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LEMURIA 混沌のレムリア  作者: アマダイ
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第四柱 渦

トギニからの声なき声による条件をのみ、イブキを裏切るかの選択を迫られていたリキ。

しかし時間を追うごとに崩壊していくトギニの精神の構造に違和感を覚えていた彼は、何かを掴む。

自身の欲求が暴走したトギニは、混乱しながらリキを根無し草と呼んだ。


「山羊の………頭?」


思わず口にした途端、トギニはピクリとしてリキの方を向いた。

余計なことを口走ったか、とリキはヒヤリとしたが、トギニは満足そうだった。

イブキもリキのどこか異常な事態に気づいたのか、淡い瞳で心配そうに彼を見た。

「山羊?」


そう、山羊だ。白皮症だろうか、色白の筋骨隆々とした男の首には、山羊の頭が乗っていた。…いや、剥製の仮面に違いない。

直感でこの山羊頭の男がBarren(バレン)であることを悟る。今まで何度か偶然に、Barren(バレン)の存在を知るものに相見(あいまみ)えることはあったが、ここまではっきりと映像化出来たのは初めてだ。


———山羊頭の男は、(くずお)れた青年の手を取った……


トギニはリキの様子から、少年とBarren(バレン)のイメージを共有できたとわかっているのだろう。満足そうに、見たか、万物にとってさも有益な体験談だろう、というような口ぶりだ。


「そうだ、あの方は私を救い、手を取り、恵みを下さった。傷ついてなお、光を帯び再生したのだ。私なんぞのために!」

イブキがぴくりと反応する。

「光を帯び…?」

イブキは自分を連想した。

トギニが何を言いたいのかよくわからないが、『白く、輝く』、そう言った。

もしや…。イブキはじわじわと気づき始めた。

Barren(バレン)も、『白子(アルビノ)』なの…?」

私の能力に気付いていた狙ってきたわけではない。彼が私を狙ったのは、私が『偶然』白子だったからだ。

「彼が欲しかったのは、『Barren(バレン)』の力だ。」

そういう道理でイブキに執着するのだ。

リキはうんざりした様子で呟いた。


こんな能力があるばっかりに、もうたくさんだ!

…昼から見せつけられ続けるスプラッタな食事風景。他人の記憶の中で当然のように再生する山羊人間。

少しばかり慣れてきた自分にもぞっとする。

イブキに付き合ったばっかりに、こんな目に合うのだろうか?

憔悴しきった頭で考える。

少しだけ、イブキが恨めしい。

自分はここで死ぬ気はない…なのになぜか行動出来ない。


心の奥底では、この理由に気づいているような気がした———…


トギニが叫んだ。

「BARRENが来てくださった!救ってくださった!私なんぞを!私は、彼の助けになりたい!———彼に近づきたい…!!あの圧倒的生命力!!あれさえあれば私は!!!」

眼球が飛び出しそうに剥き出しになり、口元に締まりが無くなりつつある。


「っ…この人、やっぱり…!Barren(バレン)の力を得るために…!」


目に見え、耳に聞こえるものだけが真実ではない。

彼は赦されたいと思っている———…

最初の説明でクバタ族の名誉を守ったのも、バレンの話をしたのも、全部。


…———私は人間だ。


人は、言い訳をする。

恥じて、後ろめたさから、自身の置かれた環境の理解を得ようとする。


…———そうだ、私は人肉の虜だ…ときどき発作的に味わいたくなる。


それに過ぎない。トギニは、自分に負けた自分自身を、誰よりも恥じ、失望している。


…———だがそれでも私は自分を抑える。人だ。私は人間なのだ。


記憶の中の山羊頭の男は漆黒の青年の手を取り、優しい声で彼を労った。

「私にはお前の苦しみがよくわかる。今までさぞひもじかったことだろう。」


昔のことだが、かつての大飢饉で、飢えに飢えた人々は(おぞ)ましいことに、初めは年老いた親を崖から落とし、しまいには泣きながら我が子さえ口にしたという。仕方がなかった、互いを知る者は誰も責めはしない。その十字架を背負った当時の人々は、ただ口を閉ざせばよかっただろう。

