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【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
二章

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第14話 託されたもの

 地に伏していたはずの影が、動いた。


 ロイだった。


 満身創痍の体を、それでも引きずるようにして起こす。

 蒼い光が収束を終え、放たれた瞬間、ロイはレオンハルトの前へと飛び出していた。


「――ッ! ロイ、よせ!!」


 ロイは振り返らなかった。

 ただ、レオンハルトを背に庇い、迫り来る蒼炎を正面から見据える。


 次の瞬間、蒼炎がロイの身体をまともに呑み込んだ。


「が……はっ」


 全身を蒼い炎に包まれながらも、ロイは倒れない。

 足に力を込め、最後までレオンハルトの前に立ち続けた。


 やがて、蒼い炎が揺らぎ、ふっと掻き消える。

 その場に立ち尽くすロイの身体が、陽炎のように淡く揺らいでいた。


 ロイの膝が折れ、その身体が崩れ落ちる。


「ぐ……ッ!」


 踏み出した瞬間、レオンハルトの腹部に激痛が走った。

 それでも腕を伸ばし、倒れ込むロイの身体を受け止める。


「ロイッ……!」


 声にならない叫びだった。

 腕の中で、ロイの輪郭が少しずつ薄れていく。


『そ、そんな……ロイさん……』


 脳裏に響くユウの声も、震えていた。


 ロイの唇が、震えながら動く。


「守ると……いったでしょう」


 微かな笑みだった。そこに後悔も恐れもない。


「ユウ、殿……レオン様を――」


 続く言葉が、途切れる。

 レオンハルトの腕の中で、ロイの身体が淡い光の粒子へと変わっていく。

 胸元から光が広がり、身体が少しずつ消えていった。


 最後まで残ったのは、レオンハルトへ伸ばしかけた手だった。

 その指先も、やがて淡い光へと変わり、レオンハルトの目の前で消えていく。腕の中にあった重みが、忽然と失われた。


 レオンハルトは、空になった両腕を見つめたまま、動けなかった。


(――噓、だろう)


