第七柱 同伴者ディオルコ
敵か味方かもわからないディオルコによって少し我を取り戻したイブキは、レディエンヌにことの経緯を説明する。施設から脱出するにあたりレディエンヌも一緒に連れて行こうかと考え始めていたイブキだったが、そんな彼女の前にディオルコが再び姿を現す。
◆
『ディオルコ・エスパリオン』
そう名乗る男は、またも無音で部屋に侵入していた。なぜか平和的な微笑みを浮かべている。
「……ぎゃあ―――!誰、こいつ!!!」
意外にも最初に動き出したのはレディエンヌで、叫ぶや否やその辺にあった色々なものを投げつけた。
火事場の馬鹿力というのはこのことだろうか。
枕、ハサミ、鍋。その中にさっきの銃を見つけて慌ててイブキはキャッチし、その場のノリでとりあえず他の物を投げてレディエンヌに加勢した。
なんだかよくわからないが、止める気にもならない。
「おわー!悪い!癖で!気持ち悪かった?ごめん!」
ディオルコは入ってきたはずの扉を盾に応戦した。扉に次々と刺さっていく。
「盗み聞き?それとも黙って入ったこと?どっちも謝るから、悪かったって!これやめて!」
ディオルコがドア越しに小声で叫ぶ。誰かが駆けつけても困るのだろう。
これがさっき私に命令していた男?変貌ぶりにイブキはインク瓶を振り上げる手が止まった。
レディエンヌも相手の反応が予想していたものと違うためか、鉢を持ちフリーズして考えているようだ。
「おーい、俺もう入ってもいい?悪いようにはしないから。」
…なんというか、優しさを通り越して、少し情けない感じすらある。
沈黙に、許可が下りたと判断したようで、男はふーっと息を吐きながら入ってきた。
「落ち着きましたか、お嬢さん方。」
背は170cm後半で、鍛えられた身体に軍服にも思える赤い服を着ている。帯刀しているが今はさほど威圧感がない。
「誰だあんた!」レディエンヌが再び叫んだ。
さっき名前は言ったんだけどな、とディオルコは思った。
「…こいつがあの教師にとどめを刺したの。」
イブキはレディエンヌに先ほどの自分の説明の不足を補った。
「なっ…、お前がその…何とかして倒したんじゃなかったのか!じゃあこの人は味方なのか?」
「…俺の名はDiorco・Espalion。JELVAの傭兵だ。今はな。」
「Diorco?」聞き慣れない響きにイブキは聞き返した。
「ディオルコ、な。」
彼自身今はどうでもいいと思ったがやはり聞き流せないようで、訂正した。
…傭兵?イブキは初めてディオルコをきちんと見た。
端正にはっきりとした目鼻立ちは、誰かに精巧に作られたようでもあるが、少し大きい耳が垂らした長髪の端から見えている。
かなり言葉を使いこなしてはいるが、僅かな北人訛りとその耳の宝飾品を見ながら、イブキは男が「北人の貴族」か何かであろうと気づいた。イブキは旅人であった時分に、訛りが判別できるようになっていた。左耳のカフは少なくともそれなりの上流の者しかつけないと聞いているし、両耳に乗った宝石は数と色で階級を表すのだという。両耳に緑のエメラルド。左耳のエメラルドの上を一つ、丸いルビーが飾っている。傭兵…なのか?
