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LEMURIA 混沌のレムリア  作者: アマダイ
17/25

第十七柱 幽棲の者

衝突に煽られぬよう咄嗟に体を前傾させる。そのまま重心を左へ―――……


人影がライトの脇に消える。

大きく首を傾げたコモドごと左へ自転し、前輪は砂を跳ね上げ着地、その勢いのままコモドから横っ飛びに飛び降りたディオルコは砂地を転がり、後輪が地面につく頃には屈んだ右側(うそく)の抜刀の構えを取る。

目から飛び込んだ情報が、彼を突き動かした。


―――未知の物体が鎮座していたとする。

例えば白眼の無い複眼、頭・胸・腹からなる体、六本の節足。それだけで人は、それが『昆虫』であると言えることを知っている。

この世の虫が、飛び、這い、咬み、時に毒を持つことを知っている。『未知』であり『虫』であることはありとあらゆる危険を想起させる。


回転するコモドが、一瞬の灯りでそいつを浮き上がらせる。

目の前の物体は、手のような部位が二本、足のような長めの部位が二本、体幹の上に乗る顔と呼ぶべき部位の表面には目、鼻、口を覆うようなゴーグル・マスクを持ち、形態学的には『ヒト』と判断するべきだと思う。

しかし彼の知る『ヒト』とは―――、バイクに正面からはねられて平然と直立しているモノのことは、そうは呼ばない。あたかも人に擬態しているように見えて、不気味だ。

しかも最も不審な点は、コイツの出現方法だ。信じたくはないが、この目で見た。


コモドはそのままスピンし再び主人と同じ方を向いた。今度はしっかりと狙いを定め、ライトが奇妙な影を照らす。

「――――――」

オレンジ色の巨大な物体は、漫然とし眠ったようにあらぬ方を向き立ち尽くしていた。一連の騒動をも微動だにしていない。今この刻だけを切り取り、これはトーテムポールだと言われればそう信じるかもしれない。

不気味な静寂を破ったのは、この未知の『ポール』の方だった。


「…君、」


決して大きな声ではないが、人間の……男の声だ。


「大丈夫なのか?」


ディオルコは息をするのも忘れ、考えを巡らせる。

『人の声で人の言葉を話した』。―――それだけではない。

『人の心配をする』共感能力、もしくは『心配()のフリをする』…嘘をつく能力はある、ということだ。今のところ善悪を問わず人間であると認めざるを得ない。しかもあろうことか、そいつはイブキの方を向いていた。ぐらりとそいつの体が動く。その動きは、


どう見ても、骨が入っていない!


「君―――…」

話しかけられているイブキは、遠くに落下したショックのまま両手足を投げだし、砂も掃わず男に足を向けて寝そべっていた。拗ねているようにも見える。

ディオルコは内心慌てて話しかけた。

「おいアンタ!!……話せるのか?」

男の注意がこちらに向き、動きが止まる。

「ああ……君、大丈夫か、あの子は―――…」

ぐにゃりとした緩慢な動きで、男は腕を動かし意思を伝えようとする。ライトの強い光とは対照に、ゴーグルの奥は暗く、ぞっとするほど虚ろだ。

「飛ばされて…、グシャッて言ったんだぞ……頭は、首の骨なんかは……」

こんなものは、俺も流石に見たことがない、似たようなものも、心当たりすらない。

ディオルコはこの場をすぐに立ち去りたかった。


こいつと、…この得体の知れないモノと、これ以上接触し続ける必要があるか?

「…ハッ」

混乱を消し去るように、鋭く笑う。息を吐く行為で頭の熱を取り去る。

男の反対側の、イブキを回収してから。話はそれからだ。

「気にしないでくれ、アイツは見た目より丈夫だ……イブキっ!!お前、本当に地べたに這いつくばるのが大好きだな!」

怪人に笑ってみせたディオルコは、わざと大きな声でイブキをけしかけた。反応したイブキが寝転がったまま、気の抜ける声で言い返しながらもゆっくりと振り向く。

「はぁあ~?にゃにをぉう!?あんたの運転が荒いからでしょ~…、が……」


ようやく目に入った状況に一瞬完全に停止し、ひょっ!?と言って飛び上がったイブキは男から目を逸らさぬまま後ずさりし、そのままちょっとずつディオルコの方へとじりじり近づいた。

人型の物体はそれをゆっくりと目で追うような動きを見せる。

「よかった……、本当に、大丈夫そうだ…俺は、まだ目がよく、見えないんだ……」

「……。」

ぶつりぶつりと言葉を切る。…”まだ”?

