挑戦
1. 準備、父のデータと向き合う
船に戻ったあたしは、
まず父が遺したという観測データと航行記録を、
あらためて読み込む作業に取り掛かった。
ガルシアから受け取った写しは、
暗号めいた符丁と独特の略記に満ちていて、
最初は何が書かれているのか、
まるで見当がつかなかった。
「重力の揺らぎ、周期……
これ、宇宙商業高校で習った、
恒星風の変動モデルと近いんじゃないか」
授業ではただの理論式にしか思えなかったものが、
目の前の実測データと重なった瞬間、
点と点が繋がっていく感覚があった。
夜通し、机に向かい、教科書と父の記録を何度も見比べる。
「父さん、こんなの、独学で読み解いてたのかよ」
呆れると同時に、その執念に、静かな敬意が湧いた。
数日かけて、あたしは、大まかな航路の見取り図を、
自分の手で描き起こしていった。
2. 仲間集め
一人では、到底挑めない航海だった。
あたしは、これまで共に働いてきた乗員たちを集め、
率直に事情を話した。
「変光星の先に、危険な裏ルートがある。
父さんが遺したものだ。
あたしは、そこに挑もうと思ってる。
ついてきてくれる奴は、いるか」
沈黙が、しばらく続いた。
「シノさん、それ、正気ですか」
若い乗員の一人が、青ざめた顔で尋ねる。
「正気じゃねえかもな。でも、決めたことだ」
「……俺は、抜けさせてもらいます。
家族もいるんで」
一人、また一人と、静かに離れていく者がいた。
それを、あたしは責めなかった。命に関わることだ。
無理に引き留める権利など、誰にもない。
それでも、最後まで残った者たちがいた。
「私は、行きます」
そう言ったのは、まだ若い乗員のレイだった。
養鶏場の一件で、あたしと共に汗を流した一人だった。
「シノさんが本気なら、あっしも本気で、
ついていきます」
古参の機関士、ノアも頷いた。
「多くは要らねえ。少数精鋭で行く」
集まった仲間は、五人。
心細い数だったが、それでも、
この場に残ってくれたことが何より心強かった。
3. デレクとガルシアへの挨拶
出発前、あたしは、デレクの元に最後の挨拶に向かった。
デレクは最後まで「やめとけ」の姿勢を崩さなかった。
「死にたきゃ勝手にしろ。俺は、止めはしたからな」
そう言い放ちながらも、最低限の注意事項――
重力の揺らぎが強くなる時間帯、避けるべき航路の癖――
だけは、渋々といった様子で教えてくれた。
完全に見放しているわけではないことが、
その態度の端々から伝わってきた。
「一緒には、来てくれないんですか」
「俺は、もう十分、痛い目を見てる。
あんたに付き合って、また同じ目に遭うのは御免だ」
素っ気ない返事だったが、それ以上、無理に誘う気にはなれなかった。
続けて、ガルシアの元にも顔を出した。
ガルシアは、あたしの装備を一瞥すると、静かに頷いた。
「行くのか」
「はい」
「そうか」
それ以上、多くは語らなかった。
ただ、いつもの淡々とした調子で、こう続けた。
「無理はするな。
今日、駄目だと思ったら、すぐ引き返せ。
命があれば、次がある」
「……ありがとうございます」
「礼はいらねえ。無事に戻ってきたら、聞かせてくれ」
その一言に、静かな信頼のようなものを感じながら、
あたしは船へと向かった。
4. 出発、そして最初の試み
変光星の重力にジャンプして、
船体がこれまで経験したことのない周期で軋み始めた。
「重力波、来てます!
数値、父さんの記録と合ってるか確認して!」
「照合中……ずれてます! 予測より、周期が早い!」
ノアの声に、あたしは血の気が引くのを感じた。
父の記録は、あくまで数年前のもの。
星の状態そのものが、少しずつ変化していたとしても、
おかしくはなかった。
「くそ……! このまま突っ込むのは無理だ! 一旦、離脱する!」
5. 大きな危機
離脱を試みた瞬間、
船体が強い重力の揺らぎに大きく煽られた。
「制御、利かない……!」
「レイ、姿勢制御、手動に切り替えろ!
ノア、機関の出力、絞れ!」
怒号のような指示が飛び交う中、
船体は木の葉のように揺さぶられ続けた。
「シノさん、右舷、損傷!
空気漏れはないですけど、推進器が一基、死んでます!」
「上等だ、残りの推進器だけで抜ける!」
歯を食いしばりながら、あたしは操縦桿を握り続けた。
頭の中にあるのは、これまで積み上げてきた、
すべての経験だった。
養鶏場の基盤修理で培った冷静な判断力。
嵐の中での度胸。その両方を、今、総動員するしかなかった。
「抜けるぞ……! 抜ける……!」
何度目かの重力の凪を見計らい、
あたしは、渾身の力で機体を立て直した。
一瞬の静寂の後、船体は、ようやく安定を取り戻した。
「……抜け、た?」
「いえ、これ、変光星の外周に押し戻されただけです。
目的の航路までは、まだ全然届いてません」
ノアの声に、あたしは、大きく息を吐いた。
目的の発見には、遠く及ばなかった。
それでも、命があっただけ、まだましだった。
6. 締め
命からがらアンティカへ帰還したあたしたちを、
デレクが複雑な表情で迎えた。
「……ざまあみろ、とは言わねえよ」
デレクは、そう呟くと、それ以上は何も言わなかった。
ただ、無事だったことに、安堵しているのは、
その顔を見れば分かった。
その夜、船の中で、あたしは一人、今日の失敗を振り返っていた。
父の記録は、確かに手がかりにはなった。
だが、それだけでは、足りなかった。
何かが、決定的に欠けている。
「……このままじゃ、駄目だ」
呟きながら、あたしは、次に何をすべきか、
静かに考え始めていた。




