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LEMURIA 混沌のレムリア  作者: アマダイ
24/25

第二十四柱 ロールシャッハ

青年の名を叫び店の裏口から、狼狽えた少女が飛び出してきた。

淡い毛髪、淡い瞳、街灯の光にあどけなさが滲む。

『彼等は甘噛みで喉笛を食いちぎる』

アルナラの言葉が脳裏を過る。

そんなことは、わかってる。

「ディオルコ、無事っ!?」

「どうした?」

忘れてはいない。最初にあった日のコイツの()を。

捕食者の瞳孔()を。


皆が彼女を化け物と呼ぶ。悪魔と呼ぶ、鬼と呼ぶ。

幼い頃読んだ絵本は―――…最後の頁、醜悪な化け物の涙に誰もが胸を打たれることを想定し(えが)いてあった。

しかし、現実は?


「アルナラは…ユヅィーなの!!」

青年の揺らぐ瞳がイブキを捉える。ARNALAが用を終えて去った今のディオルコには、状況があらかた理解できた。

「…ARNALAならたった今までここにいたよ。店で見たアルナラはずっとユヅィーだ。」

…いや、『本物のARNALA』以外は、例え姿かたちがアルナラであろうとなかろうと、『ただのルルカ』の一人。ARNALAの手足だ。

「お前、ルルカにからかわれたんだよ。あの後アルナラが来たのか?」

「えっ、うん…ディオルコがいなくなったあと、アルナラが私の前に現れたんだけど、それは実は…」

「…ユヅィーだったんだな。お前、なぜわかった?」

「ディオルコ、知ってたの!?なんでそんな落ち着いて…私はてっきりユヅィーと二人になったディオルコが変な目にあってるんじゃないかって…!いや、それよりも!はやく!」

イブキがディオルコの腕を引っ張り、店の戸に手をかける。

「ポチさんが!」

「え?」

イブキの口から想定していない人物の名が飛び出すと同時に、戸が開く。

「……」

「…………」

「…ポチ?」

ディオルコは柄にもなくキョトンとした。嫌でも目に入ったのは、アルナラ(の姿をしたらしいユヅィー)と仁王立ちで対峙する巨大な怪人、ポチの姿だった。ポチの巨体は、明らかにイブキを追って外に出ようとしたユヅィーを阻み、ユヅィーは既に漆塗りの武弓を手にしていた。

知らない間に滅茶苦茶に一触即発になっていた。

「何してる?」

「ラスティ!このデカブツをさっさとどかしてください―――…」

右足に完全に重心を乗せ、見下すようにまるで別人となったユヅィーが悪態をつく。青年がRustと呼ばれていることを知ってのことだろうが、彼女が言うRustyは絶対に悪意がある。

「どかすもなにも、なんだこの状況は?」

「そこのDivinesとチョーット遊んであげようとしたら、こいつがしゃしゃり出て来やがったんですヨ。」

はっ、と笑うユヅィーの口角は微塵も上がっていない。

実際、ルルカは自分達をなんだと勘違いしているのか…彼らの大半がヒトを舐めた行動をするもんだ。

「お前みたいなのがいるから、根無し草(ルルカ)|は滅んだんだと思うがな。」

どうせ心の内が読まれてしまうなら、と放ったディオルコの辛辣な一言が、見事ユヅィーの地雷を踏んだ。アルナラの姿のままユヅィーは、ワナワナと震え出した。

「!…ユヅィー、お前…。」

虎のように見開かれたその瞳は黒く、殺意を叫び、ディオルコの知るアルナラのモノではなかった。

「こいつは―――、こんな、地上で好き勝手しやがった―――――ワタシはお前の存在を赦さない、共々地上から消えるがいい!」

てっきりルルカというものは、全てARNALAのようなどこか人類を俯瞰した思考の持ち主だと思っていた。しかしそれは誤解だったことを、今この場ではっきりと感じた。

これほどまでに感情を露わにしたルルカを彼は初めて見た。

ふぐぅ、と吐息混じりの弱弱しい咆哮とともにユヅィーは目にも留まらぬ速さで武弓を構え、ディオルコは反射的に刀の柄に手をかけた。

―――待て、俺は一体この後どうする?

怯んだのは相手も同じだった。目を見開いたまま巨人を凝視し、キリキリと弓を引いたまま堪え、その指先は真っ白に硬直し、息は過呼吸を起こさんばかりに細かく震えている。弦が悲鳴をあげていた。

その場は張りつめ、誰一人動かなかったが、やがて

「………アルナラ、様…」

びくりとしそう呟いて、弦を緩めると同時に一瞬肩を落としたユヅィーは、音を立てて表扉を開け放ち、風のように飛び出していった。

「………」

誰も追わず、声も発さず、しばらく時が流れた。

…謝罪をするべきだったかもしれない。

「いっちゃったね…」

イブキがぽつりと、呟いた。

「ARNALAが介入したんだ、多分な…。」

「?」

「奴はルルカの司令塔だからな。…しかし、本当に一体なんでこんなことに?」

ディオルコはポチとイブキを見た。

「え…と、私にもよく…」

「あの者が、イブキに何かをしようとしたんだ。」

ここでやっと、ポチが言葉を発した。

「何かって…?」

イブキは覚えがないようだ。

「何かはわからない。あの者は君を覗き込んで…。俺は目は良くない。色や形なんかは、普通の人間と比べるべくもなく、認識できない。…だが、体温を始めとして、血の巡り、活性化している部位など…君達の体の状態は見ることができる。結論として……放っておけば君が、別人になってしまうと思った。」