トギニは違う。今もずっと、飢えている。暴走する乾きが、彼の理性をその都度燃やす。

彼が生きていくには言い訳が必要だ。

だが免罪符(それ)を彼の手に渡したのは、他ならぬ『Barren(バレン)』だった。


「…だからね!!君は…、私の糧とならねばならない!!!」

トギニはイブキにガッと近づき骨のような指で肩を掴もうとしたが、イブキはそれを後ろにひょいと避けた。

目の焦点が定まっていない。…もうかなり、変だ。

トギニは背を曲げ空振りをした体勢のまま、首をリキに向けた。片目から涙が垂れた。


「私一人の力ではどうにもならないことばかり!これ以上私にどうしろと!?お前は、根無し草(ルルカ)は…私と同じ、お前にはわかるだろう!」


聞きなれない言葉だった。イブキはリキの顔を見た。

「ルルカって…?」



「『根無し草(ルルカ)』…?って…?」

イブキはリキを見た。またも聞き覚えのない言葉だ。

「…」


トギニは制御を超えて喋りすぎてしまった自分に、少し我を取り戻したようだ。浮いた様に白い目をかっ開いたまま沈黙している。

リキが口を開いた。

「先生、いや…。なんと呼ぶべきか。」

少なくとも先ほどまではただの教師だったことを考えると、何とも信じ難かった。トギニの精神状態は、何段飛ばしかというスピードで暴走していっている。

リキはしばらく、出だしの言葉を考えているようだった。

トギニは、不自然に首を曲げたままではあったが、全身を耳にした。

何かを決意し、リキは丁寧にトギニに向き直った。

「…僕は、行きませんよ、先生。例えBarren(バレン)の力を手に入れても、貴方の渇望は消えません。…それが貴方の性分だから。」

トギニは非常に険しい顔をした。

「なんの…話だ」

「もう付き合い疲れたでしょう、お互いに。…貴方は僕らを生きて返す気なんてないんだ。」


「…お前、まさか」

「リキ…!?『僕らを』…今、なんて…!」

リキの思わぬ言葉に、イブキが聞き返す。トギニもそう思ったようで、正気を疑う顔をした。

「貴様、言葉の意味が分かってるのか?」

「…残酷だけれど、僕は言います。食人族(クバタ)Barren(バレン)も関係ない。貴方は間違いなく、真性のカニバリストだ。それに従い、イブキを殺そうとした。御託(ごたく)を並べても、貴方はBarren(バレン)に出逢った日を境に、誘惑に負け人間であることを放棄したんです。」

トギニの瞳が揺れた。

「なんでそんなことがわかるの?それに、どうしてリキに…!?」

何も知らないイブキが聞く。

リキは口を開きながらも、こちらを見ないままだった。

「それは僕が」

「………お前が、根無し草(ルルカ)だから……!」

トギニはその先の自分が言いたいことを堪えるため、食いしばるような声でリキの言葉を引き継いだ。


「お前の正体はおおよそ予想がつく…。」


「歴史が動くとき、必ずお前らは暗躍する。お前は『根無し草(ルルカ)』とかいう世界に蔓延(はびこ)る有害民族…他人(ひと)の心を読み、他所(よそ)の国の文明を食い荒らし、世界に(わざわい)をもたらすゴミ虫どもだ。」


「全人口の0.1%にも満たない人種だが、人類への影響は大きい。語らずとも人の考えを手に入れることの出来る者たちのことで、占い師や霊能力者と呼ばれるペテン師は、大抵は能力を隠して生きる貴様らルルカだ。

一度も思い悩まぬ一生を送る者などいない。人間には迷っていてもほとんどの場合、潜在意識では自分で答えを見つけている。…不思議なことにその選択は、客観的に見ても最適解であることが多いそうだ…。ルルカの能力は相手の悩みのそういったところまで読み、心地の良い答えを与える。成功を与える。他人の弱味、悩み、希望、そういったものを勝手に突き止め、その正確さの余りに安心しきった普通の人間は、彼らに騙され、人生を預けてしまう。そのためこいつらは時の権力者に寄り添い、操っていることも多いという。」

流石に知識人と言うべきか、トギニは語りながら姿勢を正し、しゃんとして多少冷静さを戻しているようだった。


「さらに人の思考が読めるということは、金の流れも読めるということだ。ルルカには裕福な者が多い。だがそれは人を騙して得た汚れた富だ。根無し草(ルルカ)は世界中からの嫌われ者だ!」

世の代弁と言わんばかりにルルカを批判しながらも、トギニはイブキに根無し草(ルルカ)に関する大体の情報をくれた。


リキが、本当にそんな能力を…?

