程より遥かに大きな拍手が起こった。
「……だから言ったのじゃ。音痴だと」
むくれる幻爺に、目を閉じて聞いていた茜が首を振った。
「そんな事ないって! よかったよ! ありがとう」
一生懸命歌っていたのを、皆知っていた。だから一生懸命聞いていた。
それを自然体で出来る関係、彼らは間違いなく仲間だった。
場が落ち着くのを待って、一馬がナイフを手に立ち上がった。
「じゃあケーキを切るぞ。驚くなよ? 実はこのケーキは――」
バン!
ケーキを切る前に、一馬の台詞がぶった切られた。
部屋のドアが開いて、1人の少年が飛び込んでくる。
「ごめん! 遅れちまった。げ、もう始まってる? てか、終わった?」
息を切らして矢継ぎ早に質問を吐き出すのは、世良希星。仲間の中では一番若い中学2年生。短い髪をツンツンに立てているが、染めているわけでも無く、ピアス穴の一つも無い。根は真面目な少年だった。
「まだ、1時10分だぞ。集合が1時なのだから終わるわけがないだろう」
青志の冷静な突っ込みに、ほっと息をつく希星。そして、ゴソゴソと小ぶりのリュックを漁り、中から綺麗に梱包された包みを取り出した。
「はい、あか姉。誕生日おめでとう!」
独自のあだ名で呼びながら満面の笑みでプレゼントを手渡す希星だったが、茜はきょとんとした反応を見せた。
「え? 何?」
「何って、プレゼントだよ。もう2人からは貰ったんだろ? これは俺からのプレゼント」
そう言われても、茜の反応は変わらない。
一方的で、まるで通じていない会話に、青志が仕方なさそうに再び指摘を入れる。
「希星、君は何をするにも早すぎるんだよ。もう少し落ち着いて生きても罰は当たらないぞ。僕たちは、まだプレゼントを渡してすらいないんだ」
ようやく状況を理解した希星は、あちゃーと首を振った。
しかし、行動が早いのなら立ち直りも例外ではない。それなら俺が一番じゃん、となぜか威張り始める。
ひっかき回された感はあるものの、予定通り、プレゼント渡しのサプライズイベントが始まった。
「それじゃあ、次は一馬か。いい加減、その手に持ったナイフを下ろした方がいい」
本当なら、一番最初にプレゼントを渡すのは自分だったはず。その予定でナイフを構えた一馬は、固まったまま動く機会を見失っていた。
ちなみに、さっきの言いかけたのは『このケーキは、有名店の甘卵舎の限定ケーキで、俺からのプレゼントだ!』とやる予定の台詞だった。
もう、さっきのようなテンションは張れないので、大人しくプレゼントを紹介する。
「えー。俺からのプレゼントはこれ。駅前の甘卵舎ってお店知ってる? あそこの限定ケーキ」
「あ、何だか見たことあると思ったけど、雑誌で見たんだ。これ並ばないと買えないって聞いてますけど」
「そうそう、朝一から並んできた。その甲斐あって、週末限定の方を買えたんだよ」
イチゴの乗った所を選んで、一切れ取り分ける。フォークで切り取り、口に入れた茜は声にならない悲鳴をもらす。口を開くと味が逃げる、とでも言わんばかりに口を閉ざし、パシパシと一馬の肩を叩いた。
「最後は僕かな。色気も素っ気も無くて悪いね。僕からは電子辞書だ。前に欲しいと言っているのを聞いていたから」
茜の顔からケーキの余韻が引くのを待って、青志がプレゼントを出して見せる。確かに色気のない実用品。包装の飾りもなく、製品の箱そのままだった。ただ、だからこそ見える物もある。その電子辞書は、プロの翻訳実務にも耐えうる仕様の高級品だった。
「いいんですか? これ、高いですよね」
「ああ、値段は気にしないでくれ。お金はそれなりに余っているんだ」
人生で一度は言ってみたい台詞に、茜は反応に困った。そうですよね、では嫌み臭いし、そうなんですかでは、この豪華な家に住んでいる人に対してとぼけすぎな気がする。結局、ありがとうございますと無難な感謝の言葉になった。
そんな2人の隣で、うーんと腕組みをする希星。納得いかないとの表情を見せている。
「うーん。あお兄の事だから、車でも用意してるのかと思ったけど。意外とちんまりした物なんだなー」
希星の声が素の反応みたいだったので、3人は彼の顔を覗き込んだ。
「車って……やっぱりお子様は考えることが違うなぁ」
「そこまでお金は余らせてない。希星は僕のことを何か誤解していないかい?」
