―繋― 04:旅立ちの前
第二次グラス戦争。慌てふためくのは貴族たちばかりで、平民たちは特に気にしていなかった。
略奪の生活に慣れ切っているせいで、今さらという気もしていたからだ。
カノの周辺では大きな変化が見られなかった。外交が優れている国にいるからではない。かと言って、軍事力が強いわけでもない。
アスバ国の強みは、政治を女性が担っていることだった。カノが記者をしているのも、そのおかげであった。女であることで貶められたりしたことがない。
女尊男卑とまではいかないが、男よりよほど理性的にやり繰りができるのは女のほうだったこともあり、女性が優先される。この国では女は男のための道具ではない。
世界中の情報が制限されていく中、アスバ国は異様なほど落ち着いていた。
争いが激化すればさらに搾取されることになるだろう。カノとしては今しかできないこともしたかったが、そうもいかない。
イーハトーブへ行くと宣言し、その準備も進めてきたのに世界戦争が始まってしまった。ドミニコス・アレルヤの本部があるその街は連合国テラストとの国境付近にあるため、ぐずぐずしていれば潜入の機会を完全に逃してしまう。
小さな新聞社で働くカノは『セクンダ』という記者名を使用し、『ガイアの道標』という大衆向けの新聞に小さな記事を載せていた。
疑問に思ったこと、調べたことへの意見、いま人気の食べ物などのことも書いた。戦争が始まってすぐに出された新聞にはアネモネのことを載せてもらった。
(調査不足のまま書いたものだけど、もう二度とあの内容は載せてもらえないはず)
もっと深く調べてからもう一度挑戦したい。
自分の席の上に散らばっている書類を整理していると、同じ記者の男と、新聞に掲載する挿絵を描く絵描きの会話が耳に入ってきた。
「ヨリルア国が聖女に対して動きを見せてるって話があってな」
「呼ばれた貴族の家で見聞きしたのか?」
絵描きの男は、呼ばれればどこにでも出向いて絵を描く。絵の評判がいいので貴族の邸にもかなり出入りしており、そこで耳に入れた情報をこの新聞社に売ることも多い。
戦時中なのに呑気な貴族もいたものだとカノは呆れたが、彼は肩をすくめてみせるだけだ。
「貴族連中も、使用人もお喋りなやつが多いからな」
「鬱憤が溜まりやすい人間は多い。醜聞を愉しむ気持ちがわからないわけじゃない」
絵描きの男からそういう類いの情報をよく買い取るため、口に浮かべている笑みがどこか卑しいもののように見えてしまう。あえて見ないようにしてはいるが、記者の男は民衆が喜ぶ記事を書くのがうまい。
「そういえばカペラ嬢の取材を試みてるんだって?」
「ああ。我が国の代表ハンドラーで、いま一番注目を集めてる人物だからな。しかし、うちが元貴族のお嬢様に直接取材できるわけがない。おまえもなにか耳に入れたら情報を売ってくれ。
彼女の邸で働いてた使用人たちの中にも、口の軽い人間はいるだろうからな」
貴族は自分たちの家門からハンドラーを出すことを嫌がる者も多い。
苗字を明かさないハンドラーはそういう家門の出身だ。ファルス国はあまりそういうことにこだわらないと聞いたが、少なくともこのアスバ国とヨリルア国は厭う家門が多いそうだ。
汚点とするか、それとも誉とするかは、貴族の人間の考え方で大きく変わる。
「他の情報なんだが、今は戦争関連のことのほうが支払いはいいかな?」
うかがう絵描きの男に対し、記者は「内容による」と明るい。本当に今が戦時中かと疑ってしまいそうだ。
「『スタァレイル社』のことで少し変わった話を聞いたんだ」
スタァレイル社はマギナを制作する有名な会社だ。一番の大手と言ってもいい。
「引退した社長が田舎に引っ込んで大人しく隠居生活をしていたらしいが、実は雇っていた執事見習いと給仕の女をハンドラーと専属のラヴァーズにしようとしていたらしい」
「やり手だったが思考がぶっ飛んでたっていう? させたいと思ってできることじゃないだろ?」
「97の國の士官学校に手を回して入れたとか聞いた。使用人たちの間でいま話題になってる」
「夏に事件が起きたあそこに? もう少し情報を仕入れれば刺激的な記事になるかもな。どうせ尾ひれがついて噂話が大きくなってるだけだろうが、やりかねないっていうのがいい」
どう考えても嘘だろう。
この場合、真実かどうかではなく、そういう噂が出回っていることに注目する人間は多い。
ある程度片付けが済んでから、カノはふいに視界に入った自分の手帳を開いた。泣いて訴えていたあの女は、今頃どうしているのかとふいに思い出すが、それだけだった。




