↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/35

第4話 公女との模擬戦

 エリザベートが去った後、部屋には静寂が戻った。

 ロイが頭をかきながら小さく息を吐く。


「いやぁ……おっかない公女様ですね。レオン様の元婚約者でしたっけ」


「ああ」


 二人がかつて将来を約束していたことは、ロイも噂で聞いていた。ふと、隣にいるリゼットへ目を向ける。


「リゼット殿、雷の加護っていうのは、実際どれくらい厄介なんです?」


「厄介なんてものじゃありませんよ!」


 リゼットは待っていましたとばかりに目を輝かせた。


「雷の精霊は、伝導という特性を持っています。空気中の精霊を伝って瞬時に対象へ届くため、攻撃を見てから避けるということが、ほとんどできないんです。しかも神経に作用するので、掠っただけでも一瞬体が硬直します。そして――」


「な……なるほど」


 矢継ぎ早に語るリゼットを前に、ロイの顔が少しだけ引きつった。


「つまり、洒落にならないってことですね」


「その通りですっ! だからこそ――」


「あー、はいはい。分かりました、分かりました」


 止まらなくなりそうな講義を、ロイが慌てて遮った。


「私は少し準備してから向かう。お前たちは先に舞台へ入っていろ」


 レオンハルトがそう告げると、ロイはすぐに動き出した。


「了解です! ささ、リゼット殿、行きましょう」


「ええっ、まだ続きが――」


 ロイはリゼットの背中を押しながら、部屋を出ていった。

 扉が閉まり、再び静寂が戻る。


『なあ、レオン。雷の加護って、そんなに危ないのか?』


 ユウが尋ねた。

 レオンハルトは部屋に置いていた荷物を開き、上着の礼装を脱いでいく。


「速度にかけては、加護の中でも別格だ」


 礼装をたたみ終えると、今度は戦闘用の服を取り出し、袖を通す。


「炎や水なら、見てから避けたり、受け流したりする余地がある。だが雷は違う。放たれた瞬間には、すでに届いている」


『……つまり、避けようがないってことか』


「そういうことだ」


 着替えを終え、レオンハルトは立ち上がる。


「さあ、行くぞ」


 最低限の準備を済ませ、レオンハルトも部屋を後にした。



 *



 城の裏手に設けられた練兵場へ、レオンハルトとエリザベートが入った。

 周囲では多くの騎士たちが訓練を続けていたが、二人の姿を認めると、次第にその手を止めていく。


 やがて、練兵場の中央に二人だけが残った。

 互いの手には木剣。鍛錬に使うには、それだけで十分な得物だった。だが、向かい合う二人の間に張り詰めた空気は、単なる模擬戦のものではない。


 エリザベートが木剣を正眼に構える。レオンハルトもまた、静かに構えを取った。


「来なさい」


 静かな声とともに、エリザベートが開始を告げる。

 先に踏み込んだのはレオンハルトだった。地面を蹴り、一気に間合いを詰める。


「――ッ!」


 振り下ろされた木剣を、エリザベートは横へ滑らせるようにして受け流した。

 だが、レオンハルトは止まらない。返す一撃を身を捌いてかわし、今度は下段から斬り上げる。

 エリザベートは半歩退き、その切っ先を紙一重で躱した。直後、踏み込んだ勢いのまま木剣を振り返す。


 ――ガンッ!


