↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【一つの身体に二つの魂】 ~転生失敗!? 目覚めたら貴族領主の心の声でした~  作者: 有相無相
一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/35

第16話 傀儡

 南西の丘陵地帯に、夕闇が満ちようとしていた。

 馬を飛ばし続けたレオンハルトたちが、伯爵家の部隊が展開していたはずの一帯にたどり着いた時、そこには異様な静けさだけが待っていた。


「……野営地に、誰もいないだと?」


 後方に設営されていたはずの天幕は、火の気もなく、人の気配もない。負傷者を運び込んだ形跡すらなかった。


 レオンハルトは馬を降り、慎重に周囲を見渡す。


(勝ったにせよ、負けたにせよ、これほど静かなはずがない)


 丘陵の斜面を進むと、答えの一端が見えてきた。

 累々と横たわる、漆黒の毛並みを持つ魔狼・デモンウルフの骸だ。報告にあった、五体全てがそこにあった。

 だが、肝心の伯爵家の騎士たちの姿がどこにもない。


「……妙ですな。一体、カイルたちはどこに」


 ヴォルフガングが戦槌を手に、身構える。


『なんだ……この感覚。物凄くいやな感じがする』


 ユウの声にも、隠しきれない不安が滲んでいた。


「男爵様、あれを!」


 護衛の兵の一人が、鋭く声を上げる。


 指差す先に、幾つかの人影があった。

 伯爵家の家章が刻まれた鎧をまとう、あの精鋭部隊だった。


「カイル……! 無事か!?」


 ヴォルフガングは声を張り上げた。だが、返答はない。

 人影は、こちらへ向かって佇んだまま、身じろぎ一つしない。夕日を背に受けたその輪郭は、確かにカイルであり、その部下たちだった。


「……閣下」


 ヴォルフガングの声が、低く響く。


「ああ。様子がおかしい」


 レオンハルトも、既に気づいていた。

 呼びかけに応じないだけではない。生気――生きている者が発する気力そのものが、彼らからは一切感じられなかった。呼吸の乱れも、瞬きすらも見て取れない。


『レ、レオン……! 今、一瞬……見えた気がする』


 ユウの声が上ずった。言葉も途切れ、明らかに怯えている。

 レオンハルトは小さく舌打ちしつつ、小声で聞き返した。


「……何がだ」


『鎖だよ。赤黒い……いや、鎖っていうより、纏わりつく靄みたいな。カイルさんたちの体中に、絡みついてる……!』


 その言葉が終わるより早く、異変が起きた。


 カイルの姿が、掻き消える。

 いや、消えたのではない。ただ、常人の目には追いきれぬ速さで、間合いを詰めてきたのだ。


「――ッ!」


 レオンハルトは、迫る一撃を寸前に見切り、剣を合わせた。

 鈍い衝撃が、両腕に走る。武器の質が違う以上、受け止めることはしない。半歩だけ足を引いて衝撃を殺し、そのまま刃を滑らせるように受け流す。


(速い……! だが……)


 見切れぬ速さではない。

 流した勢いのまま、レオンハルトは半身で踏み込んだ。剣先が、カイルの二の腕を浅く裂く。急所は、意図して逸らしてある。


 しかし、カイルは怯むことなく、間を置かず二撃目を繰り出してきた。浅手など、意に介した様子もない。

 その苛烈さに、レオンハルトの纏う空気が、僅かに張り詰めた。――その時。


「ぬんッ!」


 横合いから割り込んだヴォルフガングが、カイルの一撃を真正面から受け止めた。そのまま鍔迫り合いとなる。


「カイル! ……ワシのことが、分からんのか!」


 ヴォルフガングは絞り出すように叫ぶ。

 だが、カイルは何一つ反応しない。

 焦点の合わない瞳。かつて「副団長」と呼びかけてきた、あの人懐こい雰囲気はどこにもない。

 その虚ろな目のまま、カイルはただ機械的に、剣を振るい続けた。


『カ、カイルさん……他の人たちも、同じなのか!?』


 目の前の光景が信じられず、ユウが戦慄する。


 カイルの背後、丘の各所に立っていた騎士たちが、一斉に動き出していた。弓を構える者、側面へ回り込む者、槍を並べて槍衾の構えを取る、統率された動きだった。風の精霊石が組み込まれた特性の弓が、ギリギリと音を立てて引き絞られていく。


