第九柱 預言
どうにも調子の軽いディオルコを信用出来ないイブキだったが、とりあえずは施設から移動するために彼を利用することを決心する。
渦中にありながら知っていることが皆無であるイブキは、ディオルコから詳しく話を聞くことにした。
神を模した者 Divines
古の神バレンを思わせる 不死の存在
◆
また別の恐怖。怯える者がこちらへ近づいてくる。
「確認取れました!」「…それでは彼と同行していた男がトギニ先生を殺したと!?」「そんな!『札付き』は我々の味方じゃないのか!?どうなんですか!?」
全員が灰色の革のロングコートにフードを被っている。燃えてしまって確かとはいえないが、トギニも同じ服装だったのだろう。焼け焦げた端切れをミケーレは見つけた。混乱するその場にいるものが思い思いのことを口にするのを、ミケーレは反射するレンズ越しに見ていた。
全くディオルコの奴め…最後に面倒なことをしでかしてくれた。
「まだ決めつけるのは早いだろう!」「この状況で他に誰が考えられるんだ!並大抵の者では大柄なトギニ先生をどうにもできないだろう!」「しかし相手が銃を持っているならなんとでも…」
何人かのうちの一人が、損傷の酷いトギニに近づき銃痕がないかを探そうとした。
「ゔっ…!」
焼けただれた遺体にたまらずうずくまってしまった。
無理もない、殆どが人殺しとは縁遠そうな信者ばかりだ。
本心では誰もが早くこの場を立ち去りたいと思っていた。自分だけは薄情にもそれを口にする最初の人間にはなるまいと、誰もが意地を張っているだけだった。
「お止めになられたほうが良いですよ。皆さんの言うとおり、どのみち犯人は『あの男』でしょうし…」
ミケーレはそう言ってふい、と室外へと向かった。
「あ…どこへ!?まだ話は!」
ミケーレがガチャリと外へ出る扉を開けると、ちょうどまたもロングコートのスタッフがソバージュ頭の女の子を連れてくるところだった。
この子か…
先程から伝わってくる、命の危険に晒されるものが持つ破裂寸前の風船のように不安定な恐怖心。
施設へ着いたときも一度感じた。しかしあの時のそれは確かにルルカが抱えるものだと察知したのだが…。独特の波長のようなものがあり、ルルカの感情は『読心術』で察知できる。そしてその波長は、目が覚めた時には消えていた。
トギニがもちろんルルカではないのは知っている。…根無し草は亡くなったこの少年だったのだろう。
そして少年は、その恐怖が予感したとおり死んでしまった。
「…その子は?」
「失踪した少女の同室の子で、…少年の友人でもあります。」
コートの男が返答する。
「んだよ!?…だ、誰の話してんだよ!?アタシは今日は何もしてねえぞッ!」
…。すごい冷や汗だ。あまり演技派とはいえないようだが…
「イブキ・ビ・エラが失踪しました。」
「はぁっ?…い、いつもの事だろうが…」
「そうではない、いつものように敷地内でいなくなったのではない、砂漠へ脱走したのです!」
「はぁっ!?………え……はぁっ!?な、なんだそりゃー…」
レディエンヌの心臓は跳ね上がり、声は上擦っていた。上手く何も知らないふりをしようとしても、体が言うことを聞いてはくれない。
ミケーレはレディエンヌの演技に、目を覆いたくなった。しかし誰かがものを聞くたびに酷く怯えている。何かを隠しているのは確かだ。
「言い難いことですが、それだけではありません。リキも…トギニ先生も、何者かに殺されて…」
「……………!」
幸か不幸か、レディエンヌは口をパクパクさせた。友人の死を知っているのに知らないふりをするだなんて、どんな反応をすればいいかわからない。
ミケーレは助け舟を出した。
「いいでしょう。この子もショックで言葉を失っているようです。…今更聞くこともありませんよ。質問は落ち着いてからにしてあげたらどうですか。」
レディエンヌはミケーレを見て固まった。
「しかしこの子が何か知っているかも…!」
「…トギニという人物を殺したのは私の部下の、『赤錆』ですよ。」
その場にいた全員がミケーレの方を見た。
「この大柄な男性を首元から一刀両断…そんな芸当、施設にいた人間で奴以外に出来る者はいませんよ。少年に銃を使ったのは、少女を抱えていて片手が塞がっており銃のほうが都合が良かったから…そこの方も、奴が少女を人質にしていたのを目撃していますしね。もう一人の方は、少女の方は見ましたか?」
「いいや、俺が殴られた時には、あいつの顔がもう目の前にあったから、わからねえ…」
「大方、少女を攫おうとしたラストを、この教師の方が止めようとして殺された。そしてラストは少女を人質にとり、何かのはずみで追いかけてきた少年まで撃った。そんなところでしょう。何故こんな場所だったかについてまでは知りませんがね…。」
ミケーレは即興で嘘をでっち上げた。咄嗟にしては良く出来ている。どうせことの詳細なんか、この連中にはどうでもいいのだ。
レディエンヌはどんどん偽のシナリオが出来上がっていくのを感心して聞いていた。
…すげえ、こいつほとんど推理間違ってる…!
