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【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
二章

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第5話 発覚

 模擬戦の決着から一夜が明けた早朝。

 オルトリンデ公爵家に一泊した一行が旅支度を整える中、エリザベートは、父に呼び出されていた。


 城の奥に位置するハインリヒの執務室。

 ハインリヒは机に向かったまま、護衛の騎士や従者をすべて部屋から下がらせた。扉が閉まる音を確認し、部屋の中央に立つ娘へ視線を向ける。


「昨日のことは聞いたぞ。……レオンハルトを、どう見た」


 静かな問いかけだった。エリザベートは即答を避け、慎重に言葉を選ぶ。


「……無加護とは思えぬ剣筋でした」


「剣筋のことはもうよい。……他に変わったことは?」


 エリザベートの脳裏に、昨日の光景が過ぎった。

 誰もいない虚空に向けて、レオンハルトが苛立たしげに言葉を投げていたこと。彼女の目には、それが異様な様子として焼き付いていた。


 一拍置いて、彼女は言葉を選ぶように口を開く。


「……試合の最中、独り言を漏らしていました」


「独り言、か」


「ええ。まるで、誰かに言い返すかのように」


 エリザベートは、やや下を向いて答えた。


 ハインリヒは顎に手をやり、しばらく黙り込む。

 何を考えているのか、その表情からは読み取れない。

 やがて、ハインリヒはエリザベートへ視線を戻し、彼女の役割を告げた。


「――よいな。道中、新しい事実が分かれば、漏らさず報告をするように」


 エリザベートの表情に、一瞬だけ影が差した。彼女は迷いを振り払うように、深く頭を垂れる。


「……承知しました」



 *



 朝の冷気が残る城門前に、旅装を整えた一行が集まっていた。


 レオンハルト、ロイ、リゼットの三人に、公爵家の外套を羽織ったエリザベートが加わる。

 男爵領からの護衛兵十名に、公爵家からも公女付きの侍女二名と女性騎士が十名配属された。今日から王都へ至るまでの間、この体制での旅となる。


「あ、あの……。エリザベート公女様、この度はよろしくお願いいたします……」


 いつもは快活なリゼットが、小さく縮こまりながら頭を下げた。


「ご用命があれば、なんなりとお申し付けください」


 隣のロイも、いつもの軽口を封印し、ひどく畏まった態度をとっている。


『まあ、普通そうなるよな』


 ユウも目の前の状況に納得するしかない。

 無理もないことだ。リゼットはやや立場が異なるとはいえ、辺境の男爵家と、公爵家の令嬢。貴族社会において、両者の間には本来であれば直接言葉を交わすことすら憚られるほどの身分の壁がある。


「ええ……よろしくね」


 二人が一歩引いた態度を取ってしまうその空気に、エリザベート自身もどこか居心地の悪さを感じていた。


「……揃ったな。行くぞ」


 ただ一人、レオンハルトだけが普段と変わらない声で指示を出す。

 手綱を引き、ロイが先頭を切って歩き出した。それに続くようにして、一行はオルトリンデ公爵領を後にした。



 * 



 一行は公爵家の居城を後にし、王都への道を進み始めた。


 公爵家の女性騎士らは左右後方に配置され、周囲を油断なく警戒している。

 エリザベートはリゼットが乗る馬車の後ろにつき、少し離れた位置から馬を進めながら、前を往く彼らを静かに観察していた。


「いやぁ、それにしても公爵様から路銀を頂けたのは本当に助かりましたよ」


 ロイの快活な声が聞こえた。後ろを振り返り、リゼットが乗る馬車をチラリと見る。


「このままじゃ、食費のせいで王都に着く前に野宿になるかと思ってましたからね」


「もーっ、ロイさん! だからあれは、長旅の疲れが出ただけで、いつもあんなに食べるわけじゃないですってば!」


 馬車の幌の隙間から顔を出し、リゼットが必死に抗議し始める。


「……冗談でしょう? 朝も俺の三倍はパンを食べていたじゃないですか」


「それは……っ、育ち盛りだからです!」


『いや、「育ち盛り」で済ませる量じゃないだろ……』


 ロイが素で驚き、リゼットが悪びれもせず言い返す。ユウがそれを聞いて、レオンハルトの中からツッコミを入れた。


「貴様ら、その辺りにしておけ。男爵家の品性が疑われる」


 レオンハルトははしゃぐ従者らを見かねて、声を一段低くして注意した。


 前方から、明るい声が風に乗って聞こえてくる。

 軽口を叩いてからかうロイと、頬を膨らませて抗議するリゼット。その掛け合いに、レオンハルトが時折、短く言葉を挟む。

 呆れたような仕草ではあったが、その横顔には、かつての刺々しさがなかった。ほんの僅かに、表情が緩んでいる。


(少し、変わった……? 以前の彼とは、少し違う)


