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【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
一章

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第3話 領地襲撃

 厚手の軍服に腕を通し、レオンハルトは手早く身支度を整えていく。


『お、おい……! 本気かよ。まさか、お前自身が戦場に出るのか!?』


 狼狽したユウの声を、表情を変えずに聞き流した。


「当たり前だ。これが私の『役目』だ」


『はぁ!? 正気かよ、お前まだ子供だろ! 領兵に任せとけよ。……だいたい、その』


 急に言葉が濁った。言うべきか迷っている様子だったが、やがて抑えきれなくなったように続ける。


『……お前、親はどうしたんだ。こういう時、普通は……領主である父親が対処するものだろ?』


 留め具にかけていた手が、僅かに止まった。しかしそれも一瞬のことで、テキパキと身支度を整えていく。


「……父上はここにはいない」


『え?』


 返答まで、わずかな間があった。

 レオンハルトは一度目を伏せる。それから顔を上げた時には、すでにいつもの落ち着きを取り戻していた。


「それに私はもう十六だ。この国ではとうに成人している」


『十六……って、まだ高校生――』


「ここは私の土地であり、私が守るべきもの」


 ユウの言葉を遮り、剣帯を締め直した。背に掛けた剣の柄を、確かめるように強く握りしめる。


「――私が領主だ」


 その一言に、ユウは何も言い返せなかった。


『……う、嘘だろ。こいつ、ただの生意気な貴族の坊っちゃんだと思ってたのに。……その年で領主、だったのか』


 返事はしなかった。ただ、小さく鼻を鳴らす。


「話は終わりだ。今、貴様と問答をしている時間はない。魔物が領内に踏み込む前に駆逐する」


 そう言い残し、レオンハルトは私室を出た。廊下の先、執事のセバスが影のように寄り添ってくる。


「兵たちは?」


「は。ヴォルフガング様の号令の下、既に中庭へ整列しております」


 館を出て石畳の広場へ降りる。

 そこには三十名ほどの兵士が集まり、馬を並べていた。簡素な革鎧を身につけ、各々が出陣の準備を終えている。


 そこへ、重厚な鎧の音を響かせ、一人の大男が歩み出た。

 灰色の髪、そして右頬に深く刻まれた古傷。歴戦の勇士を思わせるその男は、主君の姿を認めると拳を胸に当て、深く一礼する。


「準備は整っておりますぞ、閣下」


 老騎士の手には、身の丈に迫るほどの戦槌が握られていた。


「ヴォルフ、戦況は?」


 レオンハルトに問われ、騎士団長――ヴォルフガング・バルクホルンは顔を上げた。


「北の森奥より進軍中の魔物は、二百を超えると見ております。主力はオークとゴブリンの混成。加えて――」


 ヴォルフガングが一度言葉を切る。その目は主を真っ直ぐに見つめていた。


「ハイオークなどの上位種が数体。そして、厄介なことに魔猪《デモンボア》も一体確認されております。現在は森の手前にある砦で食い止めておりますが……」


「デ、デモンボアですと!?」


 セバスの声が上擦った。目を見開き、思わず胸元へ手を当てる。


「あれは我が男爵家の兵だけでは、到底太刀打ちできる相手ではありません! しかも二百を超える魔物……これはもう襲撃ではなく、侵略です! レオンハルト様、どうか御父君――伯爵様へ救援を!」


 レオンハルトは手を上げ、セバスの言葉を止めた。


「不要だ」


「……は?」


『な、なんでだよ!? セバスさんの言う通りじゃないか!』


 セバスが呆気に取られるのを見て、ユウが抗議の声を上げる。だが、レオンハルトは答えない。そのまま、ゆっくりと息を吐いた。


「セバス、忘れたわけではあるまい」


「一年前、私がこの地へ赴任したばかりの頃だ。隣領のヤーガー子爵が、この領へ狂暴な魔獣を『偶然を装って』誘導したことを」


「それは……確かにございました」


 セバスは一瞬視線を泳がせ、それから慎重に言葉を選んだ。


「あの時はヴォルフガング様の武勇と、レオンハルト様の策によって魔物の群れを壊滅させました。ですが、今回は規模が違います」


 レオンハルトは首を横に振った。


「規模だけではない。今回の襲撃……オークにゴブリン、ハイオーク。それにデモンボアだと? 奴らの習性は違う。本来なら同じ群れを作るはずがない。なぜこれほどの種が混在し、統率されているのだ?」


