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【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
二章

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第15話 正体の露見

 戦況は、依然としてユウが圧していた。

 だが、その優位にも少しずつ陰りが見え始めている。


「だッ!」


 繰り出した拳が、ラグナエルの肩を捉えた。


 身体が大きく弾かれる。

 だが、ラグナエルはその勢いに逆らわず、自ら後方へ跳んだ。まるで風に吹き飛ばされたかのように身体を流し、そのまま数歩分の距離を取る。


 純白の光を纏ったレオンハルトの身体は、傍から見れば圧倒的だった。地を蹴れば大地が抉れ、拳を振るった後から、遅れて打撃音が響く。


 だが、その身体を動かしているユウは、焦りを募らせていた。


(なんで……効かないんだ!?)


 拳も蹴りも、何度かラグナエルを捉えている。

 だが、攻撃が入るたびに、その手応えは浅くなっていく。


 その理由に、ユウ自身も薄々気づき始めていた。


 拳を振るう直前、どこを狙うか考えてしまう。

 考えた分だけ、動きが遅れる。どれだけ身体が強化されていても、動作の途中に迷いが入れば、その速さを活かせない。


 喧嘩すらまともに経験したことのないユウが、突然、本物の殺し合いに身を置いているのだ。それは、無理もなかった。


「ふん」


 ラグナエルが鼻を鳴らす。


 その動きが、変わり始めている。

 最初こそユウの速さに翻弄されていたが、今では拳の軌道を見切り、必要な分だけ身体を動かして避けるようになっていた。大きくかわす必要はない。少し身を引くだけで、拳は空を切る。


(見切られてる……!?)


 焦りが、さらに判断を鈍らせていく。

 考えれば考えるほど、動きが遅くなる。そして、そのことを意識するほど、次の動きにも迷いが生じた。


「うぁあああッ!」


 苛立ちまぎれに拳を振り抜く。

 ラグナエルは半歩下がっただけで、それをかわした。


「そう何度も同じ手が通ると思うな!」


 ラグナエルも無傷ではない。

 戦いの序盤には、ユウの攻撃が何度も直撃していたのだ。

 動くたびに、僅かに顔を歪めることもある。身体の奥に痛みを抱えているのは明らかだ。


 それでも、声にはもう動揺がない。その目がユウを捉え、その動きを冷静に見極めていた。


(このままじゃ、駄目だ!)


 ユウは奥歯を噛み締めた。


(考えるから、遅れるんだ。なら――)


 それならばと、ユウは難しく考えることをやめた。

 ただ目の前の男に向かって、身体を動かす。それだけに全神経を集中させる。


「うおおおおッ!」


 ラグナエルに向かって、一気に踏み込む。どこを狙うかなど考えない。


「なッ――」


 ラグナエルは咄嗟に身を引こうとした。

 だが、その瞬間、苦痛に顔を歪める。傷んだ身体が思うように動かず、回避が一瞬遅れた。


 ユウはそのまま肩から突っ込み、ラグナエルの胴を正面から捉える。


「がはッ……!」


 衝撃を受けたラグナエルの身体が後方へと大きく吹き飛ぶ。地面を何度も転がり、土煙を上げながら、ようやく止まった。


(いける……!)


 ユウは地面に転がっていた、レオンハルトの剣へ目を向けた。


 すぐに駆け寄って拾い上げる。

 初めて握る剣の重みに、ユウは戸惑う。それでも、握り直して構えた。


 倒れたラグナエルへ向き直り、剣を振りかぶったまま、ユウは一気に駆け出した。



 *



 大きく体勢を崩したラグナエルへ、ユウは剣を振りかぶりながら迫った。


 これ以上ない好機だった。目の前には、まともに構えすら取れていないラグナエルがいる。ここで剣を振り下ろせば、それで終わる。


(――終わらせる)


 そう思った、はずだった。

 だが、いざ切っ先が届こうとした瞬間、腕が止まりかけた。


(……人を殺す、のか?)


