第16話 エピローグ
ラグナエルの姿が、夕暮れの空へと消えていった。
その姿が見えなくなると、ヴォルフガングはレオンハルトへ駆け寄った。
「閣下、ご無事で――」
言葉の途中で、ヴォルフガングの目が左右へ動く。
主の傍らにいるはずの男が、どこにも見当たらない。
「……ロイは?」
レオンハルトは問いかける老騎士を一瞥すらせず、無言のまま一つの場所へ歩いていく。
そこで膝をつき、地面に転がっていた一振りの剣を拾い上げた。
赤で統一された意匠に、色を失った火の精霊石が嵌め込まれた柄。それが誰のものかなど、見間違えるはずもない。
「――ッ!?」
ヴォルフガングの目が大きく見開かれる。
レオンハルトは何も言わない。ただ、その手に握られた剣が、答えを告げていた。
「……ロイ」
ヴォルフガングは目を伏せる。
俯いた顔からは、表情が窺えない。戦槌を握った手が小刻みに震えていた。
「――ヴォルフ!」
沈黙を破ったのは、フレデリカだった。
いつの間にか、レオンハルトの背後まで来ている。
「警戒を緩めないで。まだ敵が戻ってくるかもしれないわ。負傷者の手当てを急いで!」
腕を組みつつ、指示を飛ばす。
風に外套がたなびき、その向こうにいるレオンハルトの姿は、周囲からは窺えない。
一拍遅れて、ヴォルフガングが顔を上げた。
「――承知!」
すぐに生き残った兵たちへ声を張り、次々と指示を飛ばしていく。
その様子を見届けたフレデリカは、女性騎士に支えられているエリザベートへ目を向けた。
(――オルトリンデの……)
忘れるはずもない、弟の元婚約者だ。
なぜここにいるのか。その疑問は残ったが、今はそれを確かめている場合ではない。
「エリザベート様を馬車へ! そこの子たち、手を貸して!」
フレデリカの声に、女性騎士たちが頷く。
二人がかりでエリザベートを抱え上げ、慎重に馬車へと運んでいった。
慌ただしく人々が動き回る中、レオンハルトだけが、その場から動かなかった。
フレデリカは、弟の背中にそっと手を置く。
「……帰るわよ、レオン」
その声は、いつもよりずっと穏やかだった。
「あんたの帰りを待つ、あの館へ」
レオンハルトは、何も答えなかった。
しばらく立ち尽くしたあと、握りしめていたロイの剣を手に、静かに歩き出した。
*
夢を見ていた。
いや、それは夢というより、誰かの記憶だった。
――広い庭園。
まだ幼い少年が、同じくらいの背丈の少女と向き合っている。
風に揺れる銀糸の髪が、少年の目に映っていた。
『はじめまして。……エリザベート、です』
少年も、どこか緊張した声で名を返す。
まだ、何も知らない頃だった。
――季節が、幾度も移り変わる。
木剣を振る少年の姿がある。手のひらの皮が破れ、血が滲んでも、振るう手は止まらない。何度も、何度も木剣を振り下ろしていた。
――周囲から、子供たちの声が聞こえる。
「加護が発現した」
「すごい、これが僕の精霊かぁ」
誇らしげな笑顔が広がる中に、少年の姿はなかった。
――また、季節が移る。
苛立ちを隠せず、誰かに声を荒らげる少年。近づいてきた相手を、突き放すような言葉を浴びせる。
その頃には、少女の姿も少しずつ遠くなっていた。
話しかけることもなく、ただ離れた場所から少年を見つめている。
そして――
石造りの部屋。
分厚い壁に囲まれ、外からの光も届かない。部屋を覆う結界が、外の気配を遮っていた。
『……結果をお伝えします』
女性の声が響く。
その傍らには、険しい表情の父が立っていた。
白い外套に、深く被ったフード。その奥から、静かな声が続く。
『精霊の恩恵は……見られません』
短い言葉だった。
少年の顔から、表情が消えた。
何も言わず、ただ拳を握り締める。その指が掌へ食い込むほど、強く。
父の顔は見えなかった。
ただ、隣に立つ気配はしばらく動かなかった。
*
男爵家の館。
窓の外は、すでに日が落ちていた。
館のあちこちでは、慌ただしい足音が続いている。
セバスやメイドたちが、戦場から戻った者たちの対応に追われているのだろう。
その喧騒から切り離されたように、レオンハルトの私室だけが、深い静寂に包まれていた。
寝台の縁に腰掛けたまま、レオンハルトは手を組み俯いている。
壁際には、ロイの剣が立てかけられていた。
その姿勢のまま、どれほどの時間が過ぎただろうか。
『う……』
不意に、脳裏へ声が響いた。
『レオン、俺……』