「散開しろッ!」


 レオンハルトの指示に、護衛の三名が即座に散る。矢が唸りを上げて飛来し、護衛一人の肩に突き刺さった。


『レオン、あれと同じだ……!』


 ユウの声が、切迫していた。


『デモンボアを操っていた、あの呪いの石。それと同じ気配がするッ』


「……石はどこにある」


『それが……分からないんだ。前は、体の一部に固まってたから、そこを狙えば良かった。でも今回は……全身に、均等に這ってる。源が、見つからない』


 レオンハルトは舌打ちをする。

 狙うべき急所がない。つまり、あの時のように石を破壊して解呪する術がないということだ。


「ユアン、詰所へ走れ! 救援を呼べ!」


 レオンハルトは護衛の一人に命じた。

 先ほど肩を射抜かれた若い兵士、ユアンは肩に手を当てながら、丘を駆け下りていく。


「大地の精霊よ、岩の剛毅を我にッ!」


 ヴォルフガングの咆哮と共に、彼の戦槌に土砂が渦を巻くように覆っていく。


「“岩砕撃(ロック・ブレイク)”!!」


 戦槌が地面に叩きつけられ、カイルの足元を陥没させる。


 土砂崩れに呑まれ、カイルの動きが一瞬止まった。

 だが、カイルの隙を埋めるように、その横合いから二人の騎士が槍を突き出してくる。火のエンチャントが施された穂先――吹き上がる炎そのものが、仕込まれた精霊石の質の高さを示している。それを、すんでのところで戦槌を回して弾き飛ばす。


「くっ……!」


 技巧はない。ただ機械的に、同じ動作を繰り返すだけの連打だ。

 しかし、その一本一本に込められた武具の力が、並の得物では到底受けきれない代物だった。


 この猛攻を凌げているのは、ヴォルフガング自身の技量と、彼の戦槌もまた、地の精霊石を用いた特別製であることに他ならない。


「ぐわぁぁ!」


 護衛の一人が、槍の柄で薙ぎ払われ、大きく吹き飛んだ。地に叩きつけられたきり、身じろぎ一つしない。


「くそ……ッ!」


 レオンハルトとヴォルフガング、もう一人の護衛は背中合わせとなる。


 円を描くように、虚ろな目をした騎士たちが、じわじわと包囲を狭めてくる。

 そして、崩壊した穴から、カイルが跳躍して這い上がってきた。土にまみれた体のまま、足取りに一切の乱れがない。


「カイル……!」


『カイルさん、止めてくれ! あなたの目の前にいるのは、ヴォルフさんなんだッ!』


 ヴォルフガングに合わせて、ユウの叫びが響いた、その刹那。

 風を纏い、カイルが一気に間合いを詰める。迎え撃つべきヴォルフガングの反応が、ほんの一拍、遅れた。


 戦槌を構え直すより早く、繰り出された一撃が肩をかすめた。鎧が甲高い音を立てる。


「ぬ――ッ!」


 だが、それも瞬きに満たない間だった。

 身に迫る危機に、ヴォルフガングは意識を戦場へ引き戻す。続く二撃目を戦槌で受け止め、力任せに鎧に叩き込んだ。


 その勢いのまま、カイルは後方へ吹き飛ばされていく。


「すまぬ……ッ!」


 誰へともなくこぼれた一言は、それきりかき消えた。

 レオンハルトは、その一瞬の遅れを見て取っていた。だが、今は指摘している暇はない。


(このままでは……!)