 その言葉が、ユウの頭に浮かんだ。

 いくら相手が敵であろうと、人の姿をしていて意思もある。

 喧嘩すらろくにしたことのない、ただの日本人だった自分が、人の命を奪う。


 その一線だけは、どうしても越えられなかった。


 振り下ろした剣は、狙いから外れ、ラグナエルの身体の外側を通った。

 刃が捉えたのは肉ではなく、黒装束だけだった。


 布が裂け、風圧でフードが捲れる。


「――え」


 露わになった顔を見て、ユウは息を呑んだ。


 灰がかった紫色の肌。額から伸びる、黒く鋭い二本の角。そして、人間よりも尖った長い耳。


「な……なんだ、その姿……魔族、なのか……?」


 掠れた声が漏れる。

 その一瞬の隙を、ラグナエルは見逃さなかった。


「――甘いな」


 低い声と共に、ラグナエルの手が伸びる。


「――ッ、が……ッ」


 首を掴まれ、身体が持ち上げられた。爪先が地面から離れる。

 それでも、握り締めた剣だけは手放さなかった。


「殺意に、曇りがある」


 至近距離から、紅い眼がユウを見据える。


「覚悟も技も足りていない。……先ほどまでとは、別人のようだ」


 さらに、ラグナエルはユウの身体を覆う純白の光へ目を向けた。


「それに、その光にも陰りが見えてきているか」


 その言葉通り、純白の光は少しずつ弱まっていた。


「もういい。再生する隙など与えん……心臓ごと、抉り出してくれる」


 ラグナエルの空いた手に、蒼い光が集まり始める。


(――ここまで、なのか)


 薄れていく意識の中、ユウの脳裏に、ロイやレオンハルト、仲間たちの姿が浮かんだ。


(ごめん、ロイさん……レオン……)


 レオンハルトの身体を包んでいた純白の光が、静かに消えていく。

 ユウの意識もまた、暗闇へと沈んでいった。握っていた剣が、その手から離れていく。


 ――だが


 零れ落ちかけた柄を、指が強く握り直した。



 *



 ラグナエルの手刀が、レオンハルトの身体を貫こうとした。


 ――その時だった。


「な、にッ……!?」


 その紅い眼が、大きく見開かれる。

 背筋に走る悪寒。それを感じた瞬間、ラグナエルは反射的に身を引いていた。


 だが、首元に迫っていた刃を躱しきれず、蒼い血が宙に舞う。


「ぐっ!?」


 首を掴んでいた手が離れ、ラグナエルはよろめき、体勢を崩して地面へ倒れ込む。


 至近距離。本来なら、剣を振るうことすらできない間合いだった。

 それでも、死に体であったはずの男は、手首を返す最小の動作で、ラグナエルの首筋をその刃で狙ってきたのだ。


「ふ……ぅ」


 短く息を漏らし、レオンハルトはその場に片膝をつく。


 しばし、状況が理解できなかった。

 気づけば、ラグナエルに首を掴まれていた。反射的に刺突を繰り出したが、直前の記憶が繋がらない。


(一体……何が起きた?)


 レオンハルトは視線を落とした。

 折れていたはずの骨も、抉られていた肩も、傷らしい傷が見当たらない。


 戸惑いながら、意識を頭の中へ向ける。

 いつもならそこにあるはずの、もう一つの気配。

 絶えず頭の中へ響いていたユウの声が、今は何も聞こえなかった。


 だが、考えている暇はない。


 正面では、ラグナエルがゆっくりと身体を起こしていた。

 黒装束が裂け、肌を晒している。捲れたフードから覗くのは、人ならざる異形の姿だった。


「……それが、貴様の正体か」


 レオンハルトは立ち上がり、剣を構え直した。


「中身だけでなく、外面も……醜悪だな」


「減らず口を……」


 ラグナエルの目が、鋭くレオンハルトを見据えた。


「また、気配が変わった……いや、戻った、というべきか」


 その声には、隠しきれない戸惑いが混じっている。


「一体、なんなのだ、貴様は……」


 レオンハルトに答えるつもりはなかった。

 自分の身体に何が起きたのか。ユウはどこへ行ったのか。疑問はいくつも残っている。


 だが、今は目の前の敵を倒すことが先だ。


(ロイ……仇は取ってやる)


