嵐の漁船団
1. 予兆
その日は、アダムスの漁船団の出漁に合わせて、
あたしとロイドは地表近くの軌道ステーションで、
荷の積み込み準備をしながら待機していた。
「今日は少し雲行きが怪しいね」
出発前、アダムスがそう漏らしていたのを、
あたしは何気なく聞いていた。
だが、気象観測のデータ上は、
いつも通りの範囲に収まっていて、
操業自体は予定通り決行された。
ヴォルテックスの天気は、時々こうして人の予測を裏切る。
自転の速さのせいか、寒暖差のせいか――
理由は正直よく分からなかったが、
「ここじゃ、天気は最後まで信用するな」というのが、
現地の人間の共通した口癖だった。
2. 嵐の急変
出漁から数時間後、ステーションの通信室に、
慌ただしい声が飛び込んできた。
「風、急に強くなってます!
波高、みるみる上がってる!」
窓の外、見えるはずの水平線が、
灰色の分厚い雲にすっかり呑まれていた。
「アダムスさんの船団、連絡は」
ロイドが通信士に尋ねる。
「本船とは繋がってます。ですが……」
通信士の声が、そこで一瞬詰まった。
「一隻、応答がありません」
3. 孤立した船
「くそっ、あの馬鹿……!」
通信の向こう、アダムスの声が響いた。
荒い息遣いと、風の唸る音が混じって聞こえる。
「まだ漁を続けてやがった若いのが一人、はぐれた。
位置は、大体この辺りのはずだが……」
「探しに行けますか」
「行きたいのは山々だが、こっちも手一杯だ。
残りの船、こっちの誘導だけで精一杯なんだよ」
アダムスの声には、隠しきれない焦りがあった。
動かせる船の数には、限りがある。
荒天の中、無理に船を増やせば、それだけ危険も増える。
分かっていても、じっとしていられるはずもなかった。
4. シノの決断
「あたしの船も出す」
気づいたら、そう口にしていた。
「一隻でも多く出れば、それだけ探す範囲を分担できる。
単純な話だ」
「シノお嬢」
ロイドの声が、鋭く飛んできた。
「この状況で、単艦で捜索に加わるなんて、
正気とは思えません」
「分かってる。でも」
あたしは、窓の外の荒れた海を見た。
「待ってるだけじゃ、何も見つからない。
船が一隻増えれば、探せる場所も増える。それだけのことだよ」
ロイドは、しばらく黙っていた。
止めるべきだと分かっていながら、止めきれない葛藤が、
その顔にはっきり浮かんでいた。
「……せめて、あたしも同乗させてください」
「駄目だ」
「シノお嬢」
「ロイドさんはここに残って通信の中継役をやってくれ。
あたしが見つけられなくても、誰かが見つけたら、
すぐに情報が回るようにしとかなきゃならない」
咄嗟に出た理屈だったが、口にしてみると、
それが今一番必要なことだと分かった。
ロイドは、なおも何か言いかけたが結局は唇を頷いた。
「……絶対に、無理はしないでください」
「上等だ」
5. 荒天下の航行と救助
降下艇のハッチを閉め、荒れる大気の中へ飛び出す。
視界は悪く、機体は絶えず横風に煽られた。
計器を睨みながら、あたしは頭の中で、
アダムスから聞いた大まかな位置と風向きを重ね合わせていく。
単純な理屈だった。
風に流されているなら、その方向を追えばいい。
それだけのことを、荒れる操縦桿を握りしめながら、
繰り返し自分に言い聞かせた。
「……いた」
暗い波間に、小さく点滅する船影を見つけたのは、
それからしばらく経ってからだった。
「そっちの船、聞こえるか! アヴァロンの船だ、救助に来た!」
応答は、途切れ途切れだった。
「船体、損傷してます……! 動けません……!」
接舷を試みるが、荒波に阻まれ、何度も距離が開いてしまう。
歯を食いしばりながら、機体の姿勢を何度も立て直した。
ロイドに叩き込まれた基礎の操船感覚が、
こんな時にこそ、体に染み付いていることを実感した。
「もう一回いくぞ……!」
三度目の挑戦で、ようやく接舷に成功した。
震える手で、若い漁師の体を引き上げる。
「大丈夫か!?」
「す、すいません……! すいません……!」
「謝るのは後だ、しっかり摑まれ!」
漁師を機内に引き入れ、あたしは大きく息を吐いた。
6. 帰還、アダムスの変化
嵐が収まりかけた頃、あたしの船は本船団と合流した。
漁師の無事を確認したアダムスはしばらく言葉を失っていた。
やがて、ゆっくりとあたしの方を見る。
「あんた……」
「見つけたよ。無事だ」
「正気じゃないね、本当に」
そう言いながらも、アダムスの声には、
これまでのからかいとはまったく違う響きがあった。
「ありがとうよ」
短い一言だったが、それがどれほどの重みを持つ言葉か、
あたしにもはっきりと伝わった。
「こんな大変なんだから、テラの奴らにも、
ちったあ考え直してほしいもんだけどね」
アダムスは、疲れた笑みを浮かべながら、ぽつりと呟いた。
「うちの魚、見た目が気に食わないってだけで、
正規の販路にゃまるで乗らない。
こんな命がけの仕事してるってのに、な」
その言葉は、あたしの胸に、静かに、しかし確かに残った。
7. 確かな手応え
翌日、あたしとロイドは、共にアヴァロンへ帰り着いた。
港には、父が待っていた。
「聞いたぞ、嵐の中、無茶したらしいな」
父の声には、いつになく硬さがあった。
「……怒られる?」
「怒りたいところだけどな」
そう言いながらも、父はそれ以上、強くは言わなかった。
代わりに、隣に立つロイドの方へ視線を向ける。
「ロイド。お前の目から見て、どうだった」
ロイドは、少し考えるように間を置いてから、静かに答えた。
「正直、肝が冷えました。無茶をしたのは間違いないです」
「だろうな」
「ですが」
ロイドは、あたしの方をちらりと見て、続けた。
「あの判断の速さと、荒天下での操船。
あっしが一から仕込んだこと、
ちゃんと自分のものにしてます。
もう、あっしが横についてなくても、
シノお嬢は、一人でやっていけると思います」
その言葉に、あたしの方が驚いた。
ロイドが、そこまではっきり口にするのは、
初めてだった。
父は、それを聞いて、少しだけ目を細めた。
「そうか」
短い一言だった。
だが、その声には、確かな温かさが滲んでいた。
「うれしいね」
それだけ言うと、父は、いつものように飄々とした調子に戻り、
あたしの頭を軽く叩いた。
「まあ、油断はするなよ。
今日は運が良かっただけかもしれねえんだからな」
「分かってるよ」
軽口を交わしながらも、
あたしの胸の中には、確かな手応えが残っていた。




