養鶏場の故障
1. 異常発生
その日の異変は降下艇のハッチを開けた瞬間から分かった。
いつもなら、施設全体に低く響いているはずの稼働音が、
どこか歪んでいた。
コッホは、その音を聞いた途端、
大柄な体を弾かせるようにして生育槽の方へ駆け出した。
「おい、噓だろ」
制御盤の前に立ったコッホの声は、
いつもの淡々とした調子から、明らかに逸れていた。
表示パネルは半分が沈黙し、
残る数字もあり得ない速さで乱高下している。
「温度、上がりすぎだ……! このままじゃ、鳥どもが持たねえ」
「何があったんです」
ロイドが駆け寄りながら尋ねる。
コッホは、乱暴に制御盤の裏側のパネルを外しながら、
吐き捨てるように答えた。
「制御基盤が死んだ。完全にな。
こいつが死んだら、温度も湿度も、
何もかも手動でやるしかねえ」
「今期の出荷分は」
「丸ごと駄目になるかもしれねえ」
コッホの声に滲む焦りは、
あたしがこれまで見てきた彼の姿とはまるで別人だった。
2. 手詰まり
「正規の部品、取り寄せられませんか」
あたしが尋ねると、コッホは苦い顔で首を振った。
「こいつはテラの規格品だ。しかも、もう生産終了してる型式だ。
取り寄せるにしたって、テラの承認から輸送まで、
下手すりゃ数ヶ月単位で待たされる。
今期どころか、来期にも間に合わねえ」
「代替品は」
「探しちゃいるが……」
ロイドも制御盤を覗き込み、渋い顔をしていた。
「あたしの伝手じゃ、これに合う基盤はちょっと」
コッホは、深く息を吐いた。
「今回は、今ある在庫の飼料と、
手動での調整でどうにか凌ぐしかねえだろうな」
その声には、諦めの色が濃く滲んでいた。
3. シノの気づき
あたしは、外されたパネルの中の基盤を、じっと覗き込んだ。
見覚えのある回路の並び――いや、正確には、
見覚えのある「考え方」だった。
宇宙商業高校の授業で眠気と戦いながら聞かされた、
テラの新型環境制御システムの講義。
あの時の図面が、頭の奥から引っ張り出されてくる。
「……型番は違う」
思わず声が出た。
「でも、原理は、これと同じはず」
「は?」
コッホが、怪訝そうにこちらを見る。
「この基盤、温度と湿度のフィードバック制御を
やってるだけですよね。
だったら、同じ型式の部品じゃなくても、
テラの新型システムに使われてる
制御基盤で代わりが利くはずです」
「代わりって、そんな都合よく」
言いながらも、あたしは自分の言葉に自信が持てずにいた。
頭の中には図面があっても、その基盤を、
この場でどう調達すればいいのか、まるで見当がつかない。
ロイドも、腕を組んだまま考え込んでいた。
「その基盤、ヴォルテックスにはないでしょうね。
アヴァロンにも、そこまで新しいものは……」
その時、あたしの頭に、ふと浮かんだ言葉があった。
4. 父への伝言
「……アンティカだ」
「アンティカ?」
「父さん、確か今、アンティカに向かってるはずだ。
前に言ってた、昔から世話になってる伝手があるって」
具体的に誰なのかは、聞いたこともなかった。
ただ、酒の席か何かで、
父がそんなことを口にしていたのを覚えていた。
「困ったことがあったら、アンティカに顔出せ。
昔から世話になってる伝手がある」
――それだけの、断片的な記憶だった。
「賭けですね、それは」
ロイドが呟く。
「賭けでもいい。他に手がないなら」
あたしは、その場で急いで端末を開き、
父に向けて伝言を打ち込んだ。
民間の通信網では即座に連絡は届かない。
星系間の距離を考えれば、
返事が来るまで、早くても丸一日はかかるはずだった。
「制御基盤の代わりになるもの、
テラの新型環境制御システムに使われてる基盤を探してる。
アンティカで手に入るなら、頼む」
短い文面を送信し終えると、あたしは大きく息を吐いた。
「あとは、待つしかない、か」
5. 待つ間
その時から、生育槽の一部は手動管理に切り替えられた。