 それだけを胸に刻み、レオンハルトは地を蹴った。


 振り下ろした剣を、ラグナエルが素手で受け流す。

 得物を失い、負傷もしている。動くたびに苦痛が顔に浮かぶ。それでも、ラグナエルはレオンハルトの斬撃を凌ぎ、反撃を繰り出していた。


 一進一退の攻防が続き、決定打を欠いたまま膠着しかけた、その時だった。


 轟音と共に、地面が大きく揺れる。土煙が、勢いよく舞い上がった。


「なにッ……!?」


 ラグナエルが反射的に動きを止める。

 その土煙を突き破り、人影が一気に踏み込んできた。


「ぬぅッ!」


 振り抜かれた拳を、ラグナエルは咄嗟に身を反らして躱す。

 だが、続けて放たれた回し蹴りまでは避けきれない。


「がっ……!」


 蹴りが脇腹を捉え、ラグナエルの身体が横へ吹き飛ぶ。


 レオンハルトは、目の前を横切った人影へ視線を向けた。

 土煙の中から姿を現したのは、一人の女だった。深緑の光が、その身体を包んでいる。


「フレデリカ……姉上……?」


 呆然と呟くレオンハルトの声に、フレデリカは答えなかった。

 外套を風にたなびかせ、ただ、ラグナエルを見据えている。


 やがて、フレデリカは小さく息を吐いた。


「――派手に、やってくれたようね」



 *



 フレデリカの視線が、戦場をゆっくりと巡った。


「騒ぎを聞きつけてみれば……これはどういうことかしら」


 その表情から、普段の快活さは消えていた。

 地面に伏した兵たち。抉れた大地。目立った傷こそないものの、装備が激しく損傷しているレオンハルト。そして、その弟と対峙する異形の男。


 フレデリカは、その男を見据える。

 目の前にいる異形の男が、この惨状を引き起こしたのだと理解するのに、時間はかからなかった。


「――あんたが元凶ね」


 それ以上の問答はなかった。


 フレデリカが地を蹴る。

 踏み込んだ勢いのまま、拳をラグナエルへ叩き込んだ。


「――ッ!」


 ラグナエルは脇腹を庇いながら、拳を紙一重で受け流す。だが、続く二撃目、三撃目までは避けきれなかった。


「くっ……!」


 拳が頬をかすめ、皮膚が裂ける。蒼い血が頬を伝った。


 負傷と消耗を抱えたラグナエルにとって、フレデリカの攻撃は無視できるものではなかった。攻撃を避け、防ぐたびに、少しずつ追い込まれていく。


 そこへ、蹄の音が近づいてきた。


「閣下ッ!」


 馬を駆り、ヴォルフガングが戦場へ駆け込んでくる。


 ラグナエルは、その姿を横目で捉えた。


 万全であれば、まだやりようはあっただろう。

 だが、今は傷も深く、消耗も激しい。目の前の女に加えて、もう一人が加われば、このまま戦い続けるのは危険だった。


 ラグナエルは軽く肩を回し、翼の具合を確かめた。痺れは、もう残っていない。


「流石に分が悪い、か。……ここは退くとしよう」


 フレデリカが再び拳を繰り出すが、ラグナエルは避けようとしなかった。

 足裏で拳を受け止め、その勢いを利用して身体を後方へ跳ね上げる。


「な――」


 驚くフレデリカを残し、ラグナエルの身体が宙へ舞った。


 漆黒の翼が、大きく羽ばたく。


「待ちなさいッ――!」


 フレデリカが追おうとするが、ラグナエルはすでに高く舞い上がっていた。

 翼を広げたまま、夕闇の空へと遠ざかっていく。やがて、その姿は見えなくなった。


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