「…それより、さっきの話だけど何がダメだっての?」
イブキは当面の問題に話を戻そうとした。レディエンヌと共に施設を出ることを、この男は阻止しようというのだ。
「俺は自分の名を名乗ったんだぜ。そっちも自己紹介するのが道理だと思わないか、『イブキ・ダグー』。」
「さっきからずっと何言ってんの?!私はイブキ・ダグーじゃない!」
イブキはこの男が、先刻からやたらと自分を『ダグー』呼ばわりしていたことを思い出した。…冗談じゃない、誰なんだ、コイツは。
「そうだぜあんた、人違いだ!こいつは『イブキ・ビ・エラ』!そのダグーとかいう名前じゃないんだよ!」
レディエンヌが口を挟んだ。
「お前、『ビ・エラ』姓が何を意味するか知ってるのか?」
ディオルコはイブキの目をまっすぐ見て聞いた。
「え?」
「いや…知らないなら今はいい。」「そうか…しかしいやぁ、残念だなー」
時間が惜しくなったのかディオルコは正攻法は止めたようだ。
「お前が『イブキ・ダグー』なんだったら、脱出するのを俺が手助けしてやれたんだけどなー」
ディオルコは白々しい演技をした。これにはイブキも反応した。
「…どういうこと?」
「とぼけんなよ。お前も屋根の上から見て、知ってんだろ、俺の愛車をさ♡」
「!」
「砂漠だろうと山だろうと何でもござれの可愛いやつさ。あいつさえあれば脱出なんて朝飯前なんだよなあ。」
イブキも朝のことは覚えていた。
この施設では脱走は許されないが、それ以前に子供がロクでもない装備でこの砂漠に出ることは、自殺行為に思われた。砂煙を立てて猛スピードで走っていたあの黒い馬なら、確かに逃げることもいくらか容易くなるだろう。
男は腕組みをしたままさらに畳み掛けた。
「ああでも、今更ウソつかれても困るから、この話は忘れていいぞ。俺は『ダグー』って男に『自分に何かあったら頼む』って頼まれてその子供を探してるだけだから。無関係のお前に巻き込まれて面倒ごと起こす気はない。」
「……、父ちゃん?」
イブキは呟いた。レディエンヌは意表を突かれた顔をしたが、話がいまいち見えないようだ。
『父ちゃん』?ディオルコは年頃の女の子らしからぬ父親の呼称に思わず内心ずっこけたが、しめたと思いにやりとした。…子供ってちょろい。
歓声をあげてしまいそうな自分を抑え、伏目でからかうように話を続ける。
「そうだな、『イブキ・ダグー』の父君にあたる人だ。でも君は『イブキ・ダグー』じゃないんだろう?なっ『ビ・エラ』。」
「わかんないやつだな!イブキはさっきからそう言ってるだ、ろ…?」
レディエンヌが苛ついて口を挟んだが、イブキが待って、と制止した。
「違うのレディエンヌ、ごめん…『ダグー』は私の父方の姓なの…」
「なんだって…!?初めて聞いたぞ!」
「…『ダグー』の名は5年前に身寄りをなくすと同時に封印したから……」
「お、お前脱出までを有利に運びたいからって嘘ついてないよな!?」
「…ち、違う嘘はついてない…けど…」
レディエンヌにも信じてもらいたいが、この先を何者かもわからないディオルコの前で言うことは憚られた。
見かねたディオルコが品の良い口調で口を出す。
「…封印したお陰で君は今まで平穏な生活を送ってこられたのかもしれない。そうだろうイブキ・ダグー。君がある能力を持ってしまっているがために。違うか?」
「…私の……」
「そのBarrenに通ずる力が世に知れ渡ることを恐れたんだ。JELVAは君の存在を知ったら、必ず捕らえようとする。」
「あんた、どこまで知ってるの…?」
イブキは心底驚いた。横のレディエンヌも目を見開き驚いていた。
「本当に、父ちゃんに…!?」
今までイブキに関する情報は全て言い当てている。一連の行動を振り返っても、とりあえず敵ではないように思う。…イブキは、この男の話をもっと聞きたいと思った。この男が父親とどういう関係で、父親が自分に関し何と言ったのか、自分を探してどうするつもりなのか。
「俺は今はこうしているが、別に根っからのJELVAの人間って訳じゃない。そう警戒するな。」
「あんたは、私の父ちゃんとどういう…」
「疑問は山ほどあろうが」
ディオルコは手を挙げイブキを遮った。
「今は時間がない。」
それは本当だった。戻ってからかれこれ20分ほど経過している気がする。
置いてきたリキの姿が頭をかすめたが、今は考えないようにした。
施設に自分が居続ければ、トギニを殺したのは誰か、必ずそういう話になる。
友人が生きていればこそ自分の犠牲も払えたが、その彼が死んでしまった今は、自分に対して疑問を持たれるきっかけを誰にも与えたくなかった。