「し、しかし…なんで生徒を攫ったりなんか…」
「さあ。元々赤錆は変な男でした。私もよく知りませんけどね。」
ミケーレは眼鏡をくいと上げた。淡々とした語り口調に、少しだけ熱がこもる。
「その気があったんじゃないですか?近頃おかしくなってましてね。髪なんかチャラチャラ伸ばして。北に置いてきた年上の許嫁にどうやらヒドいフラレ方をしたらしいですよ?自分で選んだ相手でないにも関わらず…しかも連絡は取れなくなったそうで。奴はああ見えてプライドが高い。仕返しとして自分より若い少女に走った…、ホラ、よくいるでしょ?アレでもおかしくないじゃないですか。」
「 ロ リ コ ン 。 」
◆
「ぶあっくしょい!!!」
目の前に座る変な男が大きなくしゃみをした。
…そういえば。気が動転していてあまり気にしていなかったが、砂漠の夜はかなり冷える。
イブキはディオルコの様子を見て気がついてしまい、急に体が冷えてきた。
渡されたヘルメットを膝に抱えたまま、ぶるっと震える。
しかし、凍えてもなお自分の憂鬱さが勝った。
五年間、友人の数は二人と少なくても、自分にとって代えがたい関係を築いたつもりだった。その末路が、自分のせいで片方は死に、もう片方をも命の危険に晒すようなものになってしまった。
私はこれからどうなってしまうのだろう。
…こうして砂の海を眺めていると、もうどうにでもなればいい、とすら思う。
「っあー…なんだってん…えっくしょい!!!…ちくしょぉ、俺は別に…」
五月蠅いなぁ。
馬を走らせる男の様子に、気は紛れたがイブキはイライラした。
「!!!」
ディオルコが馬を急停止させた。
「!?う、わっ」
ザザアッと砂の音がした。
「ちょっと!…何?!」
「…わりい、気がつかなかった、お前その格好じゃ冷えるだろ。」
振り向いて言うやいなやディオルコは自分の赤い軍服のような服のボタンに手をかけていた。
「えっ…ちょっ…いいよ!」
「気にすんなって、寒さには強いんだ。それに俺は意外と厚着だしな。」
確かに外着のさらに下には、白い厚手の服を着ているようだ。遠慮すんな、とディオルコはイブキにさっさとコートの上から外着を着せた。
干渉されたくない。気落ちして顔の筋肉に力が入らない。今はしばらく誰とも話したくなかった。
「いいって―――…!私のことは、放っとい…」
「アレ?お前それ被ってねえのかよ。」
人の話も聞かずにディオルコはイブキの膝にあるものを見た。
「?」
膝の上の丸い物体。イブキはこれが何なのか知らない。渡されたから訳も分からずとりあえず持ってはいたが。
「あ、そうか、ハハ。これはこうやって使うんだ。」
「わっ」
ぼすっと音がしてディオルコはヘルメットをイブキに被せた。
「お前の頭を守ってくれるぜ。」
そう言ってヘルメットに手を乗せたまま、彼は微笑んだ。
◆
馬の『目』のように見える部分は、光を放ち道を照らしている。
砂漠をどれくらい進んだところだろうか。辿り着いた先は、小さなオアシスのようだった。
昼間との温度差で自生する草の露が凍り、踏むとパリパリと音がした。
馬から降り、生い茂る木々の薄くなったところを分け入ると、拓けた場所へ出た。見渡すには少し暗くなりすぎているが、湖がある。
湖畔に御誂え向きの場所を見つけ、ディオルコは砂漠に出て初めて馬から離れた。黒馬は傾くことなく静止している。
…改めて見ると、やはりこの馬何かがおかしい。辛うじて目や鼻のように見える部分は哺乳類からかけ離れており、もしや生物ではないのではないかとイブキは思った。これは北のモノなのか?