 レオンハルトは冷静に戦況を分析する。

 包囲は狭まる一方だ。護衛は既に一人を欠き、残る一人も肩で息をしていた。


 技も戦いの駆け引きもない、ひたすらに単調な攻撃だ。この程度であれば、自分とヴォルフガングで退けることはできるだろう。


 だが、正面から力ずくで制圧すればいいわけではない。目の前にいるのは、敵ではなくカイルたちだ。動きを止めるために手加減をすれば、こちらが危うい。かといって本気で打ち込めば、重傷を負わせるだけでは済まない可能性がある。


(正面から崩す手は、ない。だが……)


 脳裏に、一つの案がよぎった。

 先の魔物襲撃の後、対策として、地形を利用した罠を領内の要所に設置している。ここから最も近いのは、北の森の西方に仕込んだものだ。


 距離はある。だが、ここで手をこまねくよりは、賭ける価値があった。


「ヴォルフ、北の仕掛けまで引くぞ!」


「――御意! ワシが道を切り開きましょう。閣下たちは続いてくだされッ!」


 ヴォルフガングに、いつもの調子が戻る。

 先の動揺などなかったかのように、彼は戦槌を構え直した。


「退くぞ! 決して振り返るな、足を止めれば終わりだ!」


 レオンハルトの号令と共に、ヴォルフガングが詠唱を始める。戦槌に、土砂が渦を巻くように収束していった。



 *



 時は、少し遡る。

 地上から遠く離れた上空から、黒装束の男・ラグナエルが戦場を睥睨していた。

 その背に広げられた漆黒の双翼が羽ばたき、眼下に広がる戦場を静かに見下ろしている。


(あの者が、指揮官か)


 人間たちの中心で指示を飛ばす男へ、視線を据える。少数の護衛を率いており、所作や立ち位置――間違いない。

 その傍らで戦槌を振るう、巨躯の男にも目を留めた。


(……ほう)


 纏う魔力の質が、他の人間とは一線を画している。

 地の精霊の加護。それも、並の位階ではない。一段上、大地の精霊の加護だ。


(先の戦場跡で感じた、あの強力な地属性の気配は、この男のものか)


 あの日、デモンボアを退けた戦場に残っていた痕跡と、今目にする力の質が、静かに符合していく。この地に潜む戦力の正体を、また一つ絞り込めたことになる。


 視線を、カイルたちへと移した。

 統率の取れた動き、乱れのない連携――ラグナエルが埋め込んだ紋石の欠片が、正しく機能している証だった。


「今回は、崩れんな」


 以前の隷属の紋石には、明確な欠陥があった。対象の数が増えるごとに、意思の統制が粗くなる。多くの魔物を同時に操れば操るほど、個々の動きはまばらとなり、統率という言葉からは程遠い暴走に近づいていった。


 だが、今回は違う。


 指揮官格であるカイルに埋め込んだ欠片が、いわば中継の要となっている。彼を介して至近距離の騎士へ、意思と魔力とを分け与える――遠方からそれぞれに分散させるのではなく、一つの中枢から伝播させる構造だ。これにより、対象が増えても統率の質が損なわれることはない。


(悪くない出来だ)


 試験としては、上々の結果と言えた。

 ラグナエルの視線が、再びあの指揮官の男へと戻る。ちょうど、カイルの一撃を、男が真正面から受け止めた瞬間だった。


「……む」


 その目を僅かに見開く。

 男の体に、加護の発動は見えなかった。纏う魔力の色、揺らぎ、精霊の気配――そのいずれもない。それでいて、崩れることなく、その一撃を正確に受け流し、あまつさえ一手、返してみせている。


(加護も纏わず、あれをか)


 カイルの一撃は、風の加護による身体強化に、付呪された得物の切れ味が上乗せされたものだ。並の人間であれば、受け止めるどころか、反応することさえ叶わない速さのはずだった。


 鍛錬だけで詰められる差ではない。ラグナエルはそう判断した。膂力にせよ反応速度にせよ、あの男の身体そのものが普通ではない。常人の枠組みを遥かに超えている。


(分からぬな。一体、何者なのだ)


 遠目からでは、加護の有無まで正確には見極められない。目立った魔力の発動がないというだけで、断定するには材料が足りなかった。


「……まあいい。あの程度であれば、脅威足り得ない」


 今すぐに答えを出す必要はない。今回の彼の役目は、あくまで紋石の検証とこの地の戦力の検分だ。


(いずれ調べる価値は、あるかもしれんな)


 ラグナエルは短くそれだけ記憶に留めると、視線を戦況全体へと戻した。

 追い詰められた人間たちは、大地の加護を持つ戦士が突破口を開いて、北へと撤退しつつある。

 追撃するようカイルらへ指示を飛ばすと、彼自身も、その後を追うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。