 木剣同士が激しくぶつかり、鈍い音が響く。

 二人は一度、距離を取った。


「……なるほど」


 エリザベートの表情から、先ほどまでの余裕が消えていた。


「鍛錬は怠っていなかったようですね」


 レオンハルトは答えず、ただ静かに構えている。その姿に、エリザベートは僅かな苛立ちを覚えた。


 ――まだ、余力を残している。


 そう感じた瞬間、エリザベートは自ら踏み込んだ。

 鋭い突きを繰り出す。だが、レオンハルトは身体を僅かに横へ流し、切っ先を外した。

 続けざまの横薙ぎも、後ろへ下がることなく、最小限の動きでかわされた。


「ハァッ!」


 エリザベートはさらに踏み込み、木剣を振り下ろすが、レオンハルトは身体を捻ってそれを躱す。

 そして――そのまま回転しながら放たれた一撃が、エリザベートの木剣を正面から捉えた。


「くっ……!」


 咄嗟に、エリザベートは木剣で受け止めた。だが、凄まじい衝撃に、エリザベートの腕が痺れる。

 踏みとどまろうとした足が地面を擦り、その身体が大きく押し込まれた。ようやく体勢を立て直したときには、エリザベートの息は荒くなっていた。


 対して、レオンハルトは息一つ乱していない。


「……十分です」


 エリザベートが木剣を下ろした。呼吸を整えながら、目の前の男を見つめる。


「加護を持たない者としては、十分すぎるほどの腕前です」


「恐縮です」


 淡々と応じるレオンハルト。

 その平静さが、かえってエリザベートの胸をざわつかせる。


「ですが――」


 エリザベートは木剣を握り直した。

 指先に力が込められた瞬間、パチッ、と乾いた音が鳴る。


「ここからは、私も本気でいきます」


 青白い光が、エリザベートの身体を走った。

 腕から肩へ。そして全身へと。細い稲妻のような光が彼女の内側を駆け巡り、次第にその輝きを増していく。

 レオンハルトの視線に、初めて警戒の色が宿った。



 *



 エリザベートの全身を、青白い稲光が駆け巡る。


『あの子の左に、精霊が集まっている……!』


 ユウの視界には、加護の発動の予兆が見えていた。エリザベートの左側へと雷の精霊が収束し、青白い光が次第に濃くなっていく。


『レオン、左から来るぞ!』


 脳裏に、ユウの切迫した声が響いた。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力を乱されまいと、レオンハルトの奥歯に力が入る。


 次の瞬間、エリザベートの姿が目の前から掻き消えた。


「――ッ!」


 咄嗟に、レオンハルトは左から迫る一撃を受け止める。


「……助力は不要だ。黙ってみていろッ」


 思わず声を荒らげたレオンハルトに、エリザベートの眉が僅かに動く。


「……誰に、言っているの?」


 その問いに、レオンハルトは答えなかった。ただ木剣を正眼に構え直し、目の前のエリザベートだけを見据える。


『だ、だけど……』


「くどいッ!」


 レオンハルトは言葉を切ると、エリザベートへと踏み込んだ。

 地面を蹴った勢いのまま、木剣を斜めに振り下ろす。だが――


 ガキッ、と鈍い音が練兵場に響く。

 先ほどまでと違い、エリザベートは一歩も退かなかった。木剣を掲げ、レオンハルトの一撃を正面から受け止める。


「戦いの最中に独り言とは。随分と余裕がおありなのね」


 エリザベートは木剣を滑らせるようにして受け流すと、地を蹴って後方に下がった。木剣を前へ掲げ、静かに言葉を紡ぐ。


「雷の精霊よ、我が呼びかけに応え、全てを薙ぎ払え!」


 詠唱が終わった、その瞬間――。


 紫電が木剣の刀身を包み込んだ。


「――“雷刃(サンダー・エッジ)”!」


 バチバチと音を立てながら、青白い稲妻が木剣の周囲で激しく明滅する。試合の範疇を超え、彼女は加減を捨てた。



 *



 その様子を、少し離れた場所からロイが黙って見つめていた。

 レオンハルトが虚空に向かって叫び、それにエリザベートが一瞬戸惑いを見せたこと。そして今、激高した彼女が雷の加護を解放したこと。


(レオン様……やはり)


