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―繋― 08:ドミニコス・アレルヤ 草むしり 前編


 街の中心に存在しているドミニコス・アレルヤの本部とされる建物は広い。広い敷地の中央には大きな講堂があり、そこで聖女は一日のほとんどを過ごすらしい。

 七日に一度、信徒たちを集めて聖女はありがたい話を聞かせてくれるというが、入信して一年は経たないと聖女の話を聞く権利は得られないそうだ。

 長丁場になる覚悟はあったが、一目だけでも見てみたいという興味本位の連中が多いからこういう仕組みになっているそうだ。

 カノのように住処(すみか)もなく、街のほうに宿を借りる貯蓄もない者は特に厳しくされる。敷地内にある共同住居に長く住む者は多くなく、街のほうへ住居を得てここには通いになることがほとんどだそうだ。

 ここに来たばかりのカノは自分より少し年上の女性信徒に不思議になって尋ねた。あれこれ尋ねてしまうと、怪しまれてしまうので質問はかなり慎重にしようと決めていたのだ。

「聖女様の(そば)にいたほうがいいのではないですか?」

 聖女の世話係はいるが、当番制だ。みな、そういうのをやりたがるのだと思っていたのだが。

 彼女は不思議そうに首を軽く傾げてみせた。


「どこに居ようと、聖女様の幸せこそが我々の幸福なのよ?」


 それを聞いて、「は?」と心の中で応じる。

 色々と納得のできないものは多かったが、聖女に会うまでの我慢だと思って黙って従うことにした。

 怪しげな礼拝もないし、妙な食事もない。なんというか……。


「今日の作業は草むしりと掃除か~」


 横で呑気(のんき)にそう言って屈んでいる男に視線を遣る。髪も瞳も黒曜石の色の、三白眼の男。見た目の年齢はカノと同じくらいではあるが、わざわざ東方出身の男がこの宗教施設に訪ねてくることに怪しさを今も持っている。

 この男も、自分と同じくまだ一年も経過しておらす、街への住居も確保できていない。

 外から見れば自分もこいつと同じくらい怪しいのだと認識してしまう。一年ここで暮らしてから聖女に会わせるというのは、ある意味正しいのかもしれない。

(聖女ね……。どう素晴らしいのか誰も教えてくれないけど、年齢は私と変わらないくらいらしいし……。貴族みたいな生活でもしてるのかって思ってたけど、やっぱり世話係にならないとわからないか……)

 口が堅いという問題ではなく、聖女が幸福ならそれでいいという、その文言ですべて語られてしまう。

 貧乏で、食べることにも苦労する人間にとってはかなり手厚い。貴族の屋敷の給仕たちよりいいのではないだろうかここは。

 主人に()かされることもないし、毎日毎日のんびりとできる時間もある。

 ぶち、と足元の草を抜き、「ちっ」と舌打ちしそうになった。根まで抜かないと意味がない。カノは片手に持っていた袋を置いて、(そば)の地面にあった専用道具で土を掘り返して根を掻き出す。