ディオルコは微笑んだままイブキをそれとなく待ちながら、再び動きを止め柱のようになった男を凝視した。疑問は色々あるが、やはり積極的に関わりたくはない。


一呼吸遅れて、男が呟いた。


「……『イブキ』…?」


二人が驚いたのは言うまでもない。

「トモダチか?」

男から目を逸らさぬままのディオルコの問いに、イブキは勢いよく首を横に振った。さすがに友達は人間だけだよ!という言葉が喉まで出かかったが、もしかしてこのオレンジの人に失礼かなと思いとどまった。

「ただ繰り返しただけじゃない?」

しかしうわ言のように男は続けた。


「……『コモド』……『ドラゴン』……?なんで、こんな、ところにいる……?」


ディオルコは今度こそ耳を疑った。今のは復唱ではない。知っていなければ決してその口からは出てこない単語だ。

―――おいおい、全員知り合いか?俺だけ仲間外れかよ。

…俺だけ?


「…アンタ、どこから来たんだ?」

イブキはディオルコの質問に妙な違和感を覚えて顔を見上げた。

「さっき、ぶつかる直前。俺の見間違いでなければあんたは……」

「―――ウ…ウウウ…」

男がその両腕で、前触れもなくぐにゃりと緩慢な動きのまま顔を覆った。

「眩しい…」

懇願するような静かな悲鳴に、目配せのような指令でディオルコは反射的にコモドの照明を下げた。

「すまない。」

「……眩しい……」

「まだ暗くしろっていうのか?悪いがこれ以上は―――…」


「少し、待ってくれ……」

そう言うと男は顔を覆ったまま、固まってしまった。


…待つ、のか?

「……」

「ディオルコ、ねえ、この人ちょっとかわいそう…待たないの?」

ディオルコの背後から、イブキの声がかかる。

興味はある。

コモドを知っている目の前の男は、恐らく完全には無関係ではない。しかし……

「一応、私の心配してくれてたみたいだし…悪い人ってわけでもないんじゃ…」

「そのほいほい人を信用するクセ、なおせよっつったろ。」

「…う」

「イブキ、本当にアイツに覚えはないのか?」

「わかんない…今は本当にないよぅ…」

声にも、背格好にもまるで記憶がない。大体……

「―――大体、アイツの中身は何だ?」

ディオルコがイブキの言葉を引き取った。

「見るに、ありゃあ、液体じゃないのか。」

オレンジ色の金属光沢を持った容れ物は、よく見るとファイバーのような素材でもあり、関節部分の蛇腹のような構造は確かに中に人が入ることを想定して作られているように見受けられるものの、肝心の中身がそれに応えていない。

蛇腹構造の理想に反し、本来関節と呼ぶべき部分はたまに水平方向に運動し、液体移動を思わせた。つまり骨格のような支持構造は機能していない、あるいは存在していない。にも関わらず、この強度だ。敵か味方かも分からず相対するのには、何とも不気味である。

「あのオレンジ、刃が通らないかもしれない。」

衝突時を考えるに、打撃も無効と言えるだろう。

乗れ、と動きでイブキに指図しながら、

「液体の人間ごっこに付き合うほど暇じゃねえ。中身はオレンジジュースか?大体、体一つでこんな砂漠の中途半端な場所にいたのも不自然だ。と、言っても『ファルマ』は近い。…誰かに置いて行かれたか、自力で村を探す能力があるか、その可能性はある。」

遠ざかりつつディオルコは構えを解いた。

…あれ?

イブキはふと考えを中断した。

ディオルコって、左利きだったっけ?

「見てたか?イブキ、アイツ、突然現れたんだ。そうだな、カメレオンって知ってるか?あれが急に動いたときに似ている…。」

「えっ…?」

予想もしない単語に現実に引き戻される。イブキはカメレオンについては詳しく知らないが、あの男は周りの景色に溶け込んでいたということだろうか。ディオルコ曰く、一瞬人型に景色が浮き出て見えたのだという。