「今は君が『イブキ・ダグー』で、俺が手を貸す。これで十分だろう。今晩君は、由々しき事態に巻き込まれた。現在はまだ誰も気づいていないとしても、何かの弾みで君の存在が教団に知れ渡ることはお互い避けたい。今はその場しのぎで良いように利用してくれて構わない。」「俺と来るんだ。」
ディオルコは再びイブキの目をまっすぐに見ていた。
「信じてほしい。」
「………」
イブキは思った。五年前の幼い頃ほど無力ではない。ここで大勢の監視の中自分の正体を隠すことにもがくより、外へ出て有事の時はこの男の目だけを欺いて逃走する方が、まだ容易いのではないかと。…先ほどあれだけ力量差がハッキリしていただけに、自信はないが。それでも最悪あの馬を奪って逃げるくらいのことは出来るのではないか。
悪人ではないように思うが、容赦なく人一人を刃物で分断したあの横顔を思い出すと、信用するのはまだ早いように思えた。だが利用するとなれば別だ。
レディエンヌは恐る恐る聞いた。
「イブキ、まさかお前ついていくなんて…」
「…私、行くよ。」
返答にディオルコは思い切り微笑み、
「だから着替えろって言ったのに…まあいいけどね、」と小言を漏らした。
「何でだよ、イブキっ!?こいつを信用するのか?いくらお前が死なないとはいえ…!」「お前何で…リキが死んだっていって、次から次にハイ分かりましたって…そんな切り替えられるんだよ!?」
青年は、今は混乱したレディエンヌの方を向いていた。
「………」
レディエンヌの言わんとすることはなんとなくわかる。イブキは何も答えられなかった。
その眼で見たわけでもないのに、友人の死を割り切れるものではない。
「レディエンヌ…」
「………だったらやっぱりアタシも一緒に連れてってくれよ!」
レディエンヌは必死で考えていた。先ほどこの男に拒絶されたが、やはりこれが最善に思えた。
「こんなとこに置いてかれる方が不安だし、イブキと一緒の方が安心だよ!」
「駄目だ。」
もう笑ってはいなかった。今度は厳然と、無情にも再びディオルコは拒否した。イブキが食ってかかる。
「何でよ!?私だってレディエンヌが一緒の方がいいんだけど!」
「お前、またお友達を死なせる気か?」
「えっ………」
鼻で笑うディオルコの、思っていたよりキツい言葉に、イブキは怯んだ。
「お前…自分の存在が周囲にどれだけの影響を及ぼすか、まだよくわかってないんじゃないのか。」
冷たく澄んだ声が、肌寒い部屋に響く。
「お前が関わった人間は死ぬんだよ。殺してもいいと思う人間以外、近づくな。それくらいの心構えでいろ。」
荒唐無稽に思えることを、あまりにもディオルコが言い切ることに、イブキは絶句した。
「お前は不死の者だ。だが周りの人間は簡単に命を落とす。お前を追う者は、殺す気でお前を捕らえに来る。Barrenが不死だからだ。お前にBarrenの幻影を見て、さっきのように巻き込まれて人が死ぬ。自分を普通の人間と同じだと甘く考えるなよ!」
「…それをお前、本来巻き込まずに済んだ人間に、ベラベラと事情を喋りやがって。この子はお前の能力まで知ってるじゃねえか。」
青年はレディエンヌをチラリと見た。レディエンヌもなぜかばつの悪そうな顔をした。
終末で独りになり、友達ができて、独りではなくなった。そしてまた喪った。
…確かに、私がいなければ、リキは死ななかった。
だけど、この物言いは、まるで何?終末ですら私のせいにされそうな。
…私がそれだけのモノだというの?
イブキは悔しさと絶望で何も言い返せなかった。元々言い争いや議論は苦手だ。
「…このお嬢さんが施設に一人取り残されてからのことは考えなかったのか?お前や死んだ少年と親しくしていたなら、お前が失踪してから根掘り葉掘り事情を聞かれるのはこの子だぜ。JELVAの連中の思想によっちゃあ、Barrenの名を簒奪しうるお前の姿を見ただけで、目撃者を殺しに来るような過激な連中もいるんだ。うっかりした情報でも口にすれば、今は無事でもこの先ずっと危険になるんだよ。」
「そりゃ考えたよ!だから一緒にここを出ようって言ってんじゃん!!それだったらレディエンヌだけが危険な目に遭うこともないでしょ!?」
「…だからさっき言ったろ、関わるなって…」
少し困ったようなディオルコは、ムキになったようなイブキに対し、自分の幼少期より相手がずっと子供らしいことに気づいた。
「さっきも言ったろ、この先お前を追う奴は、お前を殺す気で来るって。普通の女の子はとても耐えられずに死んじまう。例えどこかの村にこの子だけ置いてきたとしても、お前と一緒に失踪した事実は残る。どのみち危険だ。何も知らないフリを突き通して、ここに残る方がいくらか安全なんだ。お前がもしお互いバラバラになることを怖れているなら」