「どうせまた生えてくんのに」

 どこか笑みを含んだ言い方に苛立つが、無視して袋の中に取り出した根を入れていく。

「適当でいーのに。誰も怒らないじゃん?」

「………………」


 なんでこいつと二人きりなんだ。と、毎回思っている。


 立場が似ているからそうなっているし、仕事もかなり楽なものを割り当てられている。ドミニコス・アレルヤでは、苦痛は最大の敵とされている。

 幸福のための宗教。

「だったらどこかへ行ったら?」

 邪魔だと言外に告げると、彼は少し驚いてはははと明るく笑った。

「ご機嫌ナナメだから今日はずーっと無視されるのかと思った」

 無邪気な言い方に、カノは彼を凝視する。自己紹介された時から思っていたが、やはり胡散臭い。

 疑ってくださいと言わんばかりの態度や言動。なまじ少し顔がいいので、カノからすれば関わりたくない相手だ。

「夢見が良くなかっただけ」

「ふーん」

 頬杖をついてこちらを楽しそうに見てくる。

 ケイドと名乗ったこの男は早々に飽きてここから去るものだと思っていたが、どうしても入信したいと言ってもうすぐ一年になろうとしているのだ。

「セクはさ」

 名乗った偽名を呼ばれ、カノは視線だけ一度彼に向けるとすぐに雑草を手で引っこ抜く。特に時間も量も制限をされていない。午後からある掃除も、今日はしない洗濯も、信徒たち全員で協力してやっている。今日中に終わらなくても誰も怒らない。

 そこがどうも、慣れないところだった。一年にも満たない時間だが、誰かが鈍臭くて他人に手を煩わせたところで、そのことに対して烈火のごとく怒る人間を見たことがない。

 自分の感覚のほうがおかしいのかと自信がなくなる。


「真面目だよなあ」


「……いい加減なのはあまり好きではないから」

「余裕がないって意味だって。

 もう少し周りを頼ってもいいんじゃねぇの?」

「頼ってる」

「そうかー? ここに馴染んでないっていうか、向いてないんじゃねぇの?」

「…………」

 ここを去る前提で潜り込んでいるのだから、慣れるのは避けたい。だがそれはそれで目立つ。

 諜報向きではないと理解している。

 カノは日除けの帽子の下からケイドを見た。


「あなたも浮いてる」


「あはは。まあそれはそう。前はなんていうか、もっと忙しいっつーか、特殊? なところで生活してたからのんびりした生活ってなかなか慣れねーな」

「特殊」

 白い信徒の衣服の下の肢体が、なぜか妙に鍛えられているか、とか?

(引き締まってるとか、趣味で筋肉をつけたっていうものじゃないのはわかる)

 一年もここに居れば、この男がその肉体を維持するために行動していることに気づかないわけがない。

 信徒の中にはその方面の者も当然いる。聖女を守るために肉体を鍛えているのだ。

「私は誰かに頼るのに慣れてないだけ。

 もっと忙しくしたいなら、言ってみれば? 仕事くれると思う」

「どうせ雑用だろ? いいって。でもこんなにここだけ平和だと、資源がないとかって大変なのが嘘みたいだよな」

「聖女様のおかげ」

 そうだろうか? でも、ここではそうなのだ。

 聖女。ドミニコス・アレルヤの神子(みこ)と呼ばれる、少女。サラ=ラポィリトステという名は、代々の聖女が受け継ぐものだ。

 どんな女なのだろう。慈悲に満ち溢れた、それこそ善性の塊のような感じなのだろうか? まったく想像できない。

「聖女のおかげね。箸より重いものを持たないってイメージがあるんだが」

「……なに言ってるの。どこにそんな人間がいるの」

「えっ、あー、今のはほら、か弱いお嬢さんって意味で言ったんだよ」

 なぜか焦るケイドを、カノは不快そうに睨んだ。

「箱入りってことだって」

「ハコイリ?」

「げぇ……こっちももう死語なのかよ。

 あ、もっと面白い話あるんだよ。とっておきのさ」

 どうでもいいとばかりに視線を逸らし、カノはまた草を引き抜く。正午の鐘が鳴れば昼食の時間だ。こうしてお喋りをしながら作業をしていても誰にも(とが)められない。

 無視するカノを(うかが)っていたケイドは「前のとこで」と話し出す。結局こいつは黙って作業ができないのだ。

「すっごい美形の客が家に来てさ」

「へえ」

 とりあえず相槌を打つカノから視線を外してから、ケイドは草をぶちっと(むし)った。それから空を見上げる。

 客、という言い方にカノは平静を装った。真実かどうかを見分けるのは経験と、勘頼りになる。カノからすれば、ケイドは真実も嘘も、わかっていて混ぜて喋っている印象があった。



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