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テラへ

1. ヴォルテックスで託されるもの

テラへ向かう前、

あたしは一度、ヴォルテックスに立ち寄った。


「本当に、やるのかい」

アダムスは、あたしの決意を聞くと、

少し驚いたような顔をした。


「アンティカで削られるくらいなら、元栓に直接持ち込む。

それしかないと思ってます」


「無茶を言うね、相変わらず」

そう言いながらも、アダムスは、

自ら選び抜いた最上級の海産物を丁寧に梱包して渡してくれた。

「これが、うちの一番の自慢だ。

見た目は多少変わってるが、味は保証する」


コッホも、同じように選び抜いた品種の卵を用意していた。

「テラの連中に、目に物見せてやれ」


「……任せてください」

託されたものの重みを、

あたしは両手にしっかりと感じ取っていた。

これは、もう自分一人の商売ではない。

ここまで支えてくれた人たちの積年の悔しさを背負っての挑戦だった。


2. 意気込んでの申請

テラ中央、輸入審査を扱う庁舎は、

これまで見てきたどの建物よりも、無機質で威圧的だった。

高い天井、灰色の壁、等間隔に並んだ窓口。

並んでいる人々の顔にも、どこか諦めたような色が浮かんでいた。

窓口で応対したのは、オズワルド・ヴィンスと名乗る、

細身の官僚だった。

眼鏡の奥の目は、始終、書類の方にしか向いていなかった。

「輸入許可申請、ですか」


「ヴォルテックス産の新品種、卵と海産物です。

品質は保証します。まずは、これを見てもらえれば」

あたしは、持参した現物のサンプルを、机の上に並べた。

艶やかな殻の卵、見慣れない形をした海産物。

ヴォルテックスの重力と気候が育んだ、確かな味の証だった。

「これ、殻の色が普通と違うでしょう。

中の黄身も、ぎっしり詰まってて」

「こっちの海産物も、癖はありますけど、

火を通せば」


説明しようとするあたしの言葉を、ヴィンスは、

ほとんど遮るように、書類の方に視線を落とした。

「申請書は、こちらですね。確認します」

その態度に、あたしは、少しだけ違和感を覚えた。

現物を、ろくに見もしない。

だが、まだこの時は、それが後にどれほどの徒労を意味するか、

分かっていなかった。


3. 一度目:書式不備

「……これは、受理できません」

数分後、ヴィンスは、静かにそう告げた。

「何が問題です」

「添付書類の綴じ方が、規定と異なります。

それと、記載項目の順序も指定の様式と一致していません」


「中身は、間違ってないはずですけど」


「様式が異なる申請は、受理できない決まりです」


取り付く島もない対応に、あたしは唇を噛んだ。

その場で規定の様式を確認し、

翌日、綴じ直した書類を再提出した。


「今度は、印鑑の位置が、

指定の枠から僅かにずれています」


「……あの、それ、内容には何の影響もないですよね」


「規定は、規定です」


三度目、あたしは、定規まで持参して、

印鑑の位置を寸分違わず整えた。

だが、今度は別の指摘が待っていた。

「日付の表記が、テラ標準歴で記載されていません」


「そんな細かいこと、最初に言ってくれれば」


「規定に、すべて明記されています。

確認不足は、申請者側の責任です」


あたしは、その規定とやらを、隅から隅まで読み込み、

四度目の提出に臨んだ。

今度こそ、と思っていた。


4. 二度目:規格外

ようやく書式の問題をクリアすると、

ヴィンスは、今度は現物のサンプルに視線を移した。

手袋をつけ、卵を一つ、無表情に持ち上げる。

「こちらの卵ですが、規格を超える大きさです。

テラの流通規格に、適合しません」


「大きさが違うだけで、味は」


「規格外のものを、

正規の流通に乗せるわけにはいきません」


「じゃあ、こっちの海産物は」


ヴィンスは、続けて海産物を一瞥した。

「色味が、承認済み品目のリストにあるものと一致しません。

新規の色調は、審査対象外です」


「見た目の話じゃなくて、味を見てくださいよ。

これ、コッホさんとアダムスさんが、

丹精込めて育てた品なんです」


「規格は、規格です」


「じゃあ、規格そのものを見直すことは」


「個人の申請で、規格そのものを変更することはできません。

規格の改定は、別途、上申の手続きが必要です」


「その上申は、どこに出せば」


「担当が異なります」

同じ言葉が、また繰り返された。

あたしは、机の上のサンプルを悔しさとともに見つめた。

コッホとアダムスの想いが詰まったこれらが、

大きさや色味だけで、門前払いにされている。

持ってきた時の高揚感が、少しずつ、

冷たい徒労感に変わっていくのが分かった。