レオンハルトは組んでいた手を解き、ゆっくりと顔を上げた。
「……戻ってきたか」
『あ、ああ……なんだか、ぼーっとする』
戸惑いを滲ませながらも、その声はいつものユウだった。
もはや聞きなれたその声音に、レオンハルトは無意識に肩の力を抜いていた。
『そ、そうだ。あれからどうなったんだ。俺、あいつに捕まって……』
「――やはり、貴様だったか」
『え……?』
「私の記憶では、地に伏せたところまでしか覚えていない。……気づけば傷が癒えていて、奴に首を掴まれていた」
『あ……そう、だったのか』
ユウは、自分が意識を失った後に、レオンハルトが目覚めたのだと理解した。
「貴様が気を失った後――私が、奴と刃を交えた。その最中に姉上たちが駆けつけて、あの男は撤退した」
『そう、なのか……援軍が、来てくれたんだな』
レオンハルトは壁際へ視線を向けた。
だが、すぐに視線を戻すと小さく息を吐き、腕を組む。
「貴様は……今までどうしていた」
『あ……えっと』
ユウは言葉を探すように、口ごもった。
『……夢を、見てた気がする』
「夢?」
『多分、レオンの……昔の記憶、だと思う』
レオンハルトの指が、組んだ腕の上でピクリと動いた。
『エリザベート……公女様との、出会いの時のこと。それと……あの精霊鑑定士に、無加護だって告げられた時のこと』
そこで、ユウの声が止まる。
『……ごめん。覗くつもりは無かったんだ。気づいたら、勝手に流れ込んできてて』
「……そうか」
『……怒って、ないのか?』
「なぜ、怒る必要がある……貴様が望んで見たわけでもあるまい」
それきり口は閉ざされた。
時計の針が時を刻む音だけが、静かな部屋に響いている。
『……なあ、レオン』
先に口を開いたのは、ユウだった。
『ロイさんの、こと』
「……何が言いたい」
『何がって……』
「奴は……」
レオンハルトの視線が、主を失った剣へ向く。
「己に課した『役目』を、果たしたまでのことだ」
淡々とした声だった。ロイの死を悼んだり、悲しむ言葉もない。
「私を守ると言って、それを果たして逝った。それだけの話だ」
『……それだけ、なのかよ。お前――』
「二度と……」
レオンハルトの言葉が、ユウの声を遮った。拳を僅かに握りしめる。
「誰にも、守られるつもりはない」
握った拳に、さらに力がこもった。
「この先、誰の犠牲も許さん。……誰かが私を守ろうとするのなら、私がそれを許さなければいいだけだ」
『……レオン』
ユウは、それ以上何も言わなかった。
壁際に立てかけられたロイの剣。その刀身に、レオンハルトの姿だけが映っていた。
*
男爵家の療養室。
治療中のカイルたちが今も病床に横たえられており、薬草の匂いが薄く漂っていた。
「……問題ありません。極度の緊張とショックで、気を失っているだけのようです。じきに、目を覚ますでしょう」
寝台に横たわるリゼットの脈を取りながら、エドガーが静かに告げる。
「……そう。よかった」
少し離れた場所でその報告を聞いていたエリザベートは、詰めていた息を吐いた。
公爵家の女性騎士による治癒を受け、外傷はすでに塞がっている。顔色こそまだ優れないが、自分の足で歩ける程度には回復していた。
療養室の奥。上体だけを起こせるまでに回復した男が、ヴォルフガングとフレデリカを相手に、重い口を開いていた。
「……皆様も、奴と戦ったのですね」
カイルの掠れた声に、隠しきれない怯えが滲む。
まだ、立ち上がることさえできない身体だ。
それでも、ひと月にも満たないうちに、こうして上体を起こせるまでに回復したのは奇跡に近い。エドガーの治癒と、絶え間ない看護があったからこそである。
その時、廊下から足音が近づいてきた。
「――失礼する」
戸口から、低い声が響く。一同の視線が、一斉にそちらへ向いた。
「閣下……」
「レオン、あんた……」
フレデリカとヴォルフガングの声に、戸惑いが混じる。
つい先刻まで、私室に籠もっていたはずだった。それが今、背筋を伸ばし、何事もなかったかのような足取りで歩いてくる。
「……もう、大丈夫なの?」
エリザベートが、真っ直ぐに問う。
「戦いの疲れが残っていただけです。もう問題ありません。皆の状況は、把握しておかねばならない。……私は、領主ですから」
淡々とした、気丈な声だった。
『レオン……無理、するなよ』
脳裏に、ユウの声が響く。
誰の耳にも届かない、レオンハルトだけに聞こえる気遣いだった。