イブキもディオルコもぎくりとした。

白いイブキの顔は青ざめた。

「ユヅィーは一体何を…」

「私、ただ、匂いで…。ユヅィーに初めて会ったときと同じ、ほんのり植物の匂いがしたから…。それで、貴方はアルナラじゃなくてユヅィーねって、それで驚いたユヅィーの瞳を見たら………なんかざわざわして…」

「その後すぐにポチさんがやってきて、ユヅィーが怒って、それで私ディオルコを急いで呼びに行って…。」


「…。ルルカの瞳は見ない方がいいぞ。しかしその…、『ざわざわ』ってのはつまり」

ルルカの瞳を見た何らかの影響で、イブキにDivinesとしてのスイッチが入ってしまっていないかが危惧された。

「ち、違うよっ!大体それならリキの瞳をみたときにとっくに…!」

青年の眼光が鋭くなる。

「『リキ』だと?最初に死んじまったお前の友達だろ―――ルルカだったのか?聞いてないぞ!お前、ルルカがずっと傍にいたのか!?」

イブキは狼狽えた。こういう時のディオルコは苦手だ。

「わ、わ、わ、私、あの日リキがルルカだって初めて知ったの!ずっと隠してたって…」

「どういうことだ…。辻褄が合わない。ルルカが傍にいながら、連中はなぜ俺にお前を探させた?」

「え、だって私を探させてたのって、ディオルコのこんにゃく…」

イブキは噛んだ。ディオルコも一瞬ちらっとイブキを見た。

「婚約者の…『エリス』さんじゃなかったの!?」

「『お前を探す』というエリスの願いとルルカの要求は偶然一致していた。結果的に俺は両方から請け負う形となった訳だ。…イブキ、俺にはその『リキ』という少年が、お前の存在を仲間内にも隠していたようにしか考えられない。しかし、そんなことが可能なのか?ルルカ同士で情報の隠蔽が可能だとしたら…いや、そもそも少年はなぜ仲間にお前のことを隠していたんだ…?」

ディオルコはしばらく考え込んでいた。

ユヅィーが今回試したのは…もしや―――まさか。

「…ディオルコ?」

「イブキ。お前、今回連中と接触する前と後で、変わったことはないか?」

「え?…特には…」

「本当だな?」

「うん…」

ディオルコは落ち着かなかった。ダメだ、この仮説を許せば、なんでもアリになってしまう。

一旦離れるんだ―――…

「しかし、ポチはよくユヅィーを止めに入ったな。」

負い目もあるだろうに、ポチの通常の気性を考えると、あまり似つかわしくない行動だと思った。

この怪人はすぐには口が回らない。やや間があって、訥々と怪人は答えた。

「イブキにかなり無理のある変化が起きようとしていた。…変わって欲しく、なくて。」


「素晴らしい!最高傑作だ!」

誰かが叫んだ。壇上には見事な大輪の胡蝶蘭。

「しかし―――…賞賛すべき相手がいない。」

大輪の横に立つべき芸術家は、終ぞ現れなかった。

「最近あちこちで流行りの、あれですかな。あらゆる絵画、作曲、果てはこのようなまさか蘭の品評会にまで。」

誰かは苦々しげに言った。

「無名の。何者かが。その分野の傑作品のみを置いて去る。とんだ道場破りだ。迷惑極まりない。」

「しかし誰が?一体何の目的で?」

「意味不明だ。きっと複数人の団体に違いない。一人でそれだけ全ての分野に精通するのは不可能だ。」

「可能な者なら、いますよ。我々が良く知る偉大な芸術家だ。」

誰かがニヒルに笑った。

「ほう、それは一体?」


「―――『悪魔』ですよ。」


「おやあ?蘭はもう終わったのかい?」

白い床、白い壁、白い天井。にんまりとした口。男とも女ともつかない声が、そう問いかけた。

部屋に並ぶ無数の白い胡蝶蘭。その中に一つ、白い頬、左右対称に唇を真っ赤に血に塗らした、ひときわ目を惹く蘭があった。

「これは提出()さなかったのかい。」

「気に入っててね。」

答える青年の華奢な針金のようにまっすぐ伸びた前髪が揺れた。白い床。白い椅子。白いピアノ。その白に溶け込むような男が、影だけを黒く落としていた。

「何が君を駆り立てる?」

「…炭に残った炎に拘ると、いずれ灰となって燃え尽きそうでね。」

白い椅子に座り白い腕で山羊の仮面を撫でながら、隆々とした太い喉で弾く若い声で、ただ彼は台本を読み上げた。

奈落のような眼窩を照らす淡青の瞳は、不気味なほど澄んでいた。

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