もっと観察したかったが、ディオルコに言われいくつかの枝を拾いに向かった。幸い夜目は効く方だ。
ディオルコは『バイク』の箱を開け、物を取り出した。
イブキが少しだが枝を抱えて戻ってくると、ディオルコは既にマッチと小さい燃料で種火を作っておりそれを焼べた。
湖を正面に二人は火を挟んで平行に座り、火にあたる。
イブキは膝を抱えた。
「少し仮眠をとったらどうだ?」
ディオルコはイブキに聞いた。
「………」
砂漠においての移動時間となる夜は貴重なはずだ。
「わざわざ寄ってくれたの?」
「いや、通り道だ。俺も少し疲れた。」
ディオルコはぐるりと自分の肩を回した。
「色々話す前に頭すっきりさせた方がいいんじゃないかと思ってな。寝るなら今のうちだぞ。」
「…いい。」
イブキは首を振った。
「そうか、ほれ。」
ディオルコは乾物をイブキに投げた。
貰いはしたが正直空腹どころではない。
しかしこの男、不遜なところもあるがところどころ自分に親切にしてくれている。
イブキは愛想笑いの一つも返せない今の自分が少し情けなかった。
「んで、何から聞きたい?先に俺から答えよう。」
ディオルコは今度は体を曲げてつま先を伸ばし柔軟運動をしながら言った。
急に始まった。イブキは完全に油断していた。
…いざ急に聞くチャンスが巡ってくると難しい。イブキは見るからにアタフタした。
「えっ……と、…アレは?」
目を泳がせたイブキは、思わず自分を乗せてきた『馬』を見た。
「……?アッハッハッ!お前!最初に聞くことがそれかよ!」
ディオルコは目を丸くして動きを止めたが、聞き逃すまいとばかりにバカにした。
「うぅ…だって…」
青年のこと、父親のこと、自分のこと…聞くべきことはたくさんある。
間抜けなのはわかっているが、つい焦ってしまった自分を恨めしく思った。
不甲斐無さに体が火照る。
しょんぼりとしたイブキを面白そうに見てからディオルコは回答した。
「…アレは馬じゃない。アイツは『コモドドラゴン』って名前の『バイク』って乗り物だ。『コモド』とでも呼んでやれ。俺も譲り受けただけだからそれ以上は知らねえよ。」
んなバカな。乗り回す当の本人が何も知らないなんてことあるか。しかしイブキは自分自身、ディオルコの説明が初めて聞く単語ばかりで何一つ理解できなかったので、予めそれを予想していた彼がこれ以上の説明を省いたのだと察した。今までも様々な人に聞かれたに違いない。
「じゃ、じゃああの、私って、何なんですか…………?」
イブキは自分の顔が赤くなっていくのを感じて、つい改まった。
全然頭が働かない。
「お前か…。」
ディオルコは何か思案しているようだったが、真面目な顔をイブキに向けて言った。
「お前はイェルバが開発した兵器、対人用の人造人間だ。」
「え…!?」
イブキはぽかんとした。
「そして何を隠そう、この俺もな!」
「えええええええええええ!?…え…あたしっ…!?兵…」
「………。お前、少しは人を疑うことを覚えたほうがいいぜ。」
ディオルコは気の毒そうな顔をして言った。イブキはからかわれたことに気付き、むくれた。
「バカにしてるの!?」
湖の方を向いていたディオルコは体をほぐすのはやめて、イブキの方を向いて座った。
二つのことをいっぺんにやるのはやめた。イブキの様子を見て、自分から積極的に説明することにしたようだ。
「…自分が今いる国がどこだかわかるか?」
「…か、カルディナ…」
簡単すぎる常識問題だったが、イブキは自信なさげに答えた。こういう一問一答形式で聞かれるのはどうも苦手だ。
「そうだな。大陸は北と南に大きく分かれている。大小いくつかの国はあるが、絞って説明しよう。」
ディオルコは火で明るくなった砂に、ガリガリと簡略化した地図のような物を描きながら説明する。
大陸を上下に二分し、さらに上を三分割、下を二分割にした。
「南の大国は主に二つ、『エルディーダ』とこの『カルディナ』とされる。元紛争の地、カルディナはお前の孤児院があり、今俺たちがいる国。南も南、最南端だな。」
ディオルコはまずカルディナの場所に丸をつけた。
「エルディーダは北から南への玄関口。北の支配を最も大きく受けた地であるため、統治者には北人が多い。多くの北国と同じく身分制度が健在し、さっきも話した通り、エラ家の栄えた国でもある。」
「一方北は三つに分けられる。凍土の『リル』、肥沃の地『シファード』、…そして軍事大国『ウコキア』。」
「………」
イブキは『ウコキア』という国には聞き覚えがあった。
「さて、ここまでいいか。そうだな…、まず俺が一体何者かについて話すか。」
「元々俺は、『シファード』から来た。」
「…」
ディオルコは地図上の北の一部にぐるりと丸をつけた。北国出身であることは予想していたために特に驚きはない。
「俺は本当は『イェルバ』の傭兵じゃない。『シファード』の傭兵だ。」
「…。」
イブキはディオルコの耳に目をやった。耳の宝飾品は明らかにそこらの人間のものではない。貴族ではないのか?ディオルコもイブキの視線に気がついたようだ。
「気になるか?…生まれはまぁ、そうだな。お前同様、俺も色々あったということだ…俺は嘘はついていない。」
ディオルコは朗らかに濁した。
「シファードからある命を受けた俺は、俺自身の目的もあり、イェルバを探るためにイェルバの傭兵として潜り込み各地を回ることになった。」
「『Divines』、お前を、捜すために―――」
「…嘘だよ」
イブキは怒るわけでもなくディオルコを見上げて言った。信じられるわけがなかった。
「Divinesとして私を捜してたなんて嘘!だって私、誰にも言ってないもん!私の秘密―――…」
「言ってたじゃねえか、あの施設でもお前、お友達によ。」
ディオルコはどこか挑戦的に笑って言った。
「言ってない!!私今まで、あの二人にしか言ってない!!!もし漏れるとしたら………!」
言いかけてイブキは息を呑んだ。まさか、そんなはずない。あの二人のどちらかが……?
