第十一柱 黒馬の友人
ディオルコの目的はイブキをシファードに連れ帰り、イェルバに対抗するカードとすることだった。付き合う義理のないイブキは逃亡を図りディオルコの乗り回す乗り物に手を付けるが、その現場をまんまと彼に見つかってしまう。
◆
「誰かいるの?」
イブキは恐る恐る聞いた。
茂みの縁に立つ青年の背後で、背の高い原生植物が明らかに風とは違う意思を持って動いた。
「ねぇ…!」
青年は仁王立ちで腕を組んだまま動かない。返事もしない。確実に近づいてくるガサ、ガサという草の音を後ろに、不気味に微笑んでいる。蠢く音は一つや二つではない。何かがいる、怖い!
イブキはディオルコから目を離せないまま、ゆっくりとバイクから後退した。
「ゆ、許して!ごめんって、謝るからぁ!」
不安にたまらず叫んだ。青年はただそれを眺めている。
「ねっ、ゆ、る、し、て、ねっ♡」
訳も分からず半狂乱で『許してダンス』を踊った。も、虚しく当然返答はない。バイクを挟んで対峙する二人に、重い空気だけが流れた。
今まで自分は普通だと思っていたけど、実は目の前の長髪の男よりもずっと変人なのではないか。
泣きそうになりながらそんな未開花の才能に気付かないふりをした。
「…ぷっ、くく…」
―――頃合いだ。ディオルコは吹き出した。
「あっ今っ…!」
笑われて何故だか少し喜ぶイブキが口を開きかけると同時に、ディオルコはカーテンコールよろしく右手をひらりと、合図のように叫んだ。
「紹介しよう!原住民の皆さんだ!」
蠢く音が一層大きくなったのち、張り詰めた静寂が訪れ、そして
「ウォオオオオオオオオオオ!!!」
「あ、よかった人―――…いやあああああぁあああ!!」
イブキは悲鳴をあげた。相手がとりあえず人間だったことへの安堵は、目に入ったペニスサックと彼らの気迫により、たちまち消え失せた。
つい四半日前、砂漠には多数の部族が生息するとリキが教えてくれた。
その、泥で身体をペイントしたほとんど全裸の『原住民の皆さん』は、イブキのよく知らない言語で何かをまくし立て、叫び、一斉に飛び出してきた。いきり立ち槍を持っている者もいるが、槍なんかより気になって仕方がないモノが目に入る!
イブキは襲い掛かってくる彼らを必死でかわしながら「何でもないもん!!何でもないもん!!」と叫び、それを眺めるディオルコ自身も優雅に攻撃を受け流しながら「アーーーッヒャッヒャッ!!!ヒーーーッ!!」と笑い転げていた。地獄絵図である。
「何でアンタそんな余裕なのよ!!」とむかっ腹のままに叫びながらイブキがディオルコの方を見ると、さらに腹立たしいことにディオルコは剣を抜くどころか殆ど動いてもいない。
体幹がしっかりしているのか、爆笑しながらひらりひらりと半身を傾け、ごくたまに蹴っ飛ばしたり武器を払いのけたりするだけで遊びながら相手をかわしていく。
「ほうら、ちゃんと目を開いてないと危ないぞ!バイクはもういいのか?乗って逃げてみたらいいじゃねえかよ!アッハッハ!」
ディオルコは言葉でイブキを煽った。
―――もしかして怒ってるの!?いや、それより…
こんな奴にいいようにされている!自分への悔しさから集中が乱れディオルコに注目しすぎていたイブキは、完全に隙だらけだった。
「…ふん」
視界のディオルコが懐から銃を取り出し、呆れたように口の形だけで、ばーか、と言うのがスローモーションのように見えた。
その瞬間、世界の再生速度は元通り―――イブキの後方から槍が頬をかすめると同時にディオルコは拳銃を遥か上空へ向けて撃った。破裂音に群衆は明らかに狼狽た。
「………『コモド』!!!」
ディオルコは意外なモノの名を叫んだ。声が届くが速いか『コモド』と呼ばれた無人の『バイク』が目を光らせ轟音と共に群衆の脇を通り抜けた。『彼』がディオルコへと猛突進するその傍ら―――イブキの傷は再生を始めていたが、もう誰もイブキには注目していなかった。ただ一人ディオルコだけが目を光らせる。人波がわっと二つに割れた。
目の前で速度を緩めた従順な友人にひらりと跨り、ディオルコは彼を急反転させた。
「ぐえ」
目にも止まらぬ勢いのまま猛スピードでイブキを片腕に拾い上げ、ディオルコは木々を器用に抜け二人はどよめきを後にした…。
光が傷口を縫い合わせ、流れる血も暗闇にまた煌めいた―――…
誰もが他の物に気を取られている最中、ただ一人、ディオルコ・エスパリオンだけが逃さずそれを目撃し、しっかりと目に焼き付けた…
◆
再び視界は空と海の二つに割れた。海と言っても砂の海だ。
遥か彼方がわずかに明るくなっているが、もちろん人のもたらす灯りなんかではないことを彼らは知っている。
「『コモド』、お前誰かハネてないよな?おぉ、偉い偉い。」
とかなんとか、片腕でバイクを操縦しながら彼は呟いている。当然バイクが口を聞くわけもなく、完全に一人で喋っている。
一方イブキの視界では、空と海が完全に逆転していた。
ディオルコの右腕に抱えられたイブキは、彼の腕を介して腹部で二つに折りたたまれていた。
頭に血が上っているのは、上半身が逆さまになっているからだけではないかもしれないが。
散々な目に遭ったイブキは怒りで黙りこくり、ディオルコに対してこの上のない不幸を願っていた。
出逢ったときに気付くべきだった!こいつ、…思っていたよりずっと狂ってる!
