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―繋― 06:過去回想 夢のあの子 前編


 暗めの赤い髪はぼさぼさで、すごく疲れた顔だった。

 彼女はカノと同い年くらいだった。体よりかなり大きめの汚れた作業員服で、身なりはよくないものだったけれど、軍の手伝いをしているであろう女の子。

 あの時、カノは心底腹が立っていたのだ。アスバ国はテラスト連合国という巨大な軍事国家と隣り合っている。そしてテラスト連合国から、こちらの資源を奪おうとして侵入してくる盗賊が多かった時期だった。

 連合国側がやっとその件に着手したようで、部隊を寄越したという話を聞きつけてカノは男装して取材を試みようとしたのだ。今の小柄さと幼さなら、少年と間違われる。

 もっと成長してしまえば骨格から素性に気づかれるかもしれないからこそ、カノは足を運べる場所には男物の恰好で出向いていた。


 国境近くの村に派遣されたという連合国の者たちは、部隊ではなかった。


 近くに基地がないという理由で、斥候(せっこう)なのかなんなのか、組み立てられていないマギナの装甲を荷車に乗せて放置したまま、片手で数えられる人数の軍人が酒盛りをしていた。

 村の者たちはまったく歓迎していなかった。特例で国境を越えてきたというのに、反省の態度もまったくない。早く盗賊を捕まえて国へ帰って欲しいという雰囲気を漂わせる村人たちを見て、カノは引き返すことにした。

 酔っている連中になにを訊けというのか。どう見ても下っ端で、ハンドラーはおそらく一人。

 犠牲になるのはいつも弱い人間だ。彼らもまた、()()()立場だろう。

(形だけでもってことなんだろうけど)

 荒れた村の中をとぼとぼと消沈して歩く。急いで馬車を乗り継いで来たこともあり、空腹なうえ疲れていた。

 ばしゃばしゃと水音がしてそちらを(うかが)ったところ、村はずれの小さな川で誰かが洗濯をしていたのだ。

 作業着は汚れていたが、テラスト連合国のものだった。マギナを組み立てる作業員かもしれない。いやきっとそうだ。

 朝日が昇った頃合いだった。こんな早い時間に仲間は夜通し酒盛りをしているのに、こいつはこんなところで一人でなにをしているのかと……、同時に、憤りが腹の底から湧き上がってきた。

 近づくと、わざと足元の砂利(じゃり)を鳴らした。気づいた少女がこちらを見遣り、驚いたように瞬きを繰り返してからびくびくと怯えたまま、身を縮こまらせる。


「あなた、テラスト軍の人でしょ」


 冷静さを完全に欠いていた。寝不足のせいもあっただろう。

 荒げた声にびくりとしたものの、少女は渋々といった様子で(うなず)く。

 こいつらがきちんとしないから、自分の国の人間が被害に()っている。彼女を責めたって意味などないのに、カノには止めることができなかった。

 どうして戦うのか、どうして強い人たちは酷いことをするのか、どうして争いはなくならないのか。

 戦争が始まるより随分前のことだったが、つい苛立ってしまって疑問をぶつけた。完全に八つ当たりだ。

 彼女はカノがすべて吐き出すまでずっと黙って聞いていたけど、おずおずと水筒を差し出してきた。

「たくさん喋ったから、こ、これ……。あっ、ど、毒とか、あ、危ないもの、入ってない! からね!?」

「あなた頭おかしいんじゃないの!」

「え、えっと……ま、まあ……喋るの、下手だし……ばかだし」

「確かにトロくさい……」

「あはは……。ご、ごめん……」

「でもあなた、軍人なんでしょ? 強いんでしょ? だからその歳で戦ってるんでしょ?」

 カノにとっては整備だろうが、裏方だろうが、軍人は戦う人間という認識だった。少なくとも、目の前の彼女は他国までわざわざ派遣されたのだから。

「つ、強くは、ないかな……。ハンドラーだけど、よ、弱いほうだよ?」

「ハンドラー!?」

 仰天して大きな声を張り上げてしまう。ではあのマギナを組み立てる側の人間ではなく、乗る側の人間ということ!? こんな幼い女の子が!?

 どう見ても十代前半で、痩せている。栄養が足りていないのはカノでもわかるというのに、派遣されたハンドラーがこんな……。

 彼女は悩んだ声を出す。


「……うーん。わたしがひとを殺すのは、仕事だから、かな」


 その言葉は、カノにとって理解はできるか、頷けるものではない。

「お給料が出るから、そういう仕事だからしていること、で……強い、とか弱いとかで、ひとを殺すわけじゃない、かな……」

「……最低」

「あ、はは……。そ、そうだね……。こういう仕事、なくなればいいね」

「なくなるわけないじゃない!」

 反射的に言ってしまってから、カノは落ち込んだ。しかし彼女は、困ったように笑った。その笑顔は、今まで会ってきた人間では、見たことのない種類のものだった。

「まあ……世の中のひとが……変に欲を出さなければ、それだけでいいとは……思う、かな」

「…………欲?」

「えっ、あ、そ、そうだね……」

 ふいに、彼女の瞳が一瞬だけ金色に見えた気がした。しかし気のせいだ。青色が金色になるわけがない。

 彼女は、ぼろぼろのなにかを川の水で洗っていた手を止める。

「自分の手に持てるだけで、いいと……思うかな。だって、すぐ(こぼ)れちゃうし……。余分に持っていれば安心する、のも……わかるんだけど……たくさん持っていたって」

 カノを見てくるその瞳があまりにも、透き通っている。そう感じていたのは、カノが心にやましさを持っていたからだろう。


「どうせ人間は死ぬんだし」


 あまりにもな言葉ではあった。だがそれは真理でもある。

 欲深く求めていたって、人間はどうせ死ぬ。死後に、貯めていた富は持っていけない。しかしその言葉の直球さにカノは動揺してしまった。

「じ、自分の子孫に残そうっていう人もいるでしょ……」

「そ、そうだね……でもその子どもも持てる物は限られているし、その子どもだって死ぬし」

「……貴族とかは?」

「え?」

「一族を(のこ)そうとするでしょ……」

 平民とは違って。

 お貴族様の考えていることなど、カノにはわからない。彼らには彼らの思考があるのだ。だがだから、なんだというのか。



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