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―繋― 07:過去回想 夢のあの子 後編


 彼女は少し考えてから、軽く首を(かし)げた。

「でも、そのひとたちも死ぬ……と、思うけど」

「血族を遺そうとする人も多いじゃない」

「…………? ずっと続くことなんて、ない、かな」

「え……」

 少女の瞳が空に向けられる。生まれてからずっと曇っている、その空を。

「大昔は、ウラノメトリアだってなかったって……。でも、今はウラノメトリアがあるし……でも、もしかしたらもっと未来では、ウラノメトリアはまたなくなるかも」

「………………」

 指摘は、その通りだった。当たり前になっているウラノメトリアは、大昔はなかったと……なぜか誰もが知っている。

 カノはウラノメトリアのない世界が想像できない。粒子マシンのない世界は果たして良いのか、それとも悪いのか……安易に考えられない。毒だと言われているから、悪いのだと漠然と捉えていた。


 不思議な価値観を持っている少女に興味が湧く。


「ねえ」

「わっ、は、はい」

 ずいっと近づくと、彼女は怯えるようにさらに身を縮こまらせる。

「いつか死ぬから、戦って殺してもいいって考えてるの? 自信があるの? いくらお金がもらえるからって……」

 そこまで言ってから、カノは口を(つぐ)んだ。世の中には人の命をお金にする者はけっこういる。目の前の少女は少し違う気がするが、それでも仕事だからとハンドラーをしているのだろう。

 そういえば彼女はなぜここで洗濯らしきものをしているのだろう? どう見てもひと気のない村はずれなのに。

 うーん、と彼女は小さく唸る。

「ひ、ひとを殺すことに自信を持つのは……ち、違うと、お、思うよ……?」

「………………そ、そう」

 どこか達観している様子なのに、すぐに自信がないような態度になる。考え方に芯が通っているという感じでもない。

 水を含んだ布を(しぼ)ろうとしているが、ふざけているのかまったく絞れていない。仕方なしに端っこからぎゅっと手で必死に握っている。

「たくさんお金を稼ぎたいとか、贅沢したいとは思わない? ハンドラーなのに、あなた少しも裕福に見えないもの」

「ぇぇっと、べ、べつに……?」

「今より苦労しなくてもいいとか思わない? 好きなものを食べて、綺麗な服を着て、清潔に暮らせるのに?」

「??? 食べられるならなんでもいい、かな……。きれい? な服も、あまり……。せ、清潔は……そ、そうだなぁ……」

「おなか一杯に食べられるのに? 貴族の人たちみたいにいい仕立ての服は? やりたいことができる人生は魅力的じゃない!?」

「…………」

 一気に(まく)し立てるけれど、彼女は少しだけ驚いたように瞬きをしてから、また困ったように少し笑う。どこか寂しそうにも見える、カノの胸によくわからない感情を起こすそれをもっと見たいと思ってしまった。

「た、たくさん食べたって、お、おなか壊しちゃうよ……? す、すてきな服よりも、丈夫な服のほうが、す、好きかな……。やりたいことは特に……」

 謙虚というよりは、過不足なく生活をしたいのだろう。欲を出さないと発言したように、彼女は欲張ることが苦手なのかもしれない。


「戦わない生活を、してみたくない!?」


 カノの言葉に、彼女は軽く目を見開いた。

 蒼い、薄氷のような瞳の奥に金色の光が見えたような気がする。

「それは……そういうのを、なくしたいって世界になれば、叶うことじゃないかな……」

 こういう仕事がなくなればいいと、彼女は言った。望んでいないからそうなのだと思っていたが、なにかが……違う、とカノの(かん)が言う。

 欲を出さない。自分が持てる分だけ。仕事だから。

 どうも彼女には、奇妙さがある。はっきりと、認識できないというか。視界が妙にぼやけているというか……。相手の顔がはっきり見えないなんてこと、あるのだろうか?

「他人事みたいな言い方ね」

「えっ、あ、いや、そういうつもりじゃなくて……本当にそういう世界にしたいなら、そうなってるはずだ、し」

「…………」

「そうしたくない人も、いるってだけで……わ、わたしは、…………」

 彼女の、蒼の瞳がはっきりと金色にみえた。


「どっちかに加担しちゃ、だめだから」


「?」

「た、たぶん、ね? ほ、ほら、ハンドラーだし、そ、そういうの、よくない、し」

 弱くなっていく声。彼女の瞳はやはり、金ではなく、蒼だ。

(知りたい……この子のことを、もっと……! 永遠がないって知ってる女の子……)

 ああ、そうか。

 この子は、他人に期待をしないんだ。諦めているというよりは…………。

 ぞくりと背筋が震える。高揚(こうよう)する気分に、カノは口元が(ゆる)んだ。

(人間そのものに、興味がない……!?)

 ああ、でも。決めつけるのは早い。

 知への探求になると止めらない自分に焦りつつ、少しだけ、もう少しだけと思ってしまった。


「私、あなたともっと話がしたい」


「………………………………。ぇえええええー!」

 しばらく硬直したあとに絶叫を上げ、少女は()()った。

「い、いや、わ、わたしと、お、おしゃ、おしゃべり!? む、むむっ」

「む?」

「むりっ、です……! おこ、おこられ、る……!」

 失敗した、と口走っているその姿は、明らかに異常だ。今の今まで少しは油断していたのに、いきなり警戒し始めた。

 立ち上がった少女が、ぼたぼたと水滴を垂らす布を持ったまま視線を泳がせる。そのままダッと走り出してしまうので、カノは唖然としてしまった。

 べつに足が速いわけでもなく、むしろ遅い部類の少女をカノは追いかけなかった。

(永遠じゃない……)

 どんなものも、どんなことも、永続的なものはないという思考も珍しいほうだが、あれがハンドラーの『ふつう』とは思えなかった。欲を出さない人間などいない。カノだって、そうだ。

 胸がいっぱいになった。

 なんだろう。もう彼女の姿をぼんやりとしか思い出せない。


***


 夢だ。

 時々みる、夢。実際にあった出来事なのだが、夢から()めるとあまり憶えていない。

 相手が女の子だったことくらいしかわからない。顔も、髪の色も、すべてが曖昧になっていて、苛立ちが(つの)った。

 部屋の窓には硝子(がらす)などもなく、誰でも侵入できてしまう作りだ。不用心だなと最初こそ思ったが、ここにはそういった(たぐ)いの危険が存在していないからこそだとわかった。

 星歴(せいれき)3003年。もうすぐ3004年になるのだと時間の流れを感じながら、カノは起き上がった。いい寝起きとは思えない朝だ。



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