発見
1. 行き詰まりとガルシアへの相談
アンティカに戻ってから、
あたしは何日も父の記録と睨めっこを続けていた。
「理論は、多分、合ってるはずなんだ。
だけど、実際の重力の揺らぎが、記録とずれてる」
携帯端末に映した計算式を前に、
あたしは頭を抱えていた。
星の状態は、数十年前の父の記録から、
少しずつ変化している。
理論だけでは、そのズレを埋められない。
「……このままじゃ、また同じことの繰り返しだ」
思い切って、あたしはガルシアの元を訪ねた。
「また来たか」
「相談したいことがあって」
事情を話すと、ガルシアはしばらく黙って聞いていた。
2. ガルシアの助言
「航法の話は、わしの領分じゃねえ」
ガルシアは、そう前置きしてから、続けた。
「だが、機材の話なら、力になれるかもしれん」
「機材、ですか」
「お前が使ってる観測機器、
あの人が昔使ってたやつだろう。
あれ、わしが整備したことがある」
「……父さんの機材を?」
「ああ。あの人が、
ここいらで航法データを集め始めた頃からの付き合いだ」
ガルシアは、懐かしそうに目を細めた。
「あの機材、精度は悪くねえが、
リアルタイムでの追従性に難がある。
重力の揺らぎを、後追いでしか捉えられねえんだ。
だから、実際の変化に、判断が追いつかない」
「じゃあ、それを」
「改良できるかもしれん。
今のアンティカの技術なら、な」
ガルシアは、あたしの目を見て、静かに言った。
「無理はするなと言ったが、
機材のせいで死なせるのは、寝覚めが悪い。
手を貸してやる」
3. 機材の改良と再挑戦の準備
それから数日、あたしとガルシアは、
共に機材の調整に没頭した。
「ここのセンサー、感度を上げすぎると、
今度はノイズを拾いすぎる」
「じゃあ、フィルタリングの閾値を、
もう少し絞ってみます」
宇宙商業高校で学んだ知識を総動員しながら、
あたしは、ガルシアの経験と擦り合わせていった。
二人で意見をぶつけ合い、時に衝突しながらも、
少しずつ、機材は理想の形に近づいていった。
「これなら、多分、いける」
数日後、改良された観測機器を前に、
あたしは、確かな手応えを感じていた。
仲間たちにも、再挑戦の意志を伝えた。
「また、行くのか」
レイが、少し緊張した面持ちで尋ねる。
「ああ。今度は、もっと精度の高い機材がある」
「……分かった。あたしも、行きます」
ノアも無言で頷いた。
一度死線を潜り抜けた仲間たちの結束は、
以前よりも、ずっと固くなっていた。
4. 再挑戦
出発の朝、あたしたちは、
あらためて機体の点検を一つ一つ丁寧に行った。
前回の反省を踏まえ、推進器の予備部品、
応急修理のための工具、すべてを念入りに確認する。
「シノさん、機材の較正、終わりました。
あとは、実際の重力波を測ってみないと、精度は分かりません」
ノアの声に、あたしは頷いた。
「上等だ。行くぞ」
変光星の重力圏へジャンプすると、
船体が、じわじわと軋み始める。
だが、前回の恐怖とは、どこか違う緊張感だった。
「重力波、来ます! ……
今度は、リアルタイムで追従できてます!」
ノアの声に、あたしは、思わず息を呑んだ。
改良された機材が、揺らぎの変化を、
瞬時に画面上に映し出していく。
「これなら、読める……!」
父の記録と目の前の実測データを、
あたしは慎重に照らし合わせていった。
前回のような、決定的なズレはなかった。
「予測、当たってます!
この調子で、凪のタイミングを狙います!」
「レイ、姿勢制御、
あたしの指示に合わせて微調整してくれ」
「了解です!」
船体が、大きく揺れる瞬間があった。
だが、その揺れの先に、確かな"凪"の兆候が、
画面上に浮かび上がってくる。
「来る……もうすぐだ……!」
緊張で、手のひらに汗が滲んだ。
それでも、視線は計器から逸らさなかった。
仲間たちの息遣いが、狭い操縦室に、静かに満ちていた。
「揺らぎ、収束します! あと十秒……五秒……!」
「全員、衝撃に備えろ!」
叫んだ直後、船体を包んでいた激しい振動が、噓のように鎮まっていった。
「よし、今のタイミングだ、ジャンプ」
そのタイミングを見計らって、私の船はジャンプした。
5. 発見
「……抜けた」
ジャンプ明け、計器に映る星系図が、
これまで見たことのない宙域を映し出していた。
「シノさん、これ……!」
「父さんが、目指してた場所だ」
胸の奥から、熱いものが込み上げてきた。
喜びと、悔しさと、そして、言葉にならない敬意が、
一度に押し寄せてくる。
「ノア、この航路、記録した経路と、
父さんの記録、照らし合わせてみてくれ」
しばらくして、ノアが、驚いたような声を上げた。
「シノさん、これ……父上の記録より、揺らぎの少ない経路です。
こっちの方が、明らかに安定してます」
「……本当か」
「はい。機材の精度が上がった分、
より安全な"凪"のタイミングを、
正確に捉えられたんだと思います」
父が、命を賭けて挑み続けた場所。
その先に、あたしは、父よりも安全な道を見つけていた。
6. 帰還
無事にアンティカへ帰還したあたしたちを、
デレクが出迎えた。
「……噓だろ」
デレクは、しばらく、言葉を失っていた。
「本当に、やりやがったのか」
「はい」
「馬鹿な。あのルート、あんな短期間で、
しかも安全な経路まで見つけるなんて……」
デレクは、頭を抱えるようにして、
しかし、その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「頑固なだけじゃ、なかったってことか」
ガルシアも、報告を聞くと静かに頷いた。
「上等だ」
短い一言だったが、
その声には、確かな満足感が滲んでいた。
7. 締め
その夜、あたしは、一人、アンティカの夜空を見上げていた。
父が遺したもの。
それを継ぎ、そして、一歩先へ進むことができた。
この実感は、これまでのどんな成功とも、違う重みを持っていた。
「父さん、見えてるかな。あたし、ちゃんと、やったよ」
呟いた声は、静かな夜に、そっと溶けていった。
この日を境に、あたしの商売は、
これまでとはまったく違う道を歩み始めることになる。




