裏帳簿
1. 失意のアンティカ帰還
テラでの一件を引きずったまま、
あたしはアンティカへ立ち寄った。
積み替えの手続き一つ取っても、
以前より一層、心に重くのしかかった。
「今回も、量が多いですね」
ドックの担当官に伝票を渡しながら、
あたしは、ろくに愛想も返せなかった。
コッホとアダムスから託された品は、
結局、テラの正規の販路には一つも乗らなかった。
持ち帰ってきた在庫の一部は、
仕方なくアンティカの闇市場に近い形で捌くしかなかった。
経営状況は、好転するどころか、じりじりと悪化していく一方だった。
2. ガルシアからのヒント
積み替えの手続きを終え、
疲れた顔で事務所を出たところで、
ガルシアが声をかけてきた。
「顔色、悪いな」
「……色々あって」
「テラの方は、駄目だったのか」
「散々でした」
そう答えると、ガルシアは、しばらく黙って、
あたしを見ていた。
何か言いたそうな、しかし迷っているような、
そんな表情だった。
「なあ、シノ」
「はい」
「お前の親父、正規の手続きじゃねぇ買い物、
結構してたぜ」
「……は?」
唐突な一言に、あたしは、思わず聞き返した。
「どういうことです」
「さあな。わしの口から言うことじゃねえ」
ガルシアは、それだけ言うと、
話を切り上げるように背を向けた。
「気になるなら、自分の船の帳簿、
隅から隅まで見直してみるんだな」
その日は、それ以上、深く考える余裕もなく、
あたしはアヴァロンへの帰路についた。
だが、船に戻ってからも、ガルシアの言葉が、
頭から離れなかった。
「書いてねえ買い物……」
呟きながら、あたしは、船のアーカイブに眠っていた、
古い帳簿を引っ張り出した。
3. 帳簿の洗い直しと発見
夜通し帳簿の記録を一つ一つ洗い直していった。
思い返せば、これまでにも、
何度か引っかかりを覚えたことがあった。
養鶏場の機材トラブルの時、
ロイドから引き継ぎを受けた時
――金額だけが記されて、取引先の名前が空欄になっている記録。
あの時は、「旦那の代からの、古い記録も混ざってるんでしょう」
というロイドの言葉で、深く考えずに流していた。
今、あらためて、その空欄の行だけを、丹念に拾い集めていく。
日付、金額、そして、記載された妙な符丁のような文字列。
「……これ、暗号か何かか」
根気強く数字を突き合わせるうち、
ある共通点に気づいた。
空欄の記録は、いずれもアンティカを経由した支払いだった。
しかも、正規の取引先リストには、
対応する名前が、どこにも存在しない。
「……父さん、こんなの、隠してたのか」
胸の奥に、驚きと、そして得体の知れない不安が、
じわじわと広がっていった。
4. ガルシアへの詰め寄りと真実
翌日、あたしは、証拠となる帳簿の写しを抱え、
再びアンティカへ飛んだ。
ガルシアの元へ向かい、机の上に、
その帳簿を叩きつけるように置いた。
「これ、あんた、知ってて言ったんですよね」
ガルシアは、帳簿に一瞥をくれると、深く息を吐いた。
「……お前、見つけちまったか」
隠す様子は、まるでなかった。
「教えてください。これは、何なんですか」
ガルシアは、しばらく黙っていたが、やがて、静かに口を開いた。
「お前の親父はな、ヴァリアントとの間で、密輸をやってた」
「密輸……?」
「変光星ルートを使ってな。
危険すぎて正規の航路じゃねぇ。
そのルート、お前の親父が若い頃に自分で切り拓いたんだ」
「父さんが……?」
「ああ。もう、二十年以上前の話になるか。
誰も通ったことのない航路を、命懸けで読み解いてな。
それからずっと、あの人と、ごく一部の商人だけが使ってきた」
「それが、父さんが消えたルートだと」
「ああ。ただし」
ガルシアは、少し声を落とした。
「お前の親父は、
ただそのルートを使い続けてただけじゃねえ。
もっと安全な航路に、作り直そうとしてた。
あのルートは、今でも危険だ。犠牲も出てる。
自分が拓いた道だからこそ、
それを、何とかしたかったんだろうよ」
その一言に、あたしは、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……それで、消えたって言うんですか」
「おそらくな」
「なんで、そんな危ないことを……!
なんで、教えてくれなかったんですか!」
混乱と怒りに近い感情が抑えきれずに溢れ出した。
ガルシアは、それを黙って受け止めていたが、
深く同情するでも、慰めるでもなかった。
「その先に進むかどうかは、お前が自分で考えろ」
ぴしゃりと、突き放すような一言だった。
「わしの口から、これ以上は言えねえ。だが」
ガルシアは、そこで、一枚の紙切れを差し出した。
名前が一つ、書かれていた。
「デレク・ファロン。今も、そのルートを使ってる一人だ。
知りたきゃ、そいつを訪ねろ」
「……知りたきゃ、こっちの領分じゃねえ、ってことですか」
「そういうことだ」
5. 締め
ガルシアの元を離れ、あたしは、
船へと戻る道すがら、ずっと考え続けていた。
父が命を賭けた場所。
そこに踏み込むかどうかは、自分次第。
手の中の紙切れに書かれた、
デレク・ファロンという名前を、あたしは何度も見つめた。
「……行くしかない、よな」
呟いた声は、震えていたが、
それでも、そこには確かな決意が滲んでいた。




