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配信との出会い

1. 顔役としての日常

顔役と呼ばれるようになって、しばらく経った。

表の商売も、裏の商売も、かつての自転車操業が噓のように、

安定した軌道に乗っていた。

それでも、あたしは、時折思い出したように、

テラへの申請を再開していた。


「またですか、ウラガさん」

窓口の担当官は、あの時のヴィンスとは別人だったが、

対応は相変わらずだった。

「規格が合いません。以前と、変わらぬ理由です」


「品種を変えても、ですか」


「規格は、規格ですので」


同じやり取りが、形を変えて、何度も繰り返された。

書式を整え直し、規格に近づけようと試行錯誤し、

管轄をまた一から確認し直す。

だが、結果は、いつも同じだった。


「……何年経っても、ここだけは、どうにもならねえな」

港へ戻る道すがら、あたしは、独り言のようにそう呟いた。

表でも裏でも、これだけ商売を大きくできたというのに、

この壁だけは、びくともしなかった。

それが、妙に悔しかった。


2. 日常の合間の一服

その日も、アヴァロンの宇宙港で、

荷の積み下ろしを監督しながら、

あたしは、片手間に端末で流れてくる配信を眺めていた。

特に、目的があったわけではない。ただの、暇つぶしだった。


画面には、見覚えのない顔の男が映っていた。

屋台らしき場所で、湯気の立つ小さな器を前に、

上機嫌に喋っている。


「今日は、ヴォルテックス産の卵と、

 同じくヴォルテックスの海産物を使った、

 茶碗蒸しを作ってみました!」


「……ヴォルテックス?」

その一言に、あたしの手が、思わず止まった。


3. 配信の内容

男は、卵液を丁寧に漉しながら、上機嫌に語り続けていた。

「この卵、殻からしてもう違うんですよ。

 殻が薄い分、栄養が詰まっている。

 黄身の色が濃くて、コクがすごい。

 普通の出汁だと、この卵に負けちゃうんですけど……

 今日は、ヴォルテックス産の貝から、

 しっかり濃いめの出汁を取ってあります」


小鍋の中身をカメラに近づける。

透き通った出汁の中に、小さな貝殻が沈んでいる。

「具は、貝の身と、ヴォルテックス産の鶏肉。

「具は、貝の身と、アヴァロン産の鶏肉。

 相対的に重力の強いアヴァロンの鶏のほうが

 うまみが強いので、そちらを使います。

 卵液に出汁を合わせて、蒸し器へ」


 卵液に出汁を合わせて、蒸し器へ」

しばらくして、蒸し上がった器が、

湯気を立てながらカメラの前に置かれる。

表面は、つるりと滑らかだった。


「一見、地味な料理ですけど、

 卵にも、出汁にも、具にも、

 それぞれちゃんと手間をかけて向き合えば、

 こんなに変わるんですよ」

一口すくって頬張った男が、

コメント欄の何かに反応して、急に真剣な声になる。


「テラのやつら、向こうから売ってくるものは輸送税だ、

 管理費だって名目で俺たちから上前をハネやがる。

 そのくせ、こっちがヴォルテックスで見つけた

 美味い新食材は却下する。

 テラが欲しいのは効率重視のプランテーションみたいな

 単一品種だけなんですよ。

 銀河中をあのマズい食事で塗りつぶす気か!

 どこ行っても同じ飯を食えっていうのか!

  飯の多様性を認めない社会なんてクソ喰らえですよ!」


あたしは、しばらく、その場で動けなかった。


4. 涙の理由

何年も、何十回と申請を重ね、それでも通らなかったあの壁。

書式、規格、管轄――形式的な理由の裏に隠された、

テラの均一化政策。

あたし一人で、ずっと抱え続けてきた怒りだった。


それを、この見ず知らずの配信者が、何の躊躇もなく、

堂々と、表舞台で叫んでいる。

「……ずるいだろ、それ」

呟いた声が、震えていた。


あたしは、裏でこそこそと、密輸の道に活路を見出した。

誰にも言えないまま、一人で怒りを抱え込んできた。

だが、この男は、隠すことなく、正面から吠えている。

羨ましさと、シンパシーと、そして、ほんの少しの悔しさが、

一度に押し寄せてきた。

気づけば、目の端に、涙が滲んでいた。


「……あんた、いいこと言うじゃねえか」

画面の中の男に向かって、あたしは、そう呟いていた。


5. 立候補の一報

それから、あたしは、その配信者――

レイモンド・クラークという名前を、意識するようになった。

仕事の合間、暇を見つけては、

過去の配信を遡って見るようになっていた。

そんなある夜、SNSに、一つの投稿が流れてきた。


『自治政府代議員選挙 立候補いたしました!

 アヴァロンの豊かな食卓を守る!

  画一的なプランテーション化にNO!

 中央のまずい飯にNO!』


「は……?」

投稿を二度見してから、あたしは、思わず声を上げていた。

「マジかよ、あの野郎……」


政治になんて、まるで縁のなさそうな配信者が、

突然、代議員選挙に名乗りを上げている。

正直、正気とは思えない飛躍だった。

だが、なぜか、その無謀さが、あたしの胸を強く打った。


あたしは、船室の壁に貼ったままにしていた、

あの日の却下通知――何年も前、ヴィンスから受け取った、

最初の一枚を、じっと見つめた。

ムカつく時に見て、やる気を出すために、

剥がさずに残していたものだった。


ゆっくりと、その紙を、壁から剥がした。

「ヴォルテックスの寒暖差の話も、

 プランテーション政策の弊害も……

 全部こいつなら代弁してくれるかも……」


「よし。あたしがやってやる」

誰に言うでもなく、あたしは、そう口にした。

ムカついている場合じゃない。今こそ、変える時だ。

なぜか、そう直感した。

これまで、一人で抱え続けてきた怒りに、

ようやく、乗るべき船が見つかった気がした。

その先に何が待っているのか、この時のあたしには、

まだ何も分かっていなかった。

ただ、確かなのは――もう、一人で戦う必要はない、

という予感だけだった。

ここまで14話、お付き合いいただきありがとうございました。

『星系を渡り歩いた女商人 ―ウラガ・シノ、独り立ちの記―』は、これにて完結です。


シノがレイモンド・クラークと出会い、アヴァロンの食文化を守る戦いへ関わっていく物語は、こちらへ続きます。


『底辺グルメ配信者の俺が星系代表になったって本当ですか?』


また明日から、同じ宇宙を別の立場から描くスピンオフ、


『女総統の悩み ―貧しい星系を統べて―』


を開始します。


辺境ヴァリアントを率い、本国テラへの進軍を決断した若き総統ヘルガ。

シノたちの行動が、彼女の星系に何をもたらしたのか。

そちらもお楽しみいただければ幸いです。



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