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LEMURIA 混沌のレムリア  作者: アマダイ
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第五柱 リキ

他人の心の声が読める『ルルカ』であるためにトギニに入り込みすぎてしまったリキは、深く影響を受けすぎてしまい、ある判断を下してしまう。

それはトギニを激昂へと導き、トギニはリキへと銃を向けた。

イブキは反射的にリキの前へと飛びだしたが…

待ち構えたかのように、飛び込んだ。3度の発砲とややあっての時間差で、初弾以外の二発が自身の首と腹部を貫き、右肩から倒れ、痛みにより無になる瞬間が訪れた。痛みに対する反応速度より、自身の動体視力がわずかに勝っている。この目をもってしても避けるわけにはいかなかった。自分は死なないかもしれないが、リキに弾が当たれば死ぬ、イブキはそう知っていたから反射的に飛び出した。遅れて視点も定まらなくなる。

…後ろでドサリと音が聞こえた。目の前のグレーのロングコートを着たぼやけた長躯が誰にともなく息を荒げて叫ぶ。

「だから愚かだと言ったんだ!私と同じ…卑賎の身で勤勉なお前なればこそ、少しでも理解できるだろうと期待した私が馬鹿だった!」


何を怒っているんだろう———誰に

イブキは一瞬意識を失いかけた。膜が張ったかのように音からも光からも距離感を掴めない。

体もまだ動かない。少なくとも普通は致命傷だろう。だがイブキは「今度も」命を落とさない自信があった。感覚に覚えがある。私は前にもこんな体験を———…

トギニはイブキが動けるはずがないと思っている。当たり前だ、普通の人間なら死んでいる。

…リキがあんな風に思い切った発言をしたのは意外だった。二人の複雑な会話はよくわからなかったが、リキは誰かを否定したりすることなどない子だと思っていたから…。


「ただの人には限界がある。あのときが人間の私としての全てだったんだ!悪魔(バレン)に縋らなければ自分を保てないほどに、根刮ぎ全てを捥がれたことが、果たしてお前にあったのか!?」

なぜだ?この男は、私の後ろに話しかけている…?

お か し い、弾は、全て、数えた。

まさか……まさか


五感が少し戻ってきた。

痛みを押してゴロリと上体を後ろに向ける。

「つまらん誇りにしがみついた、貴様の末路がこれだ!」


視界に飛び込んで来たのは、最悪の結末だった。

私ではない…リキが


リキの、彼の水色のポロシャツは赤く変色していた。

背後で起きたことだったので正確にはわからない。15歳の少女の考えが甘かったといえばそれまでだろう。

不幸なことに3発の銃弾、そのうちイブキを貫通した2発のいずれかがさらにリキに当たったのか、それとも大きく逸れた初弾の1発が跳弾したのか、弾はリキの胸部を貫いていた。いや、貫通したのか、内部に留まったのかは定かではない。赤い箇所がみるみる広がっていく。

集中力を使い果たして元々弱っていたリキは、膝立ちで何も理解出来ていないという顔をして、止まっているようにも見えた。やがて呼吸を思い出した。

「…く、ごはっ…!」

吸ったはずの空気は身体に届かず、血が口から噴き出す。上体はくの字に曲げられていた。

イブキは絶句し、それを見つめていた。


苦しそうな呼吸音を別に、嫌な沈黙が流れた。

トギニは二人の被弾を確認し、若い命を二つ、確実に仕留めたと思ったらしい。いや、壊れたのはそれだけではないかもしれない。

本来の平静を少し取り戻した彼は背後の焼却炉を振り返り、裾の長い布を翻し背を向けて歩き出した。

盤上の何かをいじり、電源を入れた。

「…余計な邪魔が入ったよ。この娘は苦痛を与えず手を加える予定だったのに。今までの白子もそうだった。ただの人間だったがね。そう言えばこの焼却炉は火加減の調節なんかは出来ないのかね、ハッハッ…こうなっては根無し草(ルルカ)の肉も無駄には———」

