派邪(ハージャ) 1
夜の風を浴びながら、テールランプをかわしてゆく。
見回りという名目でシートに跨がっているが、特に目に付くような物はない。いつも通りの人間の町だった。
日中より秩序が薄れて、陰が目立つようになる夜。夜に生きる者達は人通りの減った町で明かりを灯し人を集め、たがの外れた連中からこぼれ落ちる益をすする。
いや、夜も昼もその本質は変わらない。どうやれば効率よく他人から富を奪えるか。人間共にはそれしか楽しみがないかのように動いている。
そこにあるのは仲間同士の醜い争いだけだ。自分たちのルールで元の世界を作り替え、姿の違う者達を排除し尽くし、そうして作った箱庭の中で他人から生き方を与えられる。
ヘルメット越しに見る夜は、実につまらない世界だった。
人間共は、夜とは静かな時間なのだと言う。
それが正しい世界の姿だと。
闇のモノ達を排除しておいて、どの口でそんな事を言うのか。
俺達が乗っ取った後の世界では、こんなつまらない夜を作ったりはしないだろう。搾取ゲームをするだけの昼を作ったりはしないだろう――
最近よくそんなことを考えるようになった。
点滅を繰り返す信号の下、十字の交差点を曲がり、根城へと向かう。
細い通りに入り、3階建ての小さなビルの前でバイクを止めてエンジンを切ると、夜の静けさが耳を襲った。1000ccの振動と排気音に慣れた五感は、刺激のない夜をより乾燥したものへと変えていく。
ヘルメットを脱いで汗を振り払うと、夜気が熱を奪っていった。ため息を付きながら見上げる空は随分と暗い。
早く俺達の世界が欲しい。
少しずつしか進まない侵略計画がもどかしくてならなかった。もう少し手下を貸し与えてくれれば、連中の要である5人の内、1人ぐらいは仕留められるだろうに。
俺は舌打ちをしながら出入り口のカードキーを取り出した。
淡く灯った豆電球が一つ、天井からぶら下がっている。
間仕切りのない薄暗い一階フロアには、手下達が雑魚寝しているのが見える。俺もさっさと寝ようと足を進めた時、入り口に詰めていたカゲトが寄ってきた。
「ハクト様、見回りお疲れさまっす。3階の会議室でルメ様がお待ちです」
「今か?」
「そうっす。見回りから戻ったら寄ってもらいたいと言ってたっす」
大きくぎょろりとした目に硬質な鱗に覆われた肌、蜥蜴そのものの顔を上下させてカゲトがうなづく。特に目を掛けている新鋭の手下で、この組織の中では比較的真面目な性格をしている。俺は彼のバランスの取れた能力と従順な忠誠心を買っていた。
そのカゲトの腕をとって、腕時計の時刻を確認する。
今の時間は夜の1時過ぎ。明日は迎撃作戦があるので疲労を残すわけにはいかない。早めに寝て体力を満たさなければならないのだが。
それをわからないルメではない。それだけ緊急案件ということなのだろう。
「わかった。おまえは徹夜の詰め番だったか。ご苦労だな」
「あ、いえ。俺はこれで終わりっす。あとは他の奴が。それでその、ルメ様の話なんですけど」
「ん? もう話は聞いているのか?」
「はい、ハクト様が見回りに行ってる間に話がありました。それで、明日……」
いつもは血気盛んな目が、随分と沈んだ色を見せている。よほど悪い知らせを聞いたのだろう。
俺は落ち込んでいる肩を叩いてやった。
「よっぽどひどい話みたいだな。ま、俺とルメが組んでるんだ。大船に乗った気でいてくれればいいさ」
「うっす」
力なく笑ったカゲトを置いて、3階の会議室に向かう。
広く間取りが取られた会議室。その片隅で、スモーク貼りの窓を開けて空を見上げるルメがいた。
夜の中、白く浮かび上がるルメ。
赤みの透ける白い体は月光を浴びて輝きを増し、淡い光が透明がかった肌の上を背後へと流れ落ちる。
長い8本の足を床に広げ、左の触腕でワイングラスを月に掲げていた。床が濡れている所を見るに、だいぶ長い間待っていたらしい。
彼女は大きなイカの姿をしていた。
その姿を美しいとも思うが、正直な所、純粋に羨ましかった。胴体だけで2メートルになる身長に10本の長い手足。つるりとしてピンと張った肌は、なまくらな刃物を簡単に弾く。
俺のように、人間と瓜二つの姿では到底敵わない戦闘能力を、彼女は持っていた。
実際、ルメとの模擬戦闘では一度も勝てたことはない。
大きな耳、彼女曰く えんぺら というらしい、薄いそれが風にひらひらと揺れている。俺の存在に気が付いたらしい。
ガラスのように丸い目の中で、黒い瞳がこちらを向いた。
「やあ、見回りご苦労様。いつも悪いね」
「いいさ、どうせ俺にしか見回りはできないんだ」
20名いる幹部の中で、人間の姿をしているのは最後に生まれた俺だけ。人に化けられる能力を持つ手下のカメレオン部隊を除けば、カムフラージュ無しで表に見回りへ出られるのは俺一人ということになる。
「そう言ってもらえると助かるよ」
長い腕がうねるように動き、グラスに赤いワインを注ぐ。それを受け取って、彼女の正面に腰を下ろした。