「地図見てたから見てなかった…」

「とにかく、俺は理由もなくコイツに関わるのは反対だ。もし本当に縁があるなら」

また会うこともあるだろうぜ、と言うや否や彼はさっさとコモドに乗り込み、滑らかに発進させた。

イブキは後ろを振り返った。オレンジの人影は硬直したまま、みるみる小さくなり、夜の砂漠の向こうに消えた。



『ファルマ』に到着したのはまだ暗い明け方だった。

一見何の変哲もない砂漠の村だ。ジェネのような賑わいも特徴もない。

コモドを村の外れに置き、通りを進む。

「驚いた。」

ディオルコは地図を中指の背面で軽く叩き、丁寧にしまいながら感心した。

「こいつの何と正確なことよ。予定ぴったりだ。…一体どうやって作ってる?」

「さあ、でも…」

イブキはグラン・グラナとディオルコのやり取りを思い出していた。あの村は全体的に裏の繋がりが強いようだし、情報力のある第三者を示唆するような言葉も見受けられた。

「普通の人が作ってるんじゃ、ないのかも…。」

「ほう。」

ディオルコはクイズの出題者のような顔をしていた。

「何。知ってるの?自分で聞いといて…」

「俺はどうやって?って言っただけ。それよりお前も宿屋を探せよ、野宿になるぞ。」

「あれ!」

ふくれっ面のイブキがあまりにも即答したので、ディオルコは唸った。

「………うーん、早い……。」

すると突然、イブキが顔を背けた。

「うっ……」

「…どったの。」

「なんか、変な臭いがする…」

「俺じゃないわよ。」

「ちがう、そういうんじゃなくて!」

生理的にとても嫌な臭いがした。

見渡すほど大きくもない通りを見ても、人っ子一人通っていない。


ズル…


足を引きずるような音がした。


ズル…ズル…


何者かが、すり足で歩く音がする。蠅の飛び交う音がする。

イブキは通りの先を凝視し、ディオルコもひとまずそれに倣った。

特に危険は感じないが、人が見ているものというのは気になる。


家々の脇から、ぎこちなく歩みを進めながら、人影が姿を現した。

頭のてっぺんから布を垂らし、足を引きずり歩く。

通りを三分の一程過ぎたところで、その人はこちらを振り向いた。

「……」

顔全体に包帯がまかれている。


二人がそのまま見守っていると、包帯を巻いたその人はそのまま通りをゆっくりと、とてもゆっくりと横断していった。


やがてディオルコが口を開いた。

「人目につかないように、朝方行動してるんだ…。北の戦争の直後も酷いもんだった。顔は、なんだろうな、火傷したとか、病気したとか…。人間だって…不吉な、死を感じるもの、自分と異なるものはとにかく忌避する。野性的な勘だろう、間違っちゃいない、そこには生を脅かす危険がある。しかし、ああいう連中の大半は、どこに行っちまったんだろうな。前ほど見ない。」


哀しく光る瞳がイブキの頭から離れない。

気の毒さよりも恐怖が勝る。

本能的な恐怖だ。

()なる存在と言えば―――白子が忌み嫌われている地域もある。少なくとも、両手で数えるほどには。しかしそれも、多くはBarren(バレン)が現れる前までの話だ。」


痛みとは?

傷とは?

代償とは何だろう?