「車なんて貰ってどうするのよ。私免許持ってないんだから」
三方向から呆れられて、希星は拗ねた。
ソファーにボフッと座り込むと、両手を頭の後ろに回して、天井を仰ぐ。
「はいはい、どうせ俺はお子様ですよー」
足をぶらぶらさせて寄りかかり、背もたれを深く沈める希星。しかし、いくらもしないうちにガバッと身を乗り出した。
「そう言えばさ、明日、あお兄ドライブに行くんだっけ?」
「ドライブと言うか。まあ、そうだな。昼ぐらいになるが」
「えと、『派邪』の武器輸送の現場を襲撃するんだっけか。クーペちゃんで行くんだよな。なあなあ、俺も連れてってよ」
話を聞いていた一馬が青志の愛車クーペ、ではなく破邪に反応した。
「破邪の武器輸送現場? 聞いてないぞ俺。何の話だ?」
人類の、ひいては世界の敵である破邪という組織。それは、人ならざる者達で構成され、世界の乗っ取りを目的とした集団。一馬率いる、彼ら『フルフェイサーズ』の敵である。
1年前、最初にフルフェイサーとして目覚めたのは青志だった。派邪が通り魔事件を起こした時、それが引き金となって幻爺の謎のアップデートが始まった。
新たに書き換えられ生まれ変わった幻爺は、自らをフルフェイサーズの導き手と名乗る。そして、ヒーローに変身出来るブレスレットを青志に託した。
その後、幻爺の導きに従って一馬と希星に残りのブレスレットを渡し、別ルートで目覚めた茜ともう1人を加え、5人でヒーロー戦隊フルフェイサーズを結成した。
その一馬、一応はチームのリーダーである自分が、宿敵である派邪の情報を知らされていないのはどういう事なんだ、と青志に詰め寄った。
「怒るなよ。そんな情報を入手したってだけで、事実かどうかも分かっていないんだ」
青志の話によると、前回強襲に成功した破邪の拠点、その部屋に置いてあったパソコンをいじり、破邪の連絡網に自分のダミーアドレスを入れて、全体送信メールを自分のパソコンにも送るように設定したのだという。
ただ、派邪ではメール自体の使用頻度が低いせいか、全くメールは来ずに、半ば諦めていたらしい。
ところが先日になって、ダミーアドレスに一通のメールが届いた。
青志がマウスを走らせ、PCモニターにそのメールを開いてみせる。映ったメールの本文には、青志の言う通り武器輸送の詳しい日程が記されていた。
「武器の名前はFSGtoFIT対装甲車両用速射ライフル。ちなみに、アンダーグラウンドサイトで検索を掛けてもヒットしなかった事から、一般的に流通している武器ではないらしい。それと、人数は運び手が2人、受け取り手が1人となっていた。3人とも下位の兵士らしいな」
モニターを鋭く睨み、自分の考えを述べていく青志。眼鏡のブリッジをいじりながら話す姿には、持論に対する自信がかいまみえる。
「これが事実なのかすらわからないし、事実だったとしても、下位クラスの破邪3人ならば、僕一人でも十分倒せるだろう。この二つの理由からみんなに話さなくても問題ないだろうと思った。異論はあるかい?」
そうは言うものの、青志は幻爺と相談した末、情報の信憑性はかなり高いと予想していた。下級相手に腕試しをしたいという思惑も、根底にはある。
そんな青志の真意を読みとった訳ではないだろうが、一馬は納得いっていない顔で詰め寄った。
「そうじゃねーだろ。チームだぞ、俺たちは。自分勝手なことをして怪我でもしたら、みんなに迷惑が掛かるんだ。そんなこともわかんないのかよ」
「だから言っているだろう? 信憑性も疑わしいんだ。そんな情報で皆を動かしたら、それこそ迷惑だろう。違うか?」
知能派の青志には、もちろん一馬の言い分もわかる。なにもそこまで一人にこだわっているわけでもないのだが、この結果にたどり着いた思考プロセスまでも否定されるのは、プライドが許さなかった。
「ちょっと、喧嘩しないで下さい。私の誕生日パーティーなんですけど?」
誰よりも正論を投げかける茜。茜から見れば、喧嘩するほどの話には思えない。どちらかが折れればいいだけの話だろうと思う。
2人の年齢は一馬が21歳で青志が22歳。お互い考えが合うときはテレパシストのような意志疎通を見せるが、かみ合わない時にはしょうもないことで喧嘩になる。茜はこの原因を年齢の近さにあると見ていた。他のメンバーでは、こうはならない。