イブキはろくな考えもなしについてきたことを今更ながら後悔していた。
本当ならいつも通り、うっすらと寒い部屋で、毛布にくるまりそのまま平凡な朝を迎えるはずだった!それがどうしてこうなるんだ!
さすがにイブキも眠気によって支配され始めていた。
友人に起きた、不幸な―――…色々ありすぎて、もう既に遥か昔に起きたような気すらするが…―――悲劇については出来るだけ考えないようにしていた…今は。
ちょうどバイクと二人は、他とは少し地面の色の異なる、何かの通路のようになった部分を通過した。
僅かにへこみ、横断する際バイクはがくんと揺れた。
「…?」
移動の振動により、太もものあたりで物体がずれ動いた。
イブキは、自分に着せられた男の上着のポケットの中に何かが入っていることに気が付いた。
「何だろう…」
どさり。
適当に進んだところで『コモド』は停止し、ディオルコによってイブキはぞんざいに砂地へ解放された。
「おーい、怪我ないか。そんなワケねえよな、お前ディバインズとかなんだっけなぁ。」
バイクの脇に這いつくばるイブキに、ディオルコは座席に跨ったまま白々しく声をかけた。
「片手で運転はさすがに疲れるぜ。昼夜逆転してっから明るくなると眠くなるしなぁ。」
くぁ、と欠伸をしながら事も無げにディオルコは頭上から話しかけ続ける。
「………」
「何だ?静かだな。もしかして泣いてんのか?」
イブキは沈黙したまま立ち上がり、ザッザッとハンドルに歩み寄り、引っ提げられたヘルメットを手に取った。ディオルコが不穏そうに眺める中、それを頭へと装備する。
「おっ、そうそういい心がけだな、そうやって被るんだ。まあ今更だ―――ンがっ!!!!」
喋り続けるディオルコに向けイブキは鋼鉄を頭に纏ったまま思いっきり頭突きし、彼はその勢いで後ろにのけ反った。
うぐぅ、と呻くディオルコにイブキは渾身の大声をぶつける。
「最 低 ッ !!!!」
「テメ、この…ッ!俺の完璧な鼻筋が―――…ハイハイ、つまりあれだろ?」
予想しながらも甘んじてイブキの怒りを受けたのか、鼻を抑え涙目でなおもディオルコは喋り続けた。抑えた手から鼻血が溢れる。
「あのオアシスで、どうせ俺があの戦士達をけしかけたと思ってんだろ?アイツらはたまたまあの場にいたんだよ、俺が片付け始めたあたりからな。彼らは俺達に縄張り荒らされたと思ったんだ、俺に怒るってんならお門違い…言っとくけど、最初に『コモド』に手を出したのはお前だからな!」
やはりディオルコは、盗みを働こうとしたイブキに対して少しは怒っていたらしい。
「これ折れてねえ!?」
鼻血に溺れながらも怒りを露わにした。
「お前の行動くらい俺だって予想はしていたんだ!…いくら『コモド』がお前には操れないとわかっていたとはいえ、目の前で物を盗まれそうになってもちゃんとお前を助けてやったのに、その俺にこの仕打ちかい!!」
後ろめたさはあるものの、今までの仕打ちに怒りを抑えきれずイブキも退くことはしない。
「私なんてほっといてアンタは機械のお友達ばっかり大事にしてればいいじゃん!どうせまともな友達もいないんでしょ!」
「まともじゃない友達ならいますしー!!大体自分以外のことに気をとられて怪我なんかして、その『機械のお友達』に助けてもらったのはどこのどいつだ!感謝しろよ!!お前なんかな!!コモドがいなけりゃあの原住民に傷を見られて、…『パァ』だ!!」
『パァ』は無いだろう、『パァ』は…。
とディオルコは自分でも思ったが、痛みのあまりに雑な表現をした。
「こいつが注意を引いてくれたから、銃声がダメでも事無きを得たんだろうが!!」