レオンハルトはただ視線を巡らせ、カイルのもとへと歩み寄る。
「話の途中だったな。……構わん、続けろ」
「は……はい」
カイルは居住まいを正そうとし、痛みに顔を歪めた。
それでも、震える声で語り続ける。自分たちがどのように襲われたのか。黒装束の男がどれほどの力を持っていたのか。
「――手も足もでないまま、奴に一蹴されました。気が付いた時には、身体の自由を奪われて意識も朦朧になってて……ヴォルフガング副団長にも刃を向けたことも、覚えています」
あの日の記憶、そして恐怖は、まだカイルの中に生々しく残っていた。
骨も残さず焼き尽くす異様な蒼い炎。一方的に蹂躙され、存在ごと消滅させられた伯爵家の騎士たち。その話は、レオンハルトたちが遭遇したラグナエルの特徴とも一致していた。
「……間違いないだろう。私たちが遭遇した男と同じだ」
「……いったい何者でしょうか。頭の角、背に生えた黒い翼。一見魔物のようでしたが、あのような存在は聞いたこともありませぬ」
レオンハルトの言葉に、ヴォルフガングは顎髭をしごきながら、しばし考え込む。
『……レオン、前に話した「魔族」って言葉、覚えてるか?』
不意に、ユウの声が響いた。
『俺の世界の物語に出てくる魔族と、あいつの姿がそっくりなんだ。角と翼、灰紫の肌も……俺が知ってる魔族の特徴、そのものだった』
レオンハルトの眉が、ピクリと動く。
以前、ユウから聞いた「魔族」という言葉が脳裏を過った。異形の姿と知性を備え、魔物とは違う、人間の敵として語られる種族だという。
当時は、ただの異世界の物語に登場する存在だと思っていた。だが――。
「奴の正体などに興味はない」
レオンハルトは老騎士を横目に見て、淡々と答えた。
「重要なのは、何を目的としているのか、そして次に何を仕掛けてくるかだ」
ヴォルフガングはしばしレオンハルトを見つめ、それから小さく頷く。
「……奴は自らを『愚かな神に代わり、人間を断罪する者』と称していた。魔物だけでなく、人間まで操っていたのも、その目的と無関係ではないだろう」
ヴォルフガングへ向けていたレオンハルトの視線が、操られていたカイルへ移る。
「そして、もう一つ重要な点は、奴が『我ら』と言っていたことだ」
「……『我ら』? そう言っていたの?」
フレデリカは、その言葉を確かめるように聞き返した。
「はい。あの男と同じ目的を持つ者が、他にもいると考えるべきでしょう」
ラグナエルが何者なのか、その全貌はまだ見えていない。
だが、少なくとも一人で動いているわけではないことだけは確かだった。目的を同じくする者たち、あるいは、それを束ねる組織が背後にいるとみるべきだろう。
そして、魔物や人間を操る行為を繰り返していることも気にかかる。組織の規模はともかくとして、それ以上の戦力を必要としている可能性は高い。
一通りの確認を終え、レオンハルトが踵を返した、その時だった。
「エリザベート様、お部屋の準備が整いました。どうぞこちらへ」
セバスが戸口に立ち、エリザベートに呼びかけた。
公爵令嬢である彼女を、一般兵と同じ大部屋で休ませるわけにはいかない。安静のための別室が整い、ちょうど案内に来たところだった。
エリザベートはセバスに礼を述べ、レオンハルトへ向き直った。
「アルヴェイン卿」
「……何か」
「後ほど、私の部屋へ寄っていただけますか」
短い言葉だったが、有無を言わせぬ響きがある。レオンハルトは僅かに目を細めると、静かに頷いた。
*
その頃――。
地下深く、光の届かない石造りの広間。
円卓を囲む椅子の一つは、今、空いたままだった。手当てを受けているラグナエルの姿は、そこにない。残る三人だけが、円卓を囲んでいた。
「……まさか、ラグナエルがあそこまで重傷を負うなんてね」
暗がりの中から、女の艶やかな声が響く。
「へっ、ざまぁねえな。たかが人間にやられるなんざ、恥さらしもいいところだぜ」
対面に座る、体格のいい男が、鼻で笑った。
「彼、なんで単身で突っ込んだのかしら。紋石も、まるで使っていなかったそうだし」
女は眉を寄せ、理解できないとばかりに首を傾げる。
「所詮、その程度ってことよ。最初から、俺に任せておけば良かったんだ」
男は腕を組み、椅子の背に深く身を預けた。
その口元には、嘲るような笑みが浮かんでいる。
「バルヴァルグ、そこまでにしておけ」
ややしゃがれた声が、その口を止めた。上座に座る人物だった。
