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―繋― 05:イーハトーブ


 馬車に揺られ続けて気分が悪い。乗合馬車は座り心地が悪いものだが、長距離移動は身体に辛い。

 奪い合いを続けるこの世界は決して安全ではないが、さびれた場所を移動することで危険を回避できることもある。当然ながらその逆もあった。

 カノは移動経路を確認するために世界地図を広げ、溜息をついた。

(アスバ国……閉鎖的ではあるけど、ドミニコス・アレルヤの本拠地がこの国に移動してからそれなりに輸送なども発展した。ドミニコスは三百年前に一度衰退していたという記述は残っている。歴史家も、奇妙な符合の一致にカース・ウィッチであるアネモネとの関連付けをしている者もいる)

 ドミニコス・アレルヤ。根強い宗教ではあるが、アスバ国の前はテラスト連合国に根付いたものだったはず。

(資料もたいして残っていない。アネモネが魔女だから、聖女を祀り上げるドミニコスにとっては対比しやすいともとれる)

 けれどドミニコスの主張は、アネモネはハンドラーではないということも知っている。彼らは神の模造品と言われるマギナの正当な操縦者は自分たちだと主張しているからだ。

 経典は外にまったく流出もしていないので手に入れることもできなかった。信者そのものの人数も把握できない。通信に関する技術がなかなか発展しないのが原因かもしれないとカノは思っていた。

 マギナに限らず、連絡を密にしなければならないものが進化しない。その原因はウラノメトリアにある。

 大気、大地、様々な有機・無機物に積もり続けるウラノメトリアという粒子マシンは、通信に関するものを阻害するのだ。かろうじて映像だけは短い距離に限り、場所が離れていても視聴可能な方法が生み出されているが、音声に関しては発展しない。

 研究者たちもこれには答えが出せないようで、首を捻るばかりと聞いている。音だけは遮断するのがわからないということではあるが、ウラノメトリアはとにかくそちらに関連するものに不向きらしい。カノは専門家ではないのでそのあたりはよくわからない。


 眺めていた地図に目を走らせてから、小さく畳んで荷物の中に戻す。ドミニコスの本拠地である教会は、イーハトーブという街にある。宗教を広めるならば、信仰場所を増やすものだとは思うのだがそうはなっていない。不思議な宗教だ。

 街としては盛んで、裕福だと聞いている。耳に入れた情報だと、街に住んでいるのはドミニコスの信者ばかりだという。そんなことが可能なのかと思うが、こればかりは確かめに行かなければわからない。

(裕福ね……ありえない。資源が枯渇しかかってるのに、毎日をひもじい思いもせずに過ごせるわけない)

 ウラノメトリアだけはほぼ無限にあるとされているからこそ、なんとか活用できないかとあちこちで研究がされているのだ。だがその結果はあまり良いとは言えない。なにせウラノメトリア自体がよくわからない、太古に創られたマシンとされていて技術も不明なのだ。


(古い、喪失時代の技術、か)


 目に見えない粒子マシンのことなどカノにはさっぱりわからない。生きている人生の中で、その粒子マシンの恩恵など感じたこともない。

(目に見えてたら、まだ違ったんだろうけど)

 カノにとっては真剣に調べる分野ではないためにあまり明るくない。

(それじゃ、いけないんだろうけど)

 人々に、様々なことを知らせるための、新聞だ。カノが親元から離れて記者として生きていくことを選んだのも、まともに生きていけないと判断したから。それほどに、平民の貧富の差はあからさまで、底辺に近づけば人間らしく生きる最低限のものが失われていく。

 身売りをするか、炉端(ろばた)で野垂れ死ぬか。産んだあと、邪魔だと捨てられる子どもも少なくない世界だ。



 乗合馬車から降りて、方角を確認してからカノは歩き出す。イーハトーブへと商売に行く者に同伴させてもらえばもっと道中は楽だっただろうが、どうも危険な気がした。

 馬車の中での会話を聞いていたが、貧しい者が多かった。ドミニコス・アレルヤの信徒ではないが苦しみのない場所だという噂が広まっているようで、それを信じてやって来ていたようだ。

 カノもふくよかとは言えない体躯(たいく)ではあったが、荷台に乗っていた彼らはみな頬がこけ、手足はろくな脂肪がついていない細さだった。筋力も下がって労働力ではないと厄介払いをされたのだろう。


 この世界では資源のない土地のほうが圧倒的に多い。そして、その中には絶地(ぜっち)と呼ばれる場所があり、そこに人は住めない。活用法のない絶地を再利用する方法を模索している者もいるらしいが、いまだにその土地は放置されているので難しいのだろう。