「どこが『事なきを得た』のさ!!!変なモンも見せられて、私の心はもうボロボロっ!!!」
「だから誰がナニを見せたって………わからず屋のお子ちゃまが。あれはたまたまだって言ってるだろ?お前なんか一生訳も分からず踊って生きてろ!…さっきみたいに。」
掌で拭った血を見ながらディオルコはダメ押しに傷をえぐった。
「うっさいな!!!」
イブキは追い詰められた自分の愚行を思い出して顔が真っ赤になった。
「そうやって責めるけどね!…確かにその子を盗もうとしたよ!!だってそもそも、『俺を利用してもいいからついて来い』って言ったのそっちじゃん!」
「俺だって何も『されるがまま』とは言ってねえよ!!!…はぁ…、もういいさ。」
出血の治まったディオルコはやや頭が冷えてきたらしい。
「こういうの、お互い時間の無駄だ。からかいすぎた俺も悪かったよ。俺だって体張ってお前を運ぶんだ。間違いでした、人違いでした、じゃ済ませられん。正直言って、俺もリスクを承知で興味があった…お前の傷が本当に、どんな風に再生されるのか、…念のためお前が本当にDivinesなのか、な。そのために図らずしもお前を観察していたことは謝る。」
イブキの能力を一目でも確認したい、そう思ってしまったのは事実だった。
「……」
しかしイブキは謝らなかった。
出会ったときからずっと青年に対して感じていた、もやもやしたものがどんどん大きくなる。遣る瀬無さが強まる。
原因は、青年には関係のない事情だった。
イブキはそれを上手く捌けずに、違う形で青年にぶつけた。
「…何でよりによって来たのがアンタなの!?アンタみたいなどうしようもないヤツ、父ちゃんが私を託したのでもなきゃ、絶対ついていかなかった!」
感情に収集をつけきれず、つい拒絶の言葉を伝えてしまった。元はと言えば人の物を盗もうとした私が悪い…それはわかっていても疲労からくる八つ当たり半分の逆ギレに、イブキは少し後悔した。
やってしまった。
しかし意外にもディオルコは特に堪えたようすもなくけろりとして、イブキに逆に尋ねた。
「…そういえば…。俺からも今のうちに聞いておきたいことがある。そのお前の親父さんってのは、いつからお前と一緒にいて、いつからお前がDivinesであることを知っていて、…それでお前とはなぜ旅をしていたんだ?」
「え?それは…だから物心ついた頃から一緒にいて、…初めから私のことについては知ってて…っていうか今の私の言葉聞いてた…?」
拍子抜けではあったが、こいつに自分の言葉を受け流されるのは何も初めてではない。
それよりも、今のディオルコの言葉に関してイブキは違和感を覚えた。
イブキの『育ての父親』は旅人となる前は、確か軍役していたと聞いている。ディオルコの軍服のような服装のせいか、二人に接点が合っても違和感はないと、知らず知らず高を括っていた。
だがこの男…父親と知り合いだと自称しているにも関らず、私のことはともかくとしても、父親については何も知らなさすぎじゃないか…?
「…ちょっと待って、アンタ父ちゃんと知り合いなんでしょ?父ちゃんから何一つ聞いてないワケ?」
「いいや、聞いてないな。」
「え……!?噓でしょだって、『ダグーって男に、私のことを頼まれた』って…」
「…その話なんだがな。」
ディオルコは、ちょっと忘れ物でもしたかのようなニュアンスで説明を始めた。
「施設の書類によればまだ年端の行かなかったお前が『エラ』から『ダグー』になったとしたら、母親の『アンリエッタ・ビ・エラ』が失踪したタイミングしかない。あとは、その後お前が男に育てられた方に賭けた。だってお前、どうもガサツなんだもん。」
「え?あ…もう一回言って?」
わからん!