「ラグナエルの報告では――相手は、白き光を纏っていたという」
上座の人物は、その顎にある白い髭を撫でつける。
「……やはり、神の使徒以外には考えられぬ」
「愚神の犬、ってこと?」
女は眉を寄せ、懸念を滲ませた声で尋ねた。
「ラグナエル、まさかそれに影響されたんじゃないでしょうね。今更、心変わりなんて――」
「案ずるな、ザフィーネよ」
上座の人物は、静かに遮った。
「あの者の忠義は、疑うまでもない。……だが、しばらくは頭を冷やす必要はあるだろう」
「なら、遠慮はいらねえな」
バルヴァルグが、身を乗り出す。
「神の使徒なんざ、俺が片付けてきてやるよ」
「――やめい」
上座の人物が片手を上げる。短く、鋭い制止だった。
「今は様子を見る。計画は、すでに最終段階に入っている。神の使徒が現れたところで、もはや何もできまい」
上座の人物は、静かに続けた。
「聞けば、辺境の一領主だという。相手はたった一人。放っておけばよい。下手に突けば、逆効果だ」
「最終段階、か――ようやく、その時が来たってことか」
バルヴァルグが両の拳を打ち合わせ、その場で立ち上がった。
その声は、先ほどまでよりも明らかに弾んでいる。
「約束通り、先陣は切らせてもらうぜ。……やっと、念願が叶うってもんだ」
「よかろう」
上座の人物が、静かに頷く気配がした。
「好きにするがいい。……お主の想い人は、王の城の地下にいるはずだ」
石造りの広間に、再び静寂が満ちた。人間の知らぬ深い闇の底で、次なる影が、確かに動き出そうとしていた。
*
エリザベートにあてがわれた部屋。
寝台にはエリザベートが横たわり、その傍らでは、水の加護を持つ女性騎士が治癒魔法を施していた。公爵家の侍女も、少し離れた場所で控えている。
そこへ、扉を叩く音が響いた。
「……アルヴェイン男爵、レオンハルトです。エリザベート様、お伺いしても?」
「ええ、入ってちょうだい」
そう答えると同時に、エリザベートは傍らの者たちへ短く手を振る。
「……二人とも、席を外しなさい。少し彼と二人で話がしたいの」
「ですが、お手当てが――」
「もう、大丈夫よ。下がっていて」
侍女と女性騎士は少し躊躇いを見せたものの、主の意志を汲み、一礼して部屋を後にした。
すれ違いざまに扉が閉じられ、部屋には二人だけが残される。
レオンハルトは寝台の数歩手前で足を止め、頭を下げた。
「お怪我の具合はいかがですか」
「……立ち話をするつもりはないわ。あなたに、聞きたいことがあります」
エリザベートは上体を起こすと、まっすぐにレオンハルトを見据えた。
「……何でしょうか」
「単刀直入に言います。あの戦場で見せた、あの純白の光……あれは一体何なのですか?」
レオンハルトは己に対する視線を受け止めたまま、表情一つ変えず、静かに息を吐いた。
「……何のことでしょうか。私はただ、無我夢中で敵と刃を交えていただけですが」
「とぼけないで」
エリザベートの声に、強い響きが籠もる。
「あなたが負ったのは、ほぼ致命傷だったはずです。それが一瞬で塞がったのを、私はこの目で見ました。それに……あの人並み外れた速度と圧倒的な力。加護を持たぬ人間に、あのような芸当ができるはずがありません」
レオンハルトは答えなかった。ただ、視線を逸らすことなく、黙ってエリザベートの言葉を聞いている。
「アルヴェイン卿……いえ、レオン」
エリザベートは呼び方を変え、ふっと目を伏せた。
「すでに察しているとは思うけれど……私はお父様から、あなたの監視、そして挙動の報告を命じられているわ」
「……公爵閣下から、ですか」
「ええ。あなたの『無加護』が本当かどうか、そしてアルヴェイン家、ひいてはヴァルシュタイン伯に不審な動きがないか。私はそのために、この地に遣わされたようなものよ。……私以外の目撃者もいる以上、あの光の件がお父様の耳に入るのは、遅かれ早かれ時間の問題だわ」
エリザベートは再び顔を上げ、レオンハルトの瞳を射抜くように見据えた。
「私を突っぱねることもできるでしょう。けれど、このままでは私は、お父様に見たままを報告せざるを得ないわ。……だからこそ、教えてほしいの。あなたの中に、一体何が起きているのかを」
部屋を重い静寂が支配する。
レオンハルトは深く目を閉じ、思考を巡らせた。
(……やはり、この話か)
エリザベートに呼ばれた時点で、こうなることは予想していた。