何で今まで教えてくれなかったんだろう…。

世界中からの嫌われ者だなんて…リキが?本当に?

イブキの目に映るリキは、疲れ果てふらついている。しかしその立ち姿には最初とは明らかに違う、達観した落ち着きがあった。

この十数分で、彼に何かが起こったのは確実だった。


「だがそんなルルカに自己を承認してもらうことを望んだのは貴方の方だ。」

リキは断定して言い放った。

「…なんだと…!?」

「リキ…、」

「黙っててごめんイブキ、僕は自分が本当にルルカかどうかは知らない。本で読んだルルカの能力と比較しても、不完全だと思う。だけど何故か目を見れば、人の心が読めるのは本当なんだ。…とっても疲れるけどね…。」

リキはトギニを見ながら、考えにとても集中しているようだった。


「貴方は言い訳ばかり…本当は理由なんて二の次なのに、悲惨な生まれだから力を求めても仕方がない、力を求めるのだから伝承に則り人を食しても仕方がない、と。どれもこれも自分と、僕らへの言い訳…それでも貴方は奥底では自分の本性を知りたがっている。だから、はっきりしましょう。貴方は自分に、人に、ルルカに認めて欲しかっただけだ!貴方は立派な『人間』ですよ、そう言って自分を安心させて欲しかっただけだ!」

「は、」

トギニは嘲るように笑い声を漏らしたが、不安げな顔は全く笑っていない。

「はは、認めてほしい…?お前のような子供に、私がか…?」

否定しながらもリキの返答を、トギニはなぜか待っているようだ。

一呼吸置いてリキは説明を始めた。


「クバタの中でも高い身分にあった貴方は初め、教養で世の中と渡り合おうとした。どんな汚い言葉をかけられようと決して暴力では解決せず、世に貢献し内側からクバタの印象を変えようとした。だが自分の些細な力では世界は変わらなかった。仲間や兄弟は名も知らない者たちに殺され、貴方は全てを失った。」

「やめろ」

トギニはリキから目を離せない。


「その後ここに来る何年も前、バレンのせいで一族の運命が狂ったと考えた貴方はイェルバを憎み、イェルバに近づくためある仕事についた。持ち前の肉体を生かし、人を殺める仕事をしていた。褒められたものではなくても、その頃は仕事として、理性でその手をコントロール出来ていた。だが過去を想い頻繁に人を手にかける生活を続けるにつれ、幼い頃に一度味わった人肉への憧れが増していった。」

リキの瞳が、何かを辿るように一瞬動いた。

「かつて最初にその味を教えたのは…幼い頃の、貴方のお爺さん…?」


「やめろ!」

一点を見つめながらも、その目は大きく揺らぎ震えている。


「この世への憎しみと隠してきた欲求が混じり合い爆発した時に、あなたは遂になんの罪もない者に手を出してしまう。まだ幼い、子供だった。」


「やめて…やめてくれ頼む…」

トギニは凍えるように自分の腕を抱えた。


「正気に戻り、絶望したのは他ならぬ自分だった。貴方のしたことはたちまち知れ渡り、大勢の者が貴方に襲いかかった。茫然とし戦意を失った貴方は死を覚悟した。だが」

「再び目を開け、視界に入ってきたのは、貴方のために傷つきながらも暴徒を蹴散らし貴方の前に立つ…山羊の頭を持った男、Barren(バレン)。」


『何故私を助けた!もう、私はダメだ―…自分を抑えられない!』

『ダメじゃないさ、苦しんでいる。それが他の者にはわからないのさ…だが』


『私にはお前の苦しみがよくわかる。今までさぞひもじかったことだろう。』

『助けてくれ———…』


「…」

石になったかのように、漆黒の男はリキを凝視している。

一度それをこじ開けたなら、人は己を覗き込まずにはいられない。


「彼は言った。『君が人の味を思い出したのは、君がより強大な力を求めたから、それは自然なことだ』と…。」

ふとリキは疑問に思った。バレンは何故、トギニについて知っていたのだろう。


「その日以来、貴方は『人間』であることを放棄した。だが、今までの努力を全て無に帰し、自分を裏切ることになる、欲しい時に欲しいだけのものを手にかける、それでは本当にただの『獣』と成り果てる…そんな自分を恥じ、見て見ぬふりをした貴方は、バレンの言葉を無自覚に利用し、自分をも偽ることでその(さが)を許した。」