『そ、そりゃあ……偶然じゃないのか? たまたま同じ場所に集まって、そのまま一緒に来たとかさ』


 ユウの言葉を聞き流し、鋭い眼差しがセバスを射抜く。


「これは偶然ではない。何者かが魔物を誘導している。しかも、これだけの数をまとめて動かせるだけの力を持っている」


「……魔物を、操っていると?」


 信じられないという表情を浮かべながらも、セバスは言葉を返せなかった。


「そう考えるべきだ」


 レオンハルトは言い切った。兵たちの間にもざわめきが広がる。

「まさか……」「どうやって……」と口々にしながらも、否定の言葉は出てこなかった。これほど異なる魔物が集まり、統率されている理由を、他に思いつけなかったからだ。


 ヴォルフガングが顎髭に手をやり、口を開く。


「そうおっしゃると思っておりました。このような雑多な群れが、自然に集まったとは考えにくいですからな」


「ということは、今回も……?」


 セバスの問いかけに、レオンハルトが答えようとした、その時だった。


「ま~た、ヤーガー子爵の『悪戯』ですかねぇ。だとしたら、今度は随分と派手にやってくれたもんです」


 兵たちの列から、軽い声が飛んできた。

 赤髪を短く刈り上げた男が歩み出る。副団長のロイだった。


「種族を越えて仲良く行軍とは。魔物同士で宴会でも始めるつもりですかね」


『なんだ、この人……。騎士なのに、ずいぶん軽いな』


 ユウの声が頭の中に響いた。騎士というものを、もっと真面目で堅苦しいものだとイメージしていたのだろう。


「……ロイ、口が過ぎるぞ。公の場だ」


 傍らにいたヴォルフガングが窘めると、ロイは「おっと、失礼」と肩をすくめた。

 レオンハルトはそれ以上何も言わず、集まった兵たちへ視線を向けた。


「そうだ。この群れは自然に生じたものではない。誰かの意図が働いているのは間違いない」


 視線を魔物が迫る北へ向ける。その奥に潜む何者かへ意識を向けながら、レオンハルトは続けた。


「だが、正体を探るのは後だ。今考えるべきは、この軍勢をどう退けるか。それだけだ」


 これまでにも、似たような襲撃は何度か起きている。

 隣領で大規模な狩猟が行われた直後、追い立てられた魔獣がアルヴェイン領へ流れ込んだことがあった。別の時には、狂暴な魔獣が探索者によって刺激され、村の近くまで誘導されている。


 どの事件にも、「管理の不手際」や「不幸な事故」という理由が用意されていた。


 証拠は残されていない。それでも、一度や二度ではない。自身を失脚させたい者がいることは、すでに分かっていた。


(……ここで援軍を求めれば、『領地一つ守れぬ無能』と見なされる。私を排除しようとしている連中に、口実を与えることになる)


 そう考えながら、レオンハルトはヴォルフガングへ視線を移した。


「ヴォルフ。お前の見立てを聞きたい。救援を呼ばず、我らだけでこの軍勢を叩く。その勝算はあるか?」


 ヴォルフガングはやや視線を下げ、顎髭を一撫する。長年の戦場経験をもとに、敵の数とこちらの戦力を静かに秤にかけているようだった。


「は。正直に申し上げれば、厳しいと言わざるを得ません」


 考えがまとまったのか、老騎士は顔を上げて言葉を続ける。


「デモンボア一体だけでも、屈強な騎士を何人も差し向けるべき脅威。それに加えて二百を超える魔物です。対する我らは、砦の守兵を含めても六十名ほど。正面から迎え撃てば、全滅も覚悟せねばなりません」


「だろうな……だが、それは正面から当たればの話だ」


 ヴォルフガングの言葉に頷きながらも、表情を少しだけ緩める。


「お前が厳しいと判断した戦況を、私の策で覆す。この二百を――デモンボアごと葬る」


 セバスが耳を疑ったように顔をしかめた。


「な、なんと……まことですか!?」


 驚く執事をよそに、ヴォルフガングはすぐには答えなかった。僅かに瞑目し、レオンハルトを見る。


「……承知いたしました。まともに戦えば勝ち目がない。ならば、戦い方を変えるまでのこと。閣下には、すでに策がおありなのでしょう」


「当然だ」


「では、お聞かせください。我らがいかにして、この二百を仕留めるべきかを」


 レオンハルトの口角が上がった。


「まず第一に、奴らの進軍路を狭める」


 人差し指を立てる。


「森の手前はひらけている。だが、奥へ進めば崖に囲まれた谷がある。そこへ誘い込む。数の優位は、動ける場所があってこそ意味を持つ。この人数で迎え撃つなら、戦場そのものをこちらで選ぶ」