トギニは夢から覚めたように、はっきりと滞りなく話し始めた。

彼はもう恐らく、リキの言葉の数々も、自分がリキを求めていた意味も、覚えていない。引き金に当てた指を先ほどまで動かさないように止めていた男は、もう死んだ。


僕の役目は、もう終わったのだ……


リキは、どこか肩の荷が下りたような気持ちで、自分の胸を見、続けてイブキを見た。無感情に開かれた瞳の、瞳孔が拡大するのを見た。


その刹那、自分の知る少女が、遠ざかっていくのをはっきりと知った。

瞳の淵に指をかけこちらを覗くのは、信じたくないことに自分がトギニに見た悪夢の再来———虎視眈々と少女の自己を殺害しようとしている、見たことのない少女だった。


思い出した———記憶の中でBarrenは———…目の前の漆黒の男を救うためだけに………


…易々と数十人を惨殺した———…



「…イブキ…」

音を立て少年が床に平伏し力尽きるのと、ソレは同時だった。

わずかな衣擦れの音。

「!?」

トギニの時間が止まる。振り返り目を疑う。


首と腹部に弾を食らったはずの少女は、身体になんの不和も感じさせず背後でゆらりと立ち上がった。


「…なぜ、動ける…?」

髪は乱れ、表情は読み取れない。陳腐なホラーさながらにだらりと垂れた白い腕から滴る血を遡ると、既に出血は治まってきているのか痛々しく抉れたその銃創からは、


「ひか リ———


一瞬の出来事、トギニの鼻先に少女が迫っていた。風を切り靡いた前髪から覗く無機的な黄色の瞳が、山羊を連想させる。この少女の瞳を、男は知っている。

最後に浮かんだのは、やはり全てを失った日の光景…トギニの意識は、ここで途切れた。




全身が粟立ち、後は無心だった。標的に向かって真っ直ぐに跳び右脚を思いっきり振り回すと、この2メートル近い食人族の男の身体はいとも簡単に吹き飛び、扉を突き破って焼却炉へ突っ込んだ。つかつかと近づき本能のまま男の両目を指で潰すと何かを奪い、イブキは自身の2倍以上の丈の、歪んだ鉄扉をそのままはめ直し、無理やり閉めて点火のレバーを思いっきり下げた。

すぐに迷わずリキの元へ向かう。…まだ息がある!


「リキ、リキしっかり!」

「………」

荒い息遣いのリキは、イブキの目を見つめた。白い睫毛、淡黄色を縁取るブルーの虹彩。いつ見ても不思議だった。

今や瞳孔は完全に開き、よりヒトから遠ざかって見える。あの日とは別人のようだ。いや、僕がその存在に気づいてしまったのだ。

五年前の施設、この淡い容姿の、当時誰よりもチビだった年下の少女は、初めてここを訪れた日の席決めで、なぜか迷いもせず真っ直ぐに僕の横へ来てはにかんだ。リキは当時を懐かしむ。

あの時は随分と儚げに見えたもんだ。

…とんだ見当違いだったかな。


先ほどの見知らぬ少女は、無言で目の前の友人の中に鳴りを潜めた。トギニのような感情も、主張もない。気配を消し、ただただ牙を研ぎ備えている。主人格でもないものが、これだけ独立して存在するなどということがあるのか。

もういっその事、気付きたくはなかった、とリキは思った。


「すぐ人を呼んでくるから!待ってて!!」

リキは我に返った。

「…誰を…?」

「誰だっていいじゃない!!」

悲鳴のようにイブキが叫ぶ。

自分に接する目の前の友人は、いつもの彼女だった。


「…イブキ、いいか、…君は今すぐここをっ…出るんだ」

…落ち着かせなければ。喋ると血が溢れた。

君が例え何者であったとしても、友人として、せめてこの忠告だけはしなければ。

「君の存在が知られれば、君の自由は奪われる……」

Jelvaの悪魔(かみ)としては、すでにあの男の地位が確立している。そこに君が現れることは―――

意識が遠のいていく。自分の記憶が浮かんでは消え、邪魔をする。

「今は自分の心配をしてよ……?!」

人を呼びに行こうとするイブキの動きを、リキの腕が弱々しく止めた。


「…い、嫌だ、リキ」

イブキは、リキが引き留める理由を嫌でも理解してしまった。


「………君に…謝らないと……」

どれだけ意識しようと、僕の前に現れる彼女は、いつもただの少女だった。

その居心地の良さに、僕の目は曇っていたのか…………

「僕はずっと…今でもどこか…人では………ないものとして…畏怖して……君、を……」

息がさらに荒くなる。

本当は初めて会った日に知っていた。君が何者なのか。安らぎが崩れるのを恐れ、そんなことも伝えずに今までも、そして僕はこれからも、何もかも沈黙する。君にとって良いことであると信じて———