Barren(バレン)が、悪魔(かみ)が言ったんだ…力を得ようとするのは仕方がないことだと…

私は食人族だから、人の肉から力を得ようとするのはやむを得ないと———…


「だが変わってしまった後も、結局貴方は『人間』で在りたかった、本能のままの『獣』とは違う『人間』としての理由が欲しかった。人間で在るため、精神まで人間であると、他の人間や『根無し草(ルルカ)』に認めて欲しかった。あれやこれやと理由をつけて…。」


「アアアアアアあああああ、ヤメロやメロヤメロ!!!!!!言ウナああああああアアアアアアアアアアアア!!!!!」

突如トギニは、癇癪でも起こしたかのように抱えた腕を、全身を掻きむしった。鳥肌が止まらない。

どんなに身体が拒絶しようとも私は———…


イブキは立ち尽くし、トギニの行き着く先を見届けようとしていた。

リキは、こんな———トギニの内面を全て覗いてしまったのか。だとしても、これは決して意地の悪さからではなく、とことん面倒見の良いリキの優しさあっての行動だろう。

だがイブキはふと思った。これではリキは、二人分の人生を生きたようなものだ。トギニ一人でこれだ。こんな膨大な情報がこの短時間に手に入ったものだとするなら、全てのルルカの人生は普通であり得るはずがない、そのルルカが優しければ優しいほど…イブキはぞっとした。


はあはあと全身で息をしながら、トギニは我を取り戻した。

「満足か…?人の弱みを曝け出して…」

「貴方の心の底の、『人間』の部分が、僕に教えてくれたんです。本当は貴方も、現実に気づくことを望んでいる…」


弱み、じゃない…これはこの人の戦いの歴史だ。決して称賛できないものではあるけれど…

リキは思った。

僕は、この人をどうしたいのだろう。

自分がなんとか助かりたい一心で、苦しみを覗いてしまった。

助けてあげたかったけれど、取り返しのつかないところまで来ていることがわかってしまった。

この人が望むから、僕は本当の事を教えてあげた。

だけどそれがなんだ?

僕の言葉で出来ることはもう、この人を「殺す」ことだけだ。

彼は狂った自分から目を逸らしてきた。しかし全てを知った上で人間であることにすがり生きるのは、もう苦しい。

「私も自分を誤魔化していた、本当は私の(さが)に理由などなかった、そういうことか…?」

「…」

どうしようもないことだった。深淵の彼が恐れながらもそう望んだように、僕がしたことはこの人の『人間』である部分を否定し、殺してしまうだろう。

結局それが正しいことかは自分にはわからず、望まれるまま全てを教えてしまったけれど。

人としてのトギニのことも、狂乱したトギニのことも、結局1番優しい方法で救ったのは。Barren―――じゃないの、か…?

「君には分からないか?同じく虐げられ、人外のように扱われてきたであろう君には…私がどれだけ普通の『人間』であろうとしたか!」


その気持ちは理解できた。瞳を見ることで例え知ろうと思っていなくとも、勝手に他人の情報が流れ込んでしまうリキもまた、幼い頃に自分の目を傷つけた。最も、視力は落ちても能力は消えなかったが。

やがて終末(エスカトス)を迎え、周りが一掃されたことにより彼を知るものがいなくなり、リキは生まれ変わるため自分の秘密を封印した。自分を嘘つき呼ばわりする者はいなくなった。

しかしそれでも、周囲の声は勝手に聞こえてくる。聞きたくない言葉だって飛び込んでくる。

リキはこのままいずれ自分の人格が崩壊することを恐れていたが、いつの間にか身体が慣れていった。


いや…?いつからだ?あれは。

リキはふと考えた。

あれは確か、イブキが来たあたりからではなかったか?