真実を話したところで、正気を疑われるだけだろう。異界から来た魂が、この身に宿っている——そんな話を、誰が信じるというのか。
自身ですら、最初はまったく信じようとしなかったのだ。最悪の場合、悪霊憑き、あるいは異端として断じられ、自分はおろか家中すべてが処罰される危険すら考えられる。
ロイに話したのは、彼がレオンハルト個人に仕える騎士だったからだ。
かといって、何も語らなければ、公爵家に警戒されることになるだろう。ならば、語るべきは真実そのものではなく、彼女が受け止められる形をした、その一部だけでいい。
『……レオン、どうする』
脳裏に、ユウの心配そうな声が響く。
レオンハルトは目を開き、迷いのない声で語り始めた。
「……私自身にも、その全貌は分かっていません」
「……どういうこと?」
「幼い頃、鑑定の儀で『無加護』と告げられたのは紛れもない事実です。ですが、つい一月前より、私の脳裏に不思議な声が聞こえるようになった」
レオンハルトは言葉を選びながら、慎重に紡ぐ。
「それが何なのか、私にも確かな説明はできません。ただ……私の中には未知の『光の精霊』のような存在が宿っている……そう捉えるのが、今のところ唯一の解です」
「光の、精霊……?」
エリザベートの瞳が揺れた。
「この精霊は今も私に語り掛けております。私の言葉も理解し、会話すら成立する。……少なくとも、悪霊ではないと考えています。あの清浄な光を見れば、それは分かるでしょう」
「そんな……精霊が言葉を発するなんて、聞いたことがないわ」
「私もです。だが、事実としてあの光は現れ、私の傷を塞ぎ、力を与えてくれた」
レオンハルトは一歩踏み込み、エリザベートを見つめ返した。
「隠すつもりはありませんでした。だが、自分でも制御しきれぬ力を、安易に言いふらすわけにはいかなかった……それだけです」
エリザベートはレオンハルトの言葉を確かめるように、じっと彼の顔を見つめ続けた。
嘘をついている風でもない。だが、全てをさらけ出しているわけでもない――そんな雰囲気が、レオンハルトの言葉にはあった。
『光の精霊、か。……ロイさんが、最初にそう言ってくれたんだよな』
脳裏で、ユウがそう呟く。その言葉に、一瞬だけレオンハルトの目が細められた。
「……そう」
やがて、エリザベートは小さく息を吐き、緊張を解く。
「後天的に覚醒した、未知の光の精霊……。お父様への報告は、そう記すことにするわ」
「エリザベート様……?」
「『無加護』ではなく、誰も知らなかった古代の精霊の力を秘めた存在……そう報告すれば、お父様の出方も変わるはずよ」
「……性急に切り捨てず、まずは利を見極めようとする、ということですか」
即座に返した言葉に、エリザベートが僅かに目を見開いた。
「……ええ、その通りよ」
「正体の知れない力を、まだ確証もないまま切り捨てるほど、お父様は短慮な方ではないわ」
「まずは監視下に置き、取り込めるかどうかを測る……つまり、時間を稼げる、ということですね」
「話が早くて助かるわ」
エリザベートは、小さく息を吐いた。
「あなたの言う通り、これは時間稼ぎ。永遠に、というわけではないわ。お父様が“利がない”と見限れば、その時はまた話が別よ」
「……分かっています。いずれは、オルトリンデ公から直接説明を求められることになるでしょう」
「――あなたがお父様に話す時は、私からも口添えするわ。あなたが敵ではないと、私が保証する」
「……感謝いたします」
「お礼には及ばないわ。ただ……」
エリザベートの表情が、僅かに柔らかくなった。
「その力、どうか大切にしなさい。そして……私にも、隠し事は少しずつ減らしていってね」
「……善処します」
レオンハルトの素っ気ない返答に、エリザベートは僅かに微笑んだ。
苦笑にも似た、けれどどこか寂しさの滲む表情だった。
何がそう感じさせるのか、彼女自身にもうまく説明できない。ただ、差し出した手を、やんわりとかわされたような――そんな感覚だけが、胸の奥に残っていた。
これにて、二章は完結となります。
三章については現在半分ほど書き終わっている状況です。
現在執筆中ですが、少しお時間をいただくことになりそうです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、作品の評価や感想を頂けると、大変励みになります。