あたしとロイド、コッホの三人で交代しながら、
温度計とにらめっこする日々が始まった。
「こんなこと、今までなかったんですか」
「なかったな。
この基盤、先代の頃からずっと壊れずに動いてた。
まさか、こんな時に逝きやがるとはな」
コッホは、そう言いながら、手元の記録用紙に温度を書き込んでいく。
あたしも見様見真似で、隣の生育槽の数値を記録した。
「……悪いな」
ぽつりと、コッホが呟いた。
「何がです」
「船長様に、こんな雑用させちまってる」
「別に、雑用とは思ってません」
「ふん」
コッホは、それ以上何も言わなかったが、
その横顔は、これまでより少しだけ、柔らかく見えた気がした。
丸一日が経ち、あたしが半ば諦めかけていた頃、端末が短く鳴った。
6. 父からの返信
「確かにある。ついでに回収しておく」
たったそれだけの、素っ気ない一文だった。だ
が、それを読んだ瞬間、体の力が抜けるくらい安堵した。
「本当にあったんですね」
ロイドが、驚いたように端末を覗き込む。
「父さんの伝手、なんなんだろうな」
「さあ。あっしも、そこまでは聞いたことないです」
漠然とした頼もしさと、ほんの少しの引っかかりが、
同時に胸の中を通り過ぎた。
父が、そんなにあっさり手配できる相手というのは、
一体何者なのだろう。
だが、今はそれを詮索している場合ではなかった。
7. 父、帰還
数日後、父の船がアヴァロンの港に降りてきた。
到着時刻の連絡を受けてアヴァロンに向かっていた
あたしとロイドは、待ちきれずに港まで迎えに出た。
「よう。お前が困ってるって聞いて、
飛んで来たわけじゃねえけどな」
父は、そうおどけながら、船倉から小さな箱を取り出した。
「これで足りるか?」
中を確認すると、間違いなく、
あの図面通りの規格に近い制御基盤が入っていた。
「……足りる。というか、これ、本当にアンティカで手に入ったの?」
「まあ、色々とな」
父は、それ以上は詳しく語らなかった。
ただ、少し得意げに笑いながら、あたしの頭を軽く小突いた。
「学校の勉強、ちゃんと役に立ってるじゃねえか」
「……別に、そんなつもりじゃ」
「いいから、さっさとヴォルテックスに戻ってやれ。
鳥どもが待ってるんだろ」
8. とんぼ返り
その足であたしたちはヴォルテックスへとんぼ返りした。
コッホの元へ駆けつけ、
あたしは基盤を手に、制御盤の前に座り込んだ。
「本当に、これで直るのか」
「やってみないと分かりません」
正直な気持ちだった。
だが、頭の中の図面と、目の前の基盤を何度も見比べながら、
手を動かしていく。
配線を一つ一つ確認し、慎重に基盤を組み込んでいく。
「そこ、極性逆になってませんか」
ロイドが、横から鋭く指摘する。
「あ……」
慌てて確認すると、確かに逆だった。
「危なかった」
「危ないなんてもんじゃないですよ、まったく」
ロイドの呆れ声を聞きながらも、あたしは黙々と作業を続けた。
基礎知識と、これまで叩き込まれた実技、
両方が、ようやく一つに噛み合っていく感覚があった。
最後の配線を繋ぎ終え、電源を入れる。
一瞬の沈黙の後、制御盤のパネルが、
静かに、しかし確かな光を取り戻した。
表示される数値が、みるみるうちに正常な範囲へと落ち着いていく。
「……直った」
コッホが、呆然とした声を漏らした。
生育槽の中で、弱っていた鳥たちが、
次第に落ち着きを取り戻していく。
その様子を見ながら、あたしは大きく息を吐いた。
「やった……!」
コッホは、しばらく制御盤の表示を見つめたまま動かなかった。
やがて、ゆっくりと、あたしの方を振り返る。
「……やるじゃねえか、嬢ちゃん」
これまでとは、明らかに違う声だった。
皮肉でも素通りでもない初めて向けられたまっすぐな言葉だった。
「船長です」
思わずそう言い返すと、コッホは、ふん、と鼻を鳴らして笑った。
「まだそこは認めてねえよ」
それでも、その笑い方には、確かな変化があった。