イブキは考えた。


見た目からくる偏見という煩わしさを除いては、自分の身体は便利だった。傷は膿みもせずすぐ治り、自分の命を奪われる恐怖もない。

…しかし、人が生き延びるために、何かを守るために払われるべき代償が、自分には決定的に欠けている気がした。

いや、欠けているなら、まだいい。


「ま、いちいち気にしてても進まないぜ。」

ディオルコは宿の方へとスタスタ歩いていった。



扉を開けると、ごつんと音がした。

「あいたァっ!気をつけなさいよ、ゴリラ―――」

「ああ、申し訳ない……」

屈みこんで床を掃いていた女の子がディオルコに罵声を浴びせたが、顔を見るなり口を(つぐ)んだ。

「今ディオルコ、ゴリラって言われたよね?」

と、イブキが面白そうに反芻するのを、ディオルコは(たしな)めた。

「しっ…いいから」

宿屋で出迎えたのは、十代後半と思しき赤毛にそばかすの女の子と、禿げた父親だった。

質素な宿の眠たげであったフロント嬢は、掃除道具を隅にやるとすぐに帳場に戻った。

「やぁ、開いてるか?」

「おはよう!私、グウェンよ。あなた、『まだ』ウチのお客さんじゃないわね!部屋を一つ?」

「頼む」

「いいわよ!前払いで、鶏銅貨が10…」

「角部屋は空いてるか?」

「突き当たって右手が空いてるわ…ところで。お二人はどんな関係?」

グウェンの目が鋭くなった。

「困るのよね、そのう…」

「兄妹だ。」

「フーン、そうよね。」

そういうとグウェンはイブキに薄ら笑いを浮かべた。

「名前を書いてもらうわ。D・I・O・R・C…『ジョーコ』って言うのね、いい名前だわ。」

一段高くなった帳場のカウンターから、目よりも上の部分だけ出して、今度は代わりに薄ら笑いを浮かべそうになったイブキの頭をディオルコが抑えつけた。

彼自身も諦めたように特に訂正はしない。

グウェンの父親が手に負えないといった風にこちらを見ている。

「こら、グウェン…」

「それじゃ、ジョーコ、お部屋に案内するわね。」

案内というほどの奥行きもなさそうだが、素直に従う。

「…そうね、あ。あなた達、来るとき変なもの見なかった?」

「包帯の人?」

首を傾げたイブキが聞く。

「違うわ。でもそれはきっと『孤児(みなしご)のベス』ね。あなたは?」

グウェンは前髪を撫でながらディオルコの方を向いた。

「…村に入る前か。」

「!…遭ったの!?」

目を見開き、彼女の動きが止まる。

「いや、人影を見た。オレンジ色の…」

「オレンジ色?いや、それは知らないわ…ただ、最近物が盗まれるのよ。盗まれた人が、犯人は幽霊みたいだったって…」

「幽霊ねェ…」

イブキとディオルコは、どっちがマシだったろうかと考えた。

「とにかく、無事でよかったわね!でもまあ…無駄な心配かもしれないけど。あなた、ご職業は?」

グウェンがディオルコの腰の武器をちらりと見た。

「浮浪者さ。」

ディオルコはドアノブに手をかけた。会話の終わりを示していた。

「あら、冗談も仰るのね…。困ったことがあったら、いつでも言ってね!」



二人は案内された部屋に入り扉を閉め、一息ついた。

若干高くなった寝台のような部分と、簡単な毛布がある程度の、あまりにも質素な部屋だ。

イブキは寝台に腰を下ろして、足を伸ばした。

「ねえ『ジョーコ』、あの子、私には名前聞かなかったよ。」

「そりゃあ、お前。あの子は女の子で、俺はイケメンだし、もしくはお金持ちだから♡」

と、彼は耳元を指差して言う。

「でも、顔見るまではゴリラだって!」

イブキは目を細めて口元を手で覆い、けらけらと笑っていた。

ディオルコも堪えきれず笑いながら答える。

「俺がゴリラなら世の中ゴリラだらけだよ、筋肉だけなら上がいる。オランウータンぐらいにしといてくれよ。」

「オランウータンってどのくらい強いの?」

「いやなんだ、俺もよく知らないんだ。」

「ね~ロン毛ゴリラ~あの女の子とご飯ぐらい食べたら?」

イブキが足をバタバタさせてからかったが、ディオルコは面倒くさそうに顔の前で手を振っている。

「とにかく、俺は寝る、寝台使っていいぞ。…宿(ここ)で食うのも面倒くせえし、起きたら飯どうすっかな、まさかの野宿の方がマシかもな。…あ、そうだ、イブキ。『南北物語』、貸しといてくれよ。」