 確信めいたものが、ロイの胸中で静かに固まっていく。

 その間にも、目の前の二人の攻防は激しさを増していった。


 エリザベートの姿が、レオンハルトの視界から一瞬で掻き消える。


「チィッ!」


 次の瞬間には、右方から木剣が迫っていた。

 レオンハルトは咄嗟に身を捻り、紙一重でかわす。だが、完全には避けきれなかった。

 木剣の先端が肩を掠めた瞬間、バチッと紫電が弾ける。


「ぐっ……!」


 肩から腕へ、鋭い痺れが走った。レオンハルトの動きが、ほんの一瞬硬直する。

 その隙を、エリザベートは逃さなかった。


「――ッ!」


 レオンハルトは横薙ぎを木剣で受ける。激しい衝撃に身体が押し込まれた。

 だが、それ以上に厄介なのは雷だった。木剣を通して伝わった電撃が、両腕を痺れさせる。


 防いでも痺れる。かわしても掠れば動きを奪われる。攻防一体の加護を前に、レオンハルトは徐々に追い詰められていく。


 もはや、完全な防戦だった。



 *



「や、やばいですよ……! 公女様、やりすぎです! 早く止めないと……!」


 離れた場所で、リゼットがオロオロしながら、顔を青ざめさせる。だが、隣に立つロイは動じなかった。


「……大丈夫です」


「えっ?」


「よく見てください。レオン様の動きが、少しずつ変わっています」


 ロイは二人の攻防をただ見つめる。

 先ほどまでなら、エリザベートの動きを追うことすらできず、一方的に攻撃を受けていた。だが今は違う。少しずつ、エリザベートの攻撃に対応し始めている。


「……あ、あれだけ喰らって、まだ動けるんですか」


 リゼットが呟く。

 雷の精霊の加護の性質を良く知る彼女は、目の前の光景に驚きを隠せない。


「ええ。だから、まだ止めません」


 ロイの視線は、レオンハルトから離れない。


「……本当に危なくなったら、俺が割って入りますよ」


 そう言いながらも、ロイは一歩も動かなかった。

 その視線の先で、レオンハルトは再び迫る雷刃を迎え撃とうとしていた。



 *



 一撃、二撃。エリザベートの太刀筋は、目にも留まらぬ速さで繰り出される。

 しかし、レオンハルトの目は、その動きを確実に捉えていた。


(速い。だが――)


 エリザベートの肩が動く。

 次の瞬間には、その動きを追うようにレオンハルトの身体が動いていた。


(いかに雷の加護といえど、本物の雷ほどの速度は出せない)


 人の身体には限界がある。どれほど魔力で強化しようとも、骨も筋肉も神経も、雷そのものの速度に耐えられるようにはできていない。


 ならば、見切ることはできる。


 まともに剣を合わせず、攻撃は最小限のステップで躱す。防戦に追われながらも、レオンハルトの呼吸は次第に整っていった。


 三合、四合と刃を交わすうちに、レオンハルトはあることに気づいていた。

 エリザベートの剣先が、身体の急所へ迫った瞬間――ほんの僅かに鈍る。反射だけで動いているように見えて、実際には、刃を振るう直前に、ほんの一片の思考が挟まっている。


 その僅かな動きのラグが、レオンハルトが紙一重で躱せている要因でもあった。


(……迷いか)


 雷を纏った木剣。まともに受ければ、ただでは済まない。だからこそ――彼女は無意識に、最後の一線を越えられずにいる。


 その一瞬こそが、勝機だった。


 エリザベートの木剣が、紫電を纏って突き出される。

 常人であれば、致命的になりかねない一撃。だが、レオンハルトは退かなかった。


(ここだッ!)


 己の身を差し出すようにして、死地へと踏み込む。剣先が喉元に届くその寸前――エリザベートの動きに、狙い通りの鈍りが生まれた。


「――ッ!」


 その刹那、レオンハルトは自らの木剣を走らせる。

 だが、それとほぼ同時に、雷撃の余波がレオンハルトの全身を打った。


「がッ――!」


 凄まじい衝撃に、レオンハルトの体は宙へと吹き飛ぶ。木剣が手から離れ、乾いた音を立てて地面に転がった。

 背中から地に叩きつけられ、レオンハルトは荒い息を吐く。練兵場に大きな土煙が舞っていた。


 一方のエリザベートは、その場に立ち尽くしていた。

 首筋に、冷たい風の感触が残っている。木剣が触れる寸前を通り過ぎたのだ。あと僅かでもズレていれば、確実に刃が届いていた。


(一歩間違ったら……私が、やられていた……?)


 彼女の眼には、レオンハルトがわざと剣先を逸らしたように見えていた。勝ったはずの自分の体が、震えている。


 地面に座り込んだままのレオンハルトが、呼吸を整えながら口を開く。


「……さすがは公女様。その剣の煌めき、私の及ぶところではございません」


 敗北を認める言葉でありながら、少しも悔しがる様子がない。


 エリザベートは、首に触れていた指先を、そのままゆっくりと下ろす。

 雷の精霊の加護を開放したにもかかわらず、無加護の男を完全には捉えきれなかった。


 屈辱を覚えてもおかしくない。なのに、エリザベートの胸に残ったのは、悔しさだけではなかった。かつてのレオンハルトにはなかった何かが、今の彼にはある。

 その事実が、彼女の胸の奥をざわつかせていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。