「そこに座るのかい? 何か敷く物を持ってこよう」
「構わないって。どうせ汚れてるジーンズだし」
しかし、と周りを見回す彼女に手を振って、乾杯を促した。
ルメの目は俺の腰の下ぐらいにある。立ったまま喋ると見下しているようで気分が悪く、俺は彼女と話す時は、なるべく座って視線の高さを合わせるようにしていた。
「それじゃあ、祝勝前の乾杯」
ルメがグラスを掲げた。
「前祝い? なんだ、仕事の話だったのか?」
俺はすっと惚けた。
「それはそうだろう。他になんの話があるんだ?」
「月夜の下で告白でもしてくれるのかと思ったんだが?」
ルメが足の内側でワインを吹き出した。
「ああ、ほら。こぼしてしまったじゃないか。馬鹿なことを言うなよ。それに、どうせ真面目に告白しても、君は笑うだけだろう?」
笑うわけが、無い。
むしろ、前に告白のような真似をして笑われたのは俺の方だ。
俺より3年程早く生まれたルメ。物心ついた時から、俺はルメに面倒を見てもらっていた。ずっと一緒にいたのだから俺が惚れてしまうのも当然であり、また、彼女が俺を弟のようにしか見られないのも当然なのかもしれない。
まあ、だからといって大笑いした後に、皆に話してまわる必要は無かったと思うが。
彼女を見る度、未だに思う。どうしてそれで懲りなかったのかと。
「それじゃあ話ってのは何なんだ? こんな緊急に」
「それなのだけど」
ルメの目が伏せられた。
「明日、予定ではブルー1人がこちらに来るはずだったろう?」
「ああ、そうだな」
作戦名フォルス インフォメーション トラップ。あらかじめ偽の武器輸送ルートと受け渡し構成員の情報を流し、奴らが襲撃してきた所を背後から襲う。7名という与えられた手下を最大限に活用するため、俺とルメで考えた作戦だった。
奴らの周囲に配置している情報収集隊員の話では、昨日の時点で偽情報に釣られてくるのはブルー1人との事だった。こちらの輸送人数を手下3人としていたのだから、妥当な人選だろう。
相手が1人なら問題無く倒せる。そう踏んだからこそ、作戦を決行する判断をしたのだが。
「まさか、この直前に変わったのか?」
「そのまさかだ。例の『チェリー』と名乗る協力者から垂れ込みがあった。ブルーの他にイエローとゴールドも来る」
血の気が引いた。
俺は飲みかけのグラスを床に置いて呻いた。
「何だと? それは無理だ。ブルーとイエローだけなら行けるかもしれない。だが、3人は無理だ。ましてゴールドなんか。計画がばれたのか? いや、そもそもそれは信用に足る情報なのか?」
「もちろん我々の情報部隊も確認を取ったさ。変更された理由としては、ただの気まぐれではないかと情収部隊は見ている。私も計画がばれたのだとは思えない」
ため息を吐いた。
「無理だな。計画は中止、日の出の時点で撤収をかけよう」
このビルは迎撃作戦用に借りたものだ。跡を残さないためには、このビルからの撤退が必要になる。
しかし、俺の言葉にルメが長い胴を横に振った。
「それは出来ない。上からの許可が下りなかったんだ。これほど時間を掛けて人手を準備させておいて、戦闘一つしないまま帰還出来ると思うなよ、だそうだ」
それはそうなのだろうが。
運のない話だった。
俺は残ったワインを飲み干した。
全ての母、ニュークス様が冥界からこの地に降り立ったのは50年も昔になるという。小さな島に隠れるようにして住まい、俺達兄弟を産み落とした。最初に卵から孵った20名を幹部とし、その後に孵った者達を手下として今の組織『派邪』を作り上げる。
この世界を征服し、この世を冥界へと変えるため。その行動理念の下、俺達派邪は人間社会へと紛れ込んだ。
最初の内は俺達も大人しく機を窺っていたのだが、弱小な人間達を見て、手下共が我慢出来なくなった。無理も無い。俺だってこの世界を牛耳っているのが、こんなに弱い連中とは思わなかった。やがて、血の気の多い手下達が人間共を襲い始める。
ニュークス様も弱い人間全てを生かしておく必要は無いと踏んだのだろう。幹部全員に決起を、また、中心都市へ侵略及び重要人物の殺害を呼びかけた。
そんな矢先だった。連中が現れたのは。
色違いのバトルスーツを着込み、フルフェイスのヘルメットをかぶった5人組。到底人間とは思えない力と、恐ろしい程に強い武器を操り、俺達派邪に真っ正面からぶつかってきた。
俺も、初めて互いが遭遇した場所に居たのだが、はっきり言って奴らは強すぎた。その場に居た幹部5人が束になっても、連中5人には敵わなかった。それどころか、その戦闘で幹部3人を消滅させられた。策も無く対峙していい相手ではないと判断し、俺達は撤退を余儀なくされた。
それが1年前。俺達は未だに決着を付けられずにいた。
金色のスーツを身に付けた奴をゴールド、こいつが一番のくせ者だった。他はスーツの色の通りに名前を付けてブルー、オレンジ、イエロー、ブラックと続く。
連中は自らをフルフェイサーズと名乗っていた。
スーパーヒーローフルフェイサーズ、と。