 理解が追いつかない。

 ついさっきまで、確かにそこにあった重み。その温もりごと、ロイという存在そのものが、この世から消え去った。


 離れた場所で、リゼットの体が崩れ落ちる。


「う……」


 短く声を漏らしたきり、そのまま地面に倒れ伏して、気を失った。


 女性騎士に支えられていたエリザベートも、その光景から静かに視線を逸らした。ただ、唇を固く結んだまま、俯いている。


『……ロイ、さん。あなたは――』


 レオンハルトを庇って消滅したロイ。


 その姿に呼び起こされるように、ユウの中で眠っていた記憶が、一気に溢れ出した。


 ――冷たい雨の中、暴漢に襲われた光景。

 ――突き飛ばされた先で見た、覆いかぶさってくる二人の背中。

 ――服を濡らしていく赤い液体。鼻を突く、血の匂い。


 そして、最後まで聞き取れなかった母の言葉が、今になって鮮明に蘇る。


≪悠……あなたは、生きて――≫


 自分を庇って犠牲となった両親。何度願っただろう、自分に力があれば、と。

 あの時、自分に何かできていれば、と。


 ロイもまた、その先を言い切れないまま逝った。


『また、だ……。また、守れなかった……』


 ユウの声が、堪えきれずに震えだす。


 その静寂を破ったのは、ラグナエルだった。


「……順番が、変わったか」


 ロイが立っていた場所には、焼け焦げた二つの足跡だけが残されていた。


 ラグナエルの視線は、ほんの僅かな間だけ、そこに留まった。

 やがて目を逸らし、何事もなかったようにレオンハルトへ向き直る。


「次は、お前だ」


「――ッ」


 その一言で、何かが焼き切れた。


 レオンハルトは剣を掴むと、腹部の痛みすら押し殺して地を蹴る。

 策も、勝算もない。ただ、目の前の男を斬り伏せたい。その衝動だけが、身体を突き動かしていた。


「うおおおおおおッ!!」


 振りあげた剣は、槍の柄で容易く受け止められる。


「――温いな」


 低い呟きと共に、剣が弾かれた。返す柄の腹が、レオンハルトを捉える。


「がっ……!」


 その身体が宙を舞い、受け身すら取れず、地面に叩きつけられた。

 肺から空気が押し出され、視界が白く明滅する。


『れ、レオンッ……ちくしょう! ふざけんな』


 ユウが叫んだ。心の奥底から、怒りが突き上げてくる。


『人の命を、想いを……なんだと思ってんだ! 簡単に奪いやがって……そんなことが許されるかよッ!!』


 その怒りに満ちた声が、薄れゆくレオンハルトの意識を揺さぶった。


(――剣を握るこの腕を、誇ってきたはずだった)


 視界が霞んでいく中、これまでの記憶が次々と浮かんでは消えていく。


(加護がなくとも、この身一つで立てるのだと、証明し続けてきたはずだった)


 誰かに守られるのではなく、自分の力で道を切り開くと、そう決めていたはずなのに。

 視界の端に、ロイの姿はもうない。そこには、何も残っていなかった。


『レオン!! おい、しっかりしろ……レオン!!』


 必死に呼びかけるユウの声が、次第に遠くなっていく。

 そして、その意識は、深い闇の底へと沈んでいった。



 *



 暗闇だった。

 音もなく、光もない。ただ、静寂だけが続いている。


『レオン……?』


 呼びかけても、返事はなかった。


『おい、嘘だろ……返事をしろよ!』


 叫んでも、何も返ってこない。


 ユウは一人、暗闇の中でレオンハルトの意識を探し続けていた。いつもなら、すぐそこに感じられるはずの気配が、今はどこにもない。


 ――その時だった。


 暗闇の奥で、何かが脈打った。

 心臓の鼓動とは違う。もっと深いところから響いてくる、奇妙な脈動だった。

 それに呼応するように、ユウの意識が内側から引きずり出されていく。


『な……っ!?』


 戸惑う間もなかった。


「ぐ……こ、これは」


 声が漏れた。

 レオンの意識の内ではない。喉を通り、実際の音になっている。伸ばした指先に、地面の硬さを感じた。空気の冷たさも、血の匂いも、すべてが一気に伝わってくる。


(……この感覚)


 覚えがあった。

 この世界に転生した直後。そして、デモンボアとの戦いを終えた翌日に目覚めた時と同じだ。


 自分が今、レオンハルトの身体を内側から動かそうとしている。


 そう理解した瞬間――全身に激痛が走った。


「が、あ……ッ!?」


 意識が飛びそうになるほどの痛みだった。

 折れた骨。抉れた肩。裂けた皮膚。レオンハルトが受けた傷と痛みが、一気にユウへ流れ込んでくる。


「……存外しぶといな。まだ意識があったか」


 頭上から、ラグナエルの声が聞こえた。


(――駄目だ。ここで、意識を手放したら……)


 薄れていく視界を、ユウは歯を食いしばって繋ぎ止めた。


 自分が倒れれば、この身体も終わる。

 レオンハルトだけではない。リゼットも、エリザベートも、まだ生きている者たちも、このままでは助からない。


(――俺が、守らなきゃ……レオンの体も、残っているみんなも……ッ!!)


 その時、ロイの最期の言葉が蘇った。


 ユウ、殿……レオン様を――


(守ってみせるッ!)


 目の前にある、この理不尽の全てから。託された想いを、無駄にはさせない。


 その意志に応えるように、身体の奥で何かが動いた。

 先ほどから感じていた脈動が、さらに強くなる。体の奥深くに、確かな力があった。


「な、何だ。これは……!?」


 ラグナエルの声が、初めて、本物の驚愕に染まった。


 先ほどまで虫の息だったはずの体から、これまでとは比較にならない、眩い純白の輝きが溢れ出していた。


 光は、レオンハルトの体を包み込んでいった。

 折れた骨が軋みながら繋がり、裂けた傷が次々と塞がっていく。流れていた血も止まり、身体に残っていた傷跡さえ消えていった。


「傷が、消えるだと……馬鹿な、一体何をした!?」


 ラグナエルの困惑を余所に、ユウはゆっくりと体を起こした。

 身体が軽い。純白の光に包まれた体から、湧き上がるような力が満ちていくのが分かる。



 *



「エ、エリザベート様……あれは、一体……!?」


 彼女を支えていた女性騎士が、震える声を漏らした。

 エリザベートもまた、信じられないものを見る目で、純白の光を纏うレオンハルトを見つめていた。


「精霊の加護……いいえ、そんなものじゃない」


 水の加護による治癒でさえ、傷が塞がるまでには時間が必要だ。あれほどの重傷が、瞬時に跡形もなく消えていくなど、聞いたことがない。


(――何が、起きているの……)