「ずっと見て……で…隠してた…使命だと思って…ごめん…」

「リキ、わかんないよ!」

意識がみるみる低下していく友人を前に、手を強く握りイブキは彼の言葉を漏らさず聞き取ろうと必死だった。

———静寂。

「………は」

諦めたようにリキの瞳がぐるりと天を仰いだ。

本当に、ほんの数十分前までは、死ぬ気はしていなかった。

トギニの言葉を思い出す。何が占い師だ、霊能者だ、最適解を導くだ———…

最後の選択を悔いてはいなかった。だがそれなら僕はどこで間違ったのだろう。

「…………死ぬんじゃなかっ…」





握っていた手から、腕から、完全に力が抜けた。生命を司る何かが抜けていった。


「………」


手を握ったまま、イブキは呆然とへたり込んでいた。


「………リキ」


返事はない。

休んでいるだけなのだろうか。

息、してないけど。だとしたら、早く人を呼ばなくちゃ………


そう考えながら、自分の喪失感が何よりも真実を語っていた。


「………」


石になったように、指先の一つも動かない。

リキが動かないのは、時間が止まっているからなのだ。ただそれだけだ。そう信じたいかのように。


もう、動かない。彼は遠くに連れて行かれてしまった。

嘘だ、死んでない!目が覚める!自分のように!

…なんでもいいから、生きて欲しかった。卑怯者でもいいから、私を見捨ててでも『今』生きていて欲しかった

どうして私は、死んでしまったと決めつけようとしているの……


いくらか時が経過したのだろうか。固まったままでいた。

取り返しのつかない事態。状況を飲み込めば飲み込むほど、肩は怒り、気管は苦しいほど拡がり、それでも涙の一粒も溢れない。…この結末に何一つ納得できない。

「こんな…こんな簡単に…」

残ったのはこのやる瀬無さと、やり場のない怒りだけ。

傷は跡形もなく完全に塞がり、血に濡れた衣服が鬱陶しく肌に張り付いた。


鉄扉が歪んでいるせいか、室温がじわじわ上がっている。

低音のごう、という火葬炉の稼働する音を耳が拒絶していた。




さらに割り込むように今度は火葬炉の『主』が声をあげて訴え始めた。

「開けろ!熱い!開けてくれ!!!!」

ひいひいと言葉にならない声を出し、視力を奪われたためか、手当たり次第壁にぶつかってガンガン大きな音を立てている。

「助けてくれ!!!!」「出してくれ!!!!」

…被虐的な立場。リキがまだ無事であったとき、少しならこの男を理解出来るような気もした。


今は 万に一つも


「…うるさいな」


理解できない。



そう言って顔を上げゆらりと立ち上がった時。

入口に目が止まる。見覚えがあった。


全身に紅い衣服を纏った長髪の男が、片手を腰に充てやや険しい顔をして壁際に仁王立ちしていた。

今はトギニと、それから仲間の眼鏡の男と同じ、グレーのフード付きロングコートを腰に軽く巻きつけている。

建物に扉があったのにも関わらず、音も気配もなく容易く自分の領域に踏み込まれたことに、イブキは目を疑った。

こいつ、昼間の―――…


男も事態を全ては把握しかねるのか、目だけで周りを見渡し片眉をちらりと上げて見せたが、すぐに硬直しているイブキに視線を戻した。

例の愛想笑いをにこりと見せ、場にそぐわぬラフなトーンで言った。


「見ぃつけた。イブキ・ダグー。」


何事かはわからないが、尋常でない場面でこそ笑ってなんぼだ。ディオルコは、こんな場面では相手がどう出て来ても仕方がないと腹を括った。

声は響きはせずに、別の音に吸い込まれていった。

シュー…と、鉄扉から嫌な蒸気が漏れる。叩打する音と叫び声が弱っていく。

どうやら少女のその無機的な大きな瞳は、灰色の布に釘付けになっている。


ダグー?ダグー…?私はビ・エラ。


そんなことはどうでもいい。相手の腰に巻き付いたコートがどうしても目についた。今まさに焼かれている男と同じ、教会御用達のフード。

誤って机から落としたグラスが床に落ちるまでのような、緊迫した時間が流れる。少女が口を開いた。


「———…お前」

その瞳が鈍く光る。


「…いつからそこにいたァ!!!!」


口にするや否や形相凄まじく、イブキは猛牛のように相手に突進していった。その灰色ごと相手を引き裂いてやりたい気分だった。

ディオルコも驚きもせず待ち構えたかのようにふ、と口角を上げ、好戦的な目で足を踏み出した。

「!?」

———疾い!