なんだか知らないが最後の方に貶されたことだけはわかる。…しかし話の筋が見えない。イブキは聞き返した。
ディオルコは少し考える。
本当は…、『アンリエッタ・ビ・エラ』について妙な噂を聞いたことがある。
彼は、実は『ダグー』の人物像について予め見当がついている。だが彼女にとって、それが良い事実であるかは、今は見当がつかない。知っていることを話して聞かせる…、それよりも、眉間にしわを寄せ上空を見て解釈の努力をしているイブキに対して、知らないふりを選んだ。
彼は要約し朗らかに言い換えた。
「つまり『お前を頼まれた』ってのはな、言い忘れてたけどありゃ嘘だ。お前を連れ出すために、とっさに口をついて出ただけで、俺はお前の親父さんとは、知り合いでも何でもないぜ。でっちあげだ。」
予想通り、少女は口を開いたまま凝固した。
『でっちあげ』…だぁ…?
疲れた脳に衝撃が走った。
―――…え?何ウソ?この人何で笑ってるの?コワい人なの?
ついていけない…彼女は思うが早いか脳みそとは別に、
「―――――アンタ誰よ!!?」
「だから俺はディオルコ・エスパ…イデェッ―――!!!」
本日二度目の頭突きが炸裂した。
◆
「さ よ う な ら。」
イブキはバイクを離れ、ディオルコに背を向けて砂漠の中を歩きだしていた。
操縦者の意を汲んでかヴ―ン…と『コモド』はゆっくりイブキを追跡し、ディオルコは跨ったまま気だるげに、ハンドルに腕と上半身を乗せ体重を預けている。鼻が血まみれだ。
「オ~イ、どこ行く気だ。俺のコート、俺の上着、俺のメット~。」
「あなたが必要なのはこれでしょう、お返しします。」
イブキはバシッと辛辣に答えてそれらをまとめて返却した。
「まあ聞けよ。昼は灼熱、夜は酷寒。こんな厳しい果ての地で、そんな軽装で、しかも徒歩でどうするつもりだ。ふ…まさか本気でどっか行くつもりじゃないだろう。」
確かに行くあてはないが、このまま弄ばれるのはうんざりだ。イブキはこれまでもずっと背負っていたリュックを背負い直し、歩みを止めずに返事をした。
「幸いこんな身体ですから。死にはしなけりゃなんとかなるでしょ。自分で考えて行動しろって言ったのはそっちじゃない。私は考えて、アンタについていけないと思っただけ!」
「ふむ…」
悪いとは思ったが、ディオルコはあまり真面目にイブキに取り合ってはいなかった。機嫌を損ねた少女の横顔を眺める。
光を受けた、造り物のような真っ白な肌、髪、容貌。最も目を惹くのはその不思議な色の瞳だ。陽の光と空のようなコントラストで、柄にもなく綺麗だと思う。
青年は芸術的感性の欠けている方ではあるが、この一見大人しそうな…人形のような少女が鈴を振るような声で感情をむき出しにして話す横顔を、何度となく見ては面白いと思っていた。
「だったら俺も、もしお前がシファードまで同行せず俺に従わないってんなら、お前の存在を世界に知らしめるだけだぜ。」
もちろんそんなつもりはない。だが人を疑いなれていないこの少女は、こんな明らかな嘘にも反応するだろう。
悪びれもしないディオルコに噛みつかれでもしたように、イブキはつい立ち止まり目を見開いて振り返る。
……やっぱりな。
「!?っちょっアンタ滅茶苦茶…脅そうって言うの!?じゃあなんで私に自分で考えろ、なんて言ったの!?大体アンタもそんなことしたら困るんでしょ!?」
「色々知ったうえで、お前に考える『権利』はあると思っただけだ。その上で脅させてもらうし、俺がどう行動するかは俺次第だろ。…それに、どうだかな。お前のその考えの甘さじゃ、別れるが早いか自分の正体バラして回りそうだ。言っただろ、自分の秘密はべらべら他人に喋るもんじゃねえって…真っ白な『イブキ・ビ・エラ』さんよ。どこへ逃げてもお前には頼れる人間なんていないんだよ。行く場所なんてない。」
一瞬不貞腐れたような顔をしたが、すぐに勝ち誇ったようにイブキは何かを掲げた。
「…あ、そう!好きにすれば!全て自分の思い通りに行くと思わないでよ!」
「…!お前、それ…」
イブキが掲げた物は、手のひらサイズの精度の良い、コンパスのようなものだった。きっとこの砂漠では必要不可欠なものに違いない。
「これ、ポケットに入ってた!壊すからね!なんかの計器でしょ、無いと困るんじゃないの!?」
「パクってく気だったのかよ。どうりで急に強気になった訳だ…」
ディオルコは溜息をついた。
「どう!?脅したって無駄だから。むしろ返してほしかったら、私を次の村で開放して。」