 歩く道はそれなりに整備をされているが、大都市ほどではない。国境近くにあるということもあり、テラスト国のことを警戒しているのかもしれない。そういえば目的の街の近くには広い絶地がある。

(三百年前にカース・ウィッチが大暴れした場所とか言われてるけど記録にはないし……アネモネの資料って誰かの書いた適当なものしかないから)

 たった三百年前だというのに(ろく)な資料がない。いや、今の時代も同じだ。記録したものを保存する場所の存在を、一般人は知ることがない。

 馬車も多く通るのが、道にある(わだち)の痕跡でわかる。道は見晴らしのいい状態で、カノのように徒歩の人間もいた。どこか余裕を感じるのが不思議で、カノは思わず眉間に皺を寄せる。

(変なの。アネモネの容姿に関しても残ってないし……どれくらいの時期に彼女の資料はなくなったのか気になるけど、テラスト軍の人間も知らない人ばかりって聞くし)

 本当に居たのかと怪しく思っている者もいるには居る。だが彼女の逸話や現存している話があまりにも似通っているので、実在していた説が優勢ではある。

 天才ハンドラーというアネモネは、聖女と戦って勝利したという……いかにもな話がある。この話はカノが調べていた時に偶然知ったものだ。なにせ今から出向く街を牛耳っているドミニコス・アレルヤの象徴である聖女と、天才ハンドラーが戦うという構図が想像しにくい。


(どうして誰も記録したり、文献を(のこ)さないのかな……。大衆向けの新聞だって、あまりない)


 情報を管理されているというよりは、人々は興味がないように感じる。新聞というものは人々に普及してはいるが、回し読みをされるのが常で儲かるものではない。

 それもそのはず。他人の醜聞で興奮したり、その誰かを知った気になったところで……生活が向上するわけではないからだ。

 人々は生きる為に生きるだけ。娯楽というのは二の次。何かを考えるのも、他人のことを考えられるのも余裕があるからこそだ。

 視線を、通り過ぎる人々に向ける。誰もかれもが、幸せそうな表情だ。大都市でも、貴族でも、こういう表情をしている人間をあまり見かけることがないからか、内心で腹が立つ。

 カノの中にある幸福というものと何かが違うという奇妙な感覚は、街へ無事に入ってから気づいた。



 街の中は、人口もさることながら都心のように発展していた。資源の少ない世界の中に紛れ込んだ、異物のような街だ。

 建造物は丁寧に使い込まれているし、行き交う人々の数も多い。そして誰もが、不満など一切ないという表情だったのだ。市場(いちば)へ行けば屋台を出している店の品は豊富で、どこからこれほど瑞々(みずみず)しい野菜や果物を仕入れたのかと己の目を疑ってしまったほどだ。


(なにこれ……どういうこと)


 流通の問題ではない。国境に近いこの街は、テラストという巨大な国家にあっという間に踏み潰される場所にある。狙われないのは絶地が近いからこそ手に入れる利点があまりないせいだ。豊富な資源もない街がこれほど潤っているというのもおかしなことだ。

 カノは気持ち悪さに眉間に皺を寄せてしまう。どこを向いても、人々は生き生きとしていた。乏しい資源の奪い合いをしている戦時下でありながら、ここだけは異質そのものだった。

 下手なことを言えば街から追い出される可能性もある。カノは行き方を尋ねながら目的の場所に辿り着いた。

 街の中心地に大きく居を構えた豪奢な建物。明らかにそこだけが、街の中で浮いていた。門番らしい信徒が二人居る。

(……明らかに戦闘慣れした感じの人間。不釣り合いというか)

 不似合いというか。

 勝手な思い込みだったのかもしれないと、考えを振り払う。屈強な肉体を持つ二人にカノは近づいた。

 旅装のカノを二人は見てくる。睨まれるかとも思ったがそうはならなかった。二人の男はこちらが(おのの)くほどの笑顔を浮かべたのだ。


「新しい入信希望者か?」


 この姿ならばそう思ってくれると確信していた。生きることに希望を失った者たちは、ここに行きつく。先ほど馬車で見た親子もきっと訪ねてきたはずだ。

 この街は、この宗教と密接な関係にある。

(私はそれをこの目で確かめたい)

 自分の好奇心だ。


「聖女様なら救ってくれると聞いて来ました」


 真っ白な信徒の衣服が(まぶ)しい。汚れなんてひとつもないその服は、まるでこの街を覆うすべての異常の象徴のようだったからだ。



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