駄目だ、私は疑いたくない。
「違う、あの二人じゃないと思うの。別に何か訳が…」
「そうだな、疑うくらいならべらべら喋るんじゃないぜ。」
ディオルコは悪びれるでもなくサラリと言った。
「…へ?」
「その二人?の友達の話が北まで飛んできたんだったら俺が来る前にお前は施設から姿を消してるよ。お前施設に来て五年以内なんだろ。俺がお前を知ったのは五年前だ。」
…酷い!こいつ、人を弄んでる!
イブキは怒りを隠さずに睨んだが、ディオルコは全くお構いなしだ。
「まだいるだろ、『今は』側にいなくとも、お前のことを見てきた人が、一人なり二人なり…」
「そんな人がいれば私、とっくに…」
いや待て、いるじゃないか。
『生前』ずっと私を育てるために、
一緒にいてくれた…………
「まさか、『父ちゃん』…が……?」
「………」
ディオルコは今度は考えるように黙っている。
「…そんなはずない。『父ちゃん』が…だって私に『言うな』って言ったの、『父ちゃん』なんだよ!?」
「っ、とぉっ…。」
ディオルコが溜息をついた。
「お前さあ、女の子なんだから『父ちゃん父ちゃん』って…『お父様』とかせめて『パパ』とかお呼びなさいよ…。」
イブキの連呼に気が散ったのか、呆れたようにディオルコは言った。
イブキは膨れっ面になった。
「なんなの、人が真面目に話してるのに!大体アンタ、父ちゃんのこと知ってるんでしょ。」
「『アンタ』とか『父ちゃん』とか、ったくもー…。誰が誰かに漏らしたかとか、そういうのは知らねえよ、俺は。」
「?」
「うっかり誰かが漏らしたつもりはないとしても、例えばお前が小さいころ、やむを得ず医者にかかってたりするかもしれないだろ。お前に関してそういう心当たりを知る人は、お前以外にはもういないとする。だったらどっから漏れててもお前にはわからんだろうが。極端な話、ルルカとすれ違うだけでも情報が漏れる。」
確かにそうだった。リキが味方で本当に良かったのだ。
「でも、じゃあ、じゃあ…北の人は今頃私のことみんな知って…」
「…シファードの情報で、現行Barren以外のDivinesが存在することと、それがお前であることを知る者は、王族に関連する、信用された限られた者だけだ。噂が広まってイェルバに動かれたら厄介だからな。」
「…そう、なの…」
イブキは安心していいのか全くわからなかった。王家が知っている、それだけで十分な脅威だ。
だがそれよりも目の前の男の正体が余計わからなかった。傭兵の分際で王家の信用を得すぎている。
「アンタ………ホントに一体、何者なの…」
「王族が俺を信用しているのは!」
さっさと次の話に進みたいらしいディオルコが言った。
「俺がこの件に関して必死で働くであろうということを、彼らが知っているからだ。」
「さて、さっきは何がきっかけでお前の存在が広まるかわからない、という話をしたが、その最たる例を話そう。」
◆
「俺は傭兵となる以前…要するに終末より前に、ある人物と親交があった。
『西の森の魔女』という人物を、どこかで聞いたことがあるか?」
イブキは首を振った。ディオルコは説明するのが面倒なのか、どこか落胆した表情を見せた。
「彼女には魔女と呼ばれる所以があった。薬草や星にも詳しかったが…そんなものはどうだっていい。」
ディオルコはこの先を話すことに、少し躊躇いがあるようだった。それもそのはずだった。
「『預言』って、信じるか?」
イブキは目を見開いた。この話題の終着点が見えた気がした。
ディオルコは考えに耽るように炎を見つめていた。
「突拍子もない話だと思うだろうが、この『西の森の魔女』…名を『Erith・bi・dall』。彼女は『預言』によってその名を知られていた。」
「一頃森に住んでいた彼女は魔女と呼ばれ、出逢って預言を貰うことができればその預言は必ず当たる…そんな噂が立っていた。」
