表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/116

―挑― 03:そしてーサビク


 光を失ったけれど、命は助かった。


「サビク」

 申し訳なさそうな声を出す叔父に、サビクは包帯を頭部に巻いたまま小さく微笑んだ。

「叔父さん」

「…………すまない」

 色々なことに対しての謝罪だろう。叔父は軍人になったが、それは王位継承権を放棄するためにしたことだと、サビクは知っている。彼はサビクと同じように争いが得意ではない。軍人になったのは余計なことに翻弄されたくなかったからだ。ある程度の地位を約束されているし、彼はそのおかげで戦場に出ることはない。

 戦っている兵士に近い場所にいるサビクからすれば、安全な場所に居ることは甘えにも思えた。当然、そんなことがないのはわかっているが、ルルゥたちがあれほど傷ついて帰ってきたのを目の当たりにしたのだからどうしても叔父に対して内心複雑なものを抱いてしまう。責められる立場ではないが。


「おまえの目は、もう」

「そう。そんな気はしてた」


 思い切り金槌(かなづち)を叩きつけられて命があることのほうが、驚きだった。てっきり死んだものだと思っていたのに。

 寝台の上に横になっていたサビクは、やっと思い出した。

「叔父さん、ルルゥは……ポルックス姉妹はどうなったの?」

「……ポルックス姉妹は、軍を脱走した」

 そういうことに、なったのだろう。

 天井を向いたまま、もう引き戻せないと痛感した。断片的な記憶しかないが、サビクは生まれて初めてウラノメトリアを操作した。

 そしてそのことを、絶対に周囲に知られてはならない。生身の人間がマギナなしでウラノメトリア操作ができるということは、聞いたことがない。それにアレは、そんな単純なものではない。

 無我夢中だったが、無闇に使ってはならない力だ。制御できる自信がそもそもない。

「今は停戦状態だ」

 叔父の言葉に耳を疑った。


 そしてそのあとすぐに、第二次グラス戦争は終結した。



*****



 サビクはうっすらと(まぶた)を開く。完全に使い物にならなくなった、白く(にご)った瞳で、彼は言う。


預言者(ズベン)の子らよ、」


 秒針(とき)を止めよ。


 周囲に一瞬だけ金色の光が弾け、彼を囲んでいた男たちが一斉に動きを制止する。思考が(にぶ)り、身体(からだ)の筋肉が弛緩してその場に全員が倒れた。

 誰にも言っていない、秘密だった。だれに暴力を加えられていても、サビクはこの力を使ったことはなかった。

 王妃によって鞭を打たれていても、痛みに耐えていた。サビクは暴力が大嫌いだ。自分がだれかを害するのが、心底嫌なのだ。

 それにこんなもの、無闇に使うものではない。他人を思い通りに動かそうとすることこそ、傲慢で、忌避すべきものだ。

 特別な力なんてものは、なくてもいい。確かに大切なものが守れないかもしれない。力があればと望むかもしれない。

 でも。


 大抵の人間にはそんな力はない。


 あると勘違いしている人間ならいるだろう。

 この力に慣れることが怖い。だから使いたくない。あるものとして扱いたくない。痛みに鈍くなりたくない。いつだって他人の痛みに敏感でありたい。相手の気持ちを想像して、怖がっていたい。

 痛みに鈍感になると、暴力を振るう者たちと同じになりそうで、嫌だ。

 たとえ理由がなんであれ、サビクは力を使うことが吐きそうになるくらい……いやだ。

 だれかは弱虫と罵るだろう。だれかは臆病と嘲るだろう。そう、こんなものはやさしさではない。

 ひくひくと小さく痙攣している男たちをちらりと見てから、はあと薄く息を吐いて瞼を閉じると歩き出す。

 使いたくもないものを使って、気分が悪い。だが腕の中の幼い娘を傷つけられなくて、本当に良かった。この小さな命だけは、守りたかったから。

 あの蒼い空を見た時、サビクは確かに感じた。身体のどこかが、いや、すべての細胞が歓喜した。強固に縛り付けられていたものが解放されたのだと、感じた。おそろしかった。


 それは「突破」だった。


 もう戻れないのだと、確信した。サビクは他の人間よりも、一歩は確実に進化したのだ。

 きっと、娘もそうなのだろう。突破してしまった二人の子どもだ。だが自分のような奇妙な力は振るえないはずだ。娘にはハンドラーの素養を感じられない。

 本当は、彼女に願うことではなかった。探し物が見つからない彼女には、親になる未来は見えなかっただろうから。

 それでも、サビクは我儘を通してしまった。未来を一人で歩くのは、とても寒いから。凍えそうになるから。

 そして、彼女の血を未来に送り出したかった。最悪な世界だけど、少しでも良くなるように努力を続けていたいから。


***


「サビク! どこに行ってたんだ! 何年も……。背は少し伸びたか? こんなに痩せて……」

「叔父さん……」

「……ところでその赤ん坊はどうしたんだ?」

「オレの娘」

「…………むすめ!?」


 サビクは微笑んだ。もうその美しい青緑の瞳はみえないけれど、彼は確かにもっと未来の世界をみていたのだ。

 悲しみは続くだろう。争いも消えはしないだろう。人間は醜悪で、救いようのない生き物のままだろう。

 けれど、ひとが努力を続けることを夢見ているから。いまよりもよい世界を、夢見ているから。

 辛いだけではないのだと、そんな未来を信じてみたいから――――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