5. 三度目:管轄のたらいまわし

「では、規格の例外申請は、できないんですか」


「それは、当局の管轄ではありません。

検疫局の方へ」


言われるがまま、検疫局の窓口へ向かうと、

今度は別の担当官が、素っ気なく答えた。


「これは、通商局の扱いです。

品目の輸入枠に関わる話ですので」


通商局へ向かうと、また別の答えが返ってきた。

「規格の例外は、農務局の管轄です」


ぐるりと一周させられて、

あたしは、最初のヴィンスの元へ戻ってきていた。

「……堂々巡りじゃないですか、これ」


「手続きは、正しい順序で進める必要があります」


その言葉に、これまで抑えていた苛立ちが、

少しずつ滲み出てくるのが、自分でも分かった。


6. 均一政策との整合性

何日も庁舎を往復した末、

ようやくヴィンスと、じっくり向き合う機会を得た。


「あたしは真っ当な商品を真っ当に売りたいだけなんです。

 なのに、書式だ、規格だ、管轄だって、

 中身と関係ないところで、ずっと足止めされてる。

 一体、何のためにこんな規則があるんですか」


ヴィンスは、しばらく無言だったが、

やがて、静かに口を開いた。

「品目の均一な管理は、

 テラの食糧安全保障にかかわる基本政策の一環です。

 規則は、その政策を実施するために定められています」


「品目の均一管理が、そんなに重要なんですか」


「はい。その通りです」

即答だった。迷いも、躊躇いもなかった。

「地方ごとに異なる品目を、無制限に認めれば、

 供給の見通しが立たなくなります。

 テラの食糧安保は、均一な基準の上に成り立っています」


「品質より、均一化の方が大事だって言うんですか」


「均一化できることが、重要な品質なのです」

ヴィンスは、まったく揺るがない声で、そう言い切った。

「味の良し悪しは、個人の感想の域を出ません。

 ですが、均一に管理し、安定して供給できるかどうかは、

 テラ全体の生存にかかわる問題です。

 そちらの方が、優先順位が高いのは、当然のことです」


「その政策に沿った作物は、

 ちゃんと正当な値段で買い取られてるんですか」


「もちろんです。

 基準を満たした品目については、

 正規の価格で買い取りが行われています」


「じゃあ、基準を満たさない品目を作ってる連中は、

 どうなるんです。

 ヴォルテックスの人たちは、

 真面目にいいものを作ってるのに、

 ただ、規格に合わないってだけで」


「規格外のものは、対象外です」


「それだけ、ですか」


「それが、政策です」


その言い方には、悪意も、皮肉もなかった。

ただ、決められたことを、決められた通りに答えているだけの、

乾いた声だった。

だからこそ、余計に、あたしの胸に重く響いた。


「現場の味を知らない奴が、

 味を語らないでください」

思わず、強い言葉が口をついて出た。

「あたしは、現物を持ってきてます。

 食べてもみないで、規格だけで判断するのが、

 そんなに正しいことですか」


ヴィンスは、少しの間、あたしを見つめていた。

だが、その表情に、揺らぎはなかった。

「個人の感想では、行政は動きません。規則は、規則です」

その一言に、それ以上、何も言い返せなかった。


7. ラングレーの視線

その日のやり取りの記録は、いくつかの決裁を経て、

ヴィンスの上司である官僚――ラングレーの元にも届いていた。

分厚い決裁書類の中、シノの申請書に添えられた、

何度もやり取りされた付箋の跡を眺めながら、

ラングレーは、ふと目を留めた。

規定の様式に何度も直され、規格外を指摘され、

管轄をたらい回しにされてなお、諦めずに再提出を続けている。

その執拗な粘り強さが、記録の端々から、はっきりと伝わってきた。


「……面白いな」

誰に言うでもなく、そう呟いた。

「こういう手合いは、いずれ、規則の外に出る」

それ以上、深く追うことはしなかった。

ただ、その名前――ウラガ・シノという名前だけを、

頭の片隅に、静かに留め置いた。


8. 締め

何度目かの却下を受けた夜、あたしは、宿泊先の狭い部屋で、

一人、天井を見上げていた。

コッホとアダムスから託された品は、

結局、テラの正規の販路には、一つも乗せられなかった。


「……筋を通しても、報われないのかよ」

呟いた声が、静かな部屋に、虚しく響いた。

それでも、諦めきれるはずもなかった。

だが、これ以上、この場に留まっていても、状況が変わる見込みはない。

あたしは、重い足取りで、荷物をまとめ始めた。

一旦、アンティカへ戻る。

そこで、次にどうするか、考え直すしかなかった。

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