顔役
1. デレクからの紹介
アンティカに戻ったあたしを、デレクが待っていた。
「聞いたぜ。あの重力域、抜けただけじゃなく、
俺らのルートより効率のいい道まで見つけたんだってな」
「まぐれ半分、ですけどね」
「まぐれで、あそこまでやれるかよ」
デレクは、呆れたように笑った。
「なあ、シノ」
「はい」
「俺らが長年使ってきたルート、安全性は悪くねえが、
抜けるまでにどうしても時間がかかる。
お前が見つけた経路、ちゃんと役に立てなきゃ、勿体ねえ」
「役に立てる、って」
「ヴァリアント側の窓口、紹介してやる。
俺が長年付き合ってる相手だ。お前になら、任せられる」
その言葉に、あたしは、思わず息を呑んだ。
デレクが、ここまではっきり信頼を示すのは、
初めてのことだった。
「ありがとうございます」
「礼はいい。ただし」
デレクは、少し声を落とした。
「最初から、大物を任せるつもりはねえ。
向こうも、素性の知れねえ相手に、
いきなり大事な取引は任せねえもんだ。
まずは、堅いところから始めろ」
2. 最初の交易品
デレクの伝手で紹介されたのは、
ヴァリアント側で密輸品の受け入れを取り仕切っている
仲介商人だった。
「最初は、ただの鉱物でいい。
アンティカで採れる、ありふれた資源だ。
向こうも、加工用に、いくらか需要がある」
「レアメタルとかじゃ、ないんですか」
「まだ早い」
デレクは、きっぱりと言った。
「信用ってのは、地道な取引を重ねて、
ようやく築けるもんだ。
いきなり値の張るもんを任せて、
それで揉め事になったら、元も子もねえ」
言われるがまま、あたしは、ごく普通の鉱物資源――
建材や工業用に使われるさほど珍しくもない素材――
を仕入れ、船に積み込んだ。
3. 初めてのヴァリアント
変光星ルートを抜けた先、初めて目にしたヴァリアントの星系は、
これまで訪れたどの場所とも違っていた。
灰色がかった空、痩せた大地。
着陸した先の街には、活気というものが、
ほとんど感じられなかった。
配給所らしき場所の前には、長い行列ができていた。
配られているのは、灰色の、練り物のような食べ物だった。
「あれが、飯……?」
思わず、口からこぼれた。
ヴォルテックスの艶やかな食材とは、
あまりにもかけ離れた光景だった。
「見るな。関係ねえことだ」
案内役についてくれた仲介商人の部下が、素っ気なく言った。
あたしは、それ以上、詮索することはなかった。
ただその光景はなぜか心の片隅に引っかかったまま残った。
4. 最初の取引
仲介商人との初めての対面は、
想像していた以上に緊張感のあるものだった。
「デレクの紹介、ということは腕は確かなんだろうな」
「まずは、これから見てもらえれば」
あたしは、持参した鉱物のサンプルを見せた。
相手は、それを一通り検分し、頷いた。
「質は、悪くない。
量も、こちらの求める分に近い」
「では」
「まずは、この量で取引しよう。
次に繋がるかどうかは、これ次第だ」
多少の駆け引きはあったものの、無事に取引はまとまった。
対価としては、決して大きな額ではなかった。
だが、これが最初の一歩だと思うと、
その重みは、金額以上のものに感じられた。
5. 信頼の積み重ね
それから数ヶ月、あたしは、同じ鉱物資源の取引を、
何度も何度も、地道に重ねていった。
「今回も、質、悪くないな」
「ありがとうございます」
「約束の期日も、毎回きっちり守る。
お前、なかなか律儀だな」
仲介商人の態度が、少しずつ和らいでいくのを、
あたしは肌で感じていた。
取引の回数を重ねるごとに、
扱う量も少しずつ増えていった。
「デレクの奴、いい人間を紹介してくれたもんだ」
「デレクさんには、頭が上がりません」
「そろそろ、次の段階に進めてもいいかもしれんな」
その一言に、あたしは、期待と緊張が入り混じるのを感じた。
6. レアメタルの取引
「今度は、これを扱ってもらいたい」
仲介商人が示したのは、これまでとは明らかに違う、
高密度の金属サンプルだった。
「これは……」
「レアメタルだ。
値も張るが、その分、扱えれば実入りも大きい」
「用途は」
「知らなくていい。うちが欲しいものを、お前が運ぶ。
それだけの話だ」
その素っ気ない返事に、
あたしはそれ以上深く尋ねることはなかった。
デレクからも、詳しい用途を聞かされたことはなかった。
ただ、需要のある、高価な資源――その認識だけで、
あたしは、その取引を受け入れた。
「分かりました。次から、これも扱わせてもらいます」
「期待してるぞ」
その日を境にあたしの商売はただの鉱物資源だけでなく、
より高価なレアメタルをも扱う、
本格的な密輸へと踏み込んでいくことになった。
7. 表と裏、両輪の商売
それからのあたしは、ヴォルテックスの表の商売と、
アンティカ-ヴァリアントの裏の商売、
両方を並行して回す日々を送るようになった。
「シノさん、今週の配送スケジュール、こちらで合ってますか」
デレクが右腕として、
実務の面で支えてくれるようになっていた。
反対していた分、
認めてくれてからは、その協力ぶりは徹底していた。
「ああ、それでいい。
アンティカでの積み替え、今回はどうだった」
「問題なしです。あんたが顔を出すようになってから、
あそこの連中の態度も、大分変わりましたよ」
デレクの言葉に、あたしは、少しだけ笑った。
積み重ねてきたものが、
ようやく形になり始めている実感があった。
8. 顔役としての評判
一年も経つ頃には、あたしの名前は商人たちの間で、
すっかり知られるようになっていた。
「あの若い娘、変光星の裏を制覇したらしいぜ」
「しかも、海産物からレアメタルまで、
着実に信用を積み上げてるって話だ」
「まだ二十代だろう。大したもんだ」
そんな噂話を、あちこちで耳にするようになった。
中には、興味本位で声をかけてくる商人もいた。
「あんたが、噂の船長か。一度、話を聞かせてくれよ」
「あんたの考えってやつ、
ほかの若い連中にも聞かせてやってほしいね」
若さと実力を兼ね備えた存在として、
一目置かれる立場
――アヴァロンの若手選手の顔役――
になっていく
それは、悪くない気分だった。
だが同時に、どこか落ち着かない、
居心地の悪さのようなものも、
あたしの中には残っていた。
9. 締め
商売は、順調だった。
表でも裏でも、確かな実績を積み上げていた。
デレクという頼れる右腕もでき、
船団の経営も、かつての自転車操業からは、
大きく抜け出しつつあった。
それでも、時折、あの灰色の配給所の光景が、
あたしの脳裏をよぎることがあった。
「……なんだったんだろうな、あれ」
呟いても、答えは出なかった。
目の前の商売に忙殺される日々の中で、その引っかかりは、
言葉にならないまま、あたしの中に、静かに沈んでいった。
二週間近く連載を続けてきたこの話、明日で最終回です。
どうぞ最後までお楽しみください。