 エリザベートは手綱を握る手に微かに力を込めた。

 彼女の記憶の中にあるかつての婚約者は、常に無加護であることの焦りに駆られ、張り詰めていた。

 自らの力を証明することに囚われ、周囲を拒絶するような空気を纏っていたはずだ。

 あのように、身分も生い立ちも違う者たちと自然に言葉を交わす。かつての彼に、そんな一面はなかった。


 ――道中、新しい事実が分かれば、漏らさず報告をするように


 不意に、父の言葉が脳裏を過る。

 今しがた見た光景も、『新しい事実』として父の耳へ入れるべきなのだろうか。

 エリザベートは、一瞬だけ迷いを覚えた。だが、それを振り払うように、彼女は視線を前へ戻した。



 *



 日が傾き始めた頃、一行は街道沿いの小さな町へと入った。

 これといって特徴もない、石造りの家々が並ぶ町だ。だが隊列が門をくぐると同時に、恰幅の良い初老の男が、すでに館の前へと出て一行を出迎えた。


「オルトリンデ公爵家より、早馬にて先触れをいただいております。長旅、お疲れ様でございました」


 町長は深々と一礼すると、慣れた所作で一行を屋敷内へと案内し始める。公爵家からの根回しが、隅々まで行き渡っていたのだろう。


「公女様には、離れの一室をご用意いたしました。当家でも最も静かで、格式のある部屋にございます」


「……世話をかけますね」


 エリザベートは短く応じ、控えていた侍女と共にそちらへと向かった。


「男爵様には、通常の客間よりいくらか広めのお部屋を。公爵家よりお預かりした御方を、粗末にお通しするわけには参りませんゆえ」


「構わない。ありがたく使わせていただく」


 レオンハルトは短く答えた。公爵家の顔もあるため、必要以上に恐縮することもない。


「公爵家のお触れ一つで、こうも段取りが行き届くとは。さすがですね」


 傍らでロイが感心したように呟いた。


「クロムウェル殿には、こちらの個室を。ヴァルシュタイン伯爵家の紋章をお持ちとのことでしたので」


「あ、ありがとうございます!」


 リゼットが弾んだ声で頭を下げた拍子に、抱えていた書類の山がガサリと崩れる。彼女は慌ててそれを押さえ直した。


 残る護衛の兵たちと女性騎士たちは、男女に分かれた相部屋へと通されていく。手際の良い割り振りに、不満を漏らす者は誰もいなかった。



 *



 夜も更け、館の中は静まり返っていた。


 あてがわれた客室で、レオンハルトは椅子に深く腰を下ろしていた。

 公爵との謁見、エリザベートとの模擬戦における心労を癒すかのように、体を休めている。


「貴様に、聞いておきたいことがある」


 沈黙を破り、レオンハルトが唐突に口を開いた。


『なんだよ、改まって』


「……貴様が、異なる世界から来た者だということは理解した」


 視線の先に誰の姿もない。それを確認した上での言葉だった。


「だが、貴様の話を聞く限り、確固たる目的があって、私の中にいるとは思えない。流されるまま、成り行きでここにいるように感じられる」


 レオンハルトは腕を組み、鋭い問いを投げかける。


「結局のところ、貴様はこの世界で何がしたいのだ。貴様自身の心づもりを教えろ」


 厳しい口調だったが、そこに以前のような明確な敵意はない。共に死地を乗り越えた相手に対する、純粋な確認だった。


『え、ええと――』


 ユウは返す言葉を探す。

 確かに、自分は明確な意思を持ってこの世界に来たわけではない。地球で命を落とし、女神によって転生させられた。世界を救ってくれとは言われたが、それとて自分が望んだことではない。


 流されるまま、ここまで来た。自分でも、薄々気づいていたことだった。


 気づけばレオンハルトの中にいて、目の前の危機を乗り越えることだけで精一杯だった。改めて問われ、ユウは自分自身の本音と向き合う。


『……可能なら』


 やがて、ぽつりと声が漏れた。


『可能なら、元の世界に戻りたい』


 飾らない、素直な言葉だった。


『世界を救うとか、そういう高尚なことは、自分には似合わない』


 女神に対してのものなのか。ユウの声からは、どこか申し訳なさが感じられた。


『……レオンには悪いと思ってる。頭の中に別の人間がいるなんて、俺だったら耐えられない』


 ユウはそこで一拍置いた。


『元の世界に戻れる方法があるのかさえ分からない。……でも、戻る方法が分かるまでは、力を貸してほしい』


「……」


『まあ、一度死んでいる身だから、生き返れる保証もないんだけど』


 自虐のようにも聞こえるその言葉を、レオンハルトは静かに聞いていた。

 呆れることも、突き放すこともしない。ただ、一つだけ大きなため息をつく。


「……貴様と一緒だと、私生活も何もあったものではないからな」


 レオンハルトは椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぎ見た。


「言われるまでもない。貴様を体から追い出す方法は、私が必ず探し当ててやる」


『……ああ、よろしく頼む』


 レオンハルトなりの不器用な承諾に、ユウは脳内で小さく苦笑した。


 コン、コン。


 その時、控えめなノックの音が部屋に響いた。


「レオン様。少しお話があります」


 扉越しに聞こえたのは、ロイの声だった。

 レオンハルトが「入れ」と応じると、扉が開く。ロイはいつもの飄々とした足取りで部屋に入って来た。そこで一礼すると、現在までの状況を報告していく。


「――夜番の割り振りも終わりました。こちらの十名と、公爵家の女性騎士殿たちとで、交代制に組んでおきました。明日の道も、今のところ予定通りで問題なさそうです」


「……分かった。ご苦労だった」


 短く応じるレオンハルトに、ロイは軽く頷いてみせる。

 だが、部屋を辞する様子はなく、そのまま扉の近くの壁に背を預けた。


「いやぁ、しかし今回の旅は骨が折れますね」


 ロイは大袈裟に肩をすくめる。


「リゼット殿を抑えるだけでも頭が痛いのに、まさか公女様まで加わるとは……。胃に穴が開きそうですよ」


 その軽口にレオンハルトが応じるよりも早く、ロイの顔からいつものチャラついた笑みが消えた。

 部屋の空気が、微かに張り詰める。


「――レオン様。一つだけ、確認させていただきたいことがあります」


 ロイは壁から背を離し、静かに己が主君へと近づいた。片膝をつき、レオンハルトを見つめる。


「……貴方の中に、誰がいるんです?」


 レオンハルトの瞳が、僅かに揺れた。


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