―繋― 10:ドミニコス・アレルヤ 芋洗い
星歴3005年。いよいよ、期限の一年が経つまであと少しというところにきた。
完全に街の外の情報から隔絶されているが、不便はない。
「ひま~」
文句を垂れ流すケイドが、食材である大量のじゃがいもを井戸の傍で一緒に洗いながら欠伸をした。こいつはなんで、こうなのか。
「いいとこだけど、暇だな~」
「暇なんてないけど」
思わずそう洩らすと、ケイドがアハハと笑う。
「まあ草むしりに、芋洗いに、掃除に、洗濯と、やることはたくさんあるよな」
「…………」
わかっているなら、言うな。
彼はん-、と不思議そうに間延びした声を出した。
「なんか今日、少し騒がしくね?」
「ああ、アスバ国のハンドラーを連れて軍のお偉いさんが来るとかなんとか」
「ゲッ」
露骨に嫌そうに顔を引きつらせる。カノは嘆息した。軍人を嫌いな人間は多い。この男も例に漏れないということだろう。
「でも美人みたいよ。ちょっと見てみたいかもしれない」
実際に自分の目で、有名なハンドラーを見ることのできる機会などそうそうない。
「は? あの派手な女を見たい!?」
「派手? どこの新聞にも姿絵はなかったはずだけど、ケイドは見たことがあるの?」
「ハンドラーの中じゃそれなりに有名だぞ? ほら、世界会議だっけ? あそこで各国の代表ハンドラー? が集められたって話あったろ?」
そういえばそんな話があったような。
(その分野にはそれほど詳しくないから情報を集めていなかったけど……戦争の情報のことも市民にもっと多く広める必要があるし、今回の件が終わったらそちらに時間を割くべきかもしれない……)
しかしカノはあまり政治的な分野に対して明るくなかった。なにより平民たちにとってはあまり興味関心のない話題だからだ。
他人任せと言われれば申し訳ないことではあるが、そういうものを最初から握っているのが貴族という者たちで、下っ端である平民たちに情報規制をすることで余計なことを考えさせないようにしている部分もある。平民たちが蜂起して反乱を起こすことを防ぎたいのかもしれないが……今の状況の平民たちはそんな元気すらないのに。
激しい貧富の差はそのまま。世の中を変えようとするほど余力がない。世界のどこかには世界を変えようとしている者もいるかもしれないが、カノが知っている限りはいない。
(革命家がいるかもしれないけど、そんな夢想につき合えない……)
どこかの新聞にはそういう訴えをしているところもあった気がする。まあ余計なことに首を突っ込みすぎると身の危険は感じるのでやめておいたほうがいいはずだ。
「ハンドラーってどういう人間なのかな」
「はあ? とりあえず手ぇ動かした方がいいんじゃね? 怒られないとは思うけど、そういう連中が来るならこの芋はその歓迎かなんかの料理に使われるかもしれねーし」
「そうね」
頷いて桶の水で大量のじゃがいもを洗っていく。手が痛いし、水の冷たさもあって疲れる。まだまだ大量の籠にはじゃがいもが入っていて、減っているようにはみえない。
「セクはハンドラーに興味あんの? そうは見えねーけど」
「希少な人たちだから会ってみたいってくらいよ」
「そんなすごい連中じゃないって。マギナ動かせるってだけだろ?」
「そのマギナを動かせるっていうのがすごいじゃない。簡単に作れるマシンみたいだけど、動かせるのって才能がないとできないんでしょ?」
「あー、まあ、そだな」
なんというか、ケイドの口調はカノにとっては不快に感じる時が多い。軽いという表現が合うのだろうが、喋り方が独特すぎるのだ。
「軍の中にいる本当のハンドラーたちは、盗賊とかよりもすごいはずだし…………だから、今も戦ってるんだろうけど」
「一応正規軍人のハンドラーは、スコアがかなり高い連中で固められてるみたいだしなー」
「……スコアか。じゃあ野良のハンドラーってどれくらいなのかな」
「ぶっ! 野良のハンドラー!? それって盗賊とか、勝手にマギナ使ってる連中のこと!? マジで!? 野良ね。センスいいじゃんそれ! ははははは!」