わずか二、三歩の動きのように見えた。腰の剣に手を掛けた男の、その疾さを知るも時すでに遅し。

つい先刻イブキがトギニに対しそうだったように、眼前に迫った男にイブキは怯み、腰は引け腕で正面を覆い、

あろうことか目を瞑った。男の影で光が遮断され瞼の裏も暗闇に覆われる。やられる!


———バサッ。


「…?」

風に乗って覚えのある匂いがした。予想した衝撃は訪れない。戸惑いつつ目を開けても視界は暗いままだった。

何が起きた?

状況に弄ばれイブキはきょとんとした。同時にその瞳孔は著しく収縮した。

わずか数秒の出来事ではあるが、程よく温かくなった布がイブキの身体をすっぽりと覆っているのにようやく気がついた。目が暗さに慣れてきて悟る。これはあの灰色のロングコートだ。皮を(なめ)したものであり、素材の香りがする。頭が冷えていくのがわかる。


咆哮。背後で何かが破壊されていくような凄まじい轟音がした。

イブキはハッとして自分を覆う布を内側から払い、振り返る。何?あいつは?

ばきばきと鉄扉が形を変える。外から封をしていた鉄芯ごと限界を迎えこちらへ倒れこみ、熱風がなだれ込んだ。


火葬炉の主は最早火柱と化しそれでも執念で、芸術的な姿で堂々両手を広げ立ち、吼えた。


「オオオオオオオオオ!!!アアアアアアアアアアアアア!!!!!」


対する長髪の男からは、イブキへの敵意は毛ほども感じなかった。布の取れた腰の武器に今度こそ手を添えているが、剣は抜いていない。完全にイブキに背を向け、ぱちぱちと爆ぜる目の前の亡者と対峙していた。男の髪が、頬が、瞳が業火に光を分け与えられている。

対峙する青年が、これは助からんな。誰だか知らんが最期の言葉を引き取ってやろうか。そんなことを考えていたその時。


「…肉」

びくり。

自分の耳が拾い上げた言葉にイブキは震え上がった。

「…やはり白い肉だったのだ。」

トギニはその低い声で、予想よりずっとはっきりした一言を放った。

こんな姿になってまで自分に執着している!自分達が巻き込まれた一点の曇りもない悪意を思うと背筋が凍った。

BARREN(バレン)!ああ、BARREN(バレン)!」

『トギニ』だった者は、欲求だけで動かされていた。あの娘を喰えば蘇る!それだけだった。


男の振り上げた両手のその明らかにイブキを探す動作に、例え目が見えていないとわかっていても、イブキは怯え足がすくんだ。

「喰わせろ!その!白い肉を―――…」

食人族(クバタ)の男の断末魔の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

ディオルコはトギニを袈裟懸けに首から両断した。その斬れ味はトギニが人であることを思わず忘れる程清々しいものだった。

「ヒトは食いモンじゃねえよ」

不快げに言い切るディオルコのこめかみには青筋が浮いていた。

それはイブキが久しぶりに耳にした、全くの正論だった。

トギニの身体がバラバラに地に落ちる。

「お…前」

壮絶な今際(いまわ)の時そう呟いて、トギニは事切れた。

ディオルコは自分が幕を引いた男の顔へと視線を落とす。

…爛れ、炭化し、ぐずぐずになっていたが、覚えがある気が…した。

ディオルコは軽快に刀身の汚れを振り払いチン、と剣を収め踵を返した。



イブキ・ビ・エラ:異常な回復力を持つ少女。不死であるかは不明。

リキ:ルルカと同じ能力を持つ。優しさから他人に入れ込みすぎる。

トギニ:バレンに救われたクバタ。その件以降自分が理性の制御を超える。

バレン:イェルバのメシア。史実上の人物と同一であるかは不明。

ディオルコ:『イブキ・ダグー』を探す謎の男。


クバタ:食人族。南最強を誇ったが、後に迫害され滅亡した。

イェルバ:この世界の宗教団体の一つ。

ルルカ:他者の心が読める人種。お目にかかることは少ない。世の反感を買っている。

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