 エリザベートは、目の前の光景から目を離せなかった。



 *



「これ以上……誰も、死なせない!」


 ユウは地を蹴った。

 それだけで、足元の地面が大きく抉れる。


「はああああああッ!」


 ラグナエルが反応するより早く、右の拳を叩き込む。

 技も型もない、素人同然の一撃。だが、その拳には眩いほどの光が宿っていた。


 音を置き去りにするほどの衝撃が、空気を震わせる。


「がはッ――!?」


 直撃を受けたラグナエルの身体が、大きく吹き飛んだ。


 ユウはすぐさま追う。

 だが、踏み出した瞬間、身体が想像以上の速度で前へ飛び出した。


(は、速すぎる……!?)


 数歩で詰めるつもりだった距離を、一気に駆け抜けてしまう。

 その間に、ラグナエルはどうにか身を起こしていた。吐き出した口の端から、蒼い血が伝う。


「くっ……!」


 ユウはとっさに身体を捻った。

 踏み込んだ勢いを無理やり横へ逃がし、ラグナエルの側面へ回り込む。だが、急激な方向転換に身体が耐えきれず、骨が軋んだ。


 それでも、痛みは続かない。全身を包む純白の光が、それを瞬く間に修復していく。


「うおぉぉッ!」


 勢いのまま、ユウは蹴りを叩き込んだ。


「がっ!?」


 まともに蹴りを受けたラグナエルの身体が、大きくくの字に折れ曲がる。

 そのまま身体が横へ吹き飛び、地面を転がった。


「ぐ……ッ」


 ラグナエルはすぐには立ち上がれなかった。

 槍を支えにして、片膝をつく。


 だが、ユウは追撃の手を緩めない。


「ぐっ……舐めるなッ!」


 苛立ち混じりの咆哮と共に、槍が薙ぎ払われる。

 だが、槍が届くより早く、ユウはさらに後方へ跳んでいた。槍の軌道は空を切り払うだけに終わる。


「はっ――!」


 ユウはそのまま踏み込み、下から拳を突き上げた。

 顎を捉えたその一撃に、ラグナエルの体が大きく仰け反る。


「――ッ、が……ッ!」


 衝撃に耐えきれず、ラグナエルの手から槍が離れた。

 足が地面から浮き、そのまま身体が宙へ持ち上げられる。受け身を取ることもできず、ラグナエルは地面へ叩きつけられた。


「ぬ……ぅ……」


 倒れたラグナエルは、すぐには動けなかった。

 やがて身体を起こし、ユウを見据える。その目には、隠しきれない驚きが浮かんでいた。


 地を蹴れば一瞬で距離を詰め、槍を振るっても、その動きを捉えきれない。

 雷の加護を持つ者さえ、遥かに上回るほどの速さだった。


 いかに魔力で身体を強化しようとも、これほどの動きに耐えられる人間などいないはずだ。


 それなのに、目の前の男は、その速度で平然と動き続けている。


(……やつの体は、どうなっている)


 以前から度々感じていた違和感が、ラグナエルの脳裏をよぎった。

 加護を持たぬはずの人間が、並の身体能力を明らかに上回っていたこと。


 そのことが、今発揮されている強大な力と奇妙なほどに噛み合っている。


 しかし、今はそれを確かめている場合ではない。


 一方、ユウもまた、この力を持て余していた。

 慣れない他人の体。力を抑えようとしても、どうやって抑えればいいのか分からない。

 この力が、いつまで続くのかも分からなかった。


(早く……終わらせないと)


 焦りが、少しずつ募っていく。


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