「そいつは困ったな。言うこと聞いてやるからさっさと乗れ。」
イブキは怯んだ。
「……ちょっと、全然困ってないじゃない。どういうこと!?村でもまた騙して私を連れてく気!?」
「そんなの保証しようがないだろ。俺にどうしろってんだ?いいから乗れって、ほんとは乗りたいんだろ?あーあ、ほら夜が明けちまう。」
「~~~~なんなのさ!子供だと思って馬鹿にしてっ!!!!」
「あっバカ!!安い物じゃないんだぞ!」
悔しさのあまり手に力が入りすぎ、計器からめきっと音がした。
思っていたよりずっと脆いものだったのだ。
カラカラと音のするようになり、針は自立性を失った。
「ほ、ほら見なさい、こんな砂漠で方角を失ってどうする気!?同じ持久戦なら、死なない私の方が有利なんだからね!?」
「信っじらんねえ…。さっきから何をおバカなこと言ってんだお前は…普段は星見て移動してんだ。計器なんてそう使わねえよ。気は済んだか?」
「なっ…はったりでしょ!」
言いながらイブキは、自分が旅をしていたときも同様だったという、認めたくない事実を思い出した。
五年以上も昔のこととはいえ、なぜ思い出さなかったのか…
「でっでもでも、だったら何でこれ…」
「い・い・から・乗れ!それともここでテント張るか?」
「あっ、ちょっ」
ディオルコは母猫が仔猫でも咥えるように、イブキをひょいと後ろに乗せた。
持ち上げても大した重さもない。背なんて恐らく自分の胸程度まであるかどうか。その鼓動、その体温はこの腕にきちんと伝わってくる。
本当にこんな娘がDivinesなのか?
ディオルコは、自分で見つけておきながら、未だに信じることが出来ないでいた。
◆
空が白み、夜の終わりが近づいた。日の入りより日の出の方が、どこか恐ろしい。
息を飲むその光景には、何故か死の来訪を覚える。人はこれまで昼を生に、夜を死に例えてきたが、自分の感性は狂っているのだろうか。
ディオルコは二、三日中には村に着き、そこで物資を調達すると言っていた。なるほど、それで荷物が少なくて済むわけだ。駱駝なら一週間弱もかかろうかという距離をここまで時間短縮するのだから、この乗り物はかなり早い。
その『コモド』は今度は取り立てて大きな音も立てずに移動していた。
どうやら急発進した時だけ動力が切り替わるようで、普段は静かなものだった。
砂の波だけがさざめく。
拗ねたように『コモド』に今は大人しく腰かけ、イブキは昨日の昼間を思い出していた。その時も確か、この男…ディオルコは轟音を立てて移動していた。暑さにはよほど弱いのだろう。昼には動けそうもない。
何かを企てるなら日中の方が正解かもしれない、とイブキは思った。
「…おい。おいイブキ・ダグー」
突如青年が自分の名を呼んだ。今はゴーグルを着けていた。
名前を呼ばれたイブキは、疚しさからかディオルコにドキリとした。
「な…何?」
「お前、目がいいだろ。昨日孤児院の屋根の上から、既に俺らが把握する前に俺らに気付いていた。」
「だから…?」
知っていたのか、とイブキは驚くと共にまたも気持ちが少し沈む。なんでもお見通しの様で嫌になる。
「アレ、何に見える。」
ディオルコはそう言うと、速度は緩めぬまま顎で遠方を指した。
「何って……」
遥か彼方、輝く水平線を後ろに、白く筋のようなものが見える。ところどころ竜のようにうねる。
あれは……
「本来は水のない涸れ川のハズだ。」
ディオルコはそう付け加えた。
涸れ川…?違う今は―――
「ワジじゃない!…今は、大きな川が出来てる!」
イブキについて書いていて思い出したのですが、
アマダイ(作者)が高校生の時、歯医者に行って施術台の上で待たされたことがありました。
結構な時間放置されまして、疲れていたアマダイは目を瞑って院長を待っていたのです。
そうしたらふと何かの気配を感じ目を開けると、作者の顔を覗き込むように院長夫人(推定50歳代)の顔が眼前にありました。
「………人形顔。」
無表情に、それだけ言って院長夫人は去っていきました。
歯医者の強力な照明に逆らい影となった顔が、妙に怖く印象に残っています。
未だにアレはなんだったのかわかりません。
(ちなみに可能性としては市松人形とかそっち系だと思います。)
追記:これを書いた後、夜中に「市松人形 画像」でググって後悔しました。可愛いものも沢山ありますが、中に怖い画像を忍ばせるのよくない。なんで歯作った?なぜ足した?