「そんなに気になるかなあ、アレ」

「俺も個人的に興味があるんだよ、いいから。」

ほいほいっと言ってイブキは自分のリュックを漁った。



『老いた男は若い妻を(めと)り、四人の子供を授かった。


イエティ 白く豊かな髭髯の帝王。不義にて全てを手に入れた。

ナキア 勇猛果敢な双子の兄にして長男。帝王に最も愛されし嫡子。

ヴィベンス 愛情深き双子の弟。誰より深く兄妹を愛す。

ゾエ 誠実なる美しき妹。運命の女神は彼女を見逃さない。


バレン 純真無垢なか弱き子山羊。悪魔に魅入られた末弟。


―――……』


ナキア、ヴィー、ゾエ、


バレン……


「なに、もう起きてんの?」

「こっちの台詞だ。意外と早く起きるじゃねえか。まだ序盤の序盤だ。」

南北物語を読み始めたディオルコの動きを察知してか、イブキがむくりと目を覚ました。

「…なにが??あ、それ、面白い…?」

「さあな、これから面白くなればいいんだがな。俺が覚えてる限りじゃ、そんなに盛り上がらなかったと思うが。というかお前もこれ、孤児院で読んだはずだろ?」

「えっなーに?きこえなーい。」

イブキはバフっと、跳ねのけていた毛布を被りなおした。

「……暑い」

「昼過ぎだからな。一応買い出し行くが、どうする?」

「いく」


なんとなくグウェンの目を盗むように、宿を抜け出す。幸い彼女はいないようだった。


辿り着いた場所は市場―――と呼べるかも定かではないが、とにかく商店は湿気(しけ)ていた。

「おい、イブ(きち)!遠くに行くなよ。」

ほ~い、と振り返りもせずに返事をしながらイブキは空中の何かを辿っていた。…多分食べ物の匂いだ…。

「おっ」

酒屋と思しき屋台があった。…地酒などはあるだろうか。最近飲んでねえなあ、いつからお預け食らってる?

ディオルコは自動的に店主へ話しかけていた。

「このあたりの酒を譲ってもらえないか?」

「おうなんだ、このあたりっつうと、『キルピス』経由で仕入れたやつで…そうだなあ『ムカデ』のやつか『サソリ』……」

「それは遠慮しておく。」

「そうかあ?滋養強壮にいいぞ」

髭面の店主はディオルコと同年代だろうか、しかし腹が少し出ている。しかも売る本人も既に酔っぱらっているような気がする。それでも、んーっ、と何か売れそうなものはないかを考えている。

息子と思しき小さな子供が指を咥えて屋台の周囲をウロウロしている。

「『ジェネ』で飲んだ…クダの実の酒が美味かったかな。」

話しながらディオルコは、自分が割とつい最近アルコールを摂取したことを思い出した。

「ああ、あれ!あるよ!」

「おお、三本くらいあります?」

キルピスで酒を買う予定は無さそうだと踏んだディオルコは、複数購入に踏み込んだ。

「あるよ、いいねえ、あとこいつなんかどうだ?ちょっと待て、試飲出してやるよ。」

「えっ?はは、いやいいよ今は……」

「寂しいこというなや、ほらよ!言っとくが虫じゃねえぞ!」

「…なんだぁ?この匂い。いや、臭くはないけど…」

「いいから、いいから!一人で飲むには持ってこいなんだよ。」

そう言うと店主は、開けたボトルから自分の分も注いで飲み始めた。それを見てようやくディオルコも気を許し、まあいいかと平皿に注がれた酒を飲み干した。

甘ったるさとどこか生臭い風味があり、ほんのりと全身が熱くなる。これ、薬用酒じゃね?

「げひゃひゃひゃ、飲んだな!?まずいだろ!」

店主が口から泡を飛ばしながら笑う。

「実を言うとな、薬用酒なんてそんなに売れるもんでもねえんで、俺が代わりに飲んでやってるのよ。商品?っつーのか普通の酒を飲んでたら、嫁に出てっかれっちまってよぉ、あっひゃっひゃ」

「あっはは!笑ってやるよ、ところでこれさあ」

話半分に笑いながらもディオルコは下半身に違和感を覚えた。

「『独りで』飲むには持ってこいって言ったろ?ほんとは相手がいねえんだけどよ、俺なんて痛えのなんのってもう…」

「あんたの店そればっかか!よくわからんが医者に行け―――」

「あっねえ、ディオルコ!あっちに美味しそうな…」

背後から無邪気な声がした。

「―――よ……」

「…ものが…」

イブキは笑顔のまま、ディオルコと店主を見比べた。

「なんか、盛り上がってる?」

「よう、イブキ。」

ディオルコの身体は、急速に冷えた。



イブキは、串焼きを買ってもらった。

「自分だけ無駄遣いしようとするから…」

「すまん、調子乗ってました。申し訳ない。」

ご満悦なイブキの横で、ディオルコはしばらく、決して彼女と目を合わせようとはしなかった。


ふと、強烈な砂の匂いがした。


イブキって名付けられることはこの世界でもあんまりない感じなんですが、ディオルコって名前の人はそれなりに存在します。北では多分、日本の「たかし」ぐらい存在します。キラキラネームが増えているらしい昨今、「たかし」は減少の一途を辿っていると思われますが、ぜひこれからも数を保ってほしいですね。

今回の話、北人の「たかし」は謝ってばっかりです。


偶然にもLEMURIAを読んでくださった「たかし」さんがおられましたら、どうもすみません。急に名前が出てきたらびっくりしますよね。

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