―挑― 04:そしてー甥
甥が行方をくらませて数年が経った。捜索は続けていたが、見つからなかった。
兄の気紛れでできた子だったことで、甥はずっと苦労していた。ひどい扱いもされていた。あの子も、ズベンの血筋だというのに。
なにより両目を失明した身でどこに消えたのか……。軍に入れたのも、それしか道がなかったからだ。整備のほうに回せたが、まさかポルックス姉妹と縁ができるとは思ってもみなかった。
甥は生真面目で、義姉による暴力に晒されてきたがなにがあっても反抗することはなかった。
そんな甥が初めて自分から行動を起こすことが、信じられなかったほどだ。軍には向いていないとはわかっていたから、機会がやってくれば養子にしようと思っていた。
あの事件さえなければ。
甥がひどく思いつめた様子だったのは知っていた。整備担当の技師がハンドラーと話したいと言ったところで承諾はされない。
甥の体質のことを軍医にだけは打ち明けていた。調べられればすぐにわかることだから、口止めも厳しくしていた。あちこちに手を回した。
そして、空が割れたあの日を境に、甥は貯めていた金銭でなにかを買い集め、ある時やって来た。そして、この荷物をポルックス姉妹に渡して欲しいと言ったのだ。
なにも訊くなと。なにも言うなと。
なにに思いつめているのかわからなかった。
後から知ったが、軍医のドミニクは内通者だった。そしてそのドミニクに、甥は一方的に攻撃された。絶対に他人を傷つけない甥だけが医務室で瀕死状態で発見された。
ドミニクと、ルルゥ=ポルックスの姿が消えていた。甥は、彼女の姉のフィフィ=ポルックスと話したいと言っていたが、確認をとったところ、フィフィはドミニクの指示で入院をしていたらしい。
しかし、フィフィはどこにもいなかった。
彼女は実の妹が両脚を失ったあとも、仇をとると威勢よく言っていたらしいが……専用機もないうえにラヴァーズである妹まで欠いている状態だったこともあり、誰もフィフィ=ポルックスの行方がわからなくなっていることに気づかなかった。
彼女は確かに優秀なハンドラーではあったが、妹がいることが条件の人間だった。その妹が負傷してしまったからには、マギナに乗せることはできない。その程度の価値のハンドラーだった。
姉のフィフィ=ポルックスが消えたであろう時期から約半年後に妹のルルゥ=ポルックスとドミニクが揃って行方知れず。
甥は両目の光を失ったが、ドミニクに内通者であることを問い詰めたら金槌で殴られたと言っていた。殴打の痕跡は凄まじいものではあったが、命を取り留め、そして回復した。
ふつうなら、死んでいると医者は言っていた。だが、いつも耐えていた甥に幸運が巡ったのだと思っていた。
そして甥が突然消えてから…………。
「叔父さん」
家の玄関の前に、穏やかな微笑みを浮かべて甥が立っていた。幻でも見ているのかと思ったが、長く伸ばした前髪の下の両の瞼はしっかりと閉じられている。
「サビク!」
駆け寄ろうとしたが、はっとした。サビクは少し身長が伸びていたが、痩せている。一体どこで何をしていたのか知らないが、無事に戻ってきたならそれだけでいい。
それだけで。ん?
腕に抱いている小さな物体に、足が止まった。
「サビク……なんだその赤ん坊は」
「オレの娘」
「むすめ」
…………むすめ!?
仰天してから、まじまじと赤ん坊を見遣った。確かにサビクとよく似た子どもだ。
「ほ、本当に?」
「ああ」
「は、母親はどうした!」
「彼女はまだ探し物を続けてる。子どもを育てられる性格じゃないから、オレが連れて帰った」
「産むだけで、おまえが引き取ったのか!?」
「そうだよ。オレが欲しいってお願いしたんだ」
「犬猫じゃないんだぞ!」
思わず怒鳴ってから、甥の表情を見た。甥は真面目そのものだ。冗談半分でやっていることではないのだろう。
甥の腕の中のちいさなものは、すやすやと眠っている。
「一人で育てるつもりか?」
「ああ。近くまで来たから、叔父さんにだけは顔を見せておこうと思って」
「これからどこに行くんだ?」
「いい場所を見つけたら、古本屋でもしようかなと思ってる」
柔らかい笑みのサビクは、なにも変わっていないようで変わった。望んで生まれたわけではなかった甥が、みずから生きることを選択したのだ。