 続いて二本目の指を立てた。


「第二に、炎と煙だ。ゴブリンは火を恐れる。オークも優れた嗅覚ゆえに、煙には弱い。湿地に油を撒き、倒木を積んでおく。奴らが谷へ入ったところで火を放つ」


 レオンハルトは淡々と続けた。そこへセバスが物憂げな顔で伺う。


「……炎で森を焼き払うおつもりですか?」


「焼き払うわけではない。燃やす場所は選ぶ。この森は木材をはじめとする貴重な資源だ。無駄に焼くつもりはない」


 レオンハルトはそう答えると、三本目の指を立てた。


「第三に――デモンボアだ」


 レオンハルトは北の方角へ目を向ける。


「奴は巨体ゆえ、下手に突進すれば敵味方関係なく巻き込む。だから必ず前へ出るはずだ」


 そこで一度言葉を切り、ヴォルフガングとロイへ視線を戻す。


「ならば、それを利用する」


 ロイは腕を組み、少し考えるようにレオンハルトを見た。


「……先頭に出てきたところを狙う、と?」


「そういうことだ。奴を止める手段は、すでに考えてある」


 レオンハルトは頷いた。北の森とその奥にある谷、その一連の地形を頭の中で思い描く。すでに策は固まっていた。


「……止める、ですか?」


 ロイは腕を組んだまま、首を傾げた。


「そうだ。谷に杭を打ち、そこへ鎖を渡しておく」


「鎖って……あのデモンボアを? 理屈は分かりますが、レオン様。あいつ、並の鎖じゃ引きちぎって突っ込んできますよ? 文字通り、止まらない怪物ですからね」


 冗談めかした口調ではあったが、ロイの目は笑っていなかった。


『デモンボアって、そんなにヤバい奴なのか? ……それ、トラックが突っ込んでくるようなもんじゃないか』


 その声に、どこか引っかかるものがあった。

 ユウはまだ見ぬ魔獣を想像している。だが、トラックという言葉を口にした瞬間だけ、その声から妙な緊張が滲んでいた。


「無論、鎖だけで止まるとは考えていない」


 ロイを見据えたまま、静かに続ける。


「動きを一瞬でも鈍らせ、隙を晒させれば十分だ。その一手を必殺の機に変えられるかどうかは――ヴォルフ、二手目となるお前の技にかかっている」


 視線が、沈黙を守っていた老騎士へと向く。

 ヴォルフガングが戦槌を握り直し、静かに頷いた。


「……はっ、このヴォルフガング・バルクホルン。必ずやその役目を果たしましょう」


 その言葉を聞いた兵たちの間に、しばし沈黙が流れた。

 やがて、隊列の端から小さな声が漏れ聞こえてくる。


「……先輩、本当に大丈夫なんですか。相手はあのデモンボアですよ。それに、あの領主様……噂じゃ『あれ』だって話だし、俺たち、無駄死にするんじゃ……」


 声の主は、入団したばかりの新兵だった。

 槍を握る手に力が入り、隣の古参兵へ不安を打ち明けている。


「――おい、全部聞こえてるぞ、新入り」


「ひッ!」


 新兵の肩が跳ねた。振り返った先に、ロイが立っている。兜の上に手を置かれ、新兵は慌てて背筋を伸ばした。


「ふ、副団長! 申し訳ありません!」


「いいってことよ、ビビって当然だ。……あのデカブツを前にして震えねぇ奴なんざ、ただの馬鹿か、自殺志願者だけだ」


 ロイは気さくに笑いながら、レオンハルトへ目を向ける。


「だがな、勘違いすんなよ。あの方の戦術眼は本物だ。それに――」


 声を落として、新兵へ顔を寄せる。


「剣の腕も、俺が逆立ちしたって勝てねぇレベルだ」


「えッ!? ロイ様よりも……ですか!?」


 新兵が目を見開いた。火の加護を持ち、騎士団でも突出した剣技を誇るロイが、そこまで言い切るとは思っていなかったのだろう。


「そうだ」


 ロイは新兵の背を軽く叩いた。


「だから俺たちは、余計なことを考えず、あの方を支える。期待してるぜ、新入り。……いや、ロバート」


「え……?」


 突然名前を呼ばれ、ロバートは戸惑った。ロイは、その背に負った長弓へ目を向ける。


「入団試験の弓術審査じゃ、抜群の成績だったろ。俺たちの背中、頼んだぞ」


「……は、はいッ!」


 ロバートは力強く頷く。

 その時、レオンハルトが兵たちの前へ進み出た。


「全員、聞け!」


 声が、広場に響き渡った。

 ざわめきが止み、三十騎余りの兵が、一斉に前を向く。


「これは領地を守るための戦いだ。だが、奴らを追い払うだけでは終わらせん。ここで殲滅する」


 レオンハルトは一人ずつ確かめるように兵たちを見渡す。


「奴らは数に頼っている。だが、こちらには地の利がある。湿地、炎、そして峡谷。すべて利用する」


 背中の剣の柄に手をかけて、一気に引き抜いた。朝の光を受け、青白い刃が輝く。


「指示に従え。そうすれば勝てる。生き残りたい者は、私に続け!」


 その声とともに、剣を高く掲げる。


「――応!」


 三十騎余りの兵たちが、一斉に声を上げた。その声に応じ、ヴォルフガングが膝をつき、拳を胸に当てる。


「御意。我ら騎士団、全力をもって閣下の盾となり剣となりまする」


 セバスも深く頭を下げた。


「承知いたしました。ご武運をお祈りいたします……!」


 レオンハルトは短く頷いた。そのまま踵を返す。


「出陣だ」


 その号令を受け、館の正門が開かれる。

 三十騎余りの兵が馬を進め、蹄の音が石畳へ響き始めた。先頭を行くレオンハルトの背を、兵たちが追う。


 朝の光を受けた金髪が流れる。レオンハルトの眼はまっすぐ北へ向けられていた。


『……こいつ、本当に“子供”なのかよ……』


 ユウは、しばらく言葉を失っていた。



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