腹を抱えて笑うケイドを、カノは軽く睨んだ。文句を言ったところでこの男は態度が変わらないので、もう注意する気も起きない。
「前から思ってたけどさ、アンタスッゲーおもろい! クソ真面目なやつって時々こういうの発揮するから笑えていーよな」
「…………」
「ぶはは! その、めっちゃフユカイってツラ最高! アハハハ! やばいハラいてぇ」
笑いを堪えようとするができなくて、また吹き出す始末。カノは手の中のじゃがいもの泥だけをこぞぎとって固めて、ケイドの顔に投げつけてやりたい気持ちだ。
すぐ茶化す。すぐ笑う。すぐ馬鹿にする。すぐ気分に左右される態度をとる。
どこまでも自分とは合わない。苦痛だ。聖女と会ってある程度の情報も掴んだら、この男とも二度と会うことはないだろうが、それまで我慢できるか怪しくなってきた。
ケイドはひとしきり笑ってから、不敵な笑みを口元に浮かべる。
「『本物』っていうのは、すっごい少ないと思うけどな。そうだなー……今から来るっていうあの派手な女は本物っていうほどじゃないんじゃね?」
「……あなた、この国の代表ハンドラーに喧嘩売ってるの……?」
「すごい才能のやつ見たら誰だってそうなると思うけど?」
まったく悪びれる様子もない。こいつは貴族に対して怖いという感情がないのだろうか……。
「本物を見たことあるの?」
「あー……見たって言うか、んー……ハンドラーだったらすげーんじゃないかなっていうやつがいた」
なにを言っているんだこいつ……。
(つまり、自分が認めたやつのほうがすごいって? 妄想?)
嘆息しながら手を動かしていると、ケイドがむっとした。
「アンタも見たらそう思うって!」
「そう?」
「信じてねーな! 見たらびっくりするって! 髪の毛さらっさらで、顔も人形みたいなんだって! あれで男っていうんだから色々納得できねーけど。運動神経が超人級だし、頭もいい? 感じっつーか。おれよりは頭いいとは思うけど」
「……………………」
「なんだよその目……」
「それって、前に言ってた人のことじゃない?」
あっ、とケイドが思い当たり、「そうそう」と頷いた。よほどお気に入りの人物のようだ。その人にとってはおそらく、災難だろう。
「いつか『ガイアの道標』が取材でもしてくれねーかな」
突然出た新聞の名前にカノは持っていた芋を落としてしまう。「あー! なにしてんだよ」と指摘されたが、動揺したまま拾い上げてケイドをじっと見てしまった。
あんな平民向けの新聞を、なぜ知っている?
「ガイアの、みちしるべ?」
「ああ。読んだんだけど、気に入ってんだよ。特に戦争始まってすぐのやつ」
「……………………」
唖然としてしまう。
「記事書いたやつの名前憶えてねーけど、ああいうヤツにぜひともあの超人を記事にして欲しいな。
まあでも難しいか。他国の人間だし」
「……それはさすがに無理だと思う」
「あいつのことスゴイスゴイって言ってんの、おれだけなんだ。もっと知名度上がればいいのに」
「…………」
客で、ハンドラーだったらいいと思えるほどすごい。一体どういう人間か興味は出た。
だが同時に、とてつもなく嫌な予感がしている。真実と嘘を混ぜて喋るこの男の話のこれは、おそらく真実だ。
顔が良くて、ハンドラーではなく、そして、アスバ国の人間ではない。
調べることそのものが危険な気がする。
「思い出した」
明るく笑うケイドが、片手に持つまだ泥のついた芋を軽く掲げた。
「センダ、だったか? 記事を書いたやつ。最後に見たのが二年くらい? 前だったか。なんかやたらと色々とめんどくせーこと考えてんだなーって思ったけど、ま」
そのケイドの表情は、カノにとっては見たことのないものだった。
ぎらぎらと生命力に溢れているのに、妙にちぐはぐな危うさが笑みとして浮かんでいる……言葉にするのが非常に難しいもの。
「ああいうやつがいるなら、多少は人間に期待できるしな」
な? とこちらを見てくるので、カノは片眉を吊り上げた。
「手を動かす!」
「はは、喋りながらだとこれ終わらねーな絶対……」