「もちろん噂を耳にしていた俺も、初めは信じていなかった。だがそんな俺の前に姿を現した彼女は、読み解くように次々と俺の未来を当てた。本を捲るように、譜をなぞるように預言をしてみせた。…知らず知らずに、俺は彼女に絶大なる信頼を置いていた。」
真面目にディオルコの話に聞き入りながらイブキは、まるでどこかで聞いたような話だと思った。
ちょうどそうだ、トギニがつい数時間前に話した、根無し草の話そのものではないか…………
「その彼女が手紙で残した預言の中に、終末に関するものがあった。彼女がその預言を託したのが、俺だったんだ。」
ディオルコは懐から文を取り出した。てっきりそれを広げるものかと思いきや、中身は見せてはくれなかった。
「…残念ながら、こいつが俺の元に届いたのは終末よりも後だった。終末はこの世の避けることの出来ない事象らしく、この手紙にはそれより後のことが書いてあった。」
相変わらずはきはきと語るディオルコの表情は真剣そのものだ。
「『世界が終末を迎えたなら、南を巡り神を模した娘、イブキ・ダグーを探して欲しい』
…だ、そうだ。」
「…、名指しで?」
「そうだ。」
イブキの唇が震えて上手く動かないのは、かじかんでいるせいだけではないかもしれない。
『エリス・ビ・ドール』。
姓がどこか似ている気もするが、その『エリス』という人物に心当たりはない。知らない誰かが自分を探している。他にもこんなことが起こっているのだろうか?
「あれ?」
イブキは一つ気が付いたことがあった。
「でも、これ預言って言うより…」
『探して欲しい』。確かにそう言った。
「そうだ、『終末』や『神を模した者』についてさりげなく預言はしているが、要はこれは切願…俺への『お願い事』だ。…願いはこれだけでは無かった。もう片方は…これはまあ、個人的なことだ。」
どこか懐かしげに手紙を懐にしまい、ディオルコは微妙な切り上げ方をした。
「その魔女さんのお願い事のために、私を探してたの…?」
「アイツは無駄なことはしない。彼女の預言はシファードの王家にも影響を与えていた時期があり、信頼に厚かった。終末後ある脅威に晒されたシファードは…省略するが、俺が彼女から何かを託ったことを聞きつけ、シファードの援助を受けて俺はお前を捜すことになった。」
五年間。決して短くない期間。それを言づて一つで…
「魔女さんと随分仲良しだったんだね?いくら頼まれたからって、それだけで…。それに、なんで魔女さんが頼んだのが」
「それは彼女が」
ディオルコは懐から別の物を取り出した。シャラリと繊細な音がした。
「俺の婚約者だからだ。」
微笑むディオルコが首から垂らした金の鎖には、シンプルだが精巧に彫細工の施された指輪が通されていた。
「えっ…」
「えええええええええェ!?」
イブキの黄色い叫びが夜の冷たい外気を割き、湖面を揺らした。
イブキ・ダグー(イブキ・ビ・エラ):神を模した者・ディバインズであるらしい少女。
ディオルコ・エスパリオン:イブキの逃亡に助力を申し出たシファードの謎の青年。『赤錆』?
ミケーレ・ランドレイ:ディオルコと行動を共にしていた。読心術の使い手。『鉛灰』?
トギニ:偶然イブキを殺害しようとしていた食人族。
レディエンヌ:巻き込まれただけのイブキの悪友。
リキ:同じく巻き込まれ、トギニに殺害されたルルカの少年。
エリス・ビ・ドール:ディオルコのフィアンセらしい女性。魔女として預言で有名。
イェルバ:南の主力宗教の一つ。
バレン:イェルバのメシア。不死。
ディバインズ:Barren(神)を模した者。イブキや現行バレンの便宜上の総称。
ルルカ:根無し草と呼ばれる人種。他人の脳内を読む。
シファード:北の国の一種。
ダイド:札付き。???




