―繋― 09:ドミニコス・アレルヤ 草むしり 後編
誰かが見れば、わかりやすいと思うような言動ではあるが、カノからすれば面倒と分類している人間になる。
「地味~な女の子の護衛? みたいな……。とにかく目立ってたんだよ。友達になりたかったんだけど、話しかけても無視されるしさぁ」
「……嫌われてたんじゃないの?」
「やっぱそう思う? でもさぁ、そいつ無口なうえに無表情で、なに考えてるかさーっぱりわからないやつだったんだよ。
女みたいな顔してるのに、すぐに手が出るし」
「…………」
女顔は関係ないだろう。その人の性格だろうに。
「そのくせ、バケモノみたいに強いしさ。いやー、あんなスーパーマンみたいなやつ、絶対友達になりたいじゃん?」
「……すーぱーまん?」
「アッ! えっと……文武両道のすごいヤツってことだよ」
焦ってなにか苦笑いまで浮かべているが、カノからすればどうでもいいことだった。
「とにかく! すごい才能のあるやつだったんだよ。だけど、なんていうか遠慮? とかしてるっつーか、勿体なくてさぁ」
「もったいない?」
「ああ。とにかくさ、ほんとすげーヤツだったんだよ。護衛なんてしてないで、もっと活躍できるんじゃないかなーって」
強い憧れを含んだ声に、カノは眉をひそめる。ここまでこの男が手放しで褒めるという人物に対し、興味ではなく恐怖を抱く。少なくとも、自分の人生では関わりたくない相手だ。……目の前のこいつもだが。
「才能活かしてばりばり活躍して欲しいっていうか~」
「大きなお世話じゃないの、それ」
「そうなんだよなぁ。提案するたびにシカトの度合いが上がるし、心なしか視線も冷たいし……」
確と? 確かに度合いがあがる?
(この男、前から思ってたけど時々わかんないこと言ってるんだけど)
やはりこいつと長く喋るのは良くない気がしてきた。こちらがぼろを出すとかではなく、ふつうに危ないやつに関わりたくない。
しかしケイドがここで浮いているのに平然と居座っているのだから、会話をしておいてもいいとは思う部分もある。カノは訓練された諜報員ではないし、必要な情報を得ればここを出て行けばいい。
警備も緩く、出入りは自由。この戦時下でこんなことがあっていいのだろうか?
聖女のために活動をする、ドミニコス・アレルヤ。ここでは飢えることもない。寝起きするための場所にも困らない。恵まれた場所だと思う。人々が当たり前に助け合いをして、優しく過ごしている。
人の醜悪な部分を多く見てきたカノは、自問してしまう。こんな楽園のような場所に留まりたいと思うほうが、正常ではないのかと。人間は余裕がなくなれば他人に優しくできないと思っているからこそ、当然のように他人を助けるこの街は理想そのものだった。
「あいつ、今頃なにしてんのかね~。つっても、どうせいつもみたいに人形みたいなツラして、えーっと、あの、ん?」
「どうしたの?」
「いやぁ」
首を軽く傾げるケイドは、「名前なんつったっけ」とぶつぶつぼやいていた。
「護衛してるかな、たぶん」
うんうんと満足げに頷くので、カノはうんざりしてしまう。つまりは、お気に入りの人間の自慢話をしたかったのだ。
徹底的に隠そうとしていないので、カノとしてもケイドをまったく信用できない。これが口が軽くてぺらぺらと喋る人間ならいいのに、ケイドはそういう類いではないとはっきりわかる。
「随分とご執心なのね」
興味もないので適当に会話を続けた。
「生まれて初めてあんな人間見たから、確かに気になるな。ここの聖女も美人だって聞くけど、あれを超えられるのか~って」
けらけらと笑うケイドの言葉に冷や冷やしてしまう。聖女至上主義のこの場所で、いくらなんでも軽率だろう。
ふとある考えに行きつき、カノは恐る恐る尋ねた。
「もしかして、あなた聖女様が美人か気になってわざわざここに……? だからとっておきの話ってこと?」
「え? あー、まあそれもある」
「…………」
「べつにいいだろ? 美人を拝めることってそんなに多くないし。写真があればリシウスの美人度も教えられるんだが」
「シャシン……映写マシンの一種で作る、姿絵のこと? どうしてそんな貴重なもののことを知ってるの?」
写真はそもそも出回ることもないほどの貴重品だ。実物を見たことはカノにもない。姿絵よりも、まるで光景を切り取ったように鮮明だという。
合点がいったのか、カノは窺う。
「もしかしてあなた、貴族?」
「いや、平民」
にかっと笑われてしまうが、胡散臭さにカノは眉をひそめた。
「なんでそんなに明るいの」
「べつに暗くなる意味もなくね?」
「……笑う門には福来る、って?」
つい、古語が口から出た。いつものように、「なにそれ」と笑われることはわかっている。
「そうそうそれ! 暗い顔してるよりいいと思うんだよ、おれ」
「……………………」
愕然としているカノに気づき、ケイドは「あれぇ?」と焦ったように顔を引きつらせた。
教養のある貴族でも、古語まで知っている人間は少ない。この男は、何者だ?
「物知りなんだねケイド。古語を使うと、ほとんどの人はきょとんとするのに」
「あー……それももうないのかよ……」
ぼそぼそと洩らすケイドは「故郷で使われてたから」とアハハと笑う。
(故郷? 見た感じ、97の國出身だけど、違うの……?)
あの国は確かに謎が多い。マギナに使われる、純度の高い鉱石を輸出していることで有名だが、門外不出の特殊な技術を有していると聞いた。閉鎖的なあの国の出身者がこうも堂々と他国にいるのは、怪しむべきだろう。怪しんだところで、べつに告発をするわけでもないが。
「で、でもアンタもよく知ってるじゃん? え、っと、死語? 古語?」
「私は、喪失時代のことに興味があって調べ物をしている間に、この言葉を知っただけ」
「? 喪失時代のことは、記録に残ってないだろ?」
「まあね。噂話がほとんどだけど、同じ言葉を使われると気になって……。私たちが今使ってる言葉と似てるのも、面白いし」
「……そりゃあ、言語統一された時代だからじゃね?」
「言語統一? そんなわけないと思うけど」
自分たちが使っている言葉は、元々この『世界語』だけだ。別の言語が存在していたというのもあまり想像できない。
「もしかして、記号文字みたいなもの?」
「え、えーっと……そういうのじゃなくて、色んな国の、言葉ってーか」
しどろもどろになるケイドは、うまく表現できないようだ。
「国それぞれで言語を? なんでそんな面倒なことしなきゃならないの? 今の言語だけで意思疎通できるじゃない」
暗号などのことを言っているのだろうか?
新しい言葉をわざわざ作るなど、酔狂なことだ。
ケイドは額に手を置いて項垂れている。
「ジェネレーションギャップぅ……生きづらい……」
「? あなた時々わからない言葉使うのって、私を馬鹿にしてるの? それより手を動かしてよ。草むしり終わりそうにないんだけど」