「友人が死んだら本当の意味で孤独になるぜ、お前…」
それは、そうだ。
「…。」
この男が言うことは、間違っていない。私よりもよく考えてくれているくらいだ。
友人の人生の上には、私なんていない方がいいという現実。爆発物のように思える自分にだんだんと寒気がする。
ディオルコがふと口を開いた。
「友達は連れていけないが…。お前から見て、俺は簡単にくたばりそうな奴に見えたか?」
焼却炉でのことを思い出す。イブキは頭を振りかぶった。
ディオルコは声を出さず笑った。
「なら、ついていくならそういうヤツにしとけ。」
気づけばこの男はいつも、まっすぐに人の目をを見ていた。
「イブキ、アタシ残るよ。」
その手は僅かに震えていたが、レディエンヌが決意したように言った。両耳のリングが大きく揺れた。
「それで、待ってる。お前と気兼ねなく会える日が来るのを。イェルバに残ってさ、お前の役に立ちそうな情報でも探して。」
「レディエンヌ…!」
イブキは友人に抱きついた。
ディオルコが話しかけた。
「君、レディエンヌ。」「いいか、何を聞かれても、知らぬ存ぜぬを貫き通すんだ。君は『今晩ぐっすり寝ていて、イブキが帰ってきたことにも気づかなかった。』…それから、今後は出来るだけ敬虔な信者を装うんだ。それが君を守ってくれる。」
レディエンヌはしっかり頷いた。
「…さあ、本当に、悪いけど時間がない。」
ディオルコはイブキの肩を抱いて移動を促した。
「…イブキ!」レディエンヌが呼んだ。
「上手くやれよ!」
イブキはドアを通り抜けがてら、親指を立てた。男から借りっぱなしの、ロングコートの下に何かを隠して…
歩みを進めるとともに、レディエンヌの姿は扉の裏側へと、消えた。
◆
二対の足が廊下を早足で進む。男はもはや、その足音を消そうともしていなかった。時々速度を緩める。どこかへ向かっているのは確かだ。
「ねえ、誰かを探してるの?ひょっとして一緒に来た―――」「イタっ!?」
言いかけたイブキの腕を、ディオルコは払い飛ばした。
「何すん―………」
カラカラ、とハンドガンが重心を軸に輪を描きながら床へ転がり落ちた。トギニから奪い、レディエンヌから回収した、あの銃だ。
あっと言うのも遅く、ディオルコがニヤリとしながら既に銃を拾い上げるところだった。
「返してよ!」
「俺は撃たれたら死んじゃうから、こんなモン持ったヤツを後ろに乗っけて走る気にはならないの♡まぁ見てろって。」
頼みの銃を奪われて、軽くいなされてしまった。イブキは初っ端からとても『上手くやれる』ような気がしないと思った。
すぐに消灯見回りをしていた誰かが通りかかった。いや、そういう場所を選んだのだ。
「あっ!?アンタたち、夜も更けるのにこんなとこで一体何を―――」
「うるさい!来るなァ―――っ!」
ディオルコはそう叫ぶと、イブキを羽交い締めにし、奪った銃をイブキのこめかみに突きつけた。
茶番だった。わけはわからないがイブキは何の緊張感もなく突っ立っていた。しかし見回りは目に見えてうろたえていた。
「えっ…ちょっと、アンタ…君…なにもそんな…えっ?」
剣を所持しているので特に銃を使う必要はなかった。だがディオルコは自分が『この』銃を振りかざしていることを出来るだけ印象付けたかった。銃の腕に覚えはないのでこの方法しかとれない。
「近づいたら撃つ!!」
「お、落ち着いて……ええぇ……」見回りの男は線が細いらしく、ほとんど吐きそうだ。
「わっ」
イブキの体が宙に浮いた。
効果を十分に感じたディオルコがイブキを抱えてひらりと窓から退散したからだ。そのままあらかじめ下に移動しておいた『愛車』の後部座席に少々乱暴にイブキを座らせ、ヘルメットを放って寄越して言った。
「しっかり掴まってろよ!!!」
言うが早いかエンジンをかけ、物凄い加速で愛車に乗ったまま見張り小屋の壁を斜めに駆け上がり、その勢いで施設のフェンスを乗り越えた。
星空を轟音が駆け巡り、その音は施設の者達が揃って目覚めるほどだった。
イブキ・ビ・エラ:異常な回復力を持つ少女。不死であるかは不明。
ディオルコ・エスパリオン:『イブキ・ダグー』を探す謎の男。味方?
リキ:ルルカと同じ能力を持つイブキの友人。トギニに命を奪われる。
トギニ:バレンに救われたクバタ。その件以降自分が理性の制御を超える。
バレン:イェルバのメシア。史実上の人物と同一であるかは不明。不死と言われる。
レディエンヌ:イブキの友人、ルームメイト。態度は大きいがあまり気は大きくない。
クバタ:食人族。南最強を誇ったが、後に迫害され滅亡した。
イェルバ:この世界の宗教団体の一つ。
ルルカ:他者の心が読める人種。お目にかかることは少ない。世の反感を買っている。