リキは何となく思わず、イブキの瞳を見た。


「私は君には理解されると思った!バレンのように、私はよくやっていると、そう言ってくれるのではないかと———!だがお前は自惚れている!ルルカは私より上だと、そう考えているんだ!」

トギニは今はリキが憎くなっていた。いや、シンパシーを感じていたからこそ、憎しみを覚えてしまったのだ。

「お前は私と何も違わない!私がお前に、脳内で伝えた…わかったと言いその娘を置いてここを去れば、貴様の命だけは助けるという言葉………誰だって命は惜しい、お前はその娘を裏切り自分が生き延びることを考えたはずだ!私の声が聞こえなければ、そんな誘惑も思いつかないかもしれないさ!私だってそうだ、人の味を知っていたばっかりに、恐ろしい考えに至ってしまう!」

「自らの性、能力によって振り回され、運命づけられる———その役割の差はあれど、お前は私と何も違わないんだ!」

「いや、違う」

「何がだ!」


初めて出会ったあの日、何故彼女が僕のところへやってきたのかはわからない。

記憶がないせいもあったのかもしれない。

頼って、慕って………

イブキの心はいつだって、僕に安心感を与えてくれたじゃないか。

心の強い者だけが持つ、他者を扱き下ろす必要のない余裕………その声が、僕を護ってくれていた、他の声から遠ざけてくれていた。

何故気づいていなかったんだ、何故疑ってしまったんだ、僕は———…


今も、まさしくその横で、イブキは迷いのない瞳でリキを見つめ返していた。

彼女が描く未来には

僕を見捨てるつもりが、微塵もない。


僕が撃たれるようなことになれば、彼女は僕を庇い、目の前へ飛び出すだろう。

それは、僕も同じじゃないか。

どんなに大丈夫だと言い聞かせても、目の前で血が流れれば止めざるを得ない。

五年前、血を流す君を見たときに、気づいていたはずだったのに…

自分の心だけは読めていなかったか。


「僕は誰も殺めない。裏切らない。」

「ふん、綺麗事を………口ではなんとでも言える!」

「貴方は根無し草(ルルカ)である僕が、自分と同類であるかを見届け安心したいと思っている。」


トギニにはどうしても信じられないようだった。自分と同じ、踏みつけられる側の人間が、高潔であり続けられるわけがない。

「貴方は僕が貴方と同じ、欲に屈した獣でなければ我慢ならない。だが僕は、その期待には応えられない。」

「貴様…正気か?」


自分が一体イブキの何に惹かれたのかはわからない。だがその理由は、自分やトギニの境遇と決して無関係ではないような気がした。この孤独の中で、まっすぐに自分を見つめてくれる存在は、今後二度とは手に入らない何よりも尊いものだと気付いた。


「貴方を気の毒には思います。…確かに貴方の声に惑わされなかったと言えば嘘になります。だが貴方は結局、自己憐憫と信仰を楯に、人間であることを棄てたんだ。自分に負けたんだ!」

「見下すな!!!高慢なルルカめ、今に後悔させてやる………!!!!」

トギニは懐に手を入れた。

ここでこの存在を失うことは、トギニと同じ、守るものを失うこと。全てを失うこと。自分が自分ではなくなること。なんとなくそんな予感がした。


「僕は貴方とは違うと証明する!僕は『人間』の中に神を見る。イブキを…裏切りはしない!」




偶然から対立した渦に乗り、争いの理由は最後には信条の差だった。

イブキはだがもう、ただどう考えることも出来ず、銃口の向けられた方へ弾かれたように飛び出した。

イブキ・ビ・エラ:異常な回復力を持つ少女。不死であるかは不明。

リキ:ルルカと同じ能力を持つ。優しさから他人に入れ込みすぎる。

トギニ:バレンに救われたクバタ。その件以降自分が理性の制御を超える。

バレン:イェルバのメシア。史実上の人物と同一であるかは不明。


クバタ:食人族。南最強を誇ったが、後に迫害され滅亡した。

イェルバ:この世界の宗教団体の一つ。

ルルカ:他者の心が読める人種。お目にかかることは少ない。世の反